「陰謀」の時代
- 2010年 11月 7日
- 評論・紹介・意見
- 安東次郎尖閣陰謀
都合よく「陰謀」に気付く
今年の2月、「小沢に対する検察の捜査とマスコミの報道は政治的な意図をもったものだ」という趣旨の発言をしたら、そんな考えは「陰謀論」だと言われた。(注1)
ところが、今回中国の漁船が巡視船に衝突すると、多くのひとが「中国共産党の指示によるもの」という。そしてそのビデオが流出すると、こんどは「政権転覆が目的」とも言われる。
もちろん私だって「漁船の船長が酔ってぶつけただけ」とは思わないし、「誰かが義憤にかられてビデオをリークした」とも思ってはいない。
しかし一方で、小沢に対する検察の『攻撃』(逮捕された「前田」検事も担当した)の「政治性」は否定し、他方で、漁船衝突の「政治性」やビデオ流出の「政治性」には「気付く」というのは、いささか都合がよくはないか?
どちらの場合も「事態」の背景に政治的な「動機」を見てとって当然だろうし、「動機」を隠して「事態」を生じさせるのを「陰謀」と呼ぶなら、これらはみな「陰謀」だろう。
「漁船衝突」――中国の「陰謀」をどう解釈する?
さて今回の尖閣での「漁船衝突事件」についていえば、やはり「中国の漁船のほうが衝突させた」のだろう。もちろん画像を捏造することは可能だが、中国サイドもそのような主張はしていないから、ここでは「捏造」については考えない。
今回の件で「船長が酔っ払っていたのが原因」という説に賛成しかねるのは、そもそも漁船は船長の所有物ではなく、船主は他にいるからだ。なんらかの「バックアップ」なしに、船長が船主の所有物を故意に傷つけるのは難しい。しかし「だれがそのバックであるか」を証明することは難しい。(「ほんとうの指揮者は、先に釈放された船員の中にいたのではないか」(注2)という推測も、証明できない。)
そうするとすべては、推測にとどまったままで、「中国共産党が今回の事件を起こした」という話になる。しかしこの場合ただちに「中央指導部」の指示と推測してよいのか。最近の中国外交――劉暁波ノーベル賞受賞への対応など――を見ていると、「センス」が大分ズレているから、そうなのかもしれない。
しかし共産党内の権力や路線をめぐる「闘争」を考慮すれば、「人民解放軍」の一部による「作戦」ということもありえる。もちろんそれ以外の可能性もあるだろうが、それはまったくの想像になるから、ここでは扱わない。
こんなことをぐちゃぐちゃ言っていると、「そんなことはどうでもよろしい、日本は毅然とした態度をとればよいのだ」と言われるのかも知れない。
しかし「敵を知り、己を知る」ことが、外交・政治の基本ではないか。
アメリカの「陰謀」は?
ところで今回の事件のもうひとつのポイントは、「拿捕」13時間後の(政府の判断による)「逮捕」・「送検」と、その後の「政治的判断」による「釈放」――これには「那覇地検が政治的判断をする」という茶番劇が附随――である。
この件については――先にも紹介したが――太田述正氏(元防衛審議官)が次のように言われているのが、興味深い。
<今回、海保が中共の漁船に強くあたったのも、その裏に宗主国米国からの陰に陽にの圧力があった可能性は排除できない/ そこへ、飛んで火に入る夏の虫じゃないけど、中共の方からちょっかいを出してきた。/ そこで、米国に言われた通りに海保が動いたら、中共が異常なほどいきり立った。/ で、今度は米国が事態を収めにかかり、外務省を通じて検察を動かした/ 要するに今回の件、日本の属国政府が、宗主国のマッチポンプに振り回されて踊らされただけって可能性が大>。(注3)
今回のビデオを見ると「海保が中共の漁船に強くあたったというのは、事実に反する」といわれるかもしれない。しかし前原国交大臣等の指示により「尖閣諸島領域」でははじめてとなる「逮捕・送検」を選択したと言う意味では――そしてこれが本質的な問題点――太田氏の指摘は妥当である。そして前原の背後に「アメリカ」を想定するのは、決して無理な話ではないだろう。
ところで「事件」を決算すると、「日本」は「法治国家」という看板に穴があき、中国のほうも、諸々の強引なやり口で、諸国にあらためて警戒心を募らせる結果となった。得をしたのは、アジア諸国を引きつけることに成功した「アメリカ」だけだ。
「事件」――「衝突」それ自体ではなく、政治・外交的過程総体としての「事件」――を見る場合、「いったい誰が得をしたのか」という視点で見るのは、ある意味では、基本だろう。
