連帯・共同ニュース第86・87号 沖縄知事選挙の結果は何を我々に示しているのか
- 2010年 11月 30日
- 評論・紹介・意見
- 9条改憲阻止の会沖縄知事選挙
第87号 沖縄知事選挙の結果は何を我々に示しているのか
2010年12月1日
■ 僕らが今回の沖縄知事選挙を単なる一地方の首長選挙ではないとして特別な関心を抱いてきたことは事実でありますが、だからといって選挙結果を簡単に語ることはできません。ですから選挙結果の分析や感想は「さしあたって」ということになると思います。
■ 僕らは現地での支援活動としてはごく普通の選挙での活動をしたに過ぎません。おおらかに自由に活動ができたという特徴を除けば良くある選挙活動とあまり変わりませんでした。しかし、僕らがこの選挙にあたって特別に意識していたことはあります。それはこの選挙には沖縄民衆の意識のうねりが底流にあることです。これとの関わりという意識でありました。この意識のうねりは自己決定権という言葉に代表されているように沖縄の民衆(地域住民)がそのありかたを自ら決めていくということでした。このことは自己決定権の樹立という言葉で現わされていたのですが、沖縄といわれる地域が日本国家から歴史的に強いられてきた関係にあります。歴史的な日本政府との関係の様式(あり方)を変えなければ、沖縄の住民が構造的差別から解かれることはないのであり、それは政治や社会経済、いうなら共同の在り方を自らの意思で決定して行くということです。これが意識の動きとして確証できるものになってきたこと、それを政治的意思としてより明瞭にしていくことが今回の選挙を規定していた力であると思います。これはまた僕らのこの選挙への対する関わりの意識にも影響してもいたのです。
■ 今度の選挙は基地問題(普天間基地撤去―辺野古新基地建設)問題が最大の争点でした。そうなるだろうと予測されていました。これには政権交代を通しての民主党や鳩山前首相の公約とその破棄が背景にあります。鳩山前首相の言動が県外移設の幻想をふりまいたこと、沖縄の住民の意思(民意)を無視して日米政府共同声明という形で決着づけようとしたことです。これは普天間基地移設問題がアメリカの意思通おりに決定されて行ったことでもありますが、沖縄の人々の意思を無視した行為であり、基地問題の解決は沖縄の住民の意思抜きでは解決させないという声をより強いものにしました。仲井真知事を推す自民党や公明党、それを密かに支持してきた民主党首脳は日米合意による辺野古基地建設の推進派ですが、この仲井真も県内移設容認派からの転換(県外移設の要求)に転換しました。これは彼の勝利の大きな要因になったと推測されることですが、この転換(転向)を強いたものは沖縄の民衆の意識のうねりでした。(文責 三上治)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
[opinion0231:101201〕
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第86号 結果は残念であったが意義深い沖縄知事選挙だった
2010年11月30日
■「静かな選挙です」。沖縄の知事選支援に出掛ける旨を連絡した友人からのメールの返信でした。このメールはおやという思いを抱かせたのですが、現地でももう一つ盛り上がりが欠けていると言われていたことと関係することだったようです。これについての感想は何度かの報告の中で触れたいのですが、まずは9条改憲阻止の会では10名ほど現地での支援活動に出掛けたこと、そこで僕が考えていたことから始めます。現地では独自に本土から支援に駆けつけていた面々の顔も少なからず、時には行動をともにしました。僕らはイハ(伊波)候補を支援する市民ネットのグループに属し活動をしたのですが、主に朝立ちと呼ばれる早朝の行動(これは街角に立ち車で通勤する人たちに訴える行動で一時間ほどのもの)と各地でのビラ入れをやりました。糸満とよばれる南部地方や那覇での行動でした。この行動から最初の報告をいたします。
■ 糸満へは南部地方は活動が弱いと言われていたために出掛けていたのですが、この地方は海人と呼ばれる漁師たちの活動の伝えられるところです。海岸沿いの家々には南国風の雰囲気も感じられ地方でした。そうした家々にビラ入れをし、時には挨拶やお話をしながら動いていたのでした。笑顔で応対をしていただいたのですが、僕の中に去来していたのは本土からの支援活動をどう思っているのだろうかということでした。僕らが本土からの支援部隊であることはすぐに気がついたであろうし、そのことが反発となって結果は逆になることは想像しえたからです。今回の選挙の底流には沖縄の人たちの自立の意識があり、それは本土(ヤマト)への反発と重なっているとも思われました。この沖縄の人たちの意識の動きこそが今度の選挙の一番大きな意味であると考えていましたから、僕らの行動がどのように結果するかは意識せざるをえないことでした。街角でビラを手渡した年配の婦人は、私はイハさん支持だけど横の友人は違うのよとこっそり教えてくれました。多分、反発もあるのよということを伝えたかったのだと思います。沖縄でも歴史的な伝統を持つこうした集落の人々に何を投げかけることになるのだろうかということは、僕の沖縄のことを考えることと連なっています。何かにかられるように沖縄にやってきたのだとしてもこうした自問を持つことは避けられなく、それが意味かもしれないと思いながらの行動でした。沖縄で誰もが気がつくことは美しい言葉とその抑圧の歴史です。これを僕らは痛みなしに受け止められないのですが、これは先の自問と深く関係しています。 (文責 三上治)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
[opinion0230:101130〕
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