11.16現代史研究会―ご案内とレジメ
- 2013年 10月 29日
- スタディルーム
- 永谷清
第280回現代史研究会
日時:11月16日(土)1:00~5:00
場所:専修大学神田校舎205号室
テーマ:「市場経済という妖怪」
講師:永谷 清(信州大学名誉教授)
コメンテーター:矢沢国光(世界資本主義フォーラム)
岡本磐男(東洋大学名誉教授)
参考文献:『市場経済という妖怪』(社会評論社)
参加費:500円
レジメ 『市場経済という妖怪』-第二部を中心に(補足版)
2013年11月16日 於 専修大学
永谷 清(信州大学名誉教授)
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私が本書で問題提起している事項は、他面にわたっているが、まず第一点は、現代資本主義の金融経済化、グローバリゼーションを、ただ資本主義の新たな発展(グローバル資本主義)とだけとらえているのでよいのか、という点である。新自由主義化により、資本主義は「暴走」(ライシュ)、「狂奔」(グリン)、「凶暴化」し始めた、あるいは「進化」、反対に「逆流」し始めた、という様々の説があるが、どれも資本主義の新たな展開と捉えている。この流れから資本の本性を「略奪による蓄積」と解し、資本主義や『資本論』をこの観点から見直そうという試みまで生まれている(ハーヴェイ『<資本論>入門』、『資本の<謎>』)。
私はこの流れに異議を感じている。確かに「暴走」、「凶暴化」してきたのであるが、それはもはや資本主義のたんなる発展とはいえないのではないか。資本主義が市場経済の発展によってその本質が次第に崩されてきたために、そうなってきたのではないか。それは資本主義の劣化であるが、直ちに資本主義の終焉やポスト資本主義とは異なる。これを私は脱資本主義化と本書では呼んでいるが、16世紀以降の資本主義の発生期に対比されるべき、世界史の新たな地殻変動の開始なのではないか、と考えている。
この問題提起は、資本主義と市場経済を同義語と解したり、市場経済の最も発展したものが資本主義であると解しているかぎり、理解不能である。資本主義は市場経済に違いないが、市場経済は発展すれば必ず資本主義へ成長したわけではない。特殊な時期と特殊的な歴史的環境において、初めて市場経済は資本主義になった。ブローデルをはじめフランスの歴史学者は、両者の違いを認識して、資本主義の形成期を分析している。しかし両者がどう違い、どのように関連しているか、となると各人の見解はばらばらになってしまう。それは「群盲象をなでる」のような状態になってしまう。それぞれ部分部分としては間違いではないが、正体を全体としては捉ええていない。私は、それは歴史学では正確に捉えられないのではないか、原理論においてこそ初めて捉えられる、と考えている。
近代経済学者は両者を同義に解しているから、この区別は分からない。しかしマルクス経済学者ではこの区別が明瞭かといえば、必ずしもそうではない。とくに原理論を認めない人々がそうである。原理論では、流通形態論と生産論(資本の生産過程での価値の実体規定)の区別と連関がそれを明らかにしている。本書の第一部でこの問題を取り上げたのは、そのためである。
(今回は第二部を対象とするので、第一部は触れないが、マルクス経済学で長年論じられながら、いまだに解決に至ったとはいえない価値形態論と価値法則について、そこでは最新の私見を披瀝しているので、理論に興味のある人はぜひ検討して欲しい)。
原理論を理解できない人々が、市場経済と資本主義の区別と関連に鈍感なのは当然である。私はこの区別と関連を宇野弘蔵から学んだが、宇野はそれを『資本論』から学んだと言っていた。マルクスの優れた原蓄論は原理論では取り上げないことを説明するときによく触れていた。原理論での労働力商品の登場による産業資本の成立の論理が、市場経済と資本主義の区別と関連を理論的に明らかにしている。
昨今の金融経済化、グローバリゼーションは、もはや資本主義の更なる発展ではなく、資本主義の劣化、脱資本主義化(ex-capitalism transition)ではないか、という私の問題提起は、市場経済と資本主義の違いと関連という理解が出発点になっている。『資本論』や宇野原理論が契機となっているとしても、マルクスや宇野にこの考えがある、というのではない。私独自の見解で、もし誤っていれば私だけの責任である。
