シーシ元帥が新大統領に―低投票率が示す民意は
- 2014年 5月 29日
- 評論・紹介・意見
- エジプト坂井定雄
-革命3年後のエジプト⑧完
昨年7月のエジプト・クーデター後初めての大統領選挙が行われ、軍を率いてモルシ大統領の権力を奪ったシーシ退役元帥が、唯一人の対立候補サバヒに勝利した。選挙は26,27日に予定されていたが、あまりに低い投票率のため、投票終了直前、政権側が選挙管理委員会に圧力をかけ、一日延長した。シーシは過去最大規模の組織的運動とメディアを動員して、選挙民に働きかけたが、多数の選挙民が棄権し、屈辱的な低投票率に終わった。モルシが当選した2012年6月の2候補による大統領選挙決選投票の投票率は51%だった。今回棄権した多数の有権者のうち、ムスリム同胞団とイスラム政党、リベラルな若者組織のボイコット呼びかけに応じて棄権した人々は5,400万有権者の2割程度で、それ以外はどちらの候補にも投票したくないか、結果が決まり切っているので行かなかったか、あるいは前回同様の消極的な棄権だったと思われる。
いずれにしても、クーデターとその後のシーシが率いた暫定政権を支持し、投票所に足を運んだ有権者がこの程度しかいなかったことは、国民の審判と言える。
しかし、投票した有権者も、棄権した有権者も、2011年の「1月25日革命」後、軍政、1年間のモルシ政権、シーシが率いたクーデター後の暫定政権を通して続いてきた、悪化した治安、生活と経済の苦境、とくに若者(30歳以下が8,500万人口の7割近くを占める)の就職難などからの脱出と平穏な日常の回復を、新大統領とその政権に託していることに変わりはない。
シーシは再三、「ナセルになりたい」と発言し、いまなお多くの国民が敬愛している民族の英雄の名を辱めない指導者になるだろうか。ナセルの時代とは違うが、エジプトの今後は、パレスチナ紛争をはじめ中東全域に大きな影響を及ぼす。シーシの責任は重い。
大統領選へのシーシの準備は周到だった。モルシ大統領の復権を求める最強の政治勢力ムスリム同胞団を徹底的に弾圧した。暫定政権の大統領に裁判官トップを任命、特権的な司法界と強大な内務省・治安警察を掌握、同胞団と支持者千数百人を殺し、約1万6千人を投獄。警察の許可なしには一切のデモを禁止するデモ規制法を制定して、リベラルな若者・人権グループまで厳しく弾圧した。旧ムバラク時代に汚職で肥え太り、革命後、逮捕・起訴されたムバラク親族や政府・与党の有力者、大企業家たちを続々免罪にした。3月には暫定政権の首相を更迭して、エジプト最大の土建開発企業のオーナーを新首相に任命、選挙への経済界の支援体制を固めた。完全掌握をしているように見えるエジプト軍をはじめ、このような勢力がシーシ政権の権力基盤になり、シーシは独裁体制を築くだろう。
シーシに残る重要政治日程は一院制にした立法議会選挙で、7月半ばまでには実施される。
すでにシーシの意向を受けた新選挙法を暫定政権が決めた。そのポイントは、これまで実施されてきた選挙制度を大きく変え、当選議席の配分を、従来の政党リストの候補者3分の2、個人立候補者3分の1から、政党リスト候補者に約2割、個人立候補者に約8割配分することだ。これで、政党に属さない著名人、経済人、旧軍人、地主などの有力者が非常に有利になる。すでにムスリム同胞団の政党自由公正党は禁止されているが、シーシ政権に批判的なリベラル政党が議会で大きな勢力を占めることは、困難になるだろう。軍、司法、警察、経済界に続いて立法議会も翼賛体制にする準備を整えている。
新聞とテレビのマスコミ対策には、シーシと暫定政権は相当の努力をしてきた。まず同胞団系のマスコミを武力で閉鎖。自由なメディアとしてエジプトでも視聴者が多いカタールの衛星テレビ局アルジャジーラのカイロ支局を閉鎖、外国人の支局長以下支局スタッフ20人近くを逮捕あるいは指名手配した。国営の新聞とテレビ局は、経営幹部・有力スタッフたちへの強い圧力を受け、クーデターを「新たな革命」と支持し、クー批判報道はたちまち姿を消した。11月ごろから、“シーシ大統領”を支持する報道が活発化、シーシが「国民の支持」を理由に出馬を事実上表明する状況をつくった。伝統があり、高い水準を誇るエジプトのマスコミは、シーシと暫定政権にほとんど抵抗できなかった。
シーシが頼りにしているのは、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、クウエートからの財政支援だ。クーデター後、3国はエジプトに120億ドルの支援を実施した。3国の王政にとって、ムスリム同胞団と近いイスラム主義組織が最も危険な国内勢力であり、エジプトでのモルシ政権打倒を、“反同胞団同盟”の強化として歓迎した。今後も、財政支援を続けるだろう。しかし、その効果はいわば急場しのぎで限られている。
エジプト経済は、スエズ運河通行料、観光収入、海外出稼ぎ送金で財政収入のほぼ4分の3を支えてきた。このうち観光収入が革命後の治安悪化で激減したままだ。対外債務は2,400億ドルに達している。シーシも「忍耐と義務」を国民に強く訴えた。
シーシは、住宅地開発、鉱物資源の開発、新空港建設など大規模経済開発構想を発表している。それには湾岸産油国からの投資の拡大がカギとなる。
観光客の回復、湾岸産油国からの投資拡大のためには、治安の回復、政情不安の解消が必要だ。だが現実は、同胞団への弾圧が、リベラル勢力への弾圧に拡大、獄中にはなお数千人が拘留されたままで、なお増え続けている。弾圧による強権政治、恐怖の手法では、歴史的経験が豊かで、民衆のデモでムバラク独裁政権を打倒した記憶も鮮やかな、エジプト国民を抑えきることはできないし、国家再建への「忍耐と義務」に多数の国民を参加させることはできない。
シーシが国民多数の信頼を獲得し、国家再建へのリーダーとして成功するためには、同胞団、そしてリベラル勢力との話し合いから和解へと、自らとその政権が、大きく変わらなければならないだろう。
それには、双方にとって、重要な拠り所がある。1月の国民投票でシーシの暫定政権が制定した新憲法だ。この新憲法はモルシ政権下の国民投票で制定した憲法(モルシ憲法)を修正する形式をとり、唯一の対立候補となったナセル主義者のサバヒはじめ主要政党を大統領選挙はじめ新政権への「同じボート」(シーシ)に乗せるため、「公的権利、自由、義務」条項(51-93条)では、ほぼ同じ内容の権利と自由が保障されている。これらの条項は、ムバラク政権下での、権利と自由の暴虐な踏みにじりの経験に基づく、革命の成果だった。
すでに、同胞団や若者グループだけでなく、サバヒを含む民主諸党派が、デモ規制法の廃棄を主張、デモを繰り返し、新選挙法には、リベラル派、左派の主要政党が一致して反対運動を始めた。シーシはかって「エジプトのような国が全面的に民主主義を実現するまでには、20-25年はかかるだろう」と発言したが、民主主義の前進が政権の維持、強化に必要なことを、すでに気づき始めているかもしれない。(了)
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