問題が噴出する遺伝子組み換え(GM)作物 その1(全4回) -安全性に疑問を突きつける研究が相次ぐ-
- 2013年 12月 7日
- 評論・紹介・意見
- 岡田幹治農作物遺伝子組み換え
はじめに
◆ラットに巨大がん腫瘍!
遺伝子組み換え(GM)作物の動物実験を追ったフランスのドキュメンタリー映画「世界が食べられなくなる日」(ジャン=ポール・ジョー監督)が、2013年6月8日に東京・渋谷のアップリンクで公開されてから異例のロングラン上映を続けている。各地での自主上映会も盛んだ。
実験に使われたラット(大型のネズミ)のうち、GMトウモロコシの混じった餌や除草剤入りの水を与えられた集団では、開始4カ月目に、がんによる最初の死亡例が出た。1年を過ぎたころから乳がんや腎臓疾患が増加した。腫瘍が肥大化し、頭部より大きな膨らみが乳腺や肩などに盛り上がった。腫瘍の重さが体全体の25%を超え、安楽死させなくてはならないラットも続出した――。
そんな衝撃的な映像が、GM食品の安全性への懸念をかきたてる。日本がTPP(環太平洋連携協定)に参加すれば、GM食品の表示義務が廃止される可能性があるなど、食の危機がさらに進んでしまうことへの危惧も強くなってくる。
◆栽培面積は世界の耕地の10%強に
国際アグリバイオ事業団(ISAAA=GMの推進組織)によれば、GM作物の栽培は2012年、世界の28カ国、約1億7000万ヘクタール(前年比6%増)に広がった。世界の耕地面積の10%強に当たる。
もっとも、広く栽培されているのはトウモロコシ、大豆、ナタネ、ワタの4作物に限られる。GMトウモロコシは、家畜飼料やデンプンその他の食品原料およびバイオ燃料の原料として使われ、GM大豆とGMナタネは、主に植物油に加工される。GMワタは、繊維原料となるほか、実から作る綿実油は食品としても利用される。
いまのところ、そのまま口に入れて食べるGM作物はハワイ産のパパイヤだけだが、多くの国の人々は(食品原料などとして、知らないうちに)大量のGM作物を摂取している。なかでも、GM大国の米国やカナダから穀物や飼料を大量輸入している日本は、世界有数のGM作物消費国とみられている。
栽培面積が多いのも米国、ブラジル、アルゼンチン、カナダという南北アメリカ大陸の4カ国が中心だ。GMは広大な農場に1種類の作物をつくる「モノカルチャー農業」向きの技術なのだ。GMワタの栽培が多いインドと中国が4か国に続く。
GM作物の性質別にみると、強力な除草剤にも枯れない「除草剤耐性作物」と、昆虫を殺す殺虫毒素を作物自体の中につくる「殺虫性作物」の2種類がほとんどだ。近年は、両方の性質を併せもつ「スタック品種」が増えていて、2種類の害虫と2種類の除草剤に抵抗性をもつ「スマート・スタック」というGM種子まで販売されている。
世界で最も売れているのが米国モンサント社の「ラウンドアップ・レディ(RR、レディは耐性をもつという意味)」というGM種子だ。すべての植物を枯らしてしまう除草剤ラウンドアップ(主成分はグリホサートという有機リン系農薬)に対して耐性(抵抗性)のある遺伝子を組み込んであるので、耕作地にラウンドアップを大量散布して雑草を根こそぎにした後、RRの種をまけば作物だけが生長する。手間は省け、コストも安くあがるというのが宣伝文句である。
ISAAAは「商業栽培が始まった1996年から16年で、栽培面積は100倍に増加した」と誇らしげだが、その内実をみると、開発当初から指摘されていたGM技術特有の問題が近年、拡大し深刻になっている。このため発祥の地・米国でさえ近年、GMをめぐって社会が激しく揺れている。
本稿では、世界と日本で問題が噴出しているGM作物の最新の状況を報告し、いまこそGM技術そのものを考え直すべきだと主張したい。
1 強まる安全性への不安
◆地球規模の人体実験?
