やっぱり怖い!農薬類の汚染(全4回) -その1 危険な残留農薬基準がある-
- 2014年 8月 27日
- 評論・紹介・意見
- 岡田幹治農薬
◆はじめに
私たちは、さまざまな汚染物質に囲まれて暮らしているが、そうした「複合汚染」のうち、農薬をはじめとする合成化学物質(以下「農薬類」と略す)による汚染は、その危険性がほとんど知られていないものだろう。
それは低濃度の場合、被害を感覚で知覚することが難しく、測定には特殊な計器が必要だ。被害が時間をおいて、ときには世代を超えて現れることもあるから、一層やっかいだ。その意味で、低濃度の放射能汚染に似ている。
農薬類の汚染は、2013年末に発覚した「アクリフーズ(現マルハニチロ)の冷凍食品事件」のように、少量を口にしただけで嘔吐(おうと)・腹痛・下痢などが起きるほど高濃度の場合を除き、マスメディアに取り上げられることもない。
この事件の場合、有機リン系の農薬マラチオン(商品名はマラソンなど)が最大1万5000ppm(1.5%)も混入していたのだが、このような超高濃度の汚染は犯罪でもなければ起こりえない。
しかし、ふつうに売られ、私たちが日々食べている食品などにも危険は潜んでいる。農薬類は政府が安全と保証している量や濃度以下でも決して安全とはいえないのである。その実態を4回にわたって報告する。
◆高いネオニコチノイド系農薬の残留基準
まず政府が定めた農薬の残留基準(ここまでなら農薬が残留していても安全とされる濃度で、作物ごとに決められている)にはきわめて高いものがある。
たとえば、近年使用が急増しているネオニコチノイド系農薬のアセタミプリド(商品名はモスピランなど)をとってみよう。この農薬のブドウの残留基準は5ppmだが、この基準ぎりぎりのアセタミプリドを含んだブドウを、体重が15キログラム(kg)の子どもが1日に300g(一房の半分強)食べると、急性の中毒(毒性をもつ物質が許容量を超えて体内に取り込まれ、体の正常な機能が阻害されること)を起こす可能性がある。
「体重1kg当たり1日0.1ミリグラム(mg)」という食品安全委員会決定のアセタミプリドのARfD(急性中毒基準量=注1)で計算すると、そうなるのだ(注2)。これでは安心して子どもにブドウを食べさせることもできない。
(注1)ARfD(急性中毒基準量)は急性毒性の指標で、24時間以内に急性中毒が発症する恐れがある農薬の量(「急性参照用量」と訳されているのは誤訳)。これに対し、ADI(1日摂取許容量)は慢性毒性の指標で、1日にこれ以下なら一生涯摂取し続けても安全と推定される量。
(注2)アセタミプリドのARfDは体重1kg当たり0.1mgだから、体重15kgの子どもは0.1×15=1.5mgで急性中毒になる可能性がある。一方、ブドウに5ppmのアセタミプリドが残留しているとは、ブドウ1gにアセタミプリドが5マイクログラム(μg)残留していることを意味するから、ブドウ300gにはアセタミプリドが1500μg=1.5mg残留していることになる(μgは1000分の1mg)。
◆とくに高い茶葉の残留基準
茶葉の残留基準をみると、アセタミプリドは30ppm、同じネオニコチノイド系農薬のクロチアニジン(商品名はダントツなど)は50ppmに設定されている。表1に示すように、欧州連合(EU)やアメリカの残留基準と比べてケタ違いの高さだ(これとは逆に、アメリカの方が日本より高い場合もたくさんある=注3)。
*1 輸入食品を対象に設定された値(インポート・トレランス)
*2 検出限界(日本の一律基準に当たる)
*3 単位は、体重1kg1日当たりmg
出所:日・米・EUの規制当局にサイトなどから作成。
(注3)アメリカなどから輸入される穀物や果物には、輸送中の害虫やカビの発生を防ぐため、収穫後に農薬が使用されることが多い。これを「ポスト・ハーベスト農薬」といい、国内では禁止されているが、輸入品には許されている。その中には、(オレンジやレモンに使用されるイマリザルのように)日本では農薬としての使用が禁止されているものもあり、それらは「食品添加物」として認可されている。このような輸入食品はもちろん避けた方がよい。
◆茶飲料を飲み続けて中毒の女性も
その影響だろう。次のような症例が報告されている――。
群馬県の34歳の女性は、3か月前からボトルの茶飲料(残留農薬基準は未設定)を毎日600~1000ミリリットル(ml)飲み続けていたら、2か月前から頭痛、不眠、だるさを自覚するようになった。4日前にモモ1個、前日にナシ1個と緑茶500mlを摂取したところ、昼寝の後、頭痛、腹痛、胸痛がひどくなり、脳外科を受診したが、脳のCTは異常がなかったため、別の診療所を受診した。
