ロシア膨張論の幻影
- 2014年 5月 2日
- 時代をみる
- ウクライナ問題岩田昌征
ベオグラードの日刊紙『ポリティカ』(2014年4月19‐20日)にセルビアの有力な軍事外政記者ミロスラフ・ラザンスキが4月17日に放映されたプーチンのTVショーに関して、興味深い解説「ヴラディミル・プーチン・ショウ」を書いていた。一部を要約紹介。
プーチン・ショーは、国内外の公衆に対するチャームな、ユーモアある、そして温和な応対であり、新聞記者、作家、そして視聴者との対話であって、かつ「プーチニズム」の背景を部分的に示していた。
プーチンは、新しい安定した強力なロシア国家の創建者であって、ロシア民衆に安定性、将来予見性、民族的な誇りの回復、そして讃仰できるリーダーを提供した。
プーチンは、アメリカ合衆国は軍事的に強力なパートナーだけを尊重するというテーゼから出発して、ロシアの国力のあらゆるセグメントを近代化しようとしている。それ故、出来る所では、ワシントンとのすべての対決を避ける。しかしながら、クリミヤやウクライナのような死活的利益が脅かされる所では、躊躇なくUSAと直接対決する。
プーチンは次の記憶を呼び覚ました。ドイツ統一とワルシャワ条約機構(WTO)解体の前夜、西側は、「NATOは東独領に入らない。旧WTO諸国にNATOのインフラを作らないし、これらの国々へNATO加盟を呼びかけない。旧ソ連邦の新諸国家をNATOに加盟させない」と約束した。
これらすべての約束は実行されなかった。プーチンのテレビ出演の7日前、NATOは、プーチンが何を語るかを予見していた如く、ブリュッセルで次のような声明を出した。「我々は、このようなことすべてを多分約束したでしょう。しかしながら、何一つ文書に署名しなかった。」
数年前、NATOは、クリミヤでウクライナ軍との共同軍事演習を試みた。アメリカ海兵隊はクリミヤ上陸に向かった。しかし、民衆が海岸へ出て行って、彼らを阻止した。拳骨による肉体的な格闘になって、演習は中止された。モスクワは、キエフ政権がNATOを呼び込み、クリミヤに恒久的に駐在させることは、時間の問題だと分っていた。がたがたのウクライナ経済へのIMF支援と引き換えにだ(岩田注:4月30日、IMFは170億ドルのウクライナ支援を正式決定)。
私見によれば、ラザンスキは、プーチンの戦術的・戦略的タフネスに焦点を当てて解説している。しかしながら、私=岩田にはプーチンの深層心理にあるかもしれない弱さ、あるいはロシア民族の歴史的弱さのおぼろ気な自覚が見えてくる。『ポリティカ』(2014年4月18日)は、その第一面にプーチンのテレビ発言を「プーチン:彼らは私たちをユーゴスラヴィアのようにバラバラにしようとしている」との大見出しで報じた。
プーチンは、サンクト・ペテルブルグの一視聴者からの質問に答えて、「彼等は、私達をバラバラにしようとしている。彼等がユーゴスラヴィアに対して何をやったかを見なさい。諸々の小部分に分割し、今や使えるすべてを使って、マニピュレートしている。」「ある人は、同じことを私達にやろうとはっきりと望んでいる。」と語った。「ある人」が誰であるかは、具体的に言わなかったが。
3月18日のクレムリン演説では、プーチンは、クリミヤ問題をセルビアのコソヴォ問題にたとえた。4月17日のテレビ出演ではポロリとであろうが、今日の対欧米対決問題を旧ユーゴスラヴィアの解体問題にたとえてしまった。要するに、ロシア連邦全体の解体可能性が最悪のシナリオとしてプーチン等の脳内回路に形成されつつあるのだ。ウクライナ問題の処理に失敗すれば、ウクライナがNATO陣営に入る恐れありというだけでなく、ロシア連邦の解体の出発点になるかもしれないという最深奥の心配事が一視聴者の質問への回答で口に出てしまった。強いリーダーの口に出すべきことではなかった。
私=岩田は、次のような将来事件を想像する。
① モスクワは、社会主義体制という抽象を防衛するためには、核兵器を使用できなかった。しかし、ロシア、あるいはロシア民族という歴史的具象を守護するためには、核を使用できるかもしれない。
② ロシア連邦が解体の危機を回避できた場合、文武強国日本は、北方領土にいかなる外国の軍事基地を置かせないという安全保障をロシアに与え、北方領土をロシアにとって死活的利益ではないことを納得させる。そうして北方領土を回復する。
③ ロシア連邦が核戦争なしに解体して、モスクワ国家がイワン雷帝時代の領域に縮小し、極東・北アジアに極東ロシア人を中心とする多民族北亜共和国が誕生した場合、日本は、千島・樺太交換条約を復活させる。
平成26年4月29日
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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