GM食品の安全性は、科学的に確認されたものではない。まず安全性審査は、1993年に経済協力開発機構(OECD)が打ち出した「実質的同等性」という原則に基づいて行われるが、この原則はGM技術に特有の問題を十分に考慮していないとの批判が強い(注1)。
個々のGM作物の審査は日本では食品安全委員会と厚生労働省で行われているが、メーカー提出のデータを使って「主要成分の比較」「既知のアレルゲン(アレルギーの原因になる物質)との相同性(形態や遺伝子が共通の祖先に由来すること)の比較」「人工胃液・腸液による分解性」などが評価されるだけだ。動物実験はほとんど行われない。
GM技術では予想外の不純物ができることが少なくないのに、こうした審査では微量の成分は確認されない。またアレルギー性も、産生されることが分かっているタンパク質の組成を調べ、既知のアレルゲンと比較するだけだ。
GM食品を長期間食べたときの影響など全く調べられていないから、大規模な人体実験が世界規模で行われているのに近い。ジョー監督の映画の原題は「みんな実験台?」である。
GM技術の恐ろしさを示したのが昭和電工の「トリプトファン事件」(1988年)だ。GM細菌で製造した健康食品のトリプトファンを販売したところ、摂取した米国人に体調不良を訴える人が続出した。血中の好酸球が異常増殖して筋肉痛や呼吸困難を起こし、38人が死亡、約6000人もが被害を受けた。2000件もの訴訟が起こされ、製造物責任を問われた昭和電工は約20億ドル(約2000億円)もの示談金を支払った。
原因は、GMで変異した微生物が猛毒の不純物を生成していたためと推定された。GM技術が予想外の不純物を生成したわけだ(注2)。この場合は不純物が猛毒で、急死する被害者まで出たため、すぐに毒性を特定できた。しかしこれが慢性毒であれば被害は分かりにくく、因果関係の立証もきわめて難しくなる。
GM食品の安全性に疑問を示す研究は数多く、これらを検証した米国の環境医学会(AAEM)は2009年5月「GM食品の一時停止と長期安全試験の実施」を求める提言を発表している。
GM食品を摂取すると「免疫機能への悪影響」や「子孫が減少し、ひ弱になる影響」「肝臓や腎臓など解毒器官の損傷」が懸念されるという。
◆ラウンドアップで健康被害
見逃せないのは、RR作物の普及とともに、ラウンドアップの使用が急増することだ。主成分のグリホサートが作物に高濃度で残留するため、米国の食品医薬品局(FDA)はRR大豆の認可に先立って、グリホサートの大豆飼料への残留基準を15ppmから100ppmへ一挙に緩和した。
同時に米国政府は輸出相手国政府に残留基準の大幅緩和を要請し、日本の厚労省はこれに応じて、グリホサートの大豆への残留基準を6ppmから20ppmに緩和している。オーストラリア、英国なども20ppmに引き上げた。
ラウンドアップについてモンサント社は「人畜・環境に対する安全性の高い除草剤」と説明している。しかし、数多い研究によれば、グリホサートはがんを引き起こし、出産に悪影響があり、パーキンソン病を含む神経系の疾患をもたらす可能性がある。また受精卵を含む細胞に影響を与え、ホルモンバランスを崩す。さらに水系を汚染し、カエルなどに強い毒性を示すこともわかっている(注3)。
アルゼンチンのある町では、ラウンドアップが大量散布された農場近くの居住地域で白血病や皮膚の潰瘍、遺伝障害などが増え、自治体が避難勧告を出したことさえある。
◆長期的影響を初めて調べた実験
冒頭で紹介した動物実験は、モンサントのRRトウモロコシ「NK603」と除草剤ラウンアップを対象にしたものだ。フランスのカーン大学のジル=エリック・セラリーニ教授らが行い、結果は権威ある科学誌『フード・アンド・ケミカル・トキシコロジー』2012年9月号に掲載された。
