消費税増税に反対する −−−日本に関する現状認識をふまえて−−−
- 2014年 11月 17日
- スタディルーム
- 岡本磐男消費税増税問題
今年度の12月末までにおける安倍政権の最も重大な政策課題は、来年度10月からの消費税を現行8%から10%へ引き上げるか否にあることは大方の異存のないところであろう。同政権は本来の7月〜9月期におけるGDPの成長率を中心にその他の経済指標をも精査して本年の12月末までに決定する旨言明してきた。ここ一年間の経済情況についていえば、労働者の名目賃金はごく僅か上昇したとはいえ、一方では、円安の進行によって他方では、本年4月からの消費税3%増税によって実質賃金は低落傾向にあり、国民大衆の生活水準は一向に改善していないというのが大方の見方である。それ故また国民の7割近くの人々が消費税増税には反対のようである。
消費税増税推進論者にいわせれば、もし来年度からの2%消費税増税を見送り、10%の消費税が成立しなかったとすれば、海外の投資家達は日本政府が、1000兆円以上の借金(累積赤字)を抱えながら財政再建をやる意志がないとみなして、日本国債を国債市場で売却するという挙にでるかもしれない。その結果は国債価格の下落=国債金利の上昇→長期金利の上昇がもたらされ、日本経済は大混乱に陥るだろうと予測している。他方で消費税増税反対論者は、もし来年度から消費税を2%引き上げることになったら、消費はますます減退し結果として政府が得る消費税増税額は、今年度より減ってしまうかもしれない。これにより景気は益々悪化するかもしれないと懸念している。何れにせよ2つの方法は、かなり厳しい茨の道なのである。だが、だからといって、さらにまた今後1兆円づつ社会保障費が増えざるをえない日本において、消費税増税は不可避の道なのであろうか。
前述したように今日の日本政府の借金は、1000兆円を超える程までに膨張してしまったが、これに対して今日の政府財政の経常収入のうちの税収分(本来の収入)は僅かに50兆円程度にすぎない。すなわち政府は税収分の約20倍の借金をかかえこんでいるわけである。これを家計に例えていうならば、年収50万円しかない人が20倍の1000万円の借金を抱え込んでいるに等しい。これ程に膨大な借金をかかえこんだ経営主体が経営を長く続けられるはずはないであろう。政府の財政危機をもたらしてきた責任者は誰であろうか。それは昭和40年代以降の歴代政府(大部分は自民党政府であるが、昨年度までの3年間の民主党政府も含まれる)であるが、なかんづく財務省(以前は大蔵省と称していた)の責務は大きい。もっとも民主主義の世の中であるから、財政赤字を創出する保守党政治家を選挙で投票してきた保守的な市民・大衆も責任がないわけではない。政治家は市民生活を安定させるといって市民、選挙民を甘言にのせて選挙で一票をもらい、大部分の市民、選挙民もこれを是としてきたからである。政府は一方では30年以上も前から新自由主義の政策をとるといいながら、他方では同時に不況、失業の救済策として公共事業、原子力発電、各種の社会保障政策を、財政を赤字にしてまでもいわゆるケインズ的政策を果敢に行ってきたのである。そのつけが巨額の財政赤字として回ってきたのである。その意味は、これまで日本国債は大部分日本の金融機関が消化していたが、も早それも限度にきており、外国の金融機関に消化を依存せざるをえなくなっているため、国債市場で外国金融機関が国債を売却し、国債金利が暴騰し、いっそうの財政危機をもたらす可能性が高まっているのである。そのいきつく先は国家の破綻である。
もっとも現在の日本の保守政治家や、これを支持する市民達は、国家財政の破綻に至る以前に、この問題の回避のために政府がとりうる何らかの手段がありうると考えているのかもしれぬ。例えば政府が発行する政府紙幣といったものである。例えば、フランス革命のさいに発行されたアッシニア紙幣、米国南北戦争の時代のグリーン・パック、日本の明治維新期における太政官札、民部省札、あるいは第二次大戦中に軍部が発行した軍票などがこれに当たる。だがこれらの政府紙幣は、発行されてもこれによって部分的にインフレが生じたという記録があるが、これによって政府の財政難が解消されたということは聞いたことがない。それは政府紙幣自身が国債と同様に国家の債務であるから、その発行には当然に限度が設定されるためであろう。