もちろん今回の尖閣諸島の事件には中国の拡張主義という背景があることは否定できない。しかし米国の戦略という文脈の中でも、今回の事件を観察する必要があるということ。その点を忘れて、『ナショナリズム』――といっても対米従属の正当化論が大半であるが――を鼓舞することは、危険だろう。
オバマ政権は、発足後しばらくは、「米中のG2体制になるのでは」とも言われたように『対中融和』を追求したようだが、少なくとも今年の6月ころには、アメリカの中国にたいする姿勢に変化が見え、いまでは中国にたいする牽制は――インドやベトナムとの関係の変化などとして――明瞭となっている。(注4)
もちろん中国の拡張主義を肯定しようというのではない。そもそも中国が次の海洋覇権国家になれるのか。中国が、相当に海軍力を増強しても、太平洋の東半分やインド洋を制圧するのは困難だ。これでは仮に第二列島線の内側を支配できた――これも難しいが――としても、中国の海上交通は、いざとなったら遮断されてしまう(これについては大田述正氏の指摘あり)。「陸の帝国」といえども、海上交通なしでは成り立ちはしないのだから、中途半端な「海軍力」(実質は海上航空兵力)で海洋覇権国家を目指しても、戦略として成立し難い。
最近の中国の対応を見ると、少し上ずった調子で、「人民戦争世代のしたたかさが継承されていないのでは」と感じてしまう。もっとも、いまの民主党や自民党などを考慮すると、日本人にこの点を指摘する資格などありはしないが。
「陰謀」に甘い日本人
ところで最後に二点ほど。
一つは小沢にたいする検察審査会の強制捜査の件。
その検察審査会の審査員は平均年齢が――発表された年齢が二転、三転したが――34歳という。高齢化が進む日本人11人をランダムに選んで、平均年齢がそうなる確率は1%程度とも、それ以下とも言われる。このような不可解な「事態」を「たまたまそうなった」で済ましてよいのか?
具体的な「犯罪」や「不祥事」の解明なしに、「政治とカネ」という呪文で政治家を葬ろうというのは、「陰謀」である。「検察とマスコミ」が、ある勢力の意を汲んで、キャンペーンを展開し、政権を左右することも――仮に成立したのが無能な政権ではなくとも――「陰謀」である。
もう一つは「ビデオ流出」に先立つ「公安情報の流出」の件。二つの流出事件に関連はないのか。特に「公安情報の流出」は、重大かつ意図的であることは明らかであるが、その意図がなんであるかは必ずしも明白ではない。この事件が新たな事件の『予兆』でなければよいが。
こうした「陰謀」を防ぐために必要なのは、つねに「陰謀」を疑う人々の意識ではないか。
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(注1) これについては旧「ちきゅう座」掲載の以下の記事などを参照願いたい。
http://chikyuza.net/modules/news1/article.php?storyid=952
(注2)「工作」に関係する船の場合は、船長以外に指揮者がいる可能性が大。
(注3)太田述正氏のサイトの以下の記事
http://blog.ohtan.net/archives/52030627.html
(注4)転換点は昨年12月のCOP15だったのかもしれない。
この際の米中のやり取りについては私も以下の記事で取りあげた。
http://chikyuza.net/modules/news1/article.php?storyid=880
最近のワシントンから見た米中関係に関するレポートとしては、
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/4748
ベトナムに関わる最近のニュースの一例としては、
「国防大臣、カムラン湾を外国軍艦のサービス拠点へ」http://www.hotnam.com/news/101105102844.html
これはhttp://obiekt.seesaa.net/で取りあげられている。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔opinion0204:101107〕
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