実験は合計200匹のラットを用い、その平均寿命である2年間行われた。ラットは雄雌各10匹ずつ10集団に分けられ、①ラウンドアップを含む水を与えた3集団(低濃度、中濃度、高濃度)、②GMトウモロコシを含んだ飼料を与えた3集団(11%、22%、33%)、③ラウンドアップ水とGMトウモロコシ飼料を与えた3集団および、④ラウンドアップを含まない水と非GMトウモロコシの飼料を与えた1集団(対照群)とされた。
その結果、投与群の①、②、③では④に比べて早くから健康影響が出始め、早期死亡が雄の50%、雌の70%で確認された(対照群の早期死亡は雄が30%、雌が20%)。雌では乳がんと脳下垂体の異常が目立ち、投与群では50~80%でがんが大きくなった(対照群では30%)。とくにラウンドアップ投与群に乳がんが多かった。雄の投与群では肝機能障害を起こす割合が対照群の2.5~5.5倍もあった。
この実験の特長はGM作物と除草剤の健康への長期的影響を初めて、しかも徹底的に調査したところにある。RRトウモロコシについてはこれまで、マウス(小型ネズミ)を使った90日間の実験が行われだけだった。
◆主要メディアは報道しなかった
結果が発表されると、世界中に驚きと論争が広がった。オーストリア政府はGM食品の審査のあり方を再調査するよう欧州委員会に求めた。
これに対し、モンサント社を含めて多数の科学者や公的機関が否定的な見解を表明した。たとえば欧州連合(EU)のリスク評価機関、欧州食品安全機関(EFSA)は「研究は不適切で不十分。これによってGM食品が人間にとって危険という結論を引き出すことはできない」と発表している。その理由としては「検体数が全体に少なく、とくに対照群が少ないので、腫瘍発生率の差が偶然か処理の結果によるか区別できない」(OECDのガイドラインでは最低50匹とされている)など、方法上の問題点を挙げた。
しかし、セラリーニらの方法に問題があるのなら、メーカーや公的機関はただ批判するだけでなく、納得できる方法で長期的な影響を調べるべきだろう。フランスの食品環境労働衛生安全庁(ANSES)は、この実験結果からただちに輸入停止に踏み切る必要はないが、「長期試験は必要」との認識を示している。
不思議なのは、日本を含む世界の主要メディアが一部を除き、この実験についてまるで報道していないことだ。モンサント社などによるマスコミ支配が進んでいるのだろうか。
2 はびこる「耐性雑草」と「耐性害虫」
◆GM作物は厄介もの
GM作物推進の理由として業界は「収量が増えること」と「農薬の使用を減らし、環境にやさしい農業を可能にすること」を挙げた。しかし、商業栽培が始まって数年すると、収量は増えず、農薬も減らないという調査結果が発表されるようになった。除草剤耐性のGM作物と殺虫性GM作物に対して耐性(抵抗性)をもつ雑草と昆虫(「スーパー雑草・昆虫」とも呼ばれる)が増え、近年はGM作物が厄介もの扱いされるようになりつつある。
米国政府の資料を分析したワシントン州立大学のベンブルック教授の論文(2012年9月発表)によれば、RR作物はスーパー雑草を誘発するため、除草剤の使用量が非GM作物より20%以上多くなる。栽培開始以来16年間で使用量は約20万トン以上増え、コストも上がったという。害虫抵抗性のGM作物も、スーパー昆虫の登場で農薬使用量が増えている。
また、オーガニックセンター(米国のNPO)が1996~2008年の農薬使用量をトウモロコシ、大豆、ワタについて調べたところ、GM農家の方が非GM農家よりはるかに多く使っていた。単位面積当たり使用量の差は年々拡大し、08年には28%にもなった(2009年発表)。
◆除草剤の農薬残留基準を再引き上げ
この点で注目されたのが、米国環境保護庁(EPA)が2013年5月に除草剤グリホサート(ラウンドアップの有効成分)の残留基準を大幅に引き上げたことだ。
発表によれば、飼料(トウモロコシなどとみられる)や干し草の基準は20ppmから100ppmに、キャノーラ(ナタネ)を除く油糧作物(大豆、ワタなどとみられる)は20ppmから40ppmに引き上げられた。このほか、0.2ppmだったニンジンが5ppmに、ナシ類は0.1ppmだったのが0.2ppmへなど、野菜や果物も引き上げられた(安田節子のGMOコラム=2013年7月8日)。
