ジャーナリズムでわからないこと──慶州G20の共同声明を巡って
- 2010年 11月 9日
- 時代をみる
- G20ジャーナリズム脇野町善造
2010年8月14日付けで、「海の大人」氏が「朝日新聞がつまらない」というタイトルで、朝日新聞は「金融が世界を支配する時代に、とうとう、『朝日を読んでも世界金融はわからない紙面構成に改定』したのだ」という記事を載せている。
しばらく新聞をまとも読んでいなかったが、本当に分からないのだろうかと思って、10月の最終週に数年ぶりに朝日新聞を中心に内外の新聞を少し読んでみた。「朝日を読んでも世界金融はわからない」のは事実であったが、これは朝日に限った事ではなかった。日本のいくつかの全国紙を読んでも、いや定評のある経済誌紙(Financial TimesやEconomist)に目を通しても容易に世界金融は理解できなかった。
そう判断する根拠は単純である。10月23日(日本時間)に慶州(韓国)でのG20財務相会合が閉幕し、共同宣言が採択された。その主な内容は次のとおりであった。
各国は経済の実力を反映し、より市場で決まる為替レートへ移行する
各国は過度な経常収支などの不均衡を減らし、持続可能な水準で維持する政策を追求する
長期間の大規模な不均衡はIMFが点検する可能性
「通貨が安くなったり高くなったりするのは、結局、もともとの(経常収支の)不均衡がもたらす結果。各国が構造改革を進めない限り問題解決にはならない」(国際金融機関幹部)という認識で各国が一致したというのが多くの新聞の論調である。そしてそのことに対して批判的な「解釈」をした新聞はほとんどない。経済紙としては国際的にもっとも高い評価を得てきたFinancial Timesは23日付けの社説で「グローバルな不均衡の核心にあるのは、経常収支の問題である。為替レートはそれに影響を与える──ただし唯一のものでは決してない──手段に過ぎない」として、この共同声明を好意的に評価している。
たしかにこの主張は説得力のあるものであり、「経常収支」の不均衡が根幹の原因で、為替レートなどは表層的な現象にすぎない、だから誰も反対できない、そう考えても不思議ではない。炯眼の持ち主と思っていたEconomistさえ、実は10/16号で慶州のG20を展望して次のように言っていた。
経常収支について具体的な数値目標を掲げる方法には欠点がある。特に大きいのは、政策担当者が経常収支に間接的にしか影響を及ぼすことができない点だ。中国以上の黒字国であるドイツは、この案に強く反対している。/だが、必要とされる世界経済の不均衡是正の規模について大筋の合意を形成することは有効かもしれない。
慶州ではこうした理解にそって、具体的な数値目標を掲げることなく「根幹問題=経常収支」ということで中国も含めて合意してしまった。この光景に対して、10月24日の朝日新聞は、アメリカには「してやったり」の雰囲気が漂う、と書いた。なぜアメリカが「してやったり」とほくそ笑んだのか。朝日によれば、慶州G20前は「経常収支の不均衡是正に向けた取り組みは大きく進んでいなかった。それが…不均衡是正に向けて全力をあげることや、…数値目標につながる基準を今後策定することにも合意した」からだということになる。
「根幹問題=経常収支」という理解に立てば、これはその通りである。しかし、「経常収支の不均衡是正に向けた取り組み」が進んだことをもってアメリカが「してやったり」とほくそ笑んでいる理由だと、朝日が思いこんでしまっていることこそが、実はアメリカのほくそ笑みの本当の理由ではないのか。
それは、11月1日付けの産経が紹介しているWall Street Journal の10月26日付けの社説を読んで初めて気がついたことである。慶州G20経常収支の不均衡是正を合意目標として持ち出したのはガイトナー米財務長官だが、唯一反対者がいた。ドイツのブリューデレ(Bruederle)経済技術相である。Wall Street Journalはそれを次のように伝える。
(ブリューデレ)経済技術相は、米連邦準備理事会(FRB)の追加金融緩和策に疑問を呈することで問題の核心に迫った。同相は「流動性の追加により問題を抑制したり解決したりするのは間違ったやり方だ」とし、世界の通貨市場の混乱の中心であるドルの下落に言及したが、追随する閣僚はいなかった。
ガイトナー長官の考えでは、経常収支の不均衡がドル安の原因であり、不均衡が是正される中で実現する為替相場(それはさらにドル安になっている可能性が高い)こそが「市場で決まる為替レート」だということになる。だから、「過度な経常収支の不均衡を減らす」ためには、ドル安が是認され、そして他国が通貨切り下げ競争を回避しなければならない。それによって初めてアメリカの経常赤字は減り、他国の経常黒字も減る。
ガイトナー長官はこうした考え方に世界中を同調させ、その結果、アメリカの金融政策に対する批判を回避することにまんまと成功した。ドイツの経済財務相が取り上げたドルの下落を問題にすることに誰も追随するものがいなかったこと、このことを問題にするジャーナリズムがほとんどなかったこと、これこそがアメリカが「してやったり」と思った原因であろう。
しかし「根幹問題=経常収支」という考えは間違いである。現在のドル安は経常収支の不均衡を反映したものなどではなく(アメリカの経常収支はずっと前から赤字続きである)、景気回復のためにドルを刷り続けているアメリカの金融政策が引き起こしたものだ。このことを無視して、「経常収支の不均衡」が問題の根源だとしている限り、通貨戦争に終わりはないであろう。Wall Street Journalはこれを次のように批判している。
要するに、G20は誤った診断を下したお門違いの問題の対処に成功したと表明したと言える。財務相らは為替レートの変動の問題の本質に対処する代わりに、「過剰な」貿易「不均衡」を是正することに力点を置いた。
最も大きな問題は、このことにドイツの経済財務相以外の誰もが気付かず、Wall Street Journal以外のどの新聞もこのことを(すくなくとも暫くの間は)正確に理解できなかったことだ(ドイツの経済財務相の反対意見を伝えた新聞さえほとんどない)。勿論、この問題に対してはジャーリズムだけを嗤うわけにはいかない。ドイツの経済財務相とWall Street Journalが指摘した問題を取り上げた経済学者の発言を10月最終週の新聞で読むことはなかった。それどころか、10月27日の朝日新聞では「円高克服には内需拡大が不可欠である」とする著明な経済学者の意見が掲載されている。これはまさしくガイトナー長官の主張に手を貸すものである。こうしたことを主張する経済学者がいまだに日本の首相の「ブレーン」なのである。
ただし、そのことはジャーナリズムの免罪符になるわけではない。ジャーナリズムとは「報告」と「解釈」の二つからなると言われるが、「解釈」が出来なくなったり、「解釈」が間違っていたりするジャーナリズムというのは、もはやジャーナリズムとは言えないのではないか。何故こんなことになってしまったのか。ジャーナリズムの衰退を嘆く前に、そのことを考える必要がある。慶州G20の共同声明を巡る報道はそのことを教えてくれている。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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