私が恐れていることは、本来政府は、インフレやデフレ、あるいは市場(外国為替市場、商品市場等)の動向などをコントロールすることはできないのに、保守政治家やこれに追従する市民、大衆はこれに対してコントロール可能であるかにみているように思われることだ。現在の日本では安倍政権は、デフレ脱却、2%のインフレ率、適度な円安等を望んで日銀の金融政策に期待をかけているが、こうしたことが実現できるかどうかは全く疑問としかいいようがない。私はつねに現在から91〜92年前(1920年代初めの頃)のドイツの金融・財政の環境を思い起こしている。当時のドイツは第一次世界大戦での敗北によって連合国側から巨額の賠償を要求されその結果政府財政は危機的状況にあったし、同時にドイツ連邦銀行(中央銀行)の政策の失敗によって、ハイパー・インフレが発生し物価は最終的には一兆倍に達する程になってしまった。財政面からいえば、当時、経済学者ケインズは著書『平和の経済的帰結』において連合国がドイツに過大な負担を強いるような賠償を求めるなら、敗戦国ドイツはいつか再び立ち上がって戦争を開始するようになるだろうと警告したが、連合国はいうことを聞かず、ドイツに過大な賠償を求めたのである。次に金融面についていえば、ドイツ連銀がなぜ、通貨(信用貨幣=銀行券)発行を膨張させ、激烈なインフレを招来させてしまったかについては私にも十分理解できないところがある。連銀の理事や幹部の中には優れたエコノミストもいたはずであると思われるから、それだけに不可思議である。信用貨幣(現代の通貨は殆ど信用貨幣であり、大よそ7割弱を占める預金通貨〔商業銀行預金〕と3割を占める中央銀行券とに大別される)には還流の原理(貸出−返済と預金)があるから、中央銀行券は中央銀行によって過剰に発行されることはないはずである。にも拘わらずこの時期のドイツ連銀は銀行券通貨を過剰に発行してしまった。察するに、この時期のドイツにおいては戦後の荒廃期であったため物(商品)の生産が十分に行われず、その結果信用貨幣としての銀行券は政府紙幣化してしまったように思われる。その結果、激烈なインフレを惹起させてしまったのであろう。そして第一次大戦後におけるドイツに対する過大な賠償問題と激烈なインフレーションという2要因がドイツ中産階級を没落させてしまうのである。その結果は、30年代初頭におけるナチス。ヒトラー政権の台頭につながるのである。(このときのドイツにおける超インフレは、一兆マルクを一レンテンマルクと交換させるという政府の政策によって解消された)
もっともここで私は、現在の日本が90年少し前のドイツのように、激烈なインフレに見舞われるかもしれぬ、と予測しているわけではない。現在の日本では物(商品)はあり余っているし、もし不足すれば容易に供給されるメカニズムが働くからである。だがそれにしても全く手放しで楽観しているわけでもない。それは一つには今日、貿易収支の赤字によって発生していると思われる円安が、どこまで進行するか分からないという問題がある。今日の円安は日本の輸入物価を上昇させ、一般の市民と中小企業者を苦しめつつある。中小企業者は、原料高とエネルギー価格の高騰によって倒産の危機に直面しているといわれる。それ故第2には輸入物価の上昇がどの程度進むかという問題がある。さらに現在ではまだ円安の主要因たるものは、貿易収支の赤字(あるいは経常収支の黒字減退)にとどまるが、先にも述べたように財政収支の累積赤字が進展し、国債価格の下落、国債金利の上昇が生じるようになれば、海外投資家による日本売り(日本の株式、債券の売り)が生じ、この側面からの円安が発生するようになるだろう。そうなれば日本はかなり深刻な状況に追い込まれる。長期金利は上昇し、景気はいっそうの後退をよぎなくされよう。富裕層の人々は富の獲得のチャンスをえられるだろうが、貧困層の人達(失業者を含めて)はいっそうの貧困をしいられ2極化が進展し格差が拡大するだろう。
