青山森人の東チモールだより 第263号(2014年3月30日)
- 2014年 3月 31日
- 評論・紹介・意見
- チモール青山森人
オーストラリアにたいする東チモールの抗議、
国際司法裁判所の判定は……
国際司法裁判所の判定
豊富なガスが埋蔵されていると有望視されているチモール海の「グレーターサンライズ」ガス田をめぐって東チモールとオーストラリアが交渉中の2004年、オーストラリアが東チモールの閣議室を盗聴したとして、東チモール政府はすでに2006年に結ばれた条約(CMATS=Treaty on Certain Maritime Arrangements in the Timor Sea、チモール海における海洋諸協定にかんする条約)はオーストラリア側の不正行為のもと東チモールが不当に不利な立場で成立した条約であるとしてこの条約の見直しを訴え国際司法裁判所に仲裁を求め、まさに裁判手続きが始まろうかというタイミングを計るようにオーストラリア当局は、去年12月3日のこと、オーストラリアのキャンベラで東チモール側のバーナード=コラエリー弁護士の家宅捜査をし、盗聴活動を証明するはずの物証を押収し、翌日、オーストラリア盗聴活動の証言をするはずだったオーストラリア諜報機関の元職員は拘束され尋問されました(『東チモールだより 第253号』参照)。この元諜報部員のパスポートは押収されオランダへ証言しに渡航できなくなりました(この元諜報部員は今どこでどういう状態に置かれているのか報道されない)。
条約見直しの仲裁裁判を要求する根拠となる証拠と証人がオーストラリア当局によって封じ込まれた東チモールは、オーストラリアのあからさまな行為を強く非難し、押収した書類・電子ファイルなどの資料を東チモールに渡すようにオーストラリアに求める訴えを国際司法裁判所に起こしました。その訴えにたいして国際司法裁判所のペテル=トムカ所長はこの3月2日、仮判定を出しました。オーストラリア当局が押収した資料は追って沙汰あるまで密封すべし、東チモールに渡さなくてもいいがオーストラリア当局も何人も見てはならない、オーストラリアは東チモールの伝達通信をいかなるかたちでも妨害してはならない、という内容の判定です。
国際司法裁判所の判定の評価
この判定について評価は分かれます。家宅捜査を許可したジョージ=ブランディス検事総長がオーストラリアにとって良い結果だと受けとる一方で、野党の影の検事総長はブランディス検事総長による問題の不適当な取り扱い方によってオーストラリアの国際的評判が傷ついたといい、緑の党は極めて深刻な法的非難を独りよがりに退けるブランディス検事総長の態度を批判します。そして東チモール側の代表の一人である東チモール人のジョアキン=フォンセカ・イギリス駐在大使は、東チモールのものである資料が押収されたことにたいする深刻な被害を国際司法裁判所が理解したことに満足していると評価しました。
1989年オーストラリアはインドネシア軍が東チモール人を弾圧している事実を横目で見ながらインドネシアと「チモールギャップ」(現在の共同開発区域)の天然資源共同開発の条約を結びました。ポルトガルは東チモールの施政国という立場でこれに反発して、1991年オーストラリアを相手に国際司法裁判所へ訴えたところ、1995年、国際司法裁判所はこの訴えにたいし司法判断ができないという面白くもおかしくもない判定を下しました。これを思えば、東チモールにしてみれば今回のこの判定は国際司法裁判所をぐっとひき寄せたある程度の(あくまでもある程度であるが)満足感を与えるに十分かもしれません。
また別の視点として、国際司法裁判所の今回のこの判定は、去年、暴露され世界的な非難の的となったアメリアなどによる傍受・盗聴行為にたいして、国際司法裁判所は間接的に注文をつけたような内容にも受け取ることができ、それなりの意義はありそうな気がします。
オーストラリア、東チモールへ警告
オーストラリアABC局の「フォーコーナーズ」(Four Corners)というドキュメンタリー番組で東チモールにたいする盗聴活動を取り上げ、コラエリー弁護士やブランディス検事総長などにインタビューをしています。この番組(「線を引く」Drawing the lineというタイトルが付けられている)はコラエリー弁護士と証人となるはずだった元諜報部員は国家安全法違反で告訴される恐れがあると報じています。
