放射線被曝傷害論の虚構と問題点をえぐる =月刊3誌、先月号掲載の被曝重要論文への補足=
- 2014年 10月 18日
- 時代をみる
- 蔵田計成
14年9月の月刊3誌に福島第1原発事故災害に関する論文や特集が掲載された。いずれも重要な問題提起を含んでいる。これまで「原発安全神話」「被曝安心神話」によって覆い隠されてきた被曝傷害の実態を解明し、過去に報告された被曝傷害の事例を再検討し、被曝に関わる政府お抱え専門家の犯罪的な無責任さを追及している。3論文は以下の通りである。
①宝島社、『宝島』10月号「福島県で急増する〈死の病〉の正体を追う」(明石昇二郎)
②岩波書店、『科学』9月号「漫画〈美味しんぼ〉問題を考える」(白石草)
③鹿砦社、『紙の爆弾』10月号「安定ヨウ素剤の服用を中止させた御用学者 山下俊一を公職追放すべきこれだけの理由」(青木泰)
いずれの論考も既成の放射線被曝傷害論における虚構や欺瞞を鋭く摘発している。本稿では、それらの問題提起を補強するかたちで、問題点を取り上げてみたい。
第1部
(1) 過小評価されてきた循環器系被曝疾患
①の『宝島』10月号の明石稿は、最近の福島県人口動態統計をもとにして、福島原発事故発生後の県内の死因動向を分析している。その結果わかったことは、副題「セシウム汚染と『急性心筋梗塞』多発地帯の因果関係」にあるように、事故発生直後の2011~2012年にかけて、循環器系疾患の代表格ともいうべき心筋梗塞が急増し、「死因別増加数のランキング第1位」に急浮上したという。
この統計が一時的なものか、長期的なものかを知るには、多少の時間の経過が必要だろう。とはいえ、循環器系疾患が現時点において多発しているという事実は重要である。とくに、放射線による被曝との関連をすべて否定することはできない。
原発事故と突然死、心筋疾患、心不全などとの関連が取り沙汰されているなかで、事故直後とはいえ、循環器系疾患による死因の急増は注目すべき事例である。その理由はこれまでの放射線被曝疾患の定説が誤っていたことにある。
従来の被曝傷害論の定説は、広島・長崎の「原爆資料」に基づいていた。主な被曝疾患は白血病、固形ガンであった。先天性遺伝疾患を含めて、それ以外の研究は軽視されていた。非ガン性疾患、とくに循環器系被曝疾患については、過剰リスクを認めていたとはいえ、ほとんど無視してきた。
原因は広島・長崎の「原爆資料」の作成過程にまでさかのぼる。資料収集に際しては、第二次大戦後の混乱のなか、加害者である米軍指揮下にあり、明確な軍事目的ともいえる即発性の殺傷効果(急性症状)を知るために作成され、管理され、適用されてきた。しかも、大量の集団被曝データが他になかったことから、やがて原爆資料が定説扱いされてきた。
原爆投下以後も核実験やいくつもの核災害を経験した。とくに原爆投下41年後にはチェルノブイリ事故が起きた。その事故災害に際しては、事故発生5年が経過していたにもかかわらず、IAEA(国際原子力機関)が主導する国際原子力ロビーは、事故による健康への影響を全面的に否定した。「甲状腺疾患の潜伏期間は10年~15年」とする広島・長崎の原爆資料を持ち出し、現地研究者の統計資料を黙殺して、原発事故と被曝疾患との関係を全面的に否定した。
「健康上の傷害は認められるが、放射線とは直接関係がない。事故による不安や心理的ストレスが強く影響を及ぼした。」(注1)という公式見解を全世界に向けて発表した。これが歴史に悪名を残した「国際チェルノブイリ・プロジェクト1991年報告」である。
だが、ベラルーシ政府統計(注2)では、すでに小児甲状腺ガンは事故の年から発症していた。
① 事故前、過去9年間(1977~1985年):小児甲状腺ガン発症数累積「7人」。
② 3年後(1989年):3年間累積「7人」。(事故前9年間累積と同じ)。
③ 4年後(1990年):年間「29人」急増。
④ 5年後(1991年):年間「59人」さらに急増。
この圧倒的な発症事例を前にして、国際原子力ロビーはチェルノブイリ事故「10周年総括会議」において、ようやく白血病と小児甲状腺ガンに限り被曝疾患であることを認めた。
