「クローズアップ現代」がおかしい
- 2014年 7月 4日
- 評論・紹介・意見
- NHK醍醐聡
2014年7月3日
特定秘密保護法を取り上げなかったNHKの体質
籾井NHK会長が1月25日の会長就任会見で、特定秘密保護法の報道のあり方を問われ、「通っちゃったんで、言ってもしようがない」、「あまり、かっかかっかすることはない」と発言して、多くの人を驚かせた。この発言のもとになった質問は、
「秘密保護法について、NHKスペシャルやクローズアップ現代で取り上げられていない。法律の是非について幅広い意見があり、問題点の追及が必要との指摘もあるが、NHKの伝え方についてどう考えるか」
というものだった。つまり、質問者は特定秘密保護法が「通る前」の時期も含め、NHKがこの法律(法案)の問題点を大きな時間枠を持つ主たるドキュメンタリー番組で取り上げなかったことを質したのだから、「通ってしまったものはとやかく言っても仕方がない」という返答では答えになっていない。
もっとも、法案が審議された時期、籾井氏はNHKの外にいたから、自分にどうだと尋ねられても答えようがないと受け止めるのは無理からぬところである。しかし、法案が「通った後」はもう報道すべき問題はないと籾井氏が考えているとしたら、特定秘密保護法に関する無知、無理解を露呈したものと言わなければならない。
籾井氏がNHK会長に就任して以降、政府が行う特定秘密の指定や解除が適切かどうかをチェックするために国会に常設される「情報監視審査会」の権限、実効性を定める改正国会法が成立したのは、この6月20日。この間の国会審議は籾井氏がNHK会長に就任して以降である。ところが、NHKスペシャルやクローズアップ現代はこの改正国会法についても、取り上げたことは皆無だった。
しかし、改正国会法で設けられた「情報監視審査会」の権限はどうかというと、法案審議の過程で野党各党が問題にしたように、政府が「我が国の安全保障に著しい支障を及ぼすおそれ」があると判断したら、審査会が資料の提出を請求しても拒否できる仕組みになっている。また、特定秘密の提出を政府に求める審査会の権限は「勧告」にとどまり、強制力がない。これでは、政府による特定秘密の指定、解除の適性性をチェックできるのか、きわめて疑問とみなされるのも当然である。このような状況で、政権を監視する役割を担うNHKのトップが「通ってしまったものはとやかく言っても仕方がない」と言い放ったところに重大な問題があったのだ。
優れた番組もあったが
もちろん、この時期に「クローズアップ現代」が放送した番組の中には、NHKの取材力、企画力を存分に発揮した貴重な番組も少なくなかった。
例えば、4月16日に放送された「イラク派遣 10年の真実」
http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail_3485.html
は、NHKが独自に入手した、迫撃砲を撃ち込まれた時の秘蔵映像、人道復興支援活動の全貌をまとめた内部資料などを駆使して、「多国籍部隊の中に派遣され、多くの自衛官が『最も戦場に近かった』と回想する自衛隊イラク派遣で、隊員たちが直面した活動の実情を浮き彫りにするとともに、今後の自衛隊の任務を考え」た番組だった。NHKの取材力を発揮したイラク派遣の貴重な検証番組といえるものだった。
また、5月21日(水)に放送された「戸籍のない子どもたち」、
http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail_3500.html
は、「毎年、日本では「無戸籍」となる人が少なくとも500人以上いる。学校に一度も通ったことのない人や、無戸籍のまま30年以上生きてきた人もいることがNHKの取材で明らかになった。背景には、DVや離婚の増加がある。夫の暴力から逃げ出し、居場所を知られるのを恐れて離婚もできずに歳月が経ち、新たなパートナーとの間に子供が生まれた場合、法律上は「夫の子」と推定され、「夫の戸籍」に入る。そのため、母親が出生届けを出せず、子どもが無戸籍になってしまうのだ。実の父親の戸籍に入れるには裁判所での手続きが必要だが、前夫が関与することを恐れて、断念する人が多い。法律ができたのは明治時代。DV、離婚、そしてDNA鑑定など、家族を取り巻く環境が大きく変わる今、無戸籍の子どもをどうしたら救えるのか考える」というのが趣旨だった。
放送後、5月27日、「朝日新聞」の「はがき通信」欄と「東京新聞」の「反響」欄に2つの投稿が掲載された。