なぜ(RR大豆などの認可前に残留基準を引き上げたのに加え)再引き上げが必要になったのだろうか。耐性雑草がはびこって除草剤をこれまで以上に使用しなければならなくなり、その結果、作物に残留する農薬の量も増えたことが理由だと考えられる。これまでの例からみて、米国は新基準への引き上げを輸出先の国々に要請し、日本政府などはすぐに応じる可能性が高い。
耐性雑草は生易しいものではない。その一つ(パーマーアマランス)は背丈が3メートルにもなり、労働者が傷ついたり、コンバインの刃が折れたりする。繁殖力も強く、大量の花粉が風で遠くまで運ばれ、あちこちの農地で繁殖する。
この問題に危機感を抱いたのが全米科学アカデミーだ。まず加盟組織の国家研究会議(NRC)が2010年に「GM作物への過剰な依存(つまりRR作物の急増)は、GM作物による環境面と経済面の利得を吹き飛ばしてしまう」と警告する報告書を発表。12年5月には「雑草対策サミット」を開いている。
被害は多くの国に広がっている。グリホサート耐性雑草は世界で少なくとも23種が報告されており、うち10種は複数の除草剤への耐性をもっているという。
◆対策は「枯葉剤」の大量散布
こうした事態にどう対処するか。メーカー側が出した回答の一つが、より強力な古い除草剤の大量使用だ。ダウ・ケミカル社は「除草剤2,4-Dに耐性をもつGMトウモロコシ」を開発し、モンサント社は「除草剤ジカンバに耐性をもつGM大豆とGMワタ」を開発し、各国政府に認可を申請している。
「2,4-D」はDDTなどと同じ有機塩素系農薬で、ベトナム戦争で大量散布された「枯葉剤」の原料である。残留性が強く、いったん環境中に放出されると影響が長期間にわたって続く。いまは小規模に使われているだけだが、GMトウモロコシが栽培されるようになれば、小型飛行機やヘリコプターで空中散布される。周辺に広く飛散し、周辺地域の生態系や耕作に悪影響を与えるのは必至だ。ジカンバも有機塩素系農薬で、大量使用すれば環境に悪影響を与える恐れがある。
このため、米国農務省が二つのGM作物について通常の環境影響評価を実施し「栽培を許可しても問題なし」と判断してパブリック・コメント(意見公募)を実施したところ、35万もの意見が寄せられた。それらを検討した農務省は2013年5月、両GM作物の承認を延期し、より詳しい「包括的環境影響評価」を実施することにした。評価には1、2年かかるという。
こうして枯葉剤などを大量散布するメーカー側の計画は、ひとまず頓挫している。将来、仮に承認されとしても、それらに耐性をもつ雑草がまた現れるだけであり、この面でもGM作物は行き詰まりつつある。
注1 実質的同等性とは、食用にされている普通の作物(宿主作物)と比較して(確認が可能な範囲で)形・生態、成分、安全性などにほとんど差がなく、しかも導入遺伝子の特性が分かっていれば、そのGM作物は安全とみなす考え方。
注2 事件について推進側は「GM細菌はトリプトファンの前躯体構造に使われたもので、前駆体とともに産生された副産物が精製不十分で残留したため発生した。GMのために不純物が増えたのではない」という趣旨の主張している。また、中毒学者の内藤裕史・筑波大学名誉教授は「健康障害はトリプトファンの摂り過ぎが原因」と主張している(『健康食品中毒百科』)。
注3 ラウンドアップの製剤にはグリホサート以外に、企業秘密の補助成分(界面活性剤など)が含まれており、これらの毒性が問題にされることも多い。
(敬称は略しました。続く)
(この論考は『世界』2013年9、10月号に掲載された論考に加筆・増補したものです)
初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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