マレーシア航空機ウクライナ上空撃墜事件について (第二の疑問)(第三の疑問)
- 2014年 7月 28日
- 交流の広場
- 熊王信之
(第二の疑問)
(
MH17便墜落に関わっては、凡その経過は、把握出来たと思われるものの、精確な事件究明は、今後の捜査を待たねばならないでしょう。 事件の概略は、事故では無くて、撃墜された、と思われることなのですが、撃墜が戦闘機等に依るものか、それとも、地上からのミサイルに依るものかどうか、が焦点です。
この点に関しては、米国は、当初から、地対空ミサイルに依る撃墜とし、ミサイル発射地点は、親露派支配地域から、と観測していました。 恐らく、複数の軍事偵察衛星とエシュロンからの情報、それに加えて、複数の現地情報機関からの情報を解析した結果でしょう。
親ロ派が地対空ミサイル発射か マレーシア機撃墜 CNN 2014.07.19 Sat posted at 12:12 JST
それに比較して、ロシアの観測が如何にも不自然で混乱しているように観えたのが不可思議でした。 私の第二の疑問点は、其処にあります。 国境を接した地域で、自民族がウクライナ政権と軍事的に対立している折です。 彼らへの支援の有無を問わず、事態を詳細に観察し、分析していて当然でしょう。 ところが、ロシアからの報道は、プーチンの独演を除くと、眼についたのは、まずは、陰謀論でした。
露の国営メディア、マレーシア機墜落の「陰謀論」伝える AFP 2014年07月20日 15:48 発信地:モスクワ/ロシア
これには、ロシア国内における報道の自由が無いことがあることでしょう。 理由は、単純で、諸方面に差し障りのある報道をすれば殺されるからです。
Wikipediaに依れば、1999年から2009年の間にロシアにおいて殺害されたジャーナリストは、200人であり、その内の165人が謀殺となっています。 現在のロシアで立場の違いを問わずに事実を報道することには、相当な危険が伴い、時の政権の意向を慮ること無く報道する姿勢を貫いているメディアは「ノーヴァヤ・ガゼータ」紙のみ、との指摘もあります。 必然的に所属のジャーナリストは付け狙われ、近年のロシアを知るに信頼に足ると思われたジャーナリスト・アンナ・ポリトコフスカヤは、無念にも故人になりました。
List of journalists killed in Russia Wikipedia
殺害されたジャーナリストは、一覧になっていますが、ジャーナリスト以外にも、政治・経済の暗黒面を告発した人々は、議員を始め、法律家、警官等の公務員、等々が暗殺の対象となっています。 それは、情け容赦の無いテロが加えられているのです。 例えば、「ロシア 闇の戦争」でプーチンと秘密警察のテロ工作を暴露したアレクサンドル・リトビネンコは、亡命先の英国において放射性物質ポロニュウム210で殺害されました。 彼の殺害に関しては、元FSB将校のアンドレイ・ルゴボイがロンドン警視庁の執念の捜査で殺害犯として突きとめられました。 ただし、ロシア政府は、英国の犯罪人引渡の要求に応えていません。
そのように報道の自由が圧殺されている国で、報道に関わる倫理観さえも保持していないかのような大本営発表並みの「報道」が跳梁跋扈しているのが今のロシアです。 日本では、何故か、一種の人気があるプーチンですが、現代ロシアと彼の強権政治の実態を知るためには、エレーヌ・ブランの「KGB帝国 ロシア・プーチン政権の闇」の御一読をお勧めします。 一読すれば、安倍首相のように、対話すれば分かり合える等と云う幼稚な発想が通じる相手かどうかが分かります。
さて、稚拙な陰謀論をより精緻にしたバージョンをロシア国防省が発表しましたが、此れについては、小河正義氏は、以下のように切って捨てられています。
「1983年の大韓航空B747型機ミサイル撃墜事件で、当時の旧ソ連軍参謀総長オガルコフ大将も似た手口で責任を回避しようとした。たまたま、事件当時、旧ソ連軍が新型弾道ミサイルをカムチャッカ半島クーラ試験場に向け、プレセック基地から発射実験との情報を米軍が入手。このため、アリューシャン列島の西方公海上で、米空軍の電子偵察機、RC135の『8の字飛行』の事実を暴露。大韓機の飛行ルートと交錯した事実を挙げ、責任逃れようとした過去がある。 当時のクレムリンの主人は『KGB(国家保安委員会)』出身のアンドロポフ書記長。KGB諜報部員と後身の『FSB(連邦保安局)』長官経験のあるプーチン大統領の得意技”謀略戦”が今回もアンドロポフ時代と二重写しに見えてしまう。」