市場経済が資本主義へと変わり始めたのは、16世紀の西ヨーロッパのキリスト教文化圏においてであったのと対照的に、変動相場制への以降においては、グローバル化した市場経済が資本主義の枠を次第に熔解し始めたのではないか。資本主義とは、絶対王政の重商主義的覇権競争からはじまるように、本来国民経済を単位とする。市場経済は資本主義以前から存在し、民族、宗教、国家などを超えた最初からグローバルなものである。資本主義が覇権国を中心とする「世界システム」をなすとしても、それ資本主義国を単位とする世界的編成である。「世界システム」が単位をなし、各国資本主義は世界資本主義の部分にすぎない、とはいえない。私は「世界システム」は段階論の概念ではないか、と考えている。
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脱資本主義化と見られる現象をいくつかあげてみよう。
資本の変質
現在の大企業は、もはや国民経済の枠に制限されることなく、それを自由に超えて価値増殖を求める。賃金の安い、あるいは規制の少ない国へ工場を移し、税金の安い国へ本社を移す。タックス・ヘイブン国が繁栄するという珍現象が起こっている。このような多国籍企業を新たな資本形態とする論者もいるが、私は産業資本の商人資本化にすぎないと考えている。生産過程を担当していても、もはや価値法則を基礎として価値増殖する資本ではなく、「安く買い高く売る」をモットーとし、規制の緩い国では収奪的に行動することを辞さない。
銀行についても、大企業の銀行離れによって、預金と信用により利潤を稼ぐ、貨幣市場の主ではなくなり、消費者信用や高利の貸金業に間接的に手を出したりすることになっている。証券業(資本市場)からの隔離という壁が崩され、投資銀行と似たものへ変わってきている。レバレッジをきかせて高利潤を荒稼ぎする投資銀行やヘッジファンドのようなものを金融資本と呼ぶ人々がいるが、帝国主義段階の金融資本とは全くの別物である。これも新たな資本形態というよりも、金貸し資本と商人資本のハイブリッドのようなものではないだろうか。
資本主義のカジノ化
G―W―G’を本性とする資本は、仕入れた商品が高く売れなければ大損をこうむるというリスクを抱えている。利潤の根拠をこのリスクを負うことに求めるのは、商人ないし資本家の経験から来る常識である。しかしこの常識では、なぜ社会全体で利潤が増額し、国富を増進させるか、説明できない。市場経済が生産過程を全面的に支配し、一社会が成立した時、つまり資本主義が成立した時、利潤の根拠が労働、あるいは剰余労働によって説明できることになった。産業資本もリスクを引受けて利潤を獲得しているのであるが、それが利潤の根拠を説明するわけではない。
しかし変動相場制への以降以来、為替変動リスクが全般化することにより、リスクを起因として荒稼ぎする資本が一気に増えることになった。債権、先物価格、保険などの金融商品を売買する資本にあっては、もはや労働という利潤の根拠は失われている。リスク引き受けを利潤の根拠とする説明が現実味を帯びつつある。このような金融経済を、スーザン・ストレンジは『カジノ資本主義』と呼んだが、私は資本主義のカジノ化という脱資本主義の一例と考えている。
現在、実体資産にたいして金融資産の異常な増大が報道されているが、その大部分は擬制資本化による資産であり、これも脱資本主義化とみることができる。
貧富の格差増大
労働者階級と資本家階級間の貧富の格差は、資本主義の本質をなしているが、現在進行している貧富の格差は、これと性質を異にしている。それを労働力の商品化の進展、その極点のように説明するのは間違っている。労働力の商品化を「労働の商品化」と混同することから、それはきている。資本主義の発展はゆとりある中産階級を増大させてきたが、現在、多くの中間層の人々が貧困階層への転落し、極く少数の者への富の集中するという問題が起こっている。これによりこれまで築かれてきた先進国の民主主義が崩れるのではないか、という危惧を多くの識者が指摘している。この傾向は、IT情報化、金融経済化、グローバル化の進展により著しくなっている。この現象もたんなる資本主義の発展と解するだけでよいだろうか。
