世の中変わってほしいけど(唯恐天下不乱)――中共18期3中全会の印象
- 2013年 11月 29日
- 評論・紹介・意見
- 中国阿部治平
―八ヶ岳山麓から(85)―
「中国共産党第18期3中全会」があった。
中共第18回党大会後の3回目の中央委員会総会である。習近平氏は第1回会議で党総書記になり、2回目で国家主席として選出される段取りをし、直後の全国人民代表大会でその地位に座った。3回目は習政権の中長期路線を決定するのである。
3中全会決定には為替・金利から農村戸籍や治安問題など幅広い改革項目がある。これについては、すでに専門家の発言がいくつもあるから、私はこれを伝える「人民日報」(日本語版)の記事の中から、気になったことだけをここに述べる。
決定は、まず「改革の全面的深化にあたっては、中国の特色ある社会主義という偉大な旗幟を高く掲げ、マルクス・レーニン主義・毛沢東思想・鄧小平理論、『三つの代表(中共は先進的生産力・文化・人民の利益を代表する)』という重要思想・科学的発展観を指導の柱としなければならない」とうたった。これは枕詞として無視していいかもしれない。
いま習近平主席は「中国夢」を唱えている。世界銀行なども今後10年から20年で中国経済はその規模においてアメリカを追越すとみている。彼の「中国夢」をどう実現するか、この道すじが3中全会で示されるものと私は期待した。
決定は、混合所有制経済を積極的に発展させる、国有企業の近代的企業制度の完備を推進する、非公有制経済の健全な発展を支援する、という。改革派の経済学者たちは、中国経済が高度成長から安定成長期に入ったことを見据え、国有企業の民営化、市場経済の拡大深化を主張している。中共中央にも論争があったようだ。
しかし決定文では「国有企業の近代化」となっており、「非公有制(民間)企業の発展」と並べられている。民営化は国有企業にはダメージになるが、長期的には成長を持続するものと考えられてきた。だが、会議ではどうやら現状維持派の抵抗が強かったらしい。中共中央上層と国有大企業との利権の分かち合い、癒着は強固である。これを改革するには革命的な力量が必要だ。
決定では、「市場によって価格を決めることができるものはすべて市場に任せて政府は不当干渉をしない」という。だが、石油・電力・金融・不動産・交通・通信などの主要分野では国有企業の寡占・独占がつづく。今のままでは民間企業が入り込むすきがない。市場競争が成立つはずもない。
3中全会は軍と武装警察、公安などで構成する国家安全委員会(中国版NSC?)を創設すると決めた。「人民日報」によると、習氏はこの理由を「わが国はいま、対外的に国家主権や安全を守らなければならない圧力に直面している」と説明した。そして「さまざまなリスク要因が明らかに増えている中、私たちの現在の安全対応メカニズムはもはや国家安全の必要性に適応できなくなった」、そこで「国家安全に関する集中的な、かつ統一した指導の強化は当面の急務だ」というのである。安倍首相の特別秘密保護法をめぐる発言とそっくりなのが気になる。
ここでいう「直面する対外的圧力」とは、対米関係や日本やフィリピンとの領土紛争、休戦状態の中印国境紛争を指すのだろう。中国は11月23日、尖閣諸島上空を含む東シナ海に防空識別圏を設定して日本を牽制した。中国が対日強硬策に出るたび、中国では極端な愛国心が昂揚し、日本では「いつでも戦争のできる国」「九条改悪」をめざす政府・自民党を喜ばせ勢いづける。残念というほかない。
国内要因としては、外交部が「テロ分子や分裂分子、極端な宗教分子を追詰めるため」と説明した。そういえば、10月28日天安門に車が突っ込んで炎上した事件では、中国当局は別な可能性を検討した様子がなく、ただちにウイグル民族運動によるテロと断定した。車に乗っていたのは家族3人だ。家族で自殺テロをやるだろうか。チベット人の焼身自殺も「極端な宗教分子」の仕業だろうか。少数民族対策は厳しくなる。
そこで国家安全委員会が国内の治安維持から外交やメディアまで管轄するとなれば、国務院の権限は縮小し、国務院総理李克強もかすむだろう。