それに先だって、日本現地調査団(チェルノブイリ笹川医療協力プロジェクト、長瀧重信、山下俊一他、延べ310人、渡航回数90回)は笹川財団から35億円(国連出資含め総額50億円)の寄付金を得て1991年から5年間かけて、12万人の子ども(0~10歳)の甲状腺検診を行った。(ただし、この大がかりな検診に対しては、旧ABCC同様の人体実験と批判された。)
その事実からわかるように、調査団は早い時期から被曝傷害の実態に接していた。「大人100人に1~2人が甲状腺ガンの可能性」「重汚染地域の子ども20%が甲状腺ガンである」(注3)という事実を知っていた。にもかかわらず、国際原子力ロビーによる事故関連の認定は事故10年後であった。
だが、いまも国際原子力ロビーが公式に認定しているのは、白血病と小児甲状腺ガンだけという不可解な事態が続いている。それ以外の被曝疾患と事故との相関は認めていない。それは事故災害の結果に無関心というということを意味しない。むしろ、それほど露骨に被曝疾患の実態を公然と歪曲し、不条理な横車を押し通してきたのである。
チェルノブイリ事故災害に関して放射性セシウムと心臓疾患との関係をいち早く指摘したのはベラルーシのゴメリ医科大学初代学長・病理解剖学者ユーリ・バンダジェフスキーであった。彼は死因の52.7%が「心臓病」(注4)という研究結果を発表した。そのために、事故発生5年後の1991年に別件逮捕・投獄された。ベラルーシ政府は、このような弾圧を行ってまで、循環器系疾患と被曝傷害を結びつける学説を迫害したのであった。
(2)ウクライナ人口統計にみる死因第1位
循環器系疾患による死因は驚くべき統計を記録している。事故発生25年後(4分の1半世紀)のウクライナ人口動態統計をみると、循環器系疾患による死因は男女ともに固形ガンの「5倍」に達した。下記の統計はそのウクライナ人口動態死因別統計である。ただし、これは単年度の人口動態統計であり、統計としては不十分である。他年度についてはいま現地政府に問い合わせ中である。(2010年度統計もあるがほぼ同じ)。
【2011年のウクライナ人口動態統計】循環器系死因:66% (注5)
◇総人口4560万人
平均寿命 :全体、71歳、(男66歳/女76歳)
死亡者総数 :66万.4000人
◇死因別死亡者数と死亡率
①循環器系疾患 :44万人、(死亡率シェア)男66.3%/女66.6% (cf. 日本: 2011年、心疾患、15.5%、第2位)
②ガン疾患 :8.8万人、(同)男13.4%/女12.7% (日本:第1位ガン、28・5%、)
③外因性 :(同)男6.3%/女6.3%
④消化器疾患 : (同) 男3.8%/女3.8%
⑤呼吸器疾患 : (同) 男2.7%/女2.8%
(3)現地研究者の証言
この他にも次のようなチェルノブイリ現地研究者の証言がある。循環器系疾患死亡率は80%に達している。それは信じ難い数字である。
「広島の被爆者における循環器疾患の過剰リスクは14%と報告されている。リクビダートル(作業者)の疾病の26%は循環器疾患であり、24%は消化器疾患である。死亡でみると80%が循環器疾患によるものである。また、汚染地域から避難した人々の死亡で 80%が循環器疾患によるものである。」(注6)
なお、上記証言で引用されている原爆資料のなかの循環器系疾患の過剰リスク「14%」という数字は、福島事故以後に訂正されている。旧ABCC・現放影研(放射線影響研究所)第14報(2012年)では「36.5%」となっている。また、原爆資料の訂正に関しては重要な訂正がある。同じ放影研疫学部は、これまでの臓器別の潜伏期間「5~30年説」を大幅に改めた。
「現時点での私たちの理解としては…部位別の過剰発症のはじまる時期についてはあまり言及せずに全体として被爆後10年後くらいから増加がはじまり、現在に続いていると考えています」(注7)とした。その訂正の内容は、チェルノブイリや福島の小児甲状腺ガン発症事実にてらしてみると不十分であるが、訂正事実は意味を持っている。
(4)放射線による被曝との因果関係、暴かれたウソ