「21日の『クローズアップ現代 戸籍のない子どもたち』(NHK)は、胸痛む話だった。母のDV逃れなどで離婚手続きも出来ず、母の新しい伴侶との間に生まれ、戸籍のないままに育っている子どもたち。自治体で義務教育は配慮されても、進学、免許、就職、あらゆる面で道がふさがれる。『日本は戸籍がしっかりしている』なんて空論。自治体から国会まで、こんなに大勢の議員がいるのに、こんなことに気付いていないなんて。(東京都杉並区、無職、81歳、女性、」(「朝日新聞」5月27日)
「旧来の家制度に重点を置いた法律の弊害により、さまざまな事情で、戸籍が得られない子どもが年間六百人もいるとは驚きでした。これは国家による人権侵害では?集団的自衛権の前に国民の生命と幸福を見直し、一日も早く救済されることを願います。(荒川区、65歳、女性)」(「東京新聞」5月27日)
集団的自衛権についても沈黙を守る「クローズアップ現代」
しかし、この時期、「クローズアップ現代」が沈黙を続けたのは特定秘密保護法だけではなかった。7月1日のニュース7で、「戦後日本の安全保障政策の大転換」と表現した集団的自衛権の行使を安倍政権が閣議決定で容認しようとした今年の前半(1~6月期)に「クローズアップ現代」は一度もこの問題を取り上げなかった。このこと自体、異常といってよい。
その一方で、「なぜこのテーマを今?」と、首をかしげたくなる番組もあった。
例えば、6月23日には、「四国遍路1400キロ 増える若者たち」が放送された。
http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail_3518.html
「近年、若者が目立って増えているという。中でも、厳しい大自然の中を40日以上かけて歩く“歩き遍路”を行う若者たち。」「最近では、若手社員に遍路を経験させることで、人材育成につなげようという動きも出てきている。こうした歩き遍路の効果を、科学的に解明しようという動きも始まった。まだ予備調査の段階だが、わずか数日の歩き遍路で、日常生活の中ではなかなか体感出来ない、理想的な心理状態に至ることが判明、今後の本格調査が期待されている。いったい、若者たちを引きつける四国遍路の不思議な力とは何なのか。1200年も人々を惹きつけてきた理由は何か、考える」と言うのが番組の眼目だった。
「最近増えている」というが、四国遍路に出かける若者がどれほどいるのか、企業の人材育成のために社員に遍路を体験させる心理効果を公共放送が探ることにどれほどの意味があるのか、疑問が募る。
また、政府が集団的自衛権の行使を容認する閣議決定をした翌7月2日に、「クローズアップ現代」が「“野球女子” 私が球場に行く理由」と題する番組を放送したのには唖然とした。
http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail_3524.html
番組予告によると、「サッカーW杯の熱気もさめやらぬ中、20代~30代の女性たちが夢中になっているのがプロ野球の応援。今、“野球女子”が急増している。番組では、いま急増している“野球女子”に密着。なぜ、女たちは野球に夢中になるのか、現代女性の姿を描く」となっていた。
しかし、なぜこの日なのか? なぜ、お昼の時間帯ではいけないのか?・・・・疑問を拭えなかった。
と思っていたら、今夜、菅官房長官の単独出演で
と訝しがっていた昨夜、NHK ONLINEで「クローズアップ現代」の専用サイトを見ると、「集団的自衛権 菅官房長官に問う」を今夜(7月3日)放送するという予告が目に飛び込んだ。
http://www.nhk.or.jp/gendai/yotei/#3525
予告文によると、「政府はこれまでの憲法解釈を変更して、集団的自衛権の行使を容認することを閣議決定。今後、法整備などが図られれば、自衛隊とアメリカ軍などの連携強化が進み、海外での自衛隊の活動は拡大していくものとみられ、戦後日本の安全保障政策は大きな転換点を迎えました。なぜ今、集団的自衛権の行使容認が必要なのか。行使容認は日本に何をもたらすことになるのか。そして今後の政権運営は。政権の要、菅官房長官へのインタビューで迫ります」とある。聞き手は、NHK政治部の原聖樹記者。
「時の政権の要である官房長官に閣議決定の趣旨、今後の政権運営の抱負を聞いてなにがおかしい」という意見があるかも知れない。
しかし、NHKは政府広報の放送局ではない。官房長官に、「なぜ今、集団的自衛権の行使容認が必要なのか」を問えても、「過半の世論の反対があるなか、集団的自衛権の行使を憲法改正を経ず、閣議決定で容認したのは立憲主義に照らして正当化できるのか」と正面から質せるのか、そう質す気概が原記者にあるのか? 多様な意見を反映させるというなら、解釈改憲反対論者、さらには集団的自衛権の行使にそもそも異議を唱える論者をなぜ登場させないのか?