ロシア、撃墜にウクライナ関与を示唆 マレーシア機 WSJ By OLGA RAZUMOVSKAYA
ウクライナ空軍機、謎の”雁行飛行”。露国防省反撃で始った”謀略情報戦”(No9.MH17便撃墜事件) Tokyo Express by 小河 正義 • 2014年7月22日
此処で、本題から少し外れますが、当該地域を含めたロシア国境近辺では、NATOの軍事演習が実施されていました。 それは、2014年6月6日から6月21日までバルト海で開催されたNATOの合同軍事演習“BALTOP 2014”と、7月4日から7月13日まで黒海西部で開催された、これまたNATOの合同軍事演習“SEA BREEZE 2014”です。
ロシアは、これ等の軍事演習に相当神経を使ったようで、前者にあっては、4波の露軍機がバルト海方面へ接近したため、英空軍がリトアニアに派遣中の超音速戦闘機ユーロファイター「タイフーン」がスクランブルをしました。 バルト海で英空軍機が迎撃態勢をとるとは、ロシアも驚いたでしょう。
後者にあっては、ロシアも同時期に軍事演習を実施し、演習の初日に「モスキート」、「マラヒト」両巡航ミサイルの発射で対NATOの示威演習を行ったようです。
要点は、ロシアのNATO加盟諸国と国境を接する地域では、軍事的緊張が高まっていた、と云うことなのです。
英空軍『タイフーン』戦闘機、4波の露軍機接近でスクランブル Tokyo Express by 小河 正義 • 2014年6月19日
黒海の制海権を巡り露海軍がNATOに”敵愾心”あらわに。Tokyo Express by 小河 正義 • 2014年7月6日
これから先は、私の想像なのですが、軍事的緊張がある地域にあって、更に、実際にウクライナ政府軍の攻勢を受けている地域に居た場合に、心理的圧迫感からMH17便を軍用機と誤認した地対空ミサイル要員が、マレーシア航空機を誤射した、と思われるのです。 しかも、誤射した要員は、ロシア軍兵士と想定しています。
高度1万メートルの上空を飛行中の機体を狙って撃つには、個人携行の地対空ミサイルでは無理で、司令・レーダー探知・射撃管制・ミサイル発射の各分野を統括する部隊が必要であり、その要員訓練には、時日を要することから、ロシア軍兵士がウクライナ紛争地域に出向いていた確率が高い、と思われるのです。
米国の発表では、当初からロシア軍の関与は分からないものの、親露派実効支配地域からロシア製のミサイルが発射されたもので、撃墜は、親露派武装集団に依る、とのことでした。
米国務長官:ロシア供給のミサイルがマレーシア機撃墜の証拠 Bloomberg.co.jp 2014/07/21 09:05 JST
何れにしても、高度な武器が有象無象の武力集団へ渡ることには警戒心が必要で、今は敵対する者へ向けられている武器が、何時の日に自己へ向けられるものか分かりません。
と、此処まで書いて、ユーロファイター「タイフーン」のプロモーション・ビデオを思い出しました。 今にして思えば、辛辣な内容です。 地対空ミサイルの各バージョンも出て来ますが、それらの妨害を掻い潜り、敵ミサイル基地を破壊する任務を描いているものです。
仮想敵兵の戦闘服が東欧にある彼の国のものに似ているのが御愛嬌でしょうか。 無残にもウクライナのトウモロコシ畑で亡くなった何の罪も無い人々の無念をこうして晴らすことが出来るのならば、武力の行使にも沈黙しなければならないのかな、とふと思いました。
Eurofighter – Nothing Comes Close HD You-tube
(第三の疑問)
MH17便墜落に関わる前回投稿の第二の疑問では、米国が一貫してウクライナ東部を実効支配している親露派武装集団に依る誤射として、彼らを支持・援助するロシアをも非難している状況がある一方で、非難されている側も、そしてウクライナ政府もが全て関連を否定している現状を述べました。 そうした現状から当然のことですが、第三の疑問として、墜落の全容の解明と、責任の追及がどうなるのかが問われます。