正規雇用の破壊ともいえる事態が、労働界で起こっているが、これも労働力商品化の規定に何か変化が起こっていると考えられる。
あらゆるものの商品化
労働力の商品化は、原理論が示すように、全生産物の商品化(完全な商品生産)をもたらす。しかし現在進行しつつある公共サービス(行政、教育、福祉、治安、自然保護など)の企業による民営化は、資本主義の発展なのだろうか。経済は企業に任せるが、それら上部構造は市民社会ないし国家が担うという形で、公と私が截然と別れているのが、資本主義の特徴ではないだろうか。この現象も資本主義の市場経済による熔解の一例と見ている。
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以上の私の説明からすると、脱資本主義化は変動相場制以降の金融経済化、グローバリゼーションから始まったように解されるかもしれない。だが、もっと長期的なパースペクティヴで考えてみると、それは第二次世界大戦後の福祉国家の登場から始まっていたのではないだろうか。脱資本主義の第一局面が福祉国家であり、第二局面が新自由主義による金融経済化、グローバリゼーションと考えている。
宇野弘蔵は、1917年のロシア革命を高く評価し、第一次世界大戦後以降を、世界史的には。社会主義社会への移行期と考えていた。スターリンの粛清による圧制やハンガリー動乱を知っても、社会主義建設に伴う原蓄期のようなものと解していたようにみえる。1990年前後の旧社会主義国の解体を知ったわれわれが、この認識でよいのかが当然問題になる。このことから宇野の現状認識だけでなく、段階論や原理論までも見直す、あるいは否定する論者も現れている。しかし私は原理論や段階論は基本的に正しいと考えている。だが、現状分析や社会主義認識については、改定する必要があるだろう。
脱資本主義を最初に唱えたのは関根友彦氏であった(『経済学の方向転換』)。氏は第一次世界大戦後、あるいは1930年代の金本位制の崩壊以降と主張している。私は第二次世界大戦後以降と考えている。冷戦下における資本主義世界のアメリカ覇権の成立によって、植民地支配体制が克服され、福祉国家が確立しえた。戦間期は、国際連盟の失敗、ワイマール体制の崩壊、金本位制の崩壊、植民地支配戦争などにみられるように、まだ資本主義化と脱資本主義化の動きとが攻めぎあった期間のように私にはみえる。
第一と第二次世界大戦の壮烈な惨禍を経験して、もはやたんなる資本主義の復興ではダメである、と人類が実感したのではないか。それは国連憲章、世界人権宣言や日本の新憲法にも表れている。植民地主義の否定、基本的人権の確認、国民主権、言論・学問の自由、国民の福祉(雇用を含む)への国家の責任、戦争の否定などである。これらは資本主義社会から一歩出るものであり、福祉国家体制は脱資本主義の第一局面をなす。現実にはそのような国家が成立していないとしても、それらはたんなる名目にすぎない、と言って済ませるだろうか。これらの変化は旧社会主義国あるいは社会主義運動への対抗なしには考えられない。といって対抗だけで説明できるものでもない。
宇野の言う段階論は資本主義の発展段階論で、3段階は第一次世界大戦までとするのは、意味がある。それ以降に新しい段階を付け加えようとする試みや、今も帝国主義段階の延長であるという考え、また段階論の枠そのものを組み替える試み、には賛成できない。第二次世界大戦後は資本主義社会が次の社会へ移る移行期になり、その局面の第一と第二に、福祉国家と新自由主義国家が当たるのではないか、と考えている。
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以上のような私の考えは、資本主義社会とは本来 下部構造の資本主義経済と上部構造の市民社会という二層からなっている、という私の問題提起からきている。従来、マルクス経済学では上部構造はイデオロギー諸形態あるいは意識形態と呼ばれ、法律、政治、哲学、思想、宗教、芸術などが含まれると解されてきた。そして下部構造の上部構造に対する規定性だけが強調されてきた。唯物史観である。だが、なぜ二層構造が成立し、両者はどのような関係にあるのか、それ以上の検討は進んでこなかった。その原因は漠然とイデオロギーないし意識諸形態と解されてきたことにある、と私は考えている。資本主義社会が近代市民社会ともよばれるのは、この二層構造からきている。下部構造を明らかにするのが経済学、上部構造を対象にするのが法学、政治学、哲学、社会学、文学などである。前者は資本主義社会が階級社会であること明らかにするが、後者は私的個人が自由に交流する非階級社会(市民社会)であることが前提されることになる。これは近代社会の二面であって、どちらが正しいか、という二者択一の問題ではない。
