ICRP体系を科学の原理から徹底批判:矢ヶ崎克馬「長崎原爆体験者訴訟」追加意見書
- 2014年 9月 21日
- 時代をみる
- 松元保昭矢ヶ崎克馬
●被曝者ではなく被曝「体験者」?
長崎被曝体験者訴訟とは、爆心地から半径12キロ以内の被爆未指定地域で長崎原爆に遭い、被曝者と認められてこなかった「被曝体験者」が国や県、長崎市を相手に被曝者健康手帳の交付など国家損害賠償を求めている集団訴訟です。
長崎の被爆地として指定されている地域は南方に12㎞、東、北、西には5㎞とゆがんだ地域指定となっています。実際は、原子雲はほぼ等方に広がっています。東、北、西方面の地域の人々は「正当に被爆地域を決めてほしい」という要求が上がり続けていました。しかし国側は「あなた方は放射線に打たれていません。放射線に打たれたのでないかという精神的ストレスが病気を引き起こしているのです。」と言い続けてきました。精神神経的な病気にかかっていることを条件に国は健康手帳を支給しています。それでこの扱いを受けている方々が、精神的に 被爆を体験しているとして「被曝体験者」という珍妙な名称で呼ばれているのです。フクシマでも、被曝者と被曝「体験者」が 区別されるのでしょうか。
被告側(国、 県、市)は、「放射線起因のがんが増えるのは被ばく線量が100ミリシーベルトを超える場合で、…爆心地から12キロの被爆未指定地域でそれほど高線量の内部被ばくをすることはあり得ない。…確認された被ばく線量では住民への健康影響はない。」と主張しています。これは、 3・11後の福島原発の被ばく被害に対する国、企業、行政側の姿勢とまったく同様であることを示しています。
この根拠こそICRPの放射線防護体系です。じっさい第1次訴訟では、国側が約20人の専門家※の 連名でICRPに基づいて沢田昭二氏の主張には「科学的根拠がない」と反論しているのです。今回の裁判は、まさに「内部被曝」が争点です。被告側が依拠する内部被ばくを隠ぺいするICRPの防護体系こそが、核心的争点になっているのです。内部被曝の科学的実在を認定させることができなければ、福島原発事故で避難した多くの人た ち、避難せず に忍従している人たち、将来の疾病に不安を抱いている人たち、損害賠償を請求する人たちが、たんなる「体験者」として打ち棄てられることは目に見えています。
※こうした「専門家」が国側企業側の「科学的」裏付けを提供していることが依然続いていますが、今般、日本学術会議第1部から公表された「提言」によれば、「放射線被曝の健康影響を過小評価する姿勢」こそが「科学者の信頼失墜」を招いた重要な一因であるとし、「その後、信頼回復へ向かうどころか、時とともにさらに深刻さを増していった。」「「統一見解」という考え方の「崩壊」が社会の信頼を失う大きな要因となった。」と 指摘しています。http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/division-15.html
第1陣原告 388人(長崎地裁敗訴、現在福岡高等裁判所に控訴中)、第2陣原告161人(長崎地裁提訴)で、今回は549 名の方々が「被曝者として認定せよ」と訴訟を起こしています。この被爆体験者訴訟は、原告が69年間の痛苦の思いを込めて命尽きるまで、最後の力を振り絞って、「被曝者援護法の精神に従って、正当な扱いを」求めている裁判です。内部被曝による放射線被曝が主論点となっていますので勝訴すれば「フクシマ」の住民の今後に重大な影響があります。拡散をお願いいたします。
●ICRP体系を科学の原理から徹底批判
ここで以下に紹介するのは、矢ヶ崎克馬氏による長崎原爆体験者訴訟の追加意見書です。
とくにその第1章がICRP体系 に対する科学の原理からの徹底批判となっています。ICRPの「えせ科学性」について論じ、人間の健康影響の基準とは断じてなりえない 「反-非-科学」体系であることを論証しています。おそらくICRP 放射線防護学は「科学でない」ことを論じた世界でも初めての科学的な全面批判と思われます。矢ヶ崎さん自身意見書の末尾に、 「体内被爆者であり、広島で最も若い認定被爆者であった亡き妻沖本八重美に捧げる」と献呈の辞を記しているように、渾身のちからで世界を覆う核=原子力体制に立ち向かっています。