循環器系疾患をはじめとした「非ガン性疾患」は非常に高い値を示していることは間違いない。この被曝ピラミッドの頂点に「循環器系疾患死」がある。しかも「1件の甲状腺ガンの背後には1000件の関連機能障害がある」(注8)というのが現地報告である。
これらの事実から判断しても、被曝との因果関係を否定する論拠はどこにもない。その理由は単純である。少なくとも、循環器系疾患についてその死因がガン疾患のそれを大幅に上回っているという事態そのものが尋常ではない。たとえば、事故発生27年後でも体育の授業中に心筋梗塞で死亡する生徒が増えているという現地の取材報告がある。(注9) おそらくこれは放射能汚染地域においてはじめてみられる病変だろう。それ以外にどのような原因も理由も見当たらない。
この事実を論証するには、あえて<科学>を持ち出すまでもないだろう。後にふれるように、過去のすべての公害・薬害事件の結末にみる通常の常識的な判断の範疇に過ぎないからである。
しかも、長年にわたる原発安全神話の虚構はチェルノブイリ事故に次ぐ福島事故を契機にして、一挙に露呈した。とくに、チェルノブイリ被曝災害の本当の実態は時間が経過するにつれて明らかになってきた。
日本国内では一昨年から昨年にかけて、地元ウクライナ政府報告、ベラルーシ政府報告、現地研究者による調査報告などが、相次いで刊行された。(注10)これはほんの点に過ぎない刊行物である。この他、これまでスラブ語系を中心に「3万点の出版物」「数百万の文書/資料」「Google1450万、Yandex186万、RAMBLER125万」 (注11)があるという。
これらの調査報告や論文によって、チェルノブイリ事故に由来する放射線被曝傷害は「固形ガン疾患」よりも「非ガン性疾患」が多種・多様、早期・長期間にわたって発症しているという新しい事実も明らかになった。この実態解明の主役は現地研究者であり、国際原子力ロビーは関与していない。むしろ阻害役さえ演じた。それらの事実も含めて、チェルノブイリの住民や地元研究者たちはある重大な結論に到達した。
「原爆に関するデータは、最初から偽造され、不完全なものであった。」(注12)
このような「原爆資料」に対する不信や疑惑が生じる根元的な派生要因は、たんなる過誤や脱漏に起因するものではなかった。明らかにその背後には核独占と核開発を目指す国際原子力ロビーの強大な政治的意図があった。核や放射能に対する恐怖心をできるだけそぎ落とし、原発事故災害への過小評価を装うためには手段を選ばなかった。意図的な歪曲や捏造という政治的偏見(バイアス)が存在していたことはいうまでもない。
この歴史上の事実については別途に論証する他はないが、少なくともチェルノブイリ事故から福島事故にいたるまでの国際原子力ロビーの足跡や情況証拠をみれば容易に読み取ることができる。安全神話が破綻した事実や「安心神話」が作られる過程において、数え切れないほどの欺瞞が露見した。資料隠蔽、測定サボタージュ、資料の後出し、改ざん、偽装工作、情報操作、屁理屈、ゆがめた統計、妄言など枚挙にいとまがない。
このような大がかりな虚構のなかから、いまようやく<被曝の真実>を取り出すことができるようになった。いずれ循環器系疾患に対する過小評価の実態も明らかになるだろう。
第2部
(1)初期の放射線被曝疾患の問題点
『科学』9月号の論考、「漫画〈美味しんぼ〉問題を考える」は、<鼻血や疲労感が事故とは無関係である>という原発推進派の主張を明快に批判している。白石論文はその前書きで「低線量被ばく下における被ばくと『鼻血』をめぐる議論を整理し、政府の過剰反応の意味を考えた」と記している。ここで論文筆者がいう「過剰反応」とはいうまでもない。原発推進派による「鼻血と事故は無関係」「県民の心を傷つけるもの」「風評被害を助長するもの」という被曝傷害事実の否定や隠蔽、根拠なき居直りキャンペーンなどの異常な反応を指している。白石論文はこのような事態に対して、低線量被曝をめぐる過去から現在に至るまでの議論の経過を具体的に検討しながら、「政府はなぜ『鼻血』を認めないのか」と迫っている。そして、政府が行政権に基づく検証と資料の集積の意志を持っていないし、実施していないことを批判し、その必要性を指摘している。