墜落に関わる事実は、断片的ながらに明らかになっています。 その一つは、墜落現場に散乱した機体の一部を観察することに依り、墜落は、ミサイルに依るものと推察されるものであることです。 現場の詳細な調査が可能になれば、当該ミサイルの破片が回収され、
ミサイルの型式等も判明するでしょう。 但し、ミサイルの型式が明らかになったとしても、加害者がそれに依って直ちに判明はしないでしょう。 何故ならば、ロシアもウクライナも親露派武装集団も、ソ連時代からの遺産で、旧ソ連時代に開発されたミサイルを保有しているからです。
墜落機のボイスレコーダーとフライトレコーダーが回収され、解析されることに依り、更に詳細な事実が判明することでしょう。 墜落原因の調査は、オランダ安全委員会の主導の下、ロシアを含む8か国が参加して行われています。
ボイスレコーダーに「改ざんの証拠なし」 マレーシア機墜落調査 AFP 2014年07月24日 07:32 発信地:ハーグ/オランダ
さて、1983年9月1日に大韓航空のボーイング747が、旧ソビエト連邦の領空を侵犯したとして、旧ソ連防空軍の戦闘機により撃墜された大韓航空機撃墜事件では、日本の自衛隊に依る旧ソ連機の通信内容傍受記録が大きな証拠とされました。
この通信内容傍受は、陸上幕僚監部調査第2部別室(通称「調別」、電波傍受を主任務とする部隊)に依るもので、旧ソ連の戦闘機が地上と交信している音声を傍受し、「ミサイル発射」の命令を確認したものですが、この時点では旧ソ連領土内での領空侵犯機に対する通常の迎撃訓練が行われていると考えていて、実際に民間機が攻撃されていたという事実は把握していなかった、とされています。
翻って、MH17便の事件では、ウクライナ政府に依り、親露派武装集団の通信内容等が公表され、撃墜の証拠とされていますが、自衛隊の通信傍受と比較して客観的証拠能力があるものかどうかが不明です。 今後、それらの記録が検証されることでしょうが、現在報道されるところのみに依り判断するのは危険だと思います。
Alleged phone call: ‘We have just shot down a plane’ By Mariano Castillo, CNN
July 18, 2014 — Updated 1858 GMT (0258 HKT)
他の側面では、撃墜の意思を持った攻撃に依る加害責任追及にせよ、誤射等の事故に依る加害責任追及にせよ、此れからの真相究明と加害責任追及には、困難が予想されます。
まず、現場となったウクライナの政治・経済、治安状況が悪化しているからです。 元々、この国は、トランスパランシー・インターナショナルが公表している腐敗認知指数(Corruption Perceptions Index)の第144位と世界の最下位に近く位置していて、アルバータ大学付属ウクライナ研究所のタラス・クズィオ氏によると、ソ連崩壊後、ウクライナでは腐敗がどんどん広がり、これまでに7兆円もの巨額な金額が政治家により掠め取られ、キプロスやリヒテンシュタインなどのタックスヘイヴンに持ち出された、そうです。
「ウクライナはマフィア帝国」広瀬隆雄 Market Hack 2014年03月01日03:05
Corruption Perceptions Index 2013
そう言えば、このような事件もありました。 京都議定書で制度化された「排出権取引」こそ、新自由主義の権化である「何でも金融取引制度化」なのですが、まんまと騙された阿保な国が空気にお金を払った「振り込め詐欺」事件です。
(新聞記事のリンクは既に削除されていますので全文を引用します。)
「ウクライナ「美し過ぎる」前首相を聴取 日本の排出枠代金流用:
産経新聞 2010.12.16 01:30
京都議定書の温室効果ガスの排出削減義務を単独で達成できない日本が昨年、ウクライナから余剰排出枠を買った際に払った代金が流用された問題で、当時首相だったウクライナのティモシェンコ氏は15日、代金を年金の支払いに流用した疑いで最高検に聴取されたことを自身の公式サイトで明らかにした。