歴史的には、近代市民社会は裕福な大商人、貴族、高級官僚、法曹人、地主などのブルジョアが構成するブルジョア社会から始まった。国家権力は最初国王にあったが、議会を牛耳る彼らブルジョアが権力を奪うことになる。市民革命がブルジョア革命とも呼ばれるのは、そのためである。十九世紀以降の資本主義経済の発展により国富が増大すると、豊かな中産階級も市民社会に含まれ、選挙権も拡大していったが、十九世紀後半までは労働者階級は市民社会に含まれていなかった。だが世紀末になると、階級闘争を経てだが、労働者階級をも市民社会に含むことになった。第一次世界大戦後には、女性も参政権を得て、市民社会が国民全体へ拡張され、市民と国民が一致することになった。二層構造も資本主義の発展を基礎にして、徐々に達成された。
理論的には、この二層構造は、商品論から開始した原理論が資本の商品化(『資本論』では「三味一体」の国民所得の成立)による原理論の完結(下部構造の完成)が、資本主義の「私的個人からなる一社会」としての市民社会を新たな次元(上部構造)で設定することから導かれる。マルクスは、市民社会の哲学的研究という上部構造分析から入り、下降して基礎をなす下部構造の分析に至り、『資本論』という成果を残した。プランが示しているように、彼はそこから上向し上部構造の国家論を志向していたが、それを果たせなかった。後世に『資本論』と上部構造の関係の探求という課題を残した。種々の試みが世界的になされたが、宇野は『資本論』の延長、応用という関係づけを否定し、『資本論』の原理論としての完結、上部構造の段階論、現状分析という方法を提示した。しかし上部構造論の基礎規定が市民社会論であるとは言っていない。これはあくまでも私の考えである。
マルクス経済学には市民社会の評価を欠くという欠点があることを、早くから指摘していた論者がいた。高島善哉(『民族と階級』)、平田清明(『市民社会と社会主義』)である。『資本論』の商品論と貨幣論を市民社会論とし、そこから「貨幣の資本への転化」を経て、資本の生産過程へと展開する論理を、市民社会の資本主義社会への「弁証的転変」である、と主張した。これは『資本論』の蓄積論の「自己労働による所有から他人の労働による領有への転化」を元にしている。このマルクスの論理自身が謝りであり、それを商品論と資本の生産過程へ適用するのは一層の誤りである。この主張は、『資本論』と市民社会の双方を誤解させることになっている。
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この私の上部構造=市民社会論では、上部構造の枢軸をなす国家が排除されてしまうことになる、という反論がありうる。そのような疑念が生ずるのは、国家と市民社会を相互に排斥しあう別概念と解しているためではないだろう。私は近代国家の特質は、市民社会を基礎にして国家が成立している点にあると考えている。法治国家、議会制民主主義、主権在民などで特徴づけられる近代国家は、近代市民社会を基礎にして成立するのだから、市民社会を基礎とする上部構造に国家が含まれるのは当然である。市民社会は国家なしにはありえないし、国家は市民社会なしにはありえない。このように国家との結びつきで捉えられた市民は、公民(シトワイアン)と呼ばれる。市民社会を構成する私的個人には、私益を追求する私的個人と公民という二面をもっている。上部構造=市民社会説では上部構造から国家が排除されてしまうという考えは、市民社会を私利追求する個人の場とだけ考えることからくる。むしろ市民社会を基礎にしてこそ国家が上部構造に具体的に措定されうるのである。