この点について、あらためて次のような証言資料を補足することができる。
これは福島事故直後から数ヶ月間にわたって集めた生の証言記録である。町田市民グループ(子どもと未来をつなぐ会)は、事故直後から2012年2月末まで首都圏120件の「体調不良症例」を収集した。この市民グループが作成した資料は、2012年2月29日東京都町田市議会に対して提出した請願署名8686人分のなかの証言資料である。聞き取り調査を中心に、「口コミ」「ネット」などによって体調不良の症例を集めた。
◇ 調査資料の全平均年齢=約11歳、子供世代(19歳以下)が72人(60%)、20歳以上=38人(31%)、年齢不詳10人(8%)。複数の症状も含んでいる。調査対象は町田市(48.3%)、他は首都圏。
鼻血・両穴の出血が特徴(32例、27%)、
倦怠感・頭痛・めまい(20例、17%)、
セキ・痰(19例、16%)、
口内炎(17例、14%)、
下痢(13例、11%)、
流産(5例)、
複数の症例:爪の剥離、嘔吐、血便、アトピー・アレルギー悪化、突然死。
◇ この首都圏における発症の事例は、次の2つの測定事実のなかから関連付けることができる。それは原子力規制庁による、去る2014年9月5日の<後出し報告書>(注13) と、環境省平成24年度事業「事故初期のヨウ素等短半減期による内部被ばくの放射線量評価調査」(注14)である。それによると、原子炉建屋の水素爆発直後に放出された高濃度放射性物質を含む放射能雲(プルーム)は東日本全域を通過し、沈着し、ホットスポットを作り上げた。この2つの資料による拡散・沈着は、概略以下の通りである。首都圏の初期被曝資料との関連では20~21日に飛来したことになっている。
3月12日: 南相馬、女川。
3月15日: いわき市、茨城県北部、関東中西部。
3月16日: 茨城付近、群馬県、栃木県、福島中通り、関東平野内陸部・南東部沿岸。
3月20日:宮城県北部、岩手県南部、関東東部沿岸・中部。(首都圏拡散か)
3月21日: 茨城県南部、千葉県北西部、東京湾北東沿岸、南下。(都心部拡散か)
この3月20日、21日の放射能雲の通過・沈着は「東京都健康安全研究センター」が事故直後に都心(東京都新宿区百人町)で測定した、初期放射線降下量の記録とも関連している。事故の初期に降り注いだ短半減期核種・放射性ヨウ素131は、セシウム137、セシウム134の放射線量を大きく上回っていた。とくに、都心の降下線量測定結果にも記録されている。(注15)なお、測定場所は新宿区東大久保駅近くであり、東京湾付近ではない。(単位、Bq/m2)
ヨウ素131 放射性セシウム合計 対セシウム合計線量比
3月19日 40 不検出
3月20日 2万9000 1110 26倍
3月21日 3万2000 16000 2倍
3月22日 3万6000 660 54.5倍
3月23日 1万3000 290 44.8倍
4月 1日 不検出 24
このようにヨウ素131、テルル129、キセノン133など短半減期核種は、事故発生直後の数日間に首都圏を含めて広範囲に降り注いだ。たとえば、都立産業技術研究センターの「報告書」(注16)によると、3~9月までの放射線核種12種類の「累積吸入摂取実効線量」(成人)は、世田谷区深沢地区で「3600Bq」であるが、これは3月に集中している。
◇この他にも、事故初期の被曝疾患に関する資料はある。福島県双葉町(前町長井戸川克隆、協力岡山大津田俊秀)では、2012年11月住民3800人と、他県地域を対照にした疫学調査を行い、鼻血や体調不良の発症を確認している。(注17)
◇チェルノブイリでも、2万5000人のアンケート調査で5分の1が鼻血を経験している。(広河隆一ブログ)その他、次のようなチェルノブイリ現地研究者の資料も参考になる。
「チェルノブイリ由来の放射性降下物に汚染された地域ではどこでも、呼吸器系疾患の罹患率が著しく上昇した。鼻腔、咽頭、気管、気管支、肺など呼吸器系の疾患はもっとも早期に現れた被曝の影響の一つであり、鼻血やのどのむずかゆさから肺がんまで多岐にわたる。…大惨事に続く数日間の、成人の口や喉や気管における呼吸器系の問題は基本的にエアロゾル状(煙霧状)の放射性核種と関連があった。」(注18)