ティモシェンコ前首相は「私が大きな罪を犯し、国家が危機にひんしていた時に人々に年金を払った」との容疑をかけられたと述べ、野党に対する弾圧だと主張した。
インタファクス通信によると、最高検は前首相から旅行禁止の誓約書を取ったとしている。日本側が昨年、余剰排出枠の購入で払った2億9千万ユーロ(約325億円)について、ウクライナは環境投資に充てる契約だった。しかし米企業が今年10月に発表した監査報告によると、代金は前首相の指示で年金基金と国営ガス企業の債務支払いに流用されていた。(モスクワ 共同)
(追記 2010/12/16)」
環境投資に充てる契約であった325億円を他に流用したとのことでしたが、それ程に国家財政が窮している訳です。 即ち、ウクライナと云う国家が財政破綻を目前にしているのです。 例えば、S&Pソブリン格付け委員会のジョン・チャンバース委員長は、カザフスタンの首都アスタナでロイターに対し、「ウクライナが領土の一体性を一部失った場合、債務返済ができなくなる公算が大きい」と指摘した、とのことです。 四面楚歌の状況でしょう。 ウクライナ政府としては、国家破綻を防ぐためにも東部地域の治安回復が求められているようです。 その結果は、内乱状態の深刻化でしょう。
ウクライナ、さらに領土失えばデフォルトの公算=S&P ロイター 2014年 05月 6日 00:27 JST
これでは、例え、ウクライナ政府に全面的な責任があると仮定しても、加害責任の追及は難しいでしょう。 ウクライナ東部を実効支配している親露派武装集団なら猶更です。
自称「ドネツク人民共和国」を名乗る輩の代表格であるアレクサンドル・ボロダイなる人物も、イーゴリ・ストレルコフ大佐なる人物もロシア人で、その経歴は、方やロシア連邦保安庁(FSB:旧KGB)、方やFSBとロシア軍参謀本部情報総局(GRU)の履歴があるとのことですし、チェチェン共和国との因縁から同国人の「戦争の犬たち」が多く雇われているようです。 MH17便墜落現場での、彼らの品位の無い行動を観ていますと、さもありなん、と感じ入る次第です。
焦点:ウクライナ危機に「3つの名前」持つロシア人、独立運動で暗躍 ロイター 2014年 05月 18日 12:17 JST
米国は、プーチン・ロシアに影響力を行使して彼らの統制を行うことを期待しているかのようですが、そもそも親露派という定義に疑いを持ち、プーチン・ロシアの統制が効くのかどうか、と疑いを持つ人もいます。 ウクライナの紛争そのものも、ロシア人に云わせれば、「ウクライナとロシアのオリガルヒによる陣取り合戦がことの本質だ」と云うことになるそうです。
マレーシア航空機撃墜、必死で出口を探すプーチン ロシア人が見る事件の原因はロシアとウクライナのオルガルヒによる陣取り合戦 JBPress 2014.07.24(木) 菅原 信夫
正しく「ロシアでは、(中略)『悪魔が望むことはKGBが実施する』と言われていたが、いまや、ロシア人は『提案するのは政府だが、決定するのはKGBだ』とも言われている。」(エレーヌ・ブラン「KGB帝国」)との実態がある下では、例え、大統領と云えども武装集団を仕切ることが出来るのかどうか、果たしてどうなることでしょうか。
加えて、ロシア軍も軍閥化していて、ロシアン・マフィアと組んで悪行に勤しむ日々ですので、出先(ウクライナ)で関東軍よろしく独断専行しかねません。 どうもクリミアで浸透展開していたロシア軍正規部隊(特殊部隊)とウクライナ東部の武装集団とは相違しているように観えるのが気がかりです。
蛇足ですが、ウクライナ東部の武装集団は私兵だと思います。 それも程度の低い。 「戦争の犬たち」と云うのは云いすぎでしょうか。 「傭兵」とは、正規の軍歴もあり、技量も高い御雇兵士のことですが、報道に観る彼等は、粗野で、兵役にあったかどうかも疑わしい武器の取扱をしていますし、戦闘服の着用法も勝手気儘です。 通常の正規軍ならば、彼等に対して劣ることは無い筈です。
以上、現時点で観る私的疑問点を三つ挙げたところですが、MH17便事件の真相究明と加害責任追及は、何れにしても塹壕戦の様相を呈しています。 今後の展開を見守って行きたいと思います。
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