盗聴した当時2004年の外務大臣・アレクサンダー=ダウナー氏は盗聴について否定も肯定もせず、「オーストラリア政府は交渉においてオーストラリア側に立っており、われわれは目的達成のために最善を尽くし、それはとりわけ領海の描くという目的である、と言えば十分である」と語っています。ウッドサイド社という一企業のために盗聴をしてまで交渉を有利にすすめた見返りとしてダウナー元外相がウッドサイド社の顧問に就任したとしたら、政治家と企業の癒着・汚職問題に話が発展しないのが不思議です。コラエリー弁護士は、2004年のスパイ活動に関する司法調査を求めています。
また東チモールが国連に暫定統治されていた時代の暫定内閣の一員であったピーター=ガルブレス(1993~1998年にクロアチアの米国大使を務めた人物)もこの番組のインタビューに登場し、この盗聴は国家の安全なんかのためでなく商業的な利益のためだと斬っています(abc.net.au/4corners, East Timorで検索してこの番組を見ることができる)。
国際司法裁判所から上記の判定が出されたのち、オーストラリアは東チモールへ外交ルートを通じて、国際仲裁裁判にかける決断は東チモールにとって辛い結果をまねくだろうと警告したと報じられていますが、これでは「警告」ではなく、まるで「脅し」です。
仲裁裁判が始まるころ(数ヶ月先)、シャナナ=グズマン首相は辞任しているでしょうか、それともまだ首相に留まっているでしょうか……? 新しい首相に就任する人物とその周辺にオーストラリア当局は揺さぶりをかけ、あるいはアメとムチを提示し、東チモールに攻勢をしかけてくることでしょう。
「慰安婦」問題の解決を求める要請書
さて、前号の『東チモールだより』で日本による東チモールにたいする戦争責任について述べました。東チモールを支援する諸団体で構成される「東ティモール全国協議会」は日本軍の東チモール侵攻の日にあわせて日本政府に「慰安婦」問題の解決を求める要請書を毎年渡しています。今年のその要請書の全文を以下、紹介します。
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岸田文雄外務大臣殿
東ティモール日本軍占領期における「慰安婦」問題の解決を求める要請書
2014年2月20日、日本軍のティモール島侵攻から72年目の日を迎えました。
日本には東ティモールに対して未だ果たせていない大きな責任があります。それは、大戦中にポルトガル領ティモールを占領した日本軍が犯した重大な人権侵害の真相究明、責任追及および被害者救済です。しかし、日本政府は、大戦後、ポルトガル領ティモールに関する戦争責任に関して何の措置も 講じてきませんでした。そして、東ティモールが独立すると、今度は「未来志向」の名のもとに、かつ「東ティモール政府からの要請がない」ことを盾に、過去の問題に触れようとしません。その結果、今なお、日本の戦後賠償スキームにおいて東ティモールは未解決事案として残されたままです。
2000年以降、私たちは東ティモールの女性組織、人権団体、法曹関係者とともに日本軍による性奴隷制の被害者及び目撃者から聞き取りを行い、各国公文書にあたり、調査結果をまとめ、被害者の願いを両国政府に伝えてきました。被害者が勇気をふるって世に示した怒りと痛みは、東ティモールという新しい国に法の支配と民主主義と男女平等への道を照らす灯火と言えます。しかし、日本政府から謝罪の一言も聞けぬまま、名乗り出た19名の内すでに9名が逝去されました。
日本政府はODAによって紛争後の平和構築に多額の資金を投入してきました。しかし、過去に日本軍がひきおこした犯罪行為を清算することなく、他国の人々に対して和解や共存を説くことは欺瞞です。2000年に東京で開催された「日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷」は日本と関係国がこの問題で真実和解委員会を設置することを勧告しました。私たちは、日本軍占領期の事案に関して、ポルトガル、オーストラリア、東ティモールと協力して真実和解委員会を設置することを提案します。日本政府がこうした行動を先導することで、平和創造への意思を世界に示すことができると思います。そして、日本と東ティモールの間に真の友好関係を築くため、私たちは以下を要請します。
1. 本件に関する協議を日本政府から東ティモール政府に申し出る。
2. 本年中に、日本政府は、被害認定、被害者への謝罪、被害者救済の方策に関し、被害者及び被害者支援団体と協議を行う。
3. 真実和解委員会の設置というオプションをすべての関係者と協議する。
2014年2月20日 東ティモール全国協議会 賛同団体・賛同人一同
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~次号へ続く~
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