(2)被曝傷害の結果から、病気の原因を検証する
以上みてきたような資料、記録、調査報告はどのような意味をもつかを考えてみたい。
これら事故の初期に発症した特異な病変は、いずれも事故発生以前には存在しなかった。また、福島事故発生3年後の現在においても存在していない。さらに、放射能非汚染地域では、初期疾患の存在は事故以前においても、以後においても確認されていない。発症した地域は、事故直後、多量の高濃度放射線が放出され放射能雲が通過・沈着した地域だけであると思われる。そのことから推定すると、初期被曝疾患の発症事実が浮き彫りになる。
さらにまた、人口密度が高ければ被曝線量の高さに応じて、集団被曝線量(人口×被曝線量)は高くなる。また、その集団被曝線量に比例するかのように被曝時年齢、年齢別の被曝感受性に応じて子どもや大人を問わず、さまざまな種類の被曝疾患が時間の経過とともに右肩上がりに発症している。これらの多様、大量の被曝疾患の発生は被曝の結果である。
ところが、チェルノブイリと福島との被曝線量のちがいを持ち出して、福島における被曝傷害と事故の関係を否定しているが、この意図的な理屈によって粉飾された開き直りは間違っている。何故だろうか、事故発生初期に浴びたとおぼしき高い被曝線量はいずれの事故においても正確に実測されていないという事実を、棚上げにしているからである。この事実はチェルノブイリ研究者たちも強調していることであり、福島事故においてもみられた共通の手法である。
政府・文科省や御用学者は、これまで<高線量被曝の数値が明確でないかぎり、被曝傷害の発現を認めない>という論法を用いてきた。実は、この論法こそが事故発生初期の短半減期核種の被曝線量をあいまいにし、因果関係の解明や被曝の実態をやみに葬り去るために編み出した論法である。そのような詐術がうまくいけば、事故の衝撃を和らげることができるし、被曝被害の認定をあいまいにすることもできるし、否認することもできる。実際に、文科省は事故直後13日間もスピーディの資料を隠した。また、3月14日以降の移動モニターカーによる半径30km圏内の測定を「危険だから」という理由で半ば一方的に中止させた。(注19)
ようするに、政府にとって被害を否認するうえで、初期被曝線量の測定をサボればサボるほど有利になる。そのために編み出したのが、先にあげた被曝線量と被曝傷害を結びつける因果関係論である。この理屈はチェルノブイリ事故災害で学んだ悪知恵でもある。事故を過小評価するために初期被曝線量を測定しないという自作自演によって難癖をつけ、事故との相関を否定するという卑劣をいとわないのが、国際原子力ロビーを頂点にした原発推進派の常套手段である。小児甲状腺ガンの被曝検診結果をグレイゾーンに閉じこめる策動も、その延長線上に存在している。また、3年間の累積と見せかけるような過小評価のトリックなどは朝飯前である。
しかし、彼らが用いた理屈はもともと成立しない。文科省や環境省の原子力官僚や御用専門家がいくら線量測定をサボり、測定結果を隠蔽したとしても、それは無駄なこころみである。放射線を被曝した生体細胞やDNA自体が被曝線量をばっちりと記録しているからである。そこからさまざまな被曝症候の存在を発信している。そこでは、ごまかしも値切りも成立しない。後は記録を取り出せばよいだけの話である。
ようするに、被曝による病変の発生そのものが、被曝した事実の証しであり、発症が生じるに十分な被曝事実の証拠である。その意味で、先の白石論文のなかに記載されている事実の報告、町田市の証言資料、双葉町の検診資料などは、発症事実を裏付ける重要な証拠である。このような資料に対して、政府、原子力官僚、御用専門家たちは、「偽りである」「事故とは無関係である」「何ら根拠がない」として、被曝認定を拒否している。最後にはその存在自体を抹殺しようとする。たが、その試みは無意味である。
