漂流する米独の『同盟関係』-スパイ事件で深い亀裂(1)
- 2014年 8月 14日
- 評論・紹介・意見
- アメリカスパイ中田 協
ドイツの米国離れ顕著に 国際枠組みの変化も
昨年(2013年)10月の米国の諜報機関、NSAによるメルケル独首相の携帯電話に対する盗聴発覚以来、くすぶり続けてきた米独両国の確執は今年7月2日、明るみに出たNSAのひも付きの二重スパイ事件の発生で、一気に噴火口近くに引火した。
ドイツへの米国諜報部の関与の第二弾である二重スパイ事件の衝撃は、ベルリンは無論のこと、ワシントンをも走り抜け、緊密な米独の同盟関係に大きな亀裂をもたらした。『戦後』の最良の二国間関係の軋みは、大西洋を隔てて罵声が飛び交う激しさで、7月4日のアメリカ独立記念日に開かれた駐独米大使館でのパーティーも空々しい儀礼的な雰囲気に終始した。NSAの放った諜報攻撃の“二の矢”ともいうべき二重スパイ事件の“主役”は、ドイツ連邦情報局(BND)に6年間勤務していた31歳の男で、アメリカから報酬を受け、ドイツの極秘情報をNSAに渡していた。7月2日逮捕された。ベルリンの米大使館の諜報責任者も国外追放処分にされた。
二重スパイ事件は、メルケル首相の携帯(ハンディ)盗聴に続くアメリカの第二の情報監視(ディ・ツァイト紙)と受け止められ、衝撃の大きさは“メルケル盗聴”に勝るとも劣らなかった。7月13日になって、一連の事件以来、初めて両国の外相会談が険しい空気のうちにウイーンで開かれた。だが、シュタインマイアー独外相の剣幕にたじろぎながらも、ケリー米国務長官が、居直りの語勢を強め、これにドイツ側が相手の顔に指を突き刺す激しさで反発するなど、不毛な会談となった。米政界で、多くの実力者や大物が、ベルリンのこだわりを“同盟国としての資格に欠ける”との批判の声を大にしている(南ドイツ新聞のワシントン電)中でのこと。紛争は拡大一途である。
▼本物か ドイツ人の反米感情
二つの不祥事がドイツ人の「内部」に開いた傷は深い。文字通り『反米』と言って差し支えない事態が,階層、政治的立場、所得水準、年齢を問わず起きている。日ごろ、バランスを重視する現実的なドイツ世論としては、稀有な現象である。マスコミも緊張を高め、有数の新聞が、進歩派も、リベラルも、オールド・リベラルも、大衆紙も、連日のように、大きく誌面を割いている。
広範な知識層を読者にもつ高級紙には、中国の軍事的、経済的な進出、勢力拡張を封じるための米国の関与を紹介するクールな解説や論評も載る。ドイツに対してばかりでなく、中国の官公庁に対しても、この数年アメリカによる電話盗聴が熾烈になっている事実をリアルに報じる記事もあり、これに応じた中国側諜報機関の反撃の猛烈ぶりにも、筆を伸ばし、客観性重視の報道姿勢をうかがわせる記事もある。この中で、“インターネットの主導権争い”、“サイバー冷戦”といった新語さえ生まれている。
大西洋を挟んで突発した竜巻のようなベルリンとワシントンのこの諜報スキャンダの実態は何か? 背景説明に重点を置き、中国、ロシアをも巻き込んだ大型の文明論的な論調もある。米独の時ならぬせめぎ合いは、超大国間の競争という大状況のなかの単なる“幕間劇”に過ぎないのかどうか-。この報道の熱気は、日ごろ“冷めたピザ”のような新聞を見ている(あるいは見させられている)われわれ日本の読者には、ある種の違和感さえおぼえさせられる。
現実に対するジャーナリズムの『関与』は鮮烈である。たとえば、連日ウクライナ情勢と並ぶ扱いで、米国諜報部の傲慢と暴走を報じている。国際的に知られる時事週刊誌、デア・シュピーゲルもその一つ。一連のNSA事件報道では、捜査当局の鼻をあかすスクープやインタビュー記事を連発している。二重スパイをめぐるドイツ側の問い合わせに一向に誠意を見せない米側の姿勢の理不尽さが読者の目につきささってくる。同誌は、最大の同盟者だと信じてきた米国の裏切りに驚き、“匙を投げた”といった風情のメルケル首相が、隣に並ぶ白い腰掛けが空席のままなのを指差し、『これは一体何なのよ!』と叫んでいるような写真を大きく掲げた。そこに座るべき、オバマ氏の姿がないのを痛烈に揶揄したのだ。