全文は下記のURLでご覧 いただけますが、80ページにも及ぶ科学的論証の積み重ねですから一般のわれわれには読み通すことに難儀します。ここに「第1章ICRP体系と科学のその1、ICRP体系の誤り」から一部抜粋して紹介しますので、ご参考の糸口にしていただきたいと思います。とくに、各地の原発訴訟で闘っておられる方々、 被曝の惧れで悩んでいる方々、政府やメディアの情報に疑念を抱かれている方々、もしくは、それらの情報を信じ込んでいる方々に、この力強い意見書をぜひ読んでほしいと思います。
なお、原爆投下後ただちに始まり今日まで続く【核兵器と原子力産業を存続させるための】核=原子力隠蔽体制は、メディアを利用した「安全神話」の自作自演でその棄民政策を拡大し続けています。 また、9・11事件及びその後のテロリスト支援による自作自演で「対テロ世界戦争」という独立国家を解体、懐柔する【イスラエル国家と軍需産業を存続させるための】征服戦争は、何百万人もの 犠牲者を伴って現在進行中です。日本政府が画策する「集団的自衛権」も米-NATO軍を軸としたその勢力への参画です。ともに科学を歪曲した巨大なプロパガンダで民衆を呑みつくし、ともに国連を隠れ蓑に利用し、国際法を蹂躙し世界民衆の人権と公正を愚弄し続ける一方で、この虚構と隠蔽に抵抗する市民と少数の良心的科学者たちによる「科学=真実を闘いとる」あるいは「人間を回復する」闘争を余儀なくさせています。根がまったくひとつの一体構造をなしていることに着目したいと思います。(2014 年9月20日、松元記)
※本紹介は以下の「抜粋紹介」とともに著者矢ヶ崎克馬さんのご了解を得ています。なお、琉球大学名誉教授の 矢ヶ崎さんの専門は物性物理だそうです。鳥島の米軍射爆場における劣化ウラン弾の抗議から一貫して一市民の立場で参画してきたといい ます。
★矢ヶ 崎克馬 「長崎原爆体験者訴訟」追加意見書(2014年9月10日)
全文URL:http://yagasaki.i48.jp/doc/ICRP-criticism-20140910.pdf
また、この訴訟に注目 していただき、励ましと抗議の声を届けていただきたいと思います。
【激励先】
諫早総合法律事務 所:龍田紘一朗 <cyh01311@nifty.com>
【抗議先】
「被爆体験者」の主管先:厚生労働省https://www-secure.mhlw.go.jp/getmail/getmail.html
「被爆体験者」の業務担当、県および市:
長崎県http://www.pref.nagasaki.jp/bunrui/kenseijoho/goiken-gosodanmadoguchi/kocho/goiken-kocho/
長崎市http://www.city.nagasaki.lg.jp/syokai/770000/776000/p023498.html
=====以下、抜粋紹介=====
※論証を積み重ねる科学論文の「抜粋紹介」はルール違反ですが、市民生活に密接に関連しまた世界市民の世界観に寄与する問 題でもあります ので、ご海容ください。(紹介者)
矢ヶ崎克馬「長崎原爆体験者訴訟追加意見書から第1章ICRP体系と科学の1、ICRP体系の誤り」より
本意見書は,放射線の人体影響は科学の対象であり,科学の原理,法則に支配されるという基本的視点から,被告側が依存するICRP体系が科学上の真理及び科学的方法の原理に反することを指摘し,関連する諸課題を論じる。
第1章 ICRP体系と科学
1 ICRP体系の誤り
科学の荒廃,教条化は具体性の捨象に始まる。総論として,矢ヶ崎は,科学するという行為は真理の発見とそこに至るプロセスとしての研究であると考える。放射線の人体影響は自然科学の一分野に属する。ICRPが累々と築き上げた放射能の人体影響,被曝被害の体系は自然科学の 原則に反している。
