風鎮の寅
- 2014年 5月 30日
- 交流の広場
- 熊王信之
年月日不詳のある昼下がり、都内、風鎮組本部において、組長・風鎮の寅が、幹部数人と共に机上に並べられた数台の携帯を見詰めている。 と、その内の一台がヴーヴーと不気味な着信音を発する。 すかさず、携帯を取り上げた幹部が風鎮の寅に告げる。
幹部一「親分、兄貴からです。」
風鎮の寅「ん。 寄越せ。」
幹部一「親分。どうぞ。」
風鎮の寅「ん。 ああ。 俺だ。 首尾は? そうか。 皆、押さえたか。 宇久頼奈の野郎ども、大人しく引き下がる、とはな。 ま、こうなるのは筋書どおり、だな。 栗宮は、風鎮の縄張り、と地図を書き換えて貰うことになるな。 ご苦労だった。」
風鎮の寅が携帯を机上に戻すと、途端に他の携帯が演歌の着メロを流す。 幹部二が携帯を取り挙げ、顔をしかめて、風鎮の寅に告げる。
幹部二「親分。 伊夕の女瑠化流親分からです。」
風鎮の寅「ん。 聞こう。 ああ。 これは、親分。 自ら電話して下さるとは、光栄なことで。 うーん。 えらいお怒りで。 ま、お聞き下さい。 西の皆様方には、御心配をおかけして相済まぬことで、お詫び申し上げやす。 決して、西の皆様方に弓を引くようなことは、この風鎮の寅は致しやせん。」
携帯からは、大きな声が漏れ聞こえる。
女瑠化流「なに、いうてんのや、風鎮の。 栗宮は、宇久頼奈の縄張りやで。 そやのに、今朝から、あんたとこのもんが賭場をみな押さえてもうたやないの。
あんた。 ええ加減にしいや。 先代がようけあった縄張り、失うのうてしもたいうて、仁義ちゅう、もんを無くしたらあかんで。 それに、押さえた限りは、銭も出しや。 賭場を押さえるわ、銭は出さんわ、では仁義も無いで。 あんたとの仲や、出入りにはならんけど。 この仕舞、しっかりとつけさせて貰うで、覚えときや。」
ため息をついて、風鎮の寅が携帯を卓上に戻すや否や、他の携帯が派手な着メロを流す。 寅は、自ら携帯を取り上げて顔をしかめる。
風鎮の寅「これは、波止場のメリケン親分。 御無沙汰で。 いや~。 御心配をお掛けしてしまい申し訳無いことで。 これには、訳が。 既に、メリケン親分には御承知のことで。 栗宮は、この風鎮の寅と致しやしては、宇久頼奈の野郎どもに貸した銭の方、と思っておりやす。
銭は、親分が以前から仰せのとおりの愛絵無柄符を通してでは、宇久頼奈の野郎どもからは無理、と思いやして、この寅限りで、宇久頼奈の野郎どもから栗宮を取り挙げた次第で、決してメリケンの親分に弓を引こう、なんてことは思っちゃおりやせん。
これは、堅気の世界でもあるとおり、財産の差し押さえ、と思って頂けりゃ幸いなんで。 決して、メリケンの親分に楯突こうなんて、思っちゃおりやせん。 みな、宇久頼奈の野郎どもの不始末で。
親分は、みな御見通しで恐れ入りやす。 仰せのとおり、宇久頼奈、全部を風鎮が頂くなんてことは決してありやせん。 全部は、この風鎮組で面倒を見切れやせん。 宇久頼奈の野郎どもの借金とくりゃ、途方もないほどでやして。
それを、この風鎮の寅と、伊夕の女瑠化流親分とを天秤にかけやがって、己は胡坐を組んで朝酒なんで困ったもんで。
いや~。 風鎮の寅の財布は、空でして。 有るのは、向こう意気だけで。 いや~。 宇久頼奈の全部は、風鎮で見切れやせん。 無理ですって。」
またもやため息をついて携帯を机上に置いた風鎮の寅、しばし天井を見上げてから、独り言ち。
風鎮の寅「あ~。 やられちゃったぜ。」
*(蛇足)プーチン、ウクライナ、クリミヤ半島、EU、メルケル、IMF、アメリカなどが盛り込まれています。念のため。
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