これまで広島・長崎の「原爆資料」は、長い間にわたって権威ある資料とされてきた。少なくとも、チェルノブイリ事故災害の実態が明らかになるまでは首座にあった。その原爆資料は放射線被曝による最も深刻な傷害は「固形ガン疾患」であるという通説を振りまいてきた。それ以外の「非固形ガン性疾患」は、多くの場合は否定したり、過小評価したり、長いあいだ闇に葬ってきた。だが、被曝の事実がその隠された相貌の一端をみせることになった。実際、福島事故の発生直後から翌年にかけて、鼻血、倦怠感、突然死、下痢、咳などの病変が突発した。これらの事象には共通点がある。
① 放射線被曝したと思われる人だけにみられる病変であること。
② 被曝しなかった人には生じていないこと。
③ 事故発生以前にはこのような集団的な発症例はなかったこと。
④ 事故以後でも、高汚染地域以外からは伝わっていないこと。
ようするに、これらの病変は循環器系疾患や呼吸器系疾患の急増を含めて、被曝した人にのみ特異的に発現し、被曝しなかったと思われる人には決して現れない。だから、これらの病変はいずれも放射線被曝に起因するものと判定することができる。それ以外にはどこにも、この特異な変化に一般的な整合性を与えることができるような病因はみあたらない。もし、被曝の影響を認めないで、被曝の影響ではないとすると、特異な発症に対して、特異な病因は他に見当たらないことになる。そうなると原因不明だが<特異な発症が生じた>というおかしな結果になる。
すでにみたように、福島事故に際して日本政府やそのお抱え御用専門家たちは、国際原子力ロビーと通じ合って、放射線による被曝疾患は小児甲状腺ガンだけであるかのように装っている。しかも、安定用素剤の服用が必要な年齢を世界共通に40歳未満と定めておきながら、福島事故における成人甲状腺疾患に関しては沈黙し、被曝疾患を福島県境内に押しとどめている。その他の被曝疾患もすべて認定を拒否し、被曝傷害を黙殺しようとしている。
だが、歴史を振り返ってみるとある種の教訓的事実が浮き彫りになる。
過去のすべての公害・薬害事件に例外はなかった。加害者側は免罪を求めて事実を否定し、隠蔽しようとした。立証責任を被害者側に押しつけた。ところが、原因という事実と、結果という事実は例外なくすべて<事実>という一点において結びついたのである。
原発事故においても、被曝の悪影響としかいえない、さまざまな被曝疾患という事実が相次いで発現している。この異変の病因を他に求めることはできないにもかかわらず、いまも否定し続けている。今回も政府、御用学者は短期・集中的に発症した事実を黙殺し、科学という名の<非科学>を押しつけている。せめて、原発事件だけは例外したいのかも知れないが、そうさせるわけにはいかない。いずれ破綻するだろう。
「学者たちは『因果関係は学問的に証明されていない』と偉そうにいうものの、『では、因果関係が〈ない〉ことを証明してください』と言い返すと、たちまち言葉につまってしまうのである」。(注20)
第3部
(1)公職追放されるべき山下俊一
『紙の爆弾』10月号「被曝対策を止めた御用学者 山下俊一 公職追放すべき理由」(本稿筆者も参加)についていえば、以下のような痛恨の教訓が出発点となっている。
「甲状線がんに関するウクライナの失敗とは、事故直後に安定ヨウ素剤を配付することができなかったことであった。これが最大の失敗であった」(ウクライナ放医研センター)(注21)。
事故直後に「緊急迅速放射能影響予測ネットワークシステム」(スピーディ)の情報を直接受け取ったのは副知事内堀であった。それを握りつぶして、風下の住民を長い間、大量の高濃度放射線被曝にさらしたのは知事以下県当局であった。その県アドバイザーに着任したのが御用専門家山下俊一である。地位と、名誉と、金を求めて、科学の放棄を代償に群がるとしか思えないような御用専門家集団の双璧といわれている。彼は国の安定ヨウ素剤服用マニュアル作成の責任者でもあった。そのマニュアルには「甲状腺被曝100mSvが予想されるときに服用指示」とあるらしい(引用はいくつもあるが、原文が見つからない。複数省庁問い合わせも不発)。いずれにせよ、被曝防護とは無縁であった。