(略)
真理(客観的認識)は,反論可能性を保証するものでなければならない。研究の自由,研究に対するあらゆる弾圧の廃絶,秘密・機密の解除, データと研究方法の解放などである。真理性が信仰や政治的・経済的権威・権力に支配されるものであってはならない。
(略)
ICRPが累々と築き上げた人間に対する放射線被害評価体系(ICRP体系)は論ずればきりがない誤りがある。そのなかで本意見書の焦点を誤りの集合のなかで基本的誤りであると認められる点,即ち具体性の捨象,放射線の照射と吸収の混同,諸概念にわたる物理量を同一単位で取り扱う混乱、放射線物理作用解明の回避に発する反明晰判明性に絞って叙述する。
(略)
事実と実態を具体的に把握して科学することからの逸脱という点において,ICRPの体系には,少なくとも3つの欠点がある。
① (照射線量概念の破棄:外力としての放射線量と生物の反応量との区別をなくした誤り)
(略)
ICRPはこの区別を破棄し,混同,混乱の体系に作りかえた。電離放射線は,外部から強制的にもたらされる外力である。この外力の存在,従ってその認識が第1の出発点である。しかるに,ICRPは,定義を立てるに当って,外力であることを示す「照 射線量」の概念を破棄し,外力の存在を不明確にした。このやり方がいわゆる瞬時の外部被曝しか対象とせず,長時間かけて起こる内部被曝は本格的に取り扱わないことの「合理化」につながった。このことはICRP研究設計の本質と深くかかわる。すなわち照射線量と人体の反応量である吸収線量などの諸量とを混同させたことによる,諸障害が生じる閾値線量の極端な過大評価.相対的リスク発生量として計算された「実効線量」を放射線の強さそのものを表す「線量」に適用する換骨奪胎による極端な放射能環境の過小評価.それらの手法により、放射線防護学を混乱させ,著しく科学から逸脱させた。外からの「照射線量」と内の「吸収線量」を明確に区別して,そして両者の関係を求めるべきところを,物理法則把握の基本方法を踏襲せず,混同することによって「放射線場」を不明晰にすることに加え,人体の反応をも不明にした。
(略)
② (放射線作用の定性的普遍的性質をブラックボックスに閉じ込める)
生物にとって電離放射線の物理的作用が所謂「場」となる。ICRPは電離放射線の物理的作用を具体的に論じない。すなわち「場」としての放射線の定性的普遍的性質を論じない。電離放射線の対象に及ぼす作用の現場は,人体の内か外か,臓器の内か外か,細胞の内か外かでそれぞれ大きく異なる。にもかかわらずICRPはそれを区別する科学方法をあえて持とうとしない。それは放射線の「場」としての定性的普遍的性質を明確にしないがゆえに区別できる実力を持たないことが根本にあり,それがICRPにとって都合がいいことなのだからである。ICRPは電離放射線の本 質的な物理的作用に関する自己の理論を少なくとも対外的に明晰にしない方途を選択することによって,被曝の実態をなす電離作用の有無,電離の 分布状況など,具体的状態,状況を一切問題にしないで素通りするブラックボックスを組み立てているのである。
(略)
被曝とその被害状況とそのリスクを知るには,被曝被害の根源である電離の密度,臓器内等での分布状況,時間的な電離の展開状況等を把握すべきである。なぜなら電離の密集度が健康上の被害に直結していることがわかっているからである。しかしICRP体系は,電離の空間分布状況や時間 的継続状況などを不問に付し,具体的な探究対象としない。((3)で詳述))
(略)
③(放射線作用のアウトプット,即ち被曝被害の事実解明,線量評価,被害評価をブラックボックスに閉じ込める)