これまで『資本論』あるいは資本主義的階級対立から資本主義国家の必然性を導こうとする試みがおこなわれてきたが、それらは成功しなかった。近代市民社会は資本主義経済を土台としないかぎり、存立も発展もありえなかったが、下部構造から直接、国家を導出するのは無理がある。資本主義経済と国家を両極に置き、その中間に市民社会を設定し、市民社会を両極を媒介するものと考える説もある。この考えはまったくの誤りとは言えないが、下部・上部構造の区別と関連をあいまいにするかぎりでは問題がある。
初期近代思想においては、市民社会と国家は同じものと考えられる傾向があった。これは、おそらく市民社会という概念がギリシャ・ローマのポリスを発祥としているからであろう。これをはっきり分けたのは、ヘーゲル『法の哲学』と言われている。しかしその市民社会論は、個人の「欲望追求の体系」とされているが、法学を含めて考えられていて、資本主義経済をまだ捉ええていない。スミスは『道徳感情論』では、市民社会の哲学的解明を行っているが、『国富論』では私的個人の利益追求の一面を徹底することによって、市民社会の下部構造の分析に至った。つまり事実上資本主義を対象とすることになり、経済学を誕生させることになった。
ヘーゲルの市民社会を批判し、そこから下部構造をなす資本主義を特殊歴史的社会として初めて分離したのはマルクスの『資本論』であった。それは近代社会の土台を定礎したにすぎず、上部構造との関係(上向への旅)は残されることになったことは、すでに触れた。
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現在、市場経済のグローバルな発展によって資本主義の熔解、腐食が進展しつつあり、ある段階で「新しい社会」への転換が予想される。その後の新しい社会については、これまでマルクス経済学で前提されていた社会主義社会である、と決めてかかってよいのか検討する必要があるだろう。それは労働者を主権とする社会であり、プロレタリア革命によってそれは生まれると、これまで広く考えられてきた。マルクス・レーニン主義がその典型である。宇野はこの主義者ではないが、この見通しを信じていたように思われる。新しい社会の建設を、議会を通し民主的手続きを経て達成しようとする社会民主主義は、これと違うが、新しい社会が社会主義社会であるという点では一致している。私はこれに疑問を提示している。本書第二部の終章がそれである。主にジャック・アタリを対象に論じている。
ハーヴェイ、トッド、ネグリ&ハートなども、資本主義の変革をそれぞれ展望している。しかし私のように、市民社会の更なる発展(グローバル市民社会)による変革を考えてはいない。しかしこの本を出版後に、「グローバル市民社会」研究所がロンドン大学のLSEにできており、紀要も出していることを知った。国際政治学界で活躍している研究者が中心のようである。経済学界しか見てこなかった、私の不明に気づかされた。
以上の私見から予想されるが、私の本書での考えは市民社会の過大評価に陥っているという批評が出ている。私はこれまでのマルクス主義やマルクス経済学は、近代市民社会の過少評価という欠陥を抱えてきた、と考えている。市民社会はブルジョア・イデオロギーであるから、当然、その濃度の濃いい保守的(右派)思想と薄い革新的(左派)との対立を常に含んでいる。市民社会の優れた点は、それを論争する自由な場(メディア、議会、学界など)が、限度があるとしても、一応確保されていることである。近代市民社会が自由、民主主義を徐々に発展させえ、科学や芸術の開花を促進しえたのも、このためである。
無論、ブルジョア・イデオロギーである以上、どんなに発展しても、ブルジョア性を完全に払拭できないという限界をもっている。しかし近代市民社会の発展という肯定面を否定ないし無視することによって、マルクス主義やマルクス経済学は、次第に世論からとり残されてゆくことになったのではないだろうか。
その後の参考文献
アタリ『金融危機後の世界』(作品社)、2009年。
スティグリッツ『世界の99%を貧困にする経済』(徳間書店)、2012年。
ボーグル『米国はどこで道を誤ったのか』(東洋経済)、2008年。
マアリー・カルドー『グローバル市民社会論』(法政大出版会)、2007年。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔study598:131029〕
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