真の「共生的社会」はいかにして可能か?―多民族国家における少数民族の存立を問う
- 2010年 11月 24日
- 時代をみる
- クロアチア人多民族国家岩田昌征
ベオグラードの週刊誌ニン(2010年11月11日)にBiHのクロアチア人の苦境に同情的な記事が出た。BiHHDZ(BiHクロアチア民主共同体)議長ドラガン・チョヴィチ教授とのインタビューである。要約紹介しよう。
BiHの大統領はボシニャク(ムスリム)人、クロアチア人、そしてセルビア人それぞれの代表から成る集団=幹部会である。そのクロアチア人ポストにクロアチア人のジェリコ・コムシチが4年前と同じような仕方で再選された。4年前、BiHのクロアチア人は、ジェリコ・コムシチの選出を「合法であるが、正統性がない」とみなした。今回は怒りを感じている。何故か。コムシチはBiHSDP(BiHの社会民主党)のメンバーで、クロアチア人であり、かつBiH単一国家論者である。したがって、クロアチア人の票というよりも、ボシニャク人の票を集めて当選したのである。BiHクロアチア人が「合法だが、正統性がない」と立腹するわけである。かくして内戦中に成立した「ヘルツェグ・ボスナ・クロアチア人共和国」(1994年にアメリカの立案した対セルビア人共同戦線策としてBiH連邦を成立させるために消された共和国)を想起させる第3エンティティ構想がより強くクロアチア人政治家の口からほとばしり出ることになる。
コムシチの再選にクロアチアの大部分が憤慨しているが。
―彼のとった票の99%はボシニャク人の票だ。それはBiHの存続を脅かす。今日、BiHにかかわる世界の外交官の多くがそれを認めている。3民族が同権・平等ではない2エンティティ(連邦構成単位である構成共和国をこう呼ぶ‐岩田)制のBiHは安定しない。ヨーロッパ的展望がない。クロアチア人エンティティを作ることで、もっとも小数である民族がBiHから消え去ることを阻止できる。
BiHHDZの党幹部イヴォ・ミロ・ヨヴィチは、「目下に置かれているという感情のゆえに、クロアチア人がユーゴスラヴィアを破壊したのだ。もしも、こんな今の状態が続けばBiHをもまた破壊するだろう」と語ったが。
―クロアチア人がユーゴスラヴィアを破壊したとは思わない。旧ユーゴスラヴィア国家の解体に関するあまりに単純化した見方だ。
ワシントンやブリュッセルからあなた方の要求を支持するシグナルはあるのか。
―彼らの多くはBiHの心をまだ分かっていない。統一的立場を持てていない。ここで私たち3民族の間で合意ができれば、ワシントンもブリュッセルも支持してくれよう。
ザグレブ(母国クロアチアの首都)は、態度を明確にすることを避けているようだが。
―大統領ヨシポヴィチと首相コソルから明確な立場をえている。彼らは3民族の合意による諸民族の平等の確立を望んでいる。
最近までクロアチア大統領だったスティペ・メシチは、「ヨーロッパ内にイスラム小国家は好まれていないから、クロアチア人エンティティは不可能だ」としばしば語った。BiH連邦がクロアチア人エンティティとボシニャク人エンティティに分解すれば、後者はイスラム小国家になるが。
―BiH連邦なるエンティティ自身、すでにしてその「イスラム小国家」なのではないか。
セルビア人共和国首相ドディクがあなたの要求を強く支持する訳は?
―ボシニャク人ラディカルの努力の結果、将来クロアチア人がいなくなったBiHが実現したら、BiHにおけるセルビア人の地位はどうなるか。ドディクはクロアチア人の憲法的同権性がセルビア人をも守ることを分かっている。
国際社会の上級代表は、あなたと同じような構想を語ったクロアチア人政治家を多く公職から追放してきたが。
―そんな脅迫は、今日ボシニャク人実力者から毎日やってくる。刑事告発手続きを取るとか。しかし国際社会の代表者たちは私たちの建設的立場を理解し始めている。
岩田が解説するまでもなく、ここに発現している問題は、多民族国家における一人一票の民主主義的選挙制の矛盾である。民族間の利害調整を考えて、クロアチア人枠の公職を作っても、クロアチア人内の少数派政党が最大多数民族ボシニャク人の票を一部もらうだけで、クロアチア人内の多数派から権力を奪うことができる。まさしく、BiHのクロアチア人全員が誰か別の候補者に投票しても、ジェリコ・コムシチはクロアチア人代表の地位をボシニャク人の票によって獲得できる。かくして、BiH幹部会の3民族代表制は、事実上2民族代表制になってしまう。
以前に報告したように、サライェヴォの国際社会上級代表インツコはBiHにおける公職追放権を放棄して、公職追放のスタンダードは不変のまま、その仕事をBiHの民主的に選ばれた政治家たちに任せると決定した。そうなると、BiHHDZ議長の第3エンティティ創設要求はスタンダードに触れるとして、BiH自前の公職追放問題になるかもしれない。これはBiHの不安定性を強めよう。国際的手入れは比較的簡単に「世界」市民社会の正義感にのっとって実行できるが、忘れっぽい市民社会の知らないところで、より困難な足抜きが試みられつつある。
最後に一言。BiHのクロアチア人政党HDZの党幹部イヴォ・ミロ・ヨヴィチの発言「クロアチア人がユーゴスラヴィアを破壊したのだ」は、重要である。社会主義ユーゴスラヴィア最後の大統領は、クロアチア人のスティペ・メシチであるが、ユーゴスラヴィア解体の直後に自著を『我々は如何にユーゴスラヴィアを破壊したか』の表題で出版したが、あまりに正直すぎるので、ただちに『如何にユーゴスラヴィアは破壊されたか』に改名した。そんな20年前の出来事が思い起こされた。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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