テクリート奪還は突破口に、大きな危険もはらむ(下) ―「イスラム国(IS)」との戦いは国連中心で⑭
- 2015年 3月 25日
- 評論・紹介・意見
- イスラム国坂井定雄
(3)強力なシーア派民兵軍団への不安
テクリート奪回作戦で、出動した大規模なシーア派民兵の「人民動員軍団」(PMU)に強い期待と不安が高まっている。PMUは昨年6月、「イスラム国(IS)」が中、北部で大攻勢を開始、各地に駐屯していた政府軍の部隊がほとんど無抵抗に敗北、政府軍から離脱する兵士が続出したため、当時のマリキ首相がシーア派の最有力宗教指導者シスターニ師の協力を得て、10以上あったシーア派の武装組織を統合、結成した。PMUの最高司令官は、最有力の武装組織バドル軍団を率いていたアブ・マハディ・アルムハンディス。米軍駐留中は、対スンニ派だけでなく米軍への攻撃を繰り返し、米国から「特別指名国際テロリスト」とされていた。彼はイランの革命防衛隊と密接な関係がある。
ISは昨年6月の攻撃のさい、テクリートの北西にある政府軍の大基地で、かつては米軍重要基地だったスペイチャーを包囲。駐屯していた政府軍数千人が司令官の休暇命令で基地から離脱し、戦わずして基地を明け渡してしまった。基地に残っていたシーア派の兵士7百人余は、基地を難なく支配したISの捕虜とされ、集団で斬首処刑された。その残酷な映像は、ISからネット動画で全世界に発信された。司令官はのちに首都で軍に厳しく追及されたが、真相は公表されなかった。この事件への報復はシーア派民兵たちの合言葉になった。今年1月、首都北西郊外からイラン国境まで広がるディヤラ州で、政府軍とともにISの駆逐に成功したPMUの民兵部隊が、ISの戦闘員数十人だけでなく、ISに協力した地元部族勢力70人以上を殺害した事件が起こった。
PMUによる報復だとして、国際人権団体は強く非難、アバディ首相は事件の調査を約束した。国連人権機関と国際人権団体は、IS支配地域での政府軍と共闘するPMUが、IS支配地の奪回作戦を進める際に、ISに協力したスンニ派部族勢力への報復をすることを強く警戒している。テクリート奪回作戦にはこのような国際的な注視が集まっており、イラク政府と政府軍による抑制が試されていた。
(4)強まるイランの影響力
今回のテクリート奪回作戦で、イランの役割が一段と大きくなった。イランは表向きには、政府軍とPMUを支援する軍事顧問団を派遣した。だが実際には、イランでいま、最も影響力が大きい軍人と言われる革命防衛隊のカセム・ソレイマニ将軍がしばしば、バグダットやテクリートがあるサラハディン州を訪れ、イラン軍事顧問団を指導し、全面的ではないとしても軍事顧問団がPMUを実戦指揮しているという。PMUはイランの供与で武器・弾薬が豊富だ。ISの駆逐を目指す立場では米国とイランの立場は共通しており、イランの核開発阻止をめぐる交渉での米国の対イラン姿勢にも、微妙な影響を及ぼしている。一方イランは、シリアのアサド政権を支持・支援しており、その点では米、EU、アラブ諸国と対立している。
(5)モスル奪回はISとの決戦場
テクリート奪回を突破口にするイラク政府の最大の目標は、第2の都市モスル奪回。それが成功すれば、イラク全土から、ISを駆逐する日は遠くない。ISはシリア北部のラッカ市を事実上の”首都“とする「イスラム国」領域に追い込まれ、崩壊に向かうだろう。しかし、イラク政府は5月にもモスル奪回作戦を開始すると表明しているが、小都市テクリートの奪回とは違う困難さが待っている。
モスルは公的には170万人、実際には200万人の住民が住む都市だったが、イスラム過激派によるキリスト教徒、シーア派、少数民族迫害が拡がるなか、まずキリスト教徒が首都バグダッドや国外に逃れ、続いてシーア派、少数民族が流出、昨年6月のISによる占領の直前、直後にスンニ派住民以外の大部分の市民が逃れでた。現在は人口75万人に減少したと推定されている。モスル奪回作戦で、どのように残留市民たちの犠牲を最小限にできるか。
モスルの市面積はテクリートの30倍近い面積400平方キロの大都会。テクリート周辺の道路で、ISは延長8キロに100個以上の爆弾を埋め込んでいたが、モスルでも道路と建物には多数の待ち伏せ爆弾を設置するだろう。米軍の推定では、モスル攻略には訓練を重ねたイラク政府軍部隊8個旅団(約3万5千人)が必要だというが、実数5万人に満たないイラク政府軍がこれだけの兵力を割くことはできない。テクリート奪回作戦に参加したPMUだけでなく、これまでイラクだけでなくシリア北部でもISと戦い続けてきたクルド人民兵勢力のペシュメルガの参加も必要だし、米軍はじめ支援国の空爆支援も求める可能性が大きい。さらに、首都バグダッドからモスルまでの350キロの距離も重い課題。部隊と兵站をモスル周辺まで輸送し、補給を続けなければならないからだ。
もっとも重要な問題はISのモスル占領を事実上、“無血入城”にした、モスルのスンニ派部族勢力の協力をえることだ。マリキ首相の政権への強い敵意から、部族勢力はISを受け入れた。だがその後、ISは女性に全身を覆うブルカを