ICRPは電離の具体性を構成する本質的要素から重要な要素までの一切を考察の対象から切り捨て(捨象し),電離の密集態様,密集度を不問に付し,電離に消費した=電子に付与したエネルギーだけを具体性がない抽象量で取り扱うことにし,そのやり方として,臓器内等での総吸収エネル ギーを質量で標(基)準化している。それが「吸収線量」である。科学たらんとするならば,被曝概念を電離,分子切断等の物理的素現象を具体的に解明することを基本的出発点における工程作業とすべきところをそうしない。その具体的状況を抜きにして電離に消費したエネルギーを抽象的に 量計算するやり方にした。即ち,電離の微視的構造である空間的分布状況や時間的分布状況を無視して臓器ごとの平均値として単純化するやり方にした。電離の具体性を切り捨て抽象的な「線量」概念にすりかえた。具体的被曝における実情の質的差異面を切り捨てて,量問題に単純化し,平均 化したのである。被曝の実態とそこにおける質的差異を具体的に明確にすることを出発点とせず,初めからそれを行うことをせず質的差異を無視して単純に量化し,かつ平均化計算し,算術問題化したのである。このように単純化・平均化し,臓器などで吸収されるエネルギー総量にすりかえる ことによって実態を抜きに算術上の問題にして,科学上の第一義的探究責任を放棄する体系を仕立て上げたのである。
ICRPは具体的で正確な事実,即ち確実な認識を回避し,それを飛び越えるのに数々の手段を使っている。これによって,リスク(危険)の根源が何であり,何処にあるのか,リスクの現れ方を不明晰にしている。具体的事実の全体像,即ち具体性を解明しないで済ますという方法に都合が良いように,被曝の実態をブラックボックスに閉じ込めた。それによって出力としての被害の事実を恣意的に選択し,都合よい数式計算で科学的,数学的に粉飾できるようにしたのである。そのために放射線の影響を癌と白血病とごく少数の疾病に限定した。チェルノブイリその他で,被曝被害の 事実をICRP理論に当てはまるかどうかの都合に合わせて切り捨てた。それには,なにより邪魔になる照射線概念の排除を必要とした。刺激と反 応の混同,曖昧化,放射線被害の具体性の捨象によって,その上部構造として公認の教理体系と権威体制を築いた。そもそもが電離放射線の作用を ブラックボックスに閉じ込めたのは核兵器国,原発国,核企業,それにICRPが加わった一体機構の反人道的路線を支えるために必要な手段であった。ICRPは発電企業に都合の良い基準を,本来命を守ることを意味する防護基準のなかに,それも核心部にすべりこませた。これを人道上の反倫理体制と呼ばずになんと表現しようか。核分裂利用による発電を社会的に受容させる目的の下に,不可避な犠牲の甘受・受忍を市民に体制的に強制する反人道的な「科学」=偽科学を構築推進しているのである。
正当化の論理は,放射線被曝を伴う行為はそれによって総体でプラスの利益を生むものであればよしに依拠し,『最適化』は被曝を経済的および社会的な要因を考慮に入れながら合理的に達成できるかぎり低く保てばよい:as low as reasonably achievable ALARA思想としたのである。ALARA思想は日本国憲法第25条「すべて国民は,健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」や 13条「すべての国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その 他の国政の上で,最大の尊重を必要とする。」と根本的に明白に相容れない。
ICRPは自然科学上の基本法則,外力と反応との区別を消滅させるのに,混然化,具体性捨象を行った。そのことによって核利用の危険を隠ぺいし,核先進国家及び核依存企業の核利益を最優先し,反人道,反科学に徹して,学術研究団体の良識を捨ててなりふりかまわない奉仕機関に堕した。被告の法廷での活動はこのICRPの疑似科学体系に全面依存することによって,成り立たせようとしている。
以下にそれらを詳しく論じる。
(抜粋紹介終わり:なお、論考はこのあと本格的な科学的検証に入る。)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye2772:140921〕
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