軍人大統領が強権を握るナセル時代の再現へ ―エジプト憲法国民投票、成立確実―
- 2014年 1月 16日
- 評論・紹介・意見
- エジプト坂井定雄
エジプトの新国家像を決める新憲法の国民投票が14,15日行われた。昨年7月のクーデターで打倒されたモルシ大統領政権のムスリム同胞団は投票をボイコットし、軍と暫定政権、メディアあげての投票呼びかけのキャンペーンが展開され、多数の賛成で承認されることは確実だ。これで、クーデター直後に軍が発表した、正式政権発足への政治工程は最初の重要ステップを進み、残されたのは大統領選挙と立法議会選挙。大統領選挙は2,3か月以内に行われるが、軍トップのシーシ国防相を新大統領に推す運動がすでに広がっており、メディアの大勢も同調、本人も「多くの支持があれば」と発言しており、選挙は事実上の独走状態になるだろう。
新憲法は、2012年12月に、モルシ政権下に行われた国民投票で承認・施行され、クーデターで停止された憲法の修正憲法。前憲法の国民投票では投票率32.9%、賛成63.8%、反対36%だった。新憲法案と停止中の前憲法の比較は12月31日の本ブログでも書いたが、その要点は(1)基本的諸権利と言論・表現の自由などについては、前憲法の内容がほぼ維持され、新たに、批准した人権諸条約の実施に責任を負うことを明記した(2)平和的な集会とデモの自由は保障されるが、公衆に迷惑を及ぼさないよう、関連法規によって規制される(3)モルシ大統領や同胞団幹部を裁判にかけている「暴力の扇動」や「差別」「名誉棄損」は法により処罰する(4)宗教政党を禁止(5)男女同権を明記(6)国防相と軍の人事、軍の予算など軍の特権が確保され、政府も議会も事実上介入できない(7)軍の人員や施設を攻撃した民間人を軍事裁判にかける制度を明確にしたーなど。
新憲法案には革命勢力のうち、世俗派、ナセル主義派、左派勢力さらには教条的なイスラム政党などが賛成。同胞団とその支持勢力が拒否あるいは反対。革命を先導したリベラルな若者グループ「4月6日運動」などは軍の権限強化に強く反対して無許可のデモを決行、数十人が逮捕され、リーダーのマーヘルら3人が即決裁判で3年の投獄と罰金の判決を受けている。また、世俗・リベラル・左派勢力が手を結んだ「救国戦線」の代表者で、クーデター後の暫定政権の副大統領に就任しながら、同胞団への弾圧強行に抗議して辞任したエルバラダイ前国際原子力機関事務局長も憲法案に反対した。
同胞団以外にも、リベラル派などにも強い反対があるにもかかわらず、新憲法案が承認されたのは、多数の有権者が、軍主導で安定した政権が生まれ、革命後の生活と経済、治安の悪化から抜け出し、国家再建が軌道に乗ることを期待したからではないだろうか。国民の多数はそのために、民主的な選挙で選ばれた大統領を倒した軍のクーデターも受け入れ、流血の同胞団弾圧も傍観し、軍の政治工程表の最初の重要日程である新憲法国民投票で賛成を投じたのだろう。
エジプトでは最も信頼度が高い世論調査機関による12月下旬の電話調査によると、「憲法案を読みましたか」の質問に対して、回答者のうち59%が「読んだことがない」、39%が「一部だけ読んだ」、わずか5%が「読んだ」という回答だった。また「投票に行きますか」の質問には、「行く」が76%、14%が「ボイコットする」、10%が「決めてない」だった。投票に「行く」と答えた回答者のうち74%が「賛成する」、3%が「反対する」、23%が「まだ決めていない」と答えた。
新憲法案の内容を読まなくても、シーシと軍に任せてみようと投票所に行き、賛成に投じたのだ。ナセル時代(1952-71年)に培われた軍とそのリーダーへの信頼感がなお根強いことを示した、ともいえる。
エジプトは1952年の民族主義的な自由将校団によるクーデターで王政を廃止、共和国になった。モルシ以前の歴代政権はナギブ、ナセル、サダト、ムバラクとすべて軍の権力者が大統領だった。ナセルは56年に就任してから病死した70年まで大統領を務め、スエズ運河国有化、アスワン・ハイダムの建設で国際的に高まった民族主義の英雄となり、エジプト型の社会主義モデルを目指す一方、イスラム主義のムスリム同胞団と西欧的な民主主義・自由化を求める運動を抑圧した。67年の第3次中東戦争ではイスラエルに大敗したが、ナセルへの信頼感は根強かった。
ナセルの後継者サダトは、誠実な人柄で、同胞団の活動にも柔軟だったが、81年にイスラエルと平和条約を結んだため、イスラム過激派の兵士たちに暗殺された。後継のムバラクはサダト路線をほぼ継承、軍と治安機関、御用化した政財界で権力を固め、30年間、権力の座を維持した。しかし、本人と家族、取り巻きの政治家と実業家の腐敗が年々肥大化し、2011年の「1月21日革命」で打倒された。ムバラクとその時代への国民の嫌悪が、ナセルとその時代の良き記憶を増幅してよみがえらせた。
そしていま、ナセルを尊敬するシーシをナセルに重ねて、政治勢力もメディアも、そしてシーシ自身も、大統領にしよう、なろうとしている。
クーデターとその後の同胞団への流血の弾圧で、シーシとその軍・暫定政権は、革命で国民が手にした、権利と自由を踏みにじった。それでも、多くの国民は、シーシを支持し、前憲法で保障された国民の権利と自由をほぼ盛り込んだ新憲法案を承認したのだ。大統領選でシーシが圧倒的に支持され、新大統領に就任するのは確実だろう。
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