女性はこのとき、軽い意識混濁があり、脈は遅く、発熱、手指の震え、筋肉のけいれん、心電図異常が見られ、嘔吐するまで話もできず、前日の食事内容も思い出すことができなかった。
この診療所では、症状がアセタミプリドに曝露(体内に取り込むこと)した患者の症状に似ており、他の病気の可能性が低かったため、ネオニコチノイド系農薬の亜急性食中毒と診断し、茶飲料と果物の摂取を禁止したところ、1週間後には記憶も正常になり、翌日には心電図所見も改善した。その後の尿の分析でネオニコチノイド系農薬の代謝物(農薬などが体内で変化したもの)が検出され、診断の正しさが裏づけられた。
この症例を検討した平久美子医師(東京女子医科大学)は、日本ではネオニコチノイド系農薬の茶葉や果物の残留基準がきわめて高く設定されているので、茶飲料や果物は大量に摂取し続けないほうがよいと言っている。
◆残留基準決定のからくり
なぜ、このように危険な残留農薬基準が認可されているのだろうか。
簡単にいえば、農薬メーカーや農業生産者が農薬を使いやすいように残留基準が決定され、その基準に厚生労働省が安易に安全のお墨付きを与えているからだ。
農薬メーカーが農薬の新規登録や使用方法の変更を申請すると、農林水産省は新しい残留基準の案を定め、承認するよう厚生労働省に要請する。そのさい、新基準案はメーカーが実施した残留試験で得られた最大残留値の約2倍(1.5~3倍)に設定される。こうしておけば、最大残留値を超えるような散布が行われた場合でも違反にならないからだ(これら一連の実務は、独立行政法人農林水産消費安全技術センター=FAMIC=の農薬検査部が担当している)。
要請を受けた厚労省は、その基準案の実施によって国民の健康に悪影響がないかどうかを、関係の審議会に諮ったうえで判断するが、影響ありと判断されることはまずない。ここにもからくりがある。
厚労省はまず、日本人一人が一日に食べる作物の平均値(フードファクター)を使い、当該農薬が基準案通りにすべての適用作物に残留したと仮定して、一人一日当たりの当該農薬の「総摂取量」を出す(注4)。そしてこの数値を、慢性毒性の指標であるADI(一日摂取許容量=注1)に日本人の平均体重(約53kg)をかけて算出した「摂取許容量」と比較し、その80%以下であれば健康に影響なしと判断するのだ(注5)。
(注4)厚労省によると、フードファクターは「1998~2000年の11月の調査(特定の1日×3年)」から推算していたが、これでは平均的な摂取量を求めるのに適切でないと判断し、2014年2月に新方式に改めた。新しい値は「2005~07年の食物摂取量調査(4季節×3日間)」から推算している(反農薬東京グループ『脱農薬ミニノート4 農薬も一緒に食べる?』)。厚労省の安全性評価はこんな点でもいい加減だ(この記事では旧値を使っている)。
(注5)「総摂取量」が「摂取許容量」の80%を超えた場合は、適用作物に残留試験の平均残留値が残留したと仮定して計算するなど、いろんな便法を使って総摂取量を少なくし、摂取許容量の80%以下に抑えてしまう。このようなケースは「珍しいことではない」と厚労省は言っている(反農薬東京グループの上記冊子)。
◆からくりの問題点
しかし、一食にたべる個々の作物の量は、年間の平均値であるフードファクターより多いのがふつうだ。また子どもは体重当たりでは大人の約2倍食べるのだが、そうしたことへの配慮もない。その意味で厚労省の作業は机上の空論にすぎないともいえる。
また、世界では1990年代以降、慢性毒性に加えて、一度にたくさんの量を食べたときの急性毒性も注目されるようになり、その予防に役立てるねらいでARfD(注1)という指標が開発された。この指標をEUはほとんどの農薬に定めているが、日本ではアセタミプリドなど2農薬について試験的に設定されているだけだ。残留農薬の設定に当たっても急性毒性への配慮はない(注6)。
(注6)厚労省は2014年3月、残留基準の安全性審査は今後、従来の慢性毒性に加えて急性毒性も考慮して行なうと発表した。そのため食品安全委員会に対し、優先順位の高い農薬から順次、ARfDを設定するよう要請した。ただ、これによって残留基準がこれまでよりどの程度厳しいものになるかどうか分からない(ARfDが緩やかな数値に設定されれば、残留基準は変わらない)。
(『子どもと健康』第99号=2014年7月、労働教育センター発売=に載せた解説記事に加筆・修正したものです)
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