受験科目としてのナショナリズム ―民主党議員の勉強会で何かが変わるだろうか―
- 2010年 12月 4日
- 評論・紹介・意見
- ナショナリズム半澤健市松本健一民主党
《ナショナリズム勉強会 それがどうした》
松本健一著『日本のナショナリズム』(ちくま新書・10年5月刊)を読んで次のことを知った。松本が自著をテキストにして講師を務めた民主党議員の勉強会のことである。期間は07年から民主党政権獲得直前の09年半ばまで。テーマは日本近現代史である。当初は松本が勝手に「仙谷ゼミ」と呼んでいたが「歴史を考える視座の勉強会」、「青史会」と変わったという。『日本のナショナリズム』はその講義の一部を単行本化したものである。本書の内容に触れる紙数はないが一言でいえば「血塗られた民族主義」の解説であるより現代的でスマートなナショナリズムの概説である。
使用したテキストは次の諸作であった。
・『日本の失敗―「第二の開国」と「大東亜戦争」』(岩波書店)
・『評伝 斎藤隆夫―孤高のパトリオット』(岩波書店)
・『日・中・韓のナショナリズム』(第三文明社)
・『評伝 北一輝』(岩波書店)
・『開国のかたち』(岩波書店)
・『泥の文明』(新潮社)
受講者は次の議員を含む総勢約30人であった。肩書は松本書記載のまま。
・仙谷由人(現・国家戦略担当大臣―)
・枝野幸男(現・行政刷新担当大臣)
・前原誠司(現・国土交通大臣)
・細野豪志(現・民主党副幹事長)
・福山哲郎(現・外務副大臣)
・小川淳也
・笹本竜三
・松浦大悟
・古川元久(現・内閣府副大臣)
・足立信也(現・厚生労働政務官)
・鈴木 寛(現・文部科学副大臣)
・松本剛明(現・衆議院議員運営委員長)
・蓮 舫
・小宮山洋子
これだけのことである。それでどうしたのという話かも知れぬ。
議員の勉強会などゴマンとあるだろう。ナショナリズムの勉強をしたから政治家のナショナリズムが一気に盛り上がることもあるまい。それを承知の上で私の違和感を述べたい。
《ナショナリズムの感情は内発的なものである》
幕末の志士の一人高杉晋作は文久2年(1862年)に幕府の視察団の一員として上海に二カ月滞在した。アヘン戦争に敗れた清国をみて5月21日の日記にこう書いている。
ここには国民国家成立以前のナイーブな民族意識が見事に記録されている。
▼この日、終日閑居してよくよく上海の形勢を考える。支那人はことごとく外国人にこき使われ、イギリス・フランス人が市街を歩けば、清人はみな傍らに避けて道を譲る。実に上海の地は支那に属すといえども、イギリスやフランスの属地といってもよい。北京はここを去ること三百里。そこには必ずや、中国の美風が残っているはずである。期待してこの地を訪れたら、ああ、慨嘆してしまうだろう。よって、呂蒙正が宋の太宗を、見聞を広めねばよろしくないと諫めたことを思う。わが国といえども油断をしてはならない。支那だけのことではないのだ。(一坂太郎『高杉晋作の「革命日記」』〈朝日新書〉所載の現代語訳より)
もう一つ。私は今、ある読書会で『三民主義』を読んでいる。1925年に「革命いまだ成らず」という言葉を残して逝った孫文が同志の革命指導者を前に語った講演録である。80年も過ぎた今の基準で見れば孫文の言説に事実誤認や論理矛盾が沢山ある。しかし「辛亥革命」を成功させた指導者が訴える「民族主義・民権主義・民生主義」の説得力は圧倒的である。なぜならそれは生死の境を何度も潜り抜けた革命家の実践経験が凝縮されているからである。25人ほどの読書会参加者が20世紀前半の中国史、日中関係のダイナミズムに新鮮な驚きを感じている。
《この違和感をどうしてくれる》
ナショナリズムはこのようにすぐれて内発的で積極的な心情であろう。
民主党議員が「ナショナリズム」について研究者を講師に呼んで学んでいけないというのではない。スローガンを叫ぶだけの「似非ナショナリスト」が多い今、歴史の文脈に即して学ぶことはよいことだと思う。しかしである。ナショナリズムは講義を聴いて学ぶものなのか。
いま「ウィキリークス」が猛威を振るっている。「仙谷ゼミ」の主役は日本政府の官房長官として、米政府が日本の武器輸出三原則の見直しを求めたことについて記者会見でこう語った。「不法な方法で外交上の秘密が公開され極めて遺憾だ。日本政府としてはコメントも確認もしない」。さきに「ナショナリズムの勉強をしたから政治家のナショナリズムが一気に盛り上がることもあるまい」と書いた。しかし武器輸出三原則は戦後日本の政治原則である。それを破れという要請に対して「コメントも確認もしない」という法はどこにあるのか。
この落差の感覚、違和感に私は納得できない。弁護士や高級官僚やシンクタンク経験者のような「偏差値」指向型の政治家は「ナショナリズム」を受験科目として考えているのではないか。そう疑いたくもなるのである。この感想に対する当事者の反応を知りたいものである。
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