それだけではない。下記にみるように、彼はチェルノブイリの教訓や被曝の事実を十分過ぎるほど知っていた。にもかかわらず、福島県民の安定ヨウ素剤服用の妨害に専念し、福島県民99%を放射性ヨウ素による甲状腺被曝の危機にさらした張本人である。その意味で、チェルノブイリ事故災害における「最大の失敗」に続く今回の福島の失敗は、もはやたんなる過失ではない。重大な犯罪である。その理由はいうまでもない。
① 事故発生直後において、安定ヨウ素製剤の配布・服用は、ヨウ素131による甲状腺
被曝を防ぐための重要な「緊急避難措置」であった。
② 原発事故に備えて、国・県は、服用マニュアルと行政責任を定めた法律を整備し、すみやかに事前の薬剤配備と配布、服用を指示し、実施する重大責任があった。
③ 山下俊一はマニュアル作成に責任者であった。服用の緊急性・有効性・必要性を熟知していた。にもかかわらず、なぜ服用阻止に狂奔したのか。その責任が問われるべきである。
県知事佐藤、副知事内堀、アドバイザー山下俊一による被曝防護に係わる破滅的行為は、無知や過失ではない。故意の不作為・行政権の悪用である。この点で、公人として着任した山下俊一の責任を厳しく追及する必要がある。最終的には行政上の責任、政府、県(首相、原子力官僚、知事)にある。
なお、山下俊一が安定ヨウ素剤服用の重要性を誰よりも知っていたことは、以下の引用でも明らかになる。この引用は福島第1原発事故2年前の講演録である。(注22)
この内容に関していえば、講演録以前にチェルノブイリの教訓として学び、知っておくべきであった。また、原発を設置する大前提として行政や住民の誰もが知っておくべき常識的で、しかも重要な予備知識であった。決して「失敗学」としてすますことはできない。
この放射性ヨウ素による甲状腺被曝予防策について無知であり、そのような政治・行政を許してしまったがために、次世代に対して取り返しがつかない負の遺産を押しつけてしまった。いま、あらためて安定ヨウ素剤服用の重要性について痛恨の自責を込めて示しておきたい。知っていると自認している人は再確認の意味を込めて、また知らない人は是非一読して、その知識を広く共有して欲しい。全ヨーロッパ規模で甲状腺被曝したなかで、1750万人の子どもや大人が安定ヨウ素剤を服用して甲状腺ガン:ゼロを記録したポーランド国境までは、500kmである。知識は広範囲の人たちの命に関わっている。
(以上、協力:河宮信郎)
補足/これだけでも一読を。(抜粋、要約は筆者)
◇自分の目を疑った。チェルノブイリ事故5年後、徐々に甲状腺がんの数が増えた。大人では結節をさわると100人に1人か2人、子どもの場合は約20%がガンであった。世界では100万人に1人の頻度であるが、この地域では1万人に1人であった。
◇超音波で甲状腺結節を見つけると、1センチ以下、数ミリの結節が見つかった。大人と異なり、小児甲状腺がんの約4割は、小さい段階で見つけてもすでに局所のリンパ節に転移があった。最も汚染された国ベラルーシでは、0~14歳の子供は1995年にピークを迎えた。15~19歳、20~24歳の年齢群の甲状腺がんが増えた。
◇ ポーランドにも、同じような放射性降下物が降り注いだが、環境モニタリングの成果を生かし、あらかじめ安定ヨウ素剤をすばやく飲ませたために、小児甲状腺がんの発症はゼロであった。安定ヨウ素剤の服用は甲状腺を放射性ヨウ素からブロックしてくれる。
◇ どうしてか?原発の事故が起こると、環境中に放出される放射性物質のプルームの大半は放射性ヨウ素で、それをいち早く無機ヨウ素剤を投与して甲状腺の被ばくをブロックし、発がんリスクを予防できる。この防護措置を受けずに被ばくした子供達は生涯続く甲状腺の発がんリスクをもつことも明らかになった。チェルノブイリ原発事故後、甲状腺がんの遺伝子変異の特徴が明らかにされつつある。小児甲状腺がんのほとんどは、染色体が二重鎖切断された後、異常な修復で起こる再配列がん遺伝子が原因だということがわかった。
◇ 広島・長崎のデータでは、低線量率、高線量率でも発がんリスクがある。一定の潜伏期、線量依存性、年齢依存性によってがんリスクが高まることが判明した。主に20歳未満が過剰な放射線を被ばくすると、10(ママ)~100ミリSv間の発がんリスクを否定できない。
注、文献目録