また、「行使容認は日本に何をもたらすことになるのか」と言う時、武装による抑止力を高めることによって国民の生命、財産を守る砦は一層強固になるという政府見解を独演させる場にならないか? 「毎日新聞」の「特集ワイド」欄の7月1日に掲載された、
特集ワイド: 集団的自衛権の行使容認で「日本が失うもの」
http://mainichi.jp/shimen/news/m20140701dde012010008000c.html
(全文を閲覧するには会員登録(無料)が必要)
が鋭く指摘したような、「集団的自衛権の行使など・・・・で政府が手に入れるのは、まさにそれ、憲法9条の無力化だ。だとすれば、代わりに「日本が失うもの」とは何か」(吉井理記)を問いかけることもぜひ必要だ。
はたして、こういう「政府が答えにくい」問いかけを原記者が投げかけるのか、じっくり番組を見ることにしたい。
実態を直視した大局観が不可欠
~視聴者は現在のNHKにどう向き合うべきか~
NHK問題に関心を持つ人々の集まりに出かけ、上のようなスピーチをすると、必ずと言ってよいほど、「NHKの制作現場のスタッフは物がいいにくい環境に置かれている。そうした中でも優れた番組を作ろうと必死に頑張っている人々がいるし、現に優れた番組も放送されている。だから、批判ばかりでなく、激励も大事だ」という意見が必ず出る。特に、NHKの制作現場の実情に多少とも通じた人々からこういう発言があると、共感を呼び、「そうか、それなら自分も激励しよう」という感想が少なくない。
しかし、最近、私はこうしたやりとりに懐疑的な見方をしている。NHKに、特にドキュメンタリー番組の中に、優れた番組が少なくないことは、上記のとおり、私も承知している。しかし、今、NHKとの向き合い方で問われなければならないのは、「優れた番組」と「政府広報的、国策翼賛的な番組」を両論並列的に語り、批判と激励をバランス論で相対化してよいのかということである。
この問いに対する今現在の私の考え方を一言でいうと、「現実を直視した大局観で」ということになる。NHKの番組が扱うテーマは多岐にわたり、個々のテーマを制作するスタッフはそれぞれ独立しているから、十羽一からげに良し悪しを論じられないのは当然である。
しかし、今、NHKの報道番組が向き合うべき死活的テーマは、国の憲法体制の根幹を揺り動かす集団的自衛権の解禁問題であり、わが国の言論の自由に甚大な影響を及ぼす特定秘密保護法の法整備をめぐる動きである。原発問題や安倍政権が新成長戦略を盛り込んだ骨太方針も国民の命と健康、働く権利の根幹を揺り動かすものだから、十分な目配りが必要なことは言うまでもない。
このような大局的観点に立つと、NHK解説委員が担当する「時論公論」の集団的自衛権をめぐる無気力でおざなりな論説は言うに及ばず、優れた番組を数多く輩出してきた「クローズアップ現代」や「NHKスペシャル」(詳しくは別の場で触れる)も、集団的自衛権や特定秘密保護法を封印している現実を直視することが、総体としてのNHKの報道番組を評価するにあたって欠かせない視点である。それなしに、個々の優れた番組を取り上げ、「激励を送ろう」と呼びかけるのは、視聴者運動のすすむべき方向を誤らせる恐れさえある、と私は感じている。
報道の実態に照らして激励を、というなら、多くの記者が戦地体験者への聞き取り、かつて国連軍の一員として武力行使に参加した国々の「その後」を追跡取材して、意欲的な記事を出稿した「朝日新聞」、「毎日新聞」、「東京新聞」、そして多くの地方紙の記者にこそ、激励の声を送りたいと私は思う。
しかし、視点を変えると「良薬も口に苦し」である。「のど越しのよい」薬がいいのか、「苦い」薬がいいのかは先験的に決まるわけではない。どちらも道理にかなっていれば、薬に違いない。どちらが適切かは、当事者の「健康状態」できまるのであって、NHK憎しや番組制作者への思い入れといった情緒で判断すべきものではない。のど越しの良い薬は相手に受け入れられやすい。しかし、それが常に効果的だといえるものではない。どのような温かいまなざしも、理性が貫かれなければ主観的意図に反した結果を助長することがある。
NHKは「被災者に寄り添う」という標語のもと、しばしば、被災者支援の「微笑えましい話題」や行政頼みでないNPOなどが手がける自助、共助の姿にスポットを当てる。その実践は確かに貴重である。しかし、しばしば指摘されるように、「自助」「共助」を強調する、それに焦点を当てることで、「公助」が後景に追いやられがちなことに留意しなければならない。
批判にせよ、激励にせよ、理性に裏付けられた大局観が欠かせない。この視点をおろそかにすると主観的意図とは異なる誤った方向に視聴者運動が向かってしまう、と危惧している。
初出:「醍醐聡のブログ」より許可を得て転載 http://sdaigo.cocolog-nifty.com
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.ne/
〔opinion4900:140704〕
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