相撲好きを語ろう・前ミツ相撲を見たい
- 2010年 11月 21日
- 交流の広場
- 海の大人相撲
もう完全にカラダが相撲を取れる身体ではなくなったら、若い時にも増して、テレビの大相撲を見るのが好きになってしまった。
栃若時代の事は新聞とラジオでしか知らないが、柏鵬時代からは何となく記憶がある。その時代から、今の白鵬の時代までを思い起こして明らかに良くなった事は、立ち合いに力士が手をついて立ち上がるようになった事だ。色々な名力士の印象が残っているが、やはり、中腰からカラダをぶつけるように起って勝負をするよりは、今のように手をついて立ち上がる方が勝負事としての質は上がる。稽古は昔の方が勝っていたのだろうが、全体としての大相撲としての質はマシになった感じがする。
しかし、残念なのが、「前ミツを取る型」の相撲が無くなった事だ。琴欧洲は柏戸の相撲が、日馬富士は栃ノ海の相撲が似合うのにと思うのだ。柏戸だって大関時代は前ミツを取って相手を引き付け、腰を浮かせて一気に寄るという型が出来ていた訳ではない。栃ノ海の相撲は日馬富士より自在だったと言う印象があるが、それも日馬富士の安馬時代の背筋を水平にして素早く相手の胸に一直線に突き刺さる立ち合いが、有ってこそのものだった。
小錦の三役時代は、「一ツキ半」と謂われた明治の大力士、太刀山というのはこういう力士だったのではないかと思わせたし、その小錦の膝を引き付けての寄りで折った双羽黒は雷電の再来ではないか、と思わせるところがあった。今場所でも、把瑠都が「播磨投げ」という荒技を繰り出した。安美錦、豊ノ島という琴欧洲の天敵も歴代のくせ者力士列伝に入れられる水準だし、客の入りが悪いほどには大相撲は低迷していない。
朝青龍が引退に追い込まれる事によって、幾分か助けられた白鵬の63連勝が、千代の富士の53連勝よりは内容において充実している事は間違いない。朝青龍も良い力士だったが、谷風と並んだ白鵬は、はじめ大鵬のように成るのかと思っていたら、確かに双葉山に似てきた。太刀山のように一敗を挟んでの100連勝も不可能ではない。
ただし、大鵬もしていたが輪島の時代から横綱が多用するように成った、「張り差し」という立ち合いは頂けない。朝青龍、白鵬は多すぎる。特に、白鵬は「後の先」を目指すと謂っているイデオロギー的方向とは違う。立ち合いの変化が多いと言う事と併せて、他の力士との力量差を頼む相撲が多すぎると69連勝を破る事は、素質のある力士が育って来つつあるだけに難しい事に為るだろう。稀勢の里は明らかに低迷期を脱した。大関・横綱に為るだろうが、大関時代に突っ張りからの前ミツの型を身につけるべきだ。
公益財団法人に成るために、相撲界が汲々としているのは解るが、相撲の充実と素質ある力士の存在という事は心配いらない。むしろ、相撲に愛着のない警察、検察官僚の天下り先として自ら組織を投げ出した現状の親方衆が情けない。元東京高検検事長村山副理事長が週一遍出勤で、理事長室を確保しガバナンス整備担当として理事長を指導するという転倒こそが危うい。反社会的勢力から相撲協会を切り離すために、「反社会的勢力=検察権力」に身をゆだね、警察天下りパチンコ界総本山の「社会安全研究財団理事長」の早稲田大学特命教授伊藤滋理事が暴力団排除の先頭に立つ、というのは琴光喜解雇の乱暴さ、横綱審議委員会への「昭和の遺物」批判として現れており、取り返しのつかない禍根と為る事は必然である。
だがまあ、私が言ってもどうなるものでもない。過去にも、「春秋園事件」の例もあった。協会が分裂しても相撲は続いた。今は、過去何回目かの相撲黄金期の前夜なのだとして、相撲そのものを堪能しよう。
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