仕組まれた“瀬戸際砲撃”にオバマ打つ手なし -頼みの中国も動かず、我慢比べへ-
- 2010年 11月 28日
- 時代をみる
- オバマ政権伊藤力司北朝鮮延坪島砲撃
北朝鮮の砲台から目視の範囲にある延坪(ヨンピョン)島に浴びせられた80発の砲弾に世界は虚を突かれた。ブッシュ米前政権に「ならず者」と呼ばれた金正日政権だが、韓国も米国も中国も、まさか57年も続いた休戦協定に違反して白昼堂々と民間人居住地区を砲撃するとは想定外だったろう。今回の砲撃は既に多くの論評が指摘しているように、北朝鮮の要求する米朝対話と6カ国協議再開にオバマ政権が応じないのに業を煮やして、瀬戸際戦術の大花火を打ち上げたと言えよう。
韓国の李明博政権は、延坪島近くで行っていた韓国海軍の演習に対して、北朝鮮が「領海」に砲弾を打ち込めば反撃するとの抗議文を突きつけていたのに特段の備えもせず、民間人を含む多数の死傷者を出すという失態を演じた。韓国の同盟国である米国のオバマ大統領は「激怒」を表明したものの、北朝鮮にまともな反撃を加えて朝鮮戦争の二の舞を演ずるつもりはさらさらない。北朝鮮に影響力を持つ中国に、金正日政権がこれ以上暴発しないように縛りを掛けてくれるよう期待するのみだ。
肝腎の中国も北朝鮮から砲撃の予告は受けていなかったらしく、一報を受けて慌てたようだ。中国高官は「遺憾だ」と一言。中国外務省報道官は「朝鮮半島の平和と安定に有益な行動を希望する」と述べただけだった。北朝鮮に食糧とエネルギーを供与している中国が生殺与奪の権を握っていることは明らかだ。しかし2000年余にわたって中国の属国だった朝鮮民族は一方で、中国に対して敵概心あるいは独立精神を燃やしてきた。まして中国東北部は敏感な朝鮮系市民を抱えていて、北朝鮮の危機は中国の危機にもなりかねないという関係にある。「北朝鮮を抑えてくれ」と、米日韓をはじめ世界中から懇願されても中国が「影響力」を自在に行使する訳にはいかないのだ。
勇ましいネオコンに牛耳られたブッシュ政権は当初北朝鮮を「ならず者」と呼び、前任のクリントン政権が苦心してまとめた北朝鮮との「枠組み合意」を無視した。単純化して言えば「枠組み合意」とは、北朝鮮が核兵器開発を断念する代わりに米側が北朝鮮にエネルギーを供給するという協定だった。場合によっては武力の脅しで金正日政権をつぶして見せるという構えのブッシュ政権だったが、その後はイラクの泥沼に足を取られて形無しとなった。ブッシュ政権は挙句の果てに北朝鮮を「テロ支援国家」から外すという譲歩をしたにもかかわらず、北朝鮮は核開発の「無害化」でトラブルを引き起こし、ブッシュ政権は米朝間の合意づくりに失敗して終わった。
この経緯を見てきたオバマ政権は、二度と北朝鮮の瀬戸際作戦に引っかからないぞとの決
意を固めている。ブッシュ政権時代には断乎否定していたウラン濃縮について、北朝鮮はこのほどわざわざアメリカの専門家を招いて濃縮プラントを視察、公開させた。言ってみれば、金正日総書記は今回ウラン濃縮と延坪島砲撃という2段構えの瀬戸際戦術を展開した訳だ。
韓国中央日報によれば、金正日総書記と後継者に任命されたばかりの3男金正恩大将は砲撃開始の前日、延坪島の対岸にある砲兵大隊を視察したという。つまり砲兵大隊にゴーサインを出しに行ったのだろう。ということは、今回の砲撃が綿密に仕組まれた「瀬戸際作戦」だったことが分かる。北朝鮮は砲撃の当日朝、海軍演習に抗議する通知文を韓国側に送りつけていた。通知文には北朝鮮の「領海に撃ったなら容赦しない」との警告が書かれていた。
延坪島は韓国側の北方限界線(NLL)の北側ぎりぎりに位置している。1953年朝鮮休戦協定が結ばれた時、陸上では双方が合意した非武装地帯が南北の境界線となった。しかし朝鮮半島の西側の黄海上には双方が合意した境界線がなく、韓国側が一方的に引いたNLLと北朝鮮側が引いた境界線の間には広い幅がある。つまり韓国の主張する領海と北朝鮮の主張する領海は大きくダブっているのだ。しかもこの海域はカニが豊富であるため、双方のカニ漁船が群がり、漁船を護衛する双方の艦艇が衝突を繰り返してきた。
こうした「因縁の海」でとうとう火蓋が切られた訳だが、これが本格戦争に転化する怖れはまずない。北朝鮮のバックである中国が、本格戦争を誘発するこれ以上の挑発行動を北朝鮮に許すはずはないし、「敵の挑発には厳重な連続懲罰を加える」というプロパガンダはともかく、北朝鮮にしてもこれ以上の挑発行動をしても得るところはない。北朝鮮としてはショック療法的に瀬戸際作戦を仕掛けたが、相手が乗ってくるかどうかは保証の限りではないというのが現実だ。
今回の北朝鮮の瀬戸際戦術発動は、金正日体制の焦りの反映でもある。一昨年の卒中発作以来、金正日総書記は後継体制づくりに専念してきた。3男の金正恩氏(28)を後継者に指名したものの、総書記自身の寿命がどれだけもつかは量り知れない。北朝鮮初代の金日成主席が2代目金正日氏を後継者に指定したのは、主席が死亡した1994年より20年前だった。この20年間に金正日氏は、1983年のラングーン襲撃や1987年の大韓航空機爆破事件を実行するなど、準戦時国家の2代目修業をしっかり積んだ。
しかし3代目の金正恩氏の準備期間は短い。父親としては気がかりで、何としても自分の眼の黒いうちに体制の安定化を図りたい。何と言っても北朝鮮の「絶対王制」を生き延びさせるカギは米国が握っている。「絶対王制」には、米国と平和協定を結ぶことが最大の課題である。それなのにオバマ政権は音無しの構えを続けている。その構えを突き崩そうと必死になった金正日総書記。その唯一の策はやはり威力を倍加した瀬戸際作戦だった。
しかしオバマ大統領は「激怒」して見せ、11月28日から黄海で始める米韓合同演習を構えて中国を牽制しながら、中国に北朝鮮押さえこみを要請している。中国はもとより朝鮮半島の本格戦争を許すわけにはいかない。しかし、だからといって後継体制づくりに難渋している北朝鮮にあれこれ指図できる訳でもない。
北朝鮮は金日成主席生誕100周年の2012年に「強盛大国の大門を開く」ことを内外に宣言している。それまでの期間は何としても米韓からの軍事的脅威を排除しなければならない。こうした政治的環境の下で北朝鮮の砲撃作戦が火蓋を切った訳だが、米中がお互いにすくみ合っている現状を考えれば、事態が早急に好転する可能性は薄い。我慢比べが続きそうだ。(11月26日記す)
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