メルケル首相が二重スパイ事件を知ったのは、こともあろうに、この7月7日、中国訪問の最中でのことだった。中国が重要なパートを演じているサイバー冷戦のいわば現場で随行員の報告を受けた。対中輸出好調のフォルクスワーゲンの新車の並ぶ工場を前に「対中友好』の成果にご満悦のときだった。顔を引き締めて、『(米国のやり方は)同盟国同士の信頼関係についての私の観念と食い違っている』と、批判した。そばにいた李克強首相は意味深長に嗤っていた。随行の記者が見逃さなかった。
▼帝国的なアメリカ
メルケル首相のその時の直截的な感情はアメリカの傲慢に対するルサンチマンだったろう。しかし今日では、アメリカの傲慢は2001年11月9日の例のジョージ・ブッシュのカウボーイ的な大号令(テロに反対の者、全員ついてこい)よりは手のこんだものになっていて、デア・シュピーゲル誌によると、『中国』をテーマにしたオーストラリア、英国、カナダ、ニュージーランド、それに諜報機関の連携による情報網を形成するまでになっている。キャンベラの中国大使館三等書記官から漏れたメールアドレスが英国の諜報部GCHQの手に落ちたことがきっかけで、NSAの協力を得て、GCHQは中国貿易省の内部に分け入り、少なくとも2009年以降、西側諜報機関のサイバー攻撃の標的となった。NSAの元要員、エドガー・スノーデンの集めた情報資料(文書)、「プリズム」から抽出される極秘情報によって中国の各政府機関(その中には、新華社通信、輸出入銀行、関税およびツーリスト管理局が含まれる)などの活動を一望の下にすることが出来るようになった。このシステマティックな対中国作戦はホワイトハウスの委託のもとで行われたいわゆるデジタル攻撃で、帝国的な性格を帯びている。
アメリカの傲慢の今日的な意味はここにある。情報主導権の意味もここにある。覇権に向けた主導権争いで中国を撃退するためのぎりぎりの選択だったのだろうか?サイバースペースをめぐる新たな冷戦のモティヴェーションでは、米国の場合が『力の政策』であるのに対し、中国の場合は『経済』でるというように違いはあるものの、ただ一つの一致点は『インターネットの主導権に向けてしのぎをけずる』(シュピーゲル誌)ということだった。こうしてインターネットの領域は、米中の「主戦場」となった。
メルケルの携帯(ハンディ)盗聴や、二重スパイの捜査は、NSAの大戦略の「一部」であった。5月2日のメルケル訪米の際、オバマはNSA問題に事実上、触れず仕舞いだったらしい。ウクライナやガザの問題にとられて時間がなかった、というのが表面の理由だがが、ホンネはちがう。
首脳会談で、長い手をメルケルの肩にさしだし、にこやかに愛想笑いしているオバマの顔が印象的な報道写真がある。インターネット企業、グーグルのエーリック・シュミット会長や、ドイツの主要閣僚(たとえばドイツ大連立内閣の大黒柱であるショイブレ財務相)ら、保守ないし体制派からも、NSA批判の十字砲火を浴びているオバマ大統領の立場は苦しい。米国内は、共和党右派やティ・パーティーの常連がオバマの対独軟化を厳しく監視している。まさに前門の虎、後門の狼である。
▼NSA前長官も「盗聴」批判
今回のいわゆる“NSAゲート”の推移を見ていて、きわだつ特徴はアメリカという組織の総本山、ないしそれに近い陣営の有力者が、忌憚なく政府批判を表明していることである。元NSA長官のマイケル・ハイデン氏の「シュピーゲル・インタビユー」での主な発言を再録しよう。ハイデン氏は1999年~2005年にNSA長官。
2006年~2009年にCIA(米中央情報部)長官。アメリカの諜報組織の中央で権勢を振るってきた実力者であり、かつ実務家である。以下は一問一答のさわり。
問 ある一国がある一つのことで覇権を握るということに多くの人が恐怖している。このことを理解しているか?
