デジタル社会の魔術 ―「情報主権」への尽きぬ野望 第三の道で世界制覇目指す(下)
- 2015年 3月 17日
- 評論・紹介・意見
- アメリカ中田 協
シュピーゲル誌(2014年11月14日号)は、その巻頭論文で、インターネットと人間の関係についてユニークな論旨を展開している。
人はインターネットの出現で大きく変わった。人はインターネットの最も好ましい顧客となったが,その一方で人はインターネットの罠にはまった結果、ある危険を胚胎することになった。新たな寡占体制を模索するフェースブックやグーグルなど電脳企業が政府と呼吸を合わせて、業務モデルを確立することになれば、政府は国民監視を思いのままに実施することになり、情報監視は揺るぎない制度として確立するとして、同論文は警鐘を鳴らしている。
翻って見れば、現今の国際情勢の大きな矛盾の一つは、NSAによるメルケル電話盗聴事件の糾明でドイツ連邦議会内部に設けられた調査委員会の審議が事実上ストップしていることだ。こともあろうに当の被害者であるはずのドイツ政府が、オバマと米政府への“政治的気兼ね”からか、対米関係の悪化を懸念してか、審議の進展に消極的で、事実上、事態糾明を遅らせていることである。それどころか、見逃せないのはこのドイツと米国が、テロ組織、『イスラム国』の残虐の突発に“便乗して”米独関係の再構築に乗り出そうとする気配を強めていることである。両国関係の修復の有力な手がかりが、NSAを主軸とした『情報管理態勢』に他ならない。ドイツ誌の巻頭論文が指摘する『インターネットの危険』とはこのことを指す。
2001年9月11日の同時多発テロへの報復として、アメリカ政府はアフガニスタン、イラクと、相次ぎイスラム世界に戦争を仕掛け、凄惨な拷問を含むテロをほしいままにしてきた。このアメリカは世界世論の風当たりの強さにたじろいでいるから、イスラム国(IS)の跳梁はお誂え向き、実は“渡りに舟”だったのだ。日本人2人を含む人質に対する残虐非道は、アメリカ自身の『罪』をぼかし、世界の視線を自分からそらす上で格好の事態だった。
▼「国家の正義」に留保はない
英国の諜報機関、GCHQのロバート・ハニガン所長は最近、『インターネットはテログループにとって願ってもない援軍だ。彼らはツイッターやフェースブックのように、インターネットを組織の宣伝や人員の公募にうまいこと利用している』と述べた。ISがモスルへの大行進でみせたあの映像の威容は、1日当たり4万件のツイッターの影響力の賜物だった。ハニガンが言いたいのは『インターネット企業は何を差し置いても、テロ戦争に当たっては、政府により一層協力しなければならない』ということに他ならない。
だがこの論法は、インターネットを万能とみる宿命的な誤謬の上に立っている。たしかに、デジタルなテクノロジーは多くのことを変革した。これは明らかだ。しかしだからと言って、全てが変わってしかるべきだというのは、電脳に対する過信である。インターネットで変わったのは肯定的側面で言えば、コミュニケーションの可能性を拡大したことであろう。否定的側面で言えば、管理の可能性を広げたことであろう。
しかし変わらなかったのは、インターネットの衝撃が大きいにせよ、『自由』の守護者としての国家の「基本的正義」に関する限り、如何なる「留保」も許されないという原則である。たとえ、「留保」の必要が生じたように見えたとしても、事情は変わらない。これはまさに、世界から賞賛されている日本の平和憲法を維持するのは日本人の義務だとする信念と底通する論理である。『不戦』という「日本国家の基本的正義」は如何なる留保をも拒否する。改憲に邁進する安倍政権のアタマは、デジタル社会の申し子であるアメリカのNSA体制のイデオロギーに無批判に呑み込まれている。アメリカの情報独占の趨勢に、ドイツはここへ来て、『対米関係を対ロシア関係の水準に下げる』方向(メルケル首相発言)を模索しだした。“アングロサクソン連合”(前述5つの眼)から疎外された形のゲルマンの対米ジャブとも見られなくはない。しかし安倍政権にはこの程度の“抵抗”も見られない。
今、世界は三つの挑戦を受けている。一つは情報独占を狙う米国の新型帝国主義、二つ目はインターネット至上主義の風潮のもたらす歪み、第三はイスラム過激派の対米怨念の噴き出しである。そしてこの三つの中で、日本人が最も注意すべきは、あえて言えば、全米安全保障局(NSA)のドグマで固められた『新しいアメリカ』が忽然として登場したことであろう。このアメリカは情報管理の重要な理由の一つに、『中国の存在』をあげる。今年九月には習近平主席の訪米による米中首脳会談が予定されているが、情報主権を競う主役同士の会談がもたらすものとは何か? 日本の平和主義の役割とは何か。今こそ、われわれの国の『国家正義』の基本に立ち返るべきときである。(了)
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