本稿の表題におけるように、私が消費税増税に反対するとしたのは、実は日本人の各階層の格差の上に税がさらに格差をつけ加えるといえるからである。それは消費税が富裕層の人々に多く課税する累進税ではなく、富裕層の人々にも貧困層の人々にも均等な税を課する逆進税だからである。
最後に、今後の日本において富裕層と貧困層の格差のいっそうの拡大要因を指摘することによって本稿を終えたいと思う。それは現在の金余り現象である。
金融緩和によって2%インフレを惹き起こさせようとして日銀は、今後は新緩和政策により年間80兆円にも上る現金で商業銀行から国債を中心とする有価証券を買いいれ、また貸出もして通貨を供給しようとしている。もっともこの場合、日銀は通例よく誤解されるように輪転機を回して日銀券を増発し、商業銀行に供給しているわけではない。単に商業銀行における帳簿上の当座預金をふやすという形で、証券買入れ、貸出しをなすにすぎない。だがその結果として、銀行が貸し出す通貨(流通手段としての貨幣一般人がポケットの財布の中にいれておくような貨幣)が増えるかといえば、簡単にそうはいえない。銀行が極度に金利を引き下げても企業の側では、デフレ下で原材料価格が安く賃金も低下しているかぎりは、借り入れる通貨量も増えないからである。銀行ができるだけ貸出金を増やそうとする結果、借入金を増やせる企業は、大むね利益をあげうる大企業か、投資を拡大しうる大企業にかぎられるであろう。企業の再生産が順当に進行し巨額な利益をあげうるような企業の再生産が順当に進行し巨額な利益をあげうるような企業の経営者層は収入も多いから生活費以外のお金を資金(蓄蔵貨幣、支払手段の準備金等)として銀行に定期預金するであろう。銀行が日銀から借り入れても、企業の資金需要が少ないために、過剰な準備として保有しているにすぎない銀行の準備も、資金として存在しているといえる。このように資金としての貨幣は、単に労働者によって商品購入に支出される通貨とは別個の範疇に属するものとして捉えられなければならい。今日のデフレ下においては、商品流通に必要な通貨は、商品売買が停滞しているために過少な流通となっているが、資金の方は投資機会が少ないために過剰となって、これによって金余りが生じているのである。また銀行においては資金の供給が資金需要よりも大となっているために、資金の価格としての金利は低下しているのである。
以上にみたように今日、日本の商業銀行(および信託銀行等)に巨額な資金を定期預金等として保有する階層の人達は、主に資本家や経営者のような富裕層の人々であるとみられるが、彼等はこの巨額な資金をさらに株式や不動産(マンション等)に投資し、値上がり益をえようとするであろう。その結果としては彼等の資金や証券会社のような金融機関や不動産会社の銀行預金名義に移るのみであって資金は単にぐるぐる廻るだけである。すなわち日銀の金融緩和によって増えているのはこうした資金のみであり、これによってまた、日本では資産価格の騰貴−−−バブル経済−−−が始まろうとしている。日本では1986年頃から89年頃までがバブルの時代であったと思うが、あの時も確か一般物価はさして騰貴せずデフレ基調であったが、株式と不動産のみは価格が高騰し、中には2〜3倍に達するものもあったのである。あのような現象が再び起これば、富裕層の人達はますます富裕となり貧困層の人達はますます貧困となるような二極化の進展に拍車がかかることが危惧されるのである。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔study625:141117〕
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