なお続く社会主義への模索 -16年ぶりに見たカリブ海の赤い島(下)-
- 2014年 4月 18日
- 評論・紹介・意見
- キューバ岩垂 弘
「キューバを見る聞く知る8日間ツアー」の一員として、3月6日から13日までキューバを訪れたが、8日間の見聞を通じて強く印象づけられたのは、この国がなんとしても社会主義を堅持しようとひたすら努力していることだった。
社会主義を支える無償の医療制度と教育制度
「なんとしても社会主義を堅持する」。そうしたこの国の堅い決意を強く感じさせてくれたのは、この国の医療制度と教育制度である。
まず医療制度だが、それは第一次初期医療、第二次地域基幹医療、第三次専門医療の3段階から成る。第一次初期医療を担当するのがファミリー・ドクター制度で、地域を中心に1人の医師と1人の看護師が約120世帯の住民の健康状態を常に把握し、午前中は診療所に常駐して診療を行い、午後は担当地域内を巡回する。手に余る患者は「ポリクリニコ」と呼ばれる総合診療所へ送る。この「ポリクリニコ」こそ第二次地域基幹医療の中核をなす診療所で、20数カ所のファミリー・ドクター診療所を統括する。ここには、入院設備はなく、外来患者の診療が中心。ここでも対応できない患者は、大学、地域の専門病院へ移送する。いわば、地域でのファミリー・ドクター制度とポリクリニコが、プライマリーケア(初期医療)を担っているといえる。
これまで3回にわたってキューバの医療制度を見学した栃原裕氏(元すずしろ医療生協理事長)によれば、キューバ全土で1万4676のドクター・ファミリー診療所、440のポリクリニコ、267の専門病院があるという。
サンチャゴ・デ・クーバのポリクリニコ(Ramon Lopez Pena Policlnico)を見学した。院長も副院長も女性。スタッフは医師・看護師・医療技術者ら633人、診療科目は外科、内科、皮膚科、呼吸器科、耳鼻科、歯科、眼科、産科。外来患者は1日に200人。心臓病、高血圧、糖尿病などが多いという。「年中無休です」と院長。待合室には中高年者や子どもたちがつめかけていた。
そして、これが最も重要だと思うのだが、こうした医療制度の中で、国民のだれもが気軽に医者にかかれるということだ。無料で。
サンチャゴ・デ・クーバでは、小学校を見学した。広い敷地の中に校舎や、寄宿舎、小動物園、花園などが展開していた。児童たちは私たちを歌とダンスで歓迎してくれた。短時間の見学ではあったが、施設、展示物、教科内容から、私はキューバ政府が教育に力を入れているな、と実感できた。
キューバの学制は小学校(6年)、中学校(3年)、高校(3年)、大学(3~7年)で、日本とほぼ同じ。中学までが義務教育。「我が国では、学びたいという意欲があれば誰でも大学教育まで受けられます。もちろん無料で」。滞在中、そう聞かされた。
私たち一行に歓迎の言葉を述べる児童たち(サンチャゴ・デ・クーバで)
(川島幹之氏撮影)
西林万寿夫・前駐キューバ大使もその著書『したたかなキューバ』の中で言っている。「(キューバの)多くの人々はキューバの社会主義を信じている。経済がうまく回っていないことは分かっているが、医療や教育が無料というところが大きい」
無償の医療制度と教育制度が、この国の社会主義を根底のところで支えていることが分かろうというものだ。ただ、私としては、それは社会主義の輝かしい到達点の一つにちがいないと思う一方で、国家財政にとってかなり重い負担になっているのではないか、と思わずにはいられなかった。
抜本的制度転換に踏み切る
そう思ったのは、こんどのキューバ旅行を前にして、キューバの実情に詳しい学者から、「キューバでは改革が進展しているが、すべて順風満帆というわけではない」と聞かされていたからである。後藤政子・神奈川大学名誉教授が2013年6月に都内で行った「キューバ・改革の現状と展望」と題する講演だ。(後藤教授の講演内容は、キューバ友好円卓会議の会報「サルー」13号に掲載されている)
その中で、後藤教授は、キューバ共産党が2011年4月の第6回大会で決定した「革命と党の経済社会政策基本方針」について次のように語った。
「キューバはこの基本方針を『キューバ社会主義モデルの再構築』と言っています。基本方針によれば、国家による各企業への経済コントロールは融資や契約などを通じた間接的な形に移ります。非農業部門では独立採算制を導入して自主性を拡大させた国営企業が中心となりますが、このほかに、外資企業や個人営業、協同組合を増やします。農業以外の部門で協同組合形態が導入されたのは、第6回大会が初めてです」
「農業部門では国営農場は大幅に減少し、その役割は農業指導など、地域におけるパイロット農場的なものとなります。中心になるのはさまざまな形態の協同組合農場です。この他に小農(革命前から存在するものと、1959年の農地改革で土地を分与されたもの)と、政府が国有地を貸与する『借地農』があります。いま、この借地形態による小農形成が急ピッチで進んでいます」
「社会サービスはすべての国民への平等なサービスから『弱者』保護中心の制度へと変わり、無償だったサービスも有料化されます。ただし、教育と医療の無償制度は今後も維持されます」