答 理解している。人々の気持はわかる。サイバースペースの『司令部』を最初に確立したのはアメリカだ。他の国々はこれに追従していながら、アメリカがインターネットを軍事化していると、非難していたネ。なに? アメリカがいちばん恐れているのは誰かって? 決まっているじゃないですか。中国ですよ。
ここで私は白状するが、われわれアメリカは、ドイツ首相への影響(註、盗聴のこと)ばかりでなく、ドイツ国民への影響を過小に評価していました。
ドイツ国民は、歴史の教訓から、一般とは違う繊細な感性を持っているのですね。ミユンヘンでの安全保障会議に出て、個人的領域(私生活)での思想の自由や、信教の自由とかのとらえ方で、ドイツ人の考えは、われわれアメリカ人のそれと違うんだなと私はその時、感じましたね。
問 ところで、スノーデンをアメリカに帰らせた方がよいのではないか?
答 まったくその通り。
問 ついでに彼に恩赦を与えたら?
答 ヒエーっ! とんでもない。何を言うかと思ったら! そんなことしたら、アメリカの諜報組織に消えない傷を残すことになりますよ。それはわれわれにとって信じられない恥辱だ(註 ここでハイデン氏は諜報機関の責任者としての地金をのぞかせた)。アメリカ国内に帰すというのは、それはそれで結構なことではあるが、「恩赦」なんてあり得ない。
▼グーグル会長、盗聴の誤りを指摘
インターネット企業の最大手で、米政権との“近い関係”が噂されたこともあるグーグル社会長のエーリック・シュミット氏(59)は、「シュピーゲル・インタビユー」(2014年24号所載)で、経済人としての立場を注意深く護りながらも、第二次大戦後の米独の関係を極めて大事にする大局的な観点を強調、ドイツの宰相の電話を盗聴することまでやった米国をこっぴどく批判した。一問一答のさわり次の通り。
問 あなたは1年前に、インターネットの将来に関する著書の中で『友人と仲間』の章で友人たちへの感謝を表明しているが、元NSA長官、マイケル・ハイデン氏にも感謝している。2013年6月のNSA元要員のエドガー・スノーデンによる極秘資料(プリズム)の暴露事件後も、その気持に変わりはないか?
答 ハイデン氏についてはその通りです。しかし、あなたはその後継者で、盗聴事件当時のNSA長官であるケート・アレグザンダー氏については言及がない点についても気づかれたことでしょうね。
問 スノーデンが世間に対して、NSA文書を暴露したことに驚いたか?
答 NSAや英国のGCHQがやったスパイの規模の大きさには、グーグル全員はショックを受けた。私個人を含め、このスパイ行為の規模とひろがりについて事前には完全なかたちでは把握していなかった。
問 最初に公開された文書、プリズム・プログラムに、グーグルとNSAとの緊密な関係を匂わせる「くだり」があったので驚いた。
答 私が明確に、かつ即座に否定したのはそのことだ。グーグルの創始者、テリー・ページと法務関係役員も、同様に反応した。第二次大戦の戦後、米国とドイツの関係は一貫してこのうえなく良好だった。ところが、極めて不幸な決定、アンゲラ・メルケル首相のハンディを盗聴することまで仕出かす決定が行われた。本当に、本当に、不幸な決定でした。
しかし同時に、ドイツ人は物事を肯定的にとらえる思考も身につけるべきではないだろうか。デジタルな世界での覇権を追求するシリコン・ヴァレーは日毎に大きくなって行く。テクノロジーの進歩は過去のどの時代よりも速くなっている。あなた方ドイツ人もこの流れに掉さすことが大事だ。われわれは喜んで支援する。しかし基本的にはあなた方がわれわれと同じ列車に乗ることが大事です。(つづく)
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