零戦神話を糾す
- 2013年 10月 14日
- 交流の広場
- とら猫イーチ
日本は、八尾万の神の国と云われるからでしょうか。 過去から現在まで、それこそ嫌と云う程に「神話」が多い国です。
最近では、例の映画のせいで、またもや「零戦神話」の復活です。 第二次大戦初期の最強戦闘機。 その設計者の堀越二郎を絶賛し、日本の航空機技術の賛歌を謳うのです。 十五年戦争に批判的な人々まで、この神話に染まってしまっています。 戦争前は、大本営発表を信じて、戦後には、民族的軍事技術賛歌を受け入れてしまっている自己に気づかず、未だに夢から醒めないのです。 私は、「阿保らしい」と思いながらも、一言云わずにはおれませんでしたが、再度、ここに投稿しまして「零戦神話」を打ち砕きたいと思います。
零戦とは、世界各国からの技術模倣と、操縦者の生命を無視した、欠陥機であり、日本海軍の名戦闘機との評は、自己陶酔でしかありません。 同じく、海軍の戦闘機として零戦に対した、グラマンF4Fと比較して観れば明らかです。 日本では、事実に眼を塞ぎ、この第二次大戦初期の米海軍機を酷評する輩が多いのですが、公式の米軍記録では、「太平洋戦争でのゼロ戦とF4Fのキルレシオは開戦当初からミッドウェー海戦までで1:1.7、一撃離脱戦法とサッチウィーブが徹底された1942年年間のキルレシオで1:5.9、太平洋戦争全体を通じたキルレシオは1:6.9とされている。」 詰まり、零戦は、F4Fに敗北したのです。 F4Fの後継機であるF6Fヘルキャットに至っては、日本軍の戦闘機で叶う機体はありませんでした。
http://ja.wikipedia.org/wiki/F4F_(%E8%88%AA%E7%A9%BA%E6%A9%9F)
F4F (航空機)
日本独自の技術、と云われる機体が、実際には、イギリスのグロスター F.5/34に酷似している事実も、日本では、あまり触れられることがありませんが、Wikipediaに掲載されている写真を観ていただければ、そっくりであるのがお分りでしょう。 Wikipediaでは、「「本機の外見は零戦とよく似ているとし、性能値に漸近した点が話題になることもある。」と控えめな表現ですが、「パクリだ!」と指摘される軍事オタクも少なからず存在します。
まあ、日本軍の小型武器では、十四年式自動拳銃が、形は、ルガーP08のパクリで、作動形式はモーゼルのパクリ。 と独逸軍に皮肉られる始末でしたから、不思議ではありませんが。
戦争に負けてからも、軍の正式武器を酷評されるのは残念ですが、当時の日本の技術水準が低かったのですから仕方がありません。 例えば、徴兵された兵士が三八式歩兵銃の部品を紛失すると、それこそ鉄拳制裁の嵐であった、とは旧軍兵士であった亡父から良く聞いた話ですが、理由は、日本軍の銃器の部品には、近代的工業製品には必須である「互換性」が欠如していたのです。 詰まり、日本軍の武器は、手工業製品と同等で、銃器であれば、熟練工が一丁ずつ部品を磨り合わせて作っていたので、その部品を紛失すると、もう一度手作りで部品を磨り合わせる必要があったからなのです。
最後に、零戦酷評のサイトを御参考に上げておきますので、お時間があればどうぞ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AD%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC_F.5/34
グロスター F.5/34 Wikipedia
http://www.luzinde.com/meisaku/zero/1.html
零式艦上戦闘機(前編)
http://www.luzinde.com/meisaku/zero/2.html
零式艦上戦闘機(中編)
http://www.luzinde.com/meisaku/zero/3.html
零式艦上戦闘機(後編)
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