こうした内容をもつ「基本方針」を共産党大会が決定したことを後藤教授は「抜本的制度転換」と呼んだ。そして、こう続けた。「半世紀にわたり革命の基本理念を維持してきたキューバが、なぜ、いま、このような抜本的制度転換に踏み切ったかですが、それは、キューバが『経済悪化の悪循環』に陥り、革命存続の成果すら無に帰しかねない事態に至ったことによります。米国の経済封鎖がキューバ経済に大きなマイナスの影響を与えていることはよく知られていますが、大事なのは、経済情勢の悪化は、このような外部条件のためだけでなく、いわゆる平等主義体制の限界のためでもあり、そこに部分的市場化の矛盾が加わって『経済悪化の悪循環』を引き起こしていること、それを政府や国民が認識するに至ったことです」
「ここで注目していただきたいのは、部分的市場化の矛盾です。配給物資が減少し、自由市場で生活物資を手に入れなければなりませんが、価格が高いために職場で得る賃金ではまったく足りません。そのため『働いても意味がない』ことになり、労働意欲は低下し、ますます生産は低迷します」
要するに、行き過ぎた平等主義、非効率な計画経済、部分的な市場経済化がもたらした弊害を認め、計画経済を維持しながらも経済の各部門に大胆に市場原理を導入し、経済の活性化を図ろうとしたということだろう。これによって、労働者に働く意欲、やる気を起こさせようというわけである。
私たちツァー一行はキューバ滞在中、ICAP(キューバ諸国民友好協会)のアリシア・コレデラ副総裁と会談したが、彼女は発言のほとんどを「基本方針」の説明に割き、「基本方針は2つの原則を掲げています。第1は経済の現状化で、経済を実態に合わせることです。もちろん、私たちの経済は市場経済ではなく、社会主義的計画経済に重きを置いており、この路線は変わらない。第2の原則は農業部分での生産性向上です」「国家は生産の重要な部門を掌握していなくてはなりませんから、これからも国家にとって重要な部門は国が集中的に支配します。例えばニッケルの生産とか。しかし、国の発展にそう必要でないものは自由化を進めます」などと述べた。
市場原理と革命理念のはざまで
キューバ滞在中、「基本方針」によってもたらされた変化を見ることができた。16年前に比べて、外来者の目に映った最も明白な変化は、レストランと物売りが増えたことだった。ハバナで会った外務省関係者が言った。「プライベートな(民間のという意味)レストランがぐんと増えた。フランス料理、中華料理、そして、鉄板焼きのレストランも」。街頭で見かけた物売りでは花、果物、野菜、アイスクリーム、書籍、骨董品などを売る人が目についた。ハバナのホセ・マルティ国際空港の国内線ターミナルのすぐ外では、深夜 (午前2時半)だというのに旅行客向けのコーヒーを売っている屋台が営業していて、私たちを驚かせた。
こうした現象の背後にあるのは、ラウル・カストロ政権が2008年以来進めてきた、国営部門の労働者を非国営部門に移行させる政策である。その受け皿が自営業の拡大であった。その後、2011年の共産党の第6回大会で決定された「基本方針」でも個人営業の拡大がうたわれており、この流れは加速中だ。
自営業でも、外国人観光客相手の商売は外貨を入手する機会が増え、一般のキューバ人より多くの収入を得ることができる。そこに、国民間の所得格差が生ずる。つまり、自営業の拡大はそうした所得格差の拡大につながる。それは、社会主義の理念である「平等主義」を崩しかねない。後藤政子教授は「今後もキューバは市場原理の導入と革命理念の維持とのはざまで苦しみ続けるのではないか」とみる。。
(川島幹之氏撮影)
街頭ではアイスクリーム売りのワゴンもみかけた(サンチャゴ・デ・クーバで)
ICAPのアリシア副総裁も私たちとの会談で「私たちの国は、ちゃんと働いている人は給料が増えません。だから、有能な技術者がパラデロ(美しい海岸で知られるキューバ随一の外国人向けの観光地)の駐車場に行ってしまう。そこで働く方が収入がいいから。非常に悲しい」と、所得格差がある現実を認めた。が、彼女は、次のように説いてやまなかった。
「基本方針が掲げる改革でも進んでいないことがあります。何事も全部を一気に実現できません。人々の意識の改革は時間のかかるプロセスを経てやっていかねばなりません。工場の人員の整理にしても、すぐはできない。再配置を考えながらやらざるをえない」
「閣僚会議が基本方針の実行度を毎年、検証しています」
「私たちは、私たちに欠けているところや不具合などをきちんと論議しています。私たちは、真実を述べたいし、欠陥を直さなくてはならないと分かっているのです」
改革は1段、1段進めてゆくから、どうか長い目で見てくれ、ということのようだった。
彼女の発言は、ツァー参加者にどう受け取られたか。キューバは2度目という主婦は「いろいろ難関があっても社会正義を通そうという決意が感じられて、感動した」と話した。やはりキューバ2度目という医師は言った。「キューバはどうなるかと心配してやってきたが、これからも大丈夫だと思った。なぜなら、キューバは自分の欠点は何かと自己を分析する力をもっているから。自己分析力があれば、自分を改革することが可能だ。その点、日本はもはや自己分析力を失ってしまっている。そう思うと暗澹たる気持ちになる」
社会主義国は地球から消えつつある。が、キューバはなおけなげに社会主義への模索を続けている、ということであろうか。
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