(注1) 国際チェルノブイリ・プロジェクト『放射線学的影響の評価および防護手段の効用評価・総説』IAEA国際諮問委員会報告、ウィーン、1991年。引用:ミハイル・マリコ「国際原子力共同体の危機」、出典:『チェルノブイリ事故による放射能災害』p.25、国際共同研究報告書、今中哲二編。
(注2) 同上、ミハイル・マリコ論文 p.23。
(注3) 山下俊一「放射線の光と影」(日本臨床内科医会会誌第23巻第5号 p.536)。
(注4) 引用: 三原翠「放射線リスクに関する基礎的情報の解説」 (第1版)p.27、
<http:// m-epoch.com/index.html>
(注5) ウクライナ人口動態死因別統計
<http://database.ukrcensus.gov.ua/pxweb2007/eng/press/2011/p201112.asp>
(注6) 文科省委託研究『チェルノブイリ事故の健康影響に関する調査報告書』(平成24年度調査・評価委員会委員長 長瀧重信)ら11人、p.362、委託研究費5200万、A4版、全408ページ、日本エヌ・ユー・エス(株)、2013年3月、国立国会図書館、請求番号(SC781-L4 1)。
(注7) 放影研疫学部(部長小笹晃太郎)から、固形ガン潜伏期間について本稿筆者が受け取った「現時点での私たちの理解」(放影研広報室回答)、2013年8月22日。
(注8) アレクセイ・V・ヤブロコフ、ヴァシリー・B・ネステレンコ、アレクセイ・V・ネステレンコ、ナタリア・E・ブレオブラジェンスキー『チェルノブイリ被害の全貌』第5章p.49、岩波書店、2013年。
(注9)Our Planet 『10日間のウクライナ取材を終えて』。
<http://socialjustice.jp/p/2014/01/page/3/>
(注10) ①『ウクライナ政府報告書チェルノブイリ事故から25年』 (2011年、NET掲載) ②『ベラルーシ政府報告書』(2012年、邦訳: 産学社、2013年)、『チェルノブイリ被害の全貌』(はじめに)p.xⅰ。 ③アレクセイ・V・ヤブロコフ、ヴァシリー・B・ネステレンコ、アレクセイ・V・ネステレンコ、ナタリヤ・E・プレオブラジェンスカヤ『チェルノブイリ被害の全貌』邦訳:岩波書店、2013年。
(注11) 『チェルノブイリ被害の全貌』(はじめに)p.xⅰ。
(注12)出典:『衆議院チェルノブイリ原子力発電所事故等調査議員団報告書』平成23年12月に添付、p.99。 同:オリハ・V・ホリシュナ『チェルノブイリの長い影』 新泉社版、p.77。
(注13) 2014年9月6日『朝日新聞』
(注14)環境省HP。
(注15)東京都健康安全研究センター 「都内の降下物放射能の調査結果」
<http://monitoring.tokyo-eiken.go.jp/monitoring/f-past_data.html>
(注16)東京都立産業技術研究センター「東京電力福島第一原子力発電所事故に係わる大気浮遊塵中放射性物質調査報告書」平成23年 p.13。
(注17)調査チーム:岡山大津田俊秀他) 特集:『紙の爆弾』8月号、「無視された公式疫学調査が示す被曝の現実」)
(注18)『被害の全貌』p.88『被害の全貌』p.88。
(注19)NHK証言記録福島県三春町~ヨウ素剤・決断に至4日間(2012年9月30日)。
(注20)津田敏秀著『医学者は公害事件で何をしてきたのか』、岩波新書、p.51。
(注21)前出(注6)文科省委託研究報告書 p.363。
(注22)山下俊一「放射線の光と影」(第22回日本臨床医内科学会特別講演)、『日本臨床内科医会会誌』第23巻第5号、2009年3月、p.532~p.544。
<http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp/pages/3102.html>
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye2797:141018〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。