インターネット管理の強化策も出てきた。習氏は「ネット情報の秩序と国家の安全、社会の安定を確保することが我々の直面する際立った問題である」という。すでに8月「全国思想宣伝工作会議」で「インターネットは既に世論闘争の主戦場になった。われわれが耐え切り、勝利できるかが、わが国のイデオロギーや政権の安定に直接関わっている」ともいったそうだ。悲壮な感じであるが、もちろん党中央が勝利します。弾圧機関を握っているのだから。
そういえば習政権の1年間、憲法条項の完全実施や反体制的発言をした人権活動家の逮捕拘束のニュースが目立つようになった。報道関係者への思想教育もあった。これから言論思想統制は強まる。中国人は公開の席で口に出すことと腹の中とは違うのが普通だが、この傾向はいっそう強まるだろう。
とくに気になったのは、農民の財産権保証の項目だった。農民に財産所有権を認めるなら、まず農地耕作権を財産権として認めなければならない。決定には農民の住宅用地権の保証はあるが農地耕作権への言及がない。
地方政府は中国の農地が公有であることを利用して、財源を確保するために農地を強制収用し、ろくに補償せず農民を耕地から追い出してきた。これが北京へ膨大な数の陳情者(「上訪人」)が集中し、年間20万といわれる農民暴動を生んでいるのである。
これに関連して、政府の不正腐敗や冤罪を中央政府に訴える陳情制度も改善するという。その方法は「人民の合理的な訴えを迅速に、地元で解決するシステムを構築する」というのである。地元で解決するといっても、場合によっては地方政府がトラブルの当事者になることがあるのに、である。
いつもは北京南駅近くに「上訪人」が集まるのだが、このたびは3中全会を前に排除されたらしい。それでも、会場周辺などに各地から陳情者数千人が集まっていたという話だ。「地元で解決」すれば北京に集まる「上訪人」は減るかもしれないが、問題の適切な解決ができるだろうか。
また「労働教養制度を廃止し、違法犯罪行為に対する懲罰と矯正の法律を完全なものにし、コミュニティ矯正制度を整える」という項目がある。労働教養制度とは警察が矯正を名目に裁判なしに「悪人」を拘留することである。「上訪人」もこの対象になることがあった。いま拘留されている人は6万人くらいともいう。中国政法大学副学長の馬懐徳は、これを廃止することは「人権と司法への尊重だ」と述べたという。なにをいっているんだか、「人権と司法」以前の問題じゃありませんか。
この廃止が決まっても、中国には「悪人」を別な方法で拘留する方法がある。我々には思いもかけぬことだが、「黒社会(ヤクザ)」を使ってどこかへ監禁するのである。私は「上訪人」が「私設監獄」に放り込まれる事件が北京であったのを記憶している。
3中全会決定では、司法の独立がうたわれた。「司法権の運用の仕組みを整備する。人権司法保障制度を改善する」という。薄熙来事件の捜査と裁判に中共中央がどのように介入したかはわからないが、党組織が日常的に検察・裁判所の司法判断に介入し、判決が不公平になることはしばしばである。これを改善するという。ぜひそう願いたいのだが、党の司法機関への指導権限を取消さないのだから、こればかりは冗談としか思えない。
結局、とくに新しいのは国家安全委員会の新設で、「富国強兵」路線は変わらない。金融規制緩和などがうたわれたが、国有企業主導と利権構造に大きな変化はない。社会格差是正には医療・福祉政策の拡充が緊急の課題だと思うが、具体性がなく、急いでいるとは思えない。
1978年の第11期3中全会は、鄧小平の「改革開放」路線が示された画期的なものだったが、今回はそれと比較すべくもない。日本には3中全会に対して「習指導部は、国民の政治参加や言論の自由など将来に民主化を見据えた改革こそ進めるべきだ」という趣旨の意見が多い(たとえば「信濃毎日新聞」2013・11・18社説)。
だが最上層から郷村の末端党組織まで、一党支配によって権力と利益とを得ているのだから、それは「木によりて魚を求む」ものである。もし今回「民主化を見据えた改革」を決定していたら、第11期3中全会をしのぐ画期的な中央委員会総会になっただろう。
3中全会は全体として「心配なのは世の中が乱れること(唯恐天下大乱)」という印象である。
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