御用学者 波多野澄雄の尖閣論
- 2015年 1月 4日
- 時代をみる
- 尖閣問題矢吹晋
『朝日新聞』は慰安婦問題など一連の誤報を検証する委員会を発表した。メンバーのなかに波多野澄雄氏(筑波大名誉教授)が含まれる。他のメンバー諸氏に対してもこれで検証が可能なのかとの疑問を禁じ得ない。ここでは波多野氏を俎上に載せる。波多野は外務省外交史料館の機関誌『外交史料館報』(第27号、2013年12月)に「沖縄返還交渉と台湾・韓国」と題する論文を寄せている。論文の末尾に付された氏の肩書は『日本外交文書』編纂委員長である。肩書といい、掲載誌といい、いずれも外務省の御用学者と評して差し支えあるまい。すなわち論文自体は波多野個人の著作に属するとはいえ、外務省が認めた「公文書の解説」と見てよいだろう。私の見るところ、疑問だらけの欠陥解説である。これでは近隣外交は成り立たないのではないか。
たとえば波多野はこう書いた。「日本領となる沖縄の地理的範囲は、交渉過程において日米ともに周辺国に了解を求めた事実はなくa、その意味では沖縄の帰属問題は日米間の一方的な措置であったb」(42ページ)。ここに注(57)を付して、以下の補足を行っている。「尖閣諸島の領有権問題が注目されたのは、沖縄返還交渉の最中であった。アメリカは沖縄統治の期間中、一貫して尖閣諸島を沖縄県の一部として扱い、日本政府も私有地の島の所有者からは税を徴収するなど実効支配を継続していた。したがって日米とも同諸島を返還の範囲に含めることに何の疑いもなく、沖縄返還協定に付属する合意議事録において尖閣諸島を含むアメリカの統治範囲をそのまま日本が引き継ぐ措置をとった」(47ページ)。
下線部a,bは事実か。波多野は中華民国の口上書も、これを真摯に扱ったロジャース国務長官の行動も一切無視して、唯我独尊で沖縄返還を論じている。一例を挙げよう。1971年3月15日中華民国駐米大使館は国務省に口上書(Note Verbale)を届けた。末尾に曰く「琉球列島に対する米国の占領が1972年に終了することに鑑みて、米国が尖閣諸島に対する中華民国の主権を尊重し、中華民国に返還されるよう要求する」(Foreign Relations of United States, Vol.XVII, pages 290-295)。72年4月12日周書楷駐米大使はニクソンを訪ねた際に、口上書の内容を再論した。
中華民国の申し入れを受けて米国国務省はどのように対応したか。1971年6月10日、パリの米国大使館で行われた日米会談で、ロジャース国務長官は愛知外相に対して、「尖閣諸島問題につき、国府は、本件に関する一般国民の反応に対し、非常に憂慮しており、本件について日本政府がその法的立場を害することなく、何らかの方法で、われわれを助けていただければありがたいと述べ、例えば、本件につきなるべく速やかに話合いを行うというような意思表示を行っていただけないかと述べた」(71年6月9日10時中山賀博大使発、外務省宛て、極秘電)[矢吹晋『尖閣衝突は沖縄返還に始まる』花伝社、2013年8月、33ページに写真版]。ロジャースの申し入れに対して、愛知外相はこう答えた。「基本的には米国に迷惑をかけずに処理する自信がある。国府に必要とあらば話をすることは差し支えないが、その時期は返還協定調印前ということではなく、1969年の佐藤栄作・ニクソン共同声明の例にならい事後的に説明をするということとなろうと答えた」(同上、極秘電)。ではその後どうなったか。ピーターソン大統領補佐官がソウル滞在中のディビッド・ケネディ特使に宛てた電報によると、「71年6月15日愛知外相は東京で尖閣問題を協議するために、中華民国駐日大使彭孟緝と会談した」(FRUS, 134, n6)[矢吹、34ページ]。この会談は物別れに終わったまま、沖縄返還協定は71年6月17日に調印された。外国との協定は上院で批准を得て発効するのが決まりだ。
米国側では批准に先立ち、71年10月27~29日の3日間、協定の可否について公聴会が開かれた。ロジャース国務長官が協定締結の責任者であり、彼は尖閣問題を国務省の顧問弁護士の書面を示しつつ、つぎのように説明した。「1971年10月20日付書簡で、ロバート・スター法律顧問代理は、中華民国と日本が尖閣諸島の主権を争っていることを指摘して、さらに中華人民共和国もまた尖閣諸島の主権を主張していることを知るべきだ、と指摘した」。「米国の信ずるところによれば、尖閣諸島の施政権の日本への返還は、いかなる意味においても[中華民国の]潜在的請求権を排除するものではない。米国は日本から引き継いだ施政権をそのまま返還するのであり、返還によって権利が増えることも減じることもない。米国は尖閣諸島に対して、いかなる権利をも主張しない。尖閣諸島に対する主権の争いは、関係当事者が解決すべき事柄だ」(The United States believes that a return of administrative rights over those islands to Japan, from which the rights were received, can in no way prejudice any underlying claims(of the Republic of China). The United States cannot add to the legal rights Japan possessed before it transferred administration of the islands to us, nor can the United States, by giving back what it received, diminish the rights of other claimants. The United States has made no claim to the Senkaku Islands and considers that any conflicting claims to the islands are a matter for resolution by the parties concerned.)波多野が書いたような独善的自己認識は、米国および中華民国側による近年の情報公開によってその破産がすでに明らかになっている。にもかかわらず、一人日本のみが情報公開をないがしろにして、史実を無視し続けているのは問題ではないか。『朝日』は何を検証するのか、その姿勢が問われるヒトコマだ。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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