はみだしの始まり―はみ出し駐在記(1)
- 2015年 3月 9日
- 評論・紹介・意見
- 藤澤豊
朽ちてきてはいたが当時名門と言われた工作機械メーカに入社して一年半、やっと正式配属が決まった。技術研究所開発設計課課員。課長以下十数名の小さな所帯で試作機の設計を職務としていた。工場で生産している機種は一時代前の産物、早急に新機種に更新しなければならない。それをするのがオレたちだという自負から生まれたエリート意識が充満していた。従来の設計基準は参考にはするが、意識してはみ出すことを奨励する文化があった。おかげで試してみたいことを色々させてもらった。
新卒で何も知らない者、それも学歴でみれば同期の中でも下のものが配属されるところではないのは明らかで、一体何をして配属になったのか訝しく思っていた。確かに若さに任せて怖いものなしだったから良くも悪くも目立っただろう。良く言えば新鮮、フツーに言えば知らないが故の単純さで、技術系のトップの専務にタメ口で“べき論”を吐いていた。もしかしてという期待はあったが、後で振り返ってみれば将来を嘱望されての研究所配属ではなかった。七十年代の学園紛争の尻尾を付けたままの暴れん坊をメインのラインに配属するのを躊躇して、隔離を目的とした研究所勤務だった。
当時、隔離としての配属などと想像もできなかった。仕事は技術的チャレンジの連続で苦しかったが充実していた。研究所と言っても本社工場の敷地の隅に位置しているので、隔離は勤務時間中に限られていた。会社の正門を入って直ぐ右側に組合事務所、その先に社員食堂があったこともあり、昼休みにも退社時にも頻繁に組合事務所に出入りしていた。御用組合の“御用”の二文字を消せないまでも薄くしようと組合の若い活動家連中の左旋回を試みていた。
正式配属から丸三年経った頃だったと思うが、研修所の所長に呼び出され、当時東京駅の前のビルにあった輸出子会社への出向を命じられた。これで大変だったが充実した技術屋としての道が閉ざされた。本隊に海外営業を持たずに輸出業務を子会社にまかせていた。そこは事業成績の粉飾を目的とした販売取次業務を担当するお手盛り商社で、煩雑な業務はあってもチャレンジと呼べる仕事はない。ゴマ粒ほどの充実感もない日々が過ぎていった。こうして飼い殺しになるのかと思いながらも、海外で起きている技術的な問題の解決のために週に二日三日は工場に出向いていた。行けば組合事務所に。研究所勤務の時とは違っていつも顔を合している訳ではないこともあって、工場に戻る度に本来の業務よりこっちに熱が入る。
工場から追い払ったはずのがしょっちゅう組合事務所に出入りしている。上司が達観した方で社内で必要以上にことを荒立てない身の処し方も含めて親身になって注意してくれた。工場に出張に行っては組合事務所に出入りしていることを本社の労務担当が問題として、上司に出張にださないよう文句を言って来た。少ない人数で増え続ける輸出業務を担当している子会社にまで文句を言う前に、本社の方をしっかりしろと逆に文句を言っておいたが、訳の分からない奴らだから何を思うか分からない。言動には注意しなさいと。
技術屋を目指した者には飼い殺しに等しい状態が二年ほど続いた。この先どうしたものかと思いながらも社会や経済の勉強をする時間ができたと半分喜んでいた。そこに唐突に、明日からニューヨークに行けと転属命令がでてきた。アメリカ市場はニューヨークに本社をおく現地法人-輸出子会社の子会社が担当していた。本社から子会社に追放したにもかかわらず、頻繁に本社の顔をだす。あまりに煩いので海外に出してしまえばというのが本音だったのだろう。
機械も触ったこともない現場経験皆無の者に、右も左も何も知らないところで客に行って古い機械の修理をしてこいと。現地で潰れれば潰れたで社として厄介者を処分できたくらいにしか考えてなかったろう。明日と言われても困る。準備に一週間ください。戦時中や戦後の何もない時代でもあるまいし、独り者でも一週間で荷物を整理するのは大変だった。一週間後にニューヨーク支社に到着してから、“はみだし駐在員”のドタバタが始まった。運転免許も持たず、英語もろくに使えない。フィールドサービスエンジニアと言われても機械を触ったこともない。機械を触るのが怖くてという外れた人材。
仕事だけでなく衣食住も何から何まで未経験。初物づくしの初トラブルの連続、会社始まって以来の最低の、仕事のできない、はみだし駐在員。
多少は切羽詰まったところがあった方がよかったのだろうが、根っからの能天気。
何が起きても地球の最後というわけでもなし。なるようにしかならないし、何がどうなったところで、何もないがゆえに何も失うものもない。ろくに何も考えずに、ただ何でも一所懸命やれば何とでもなるはずという生活が始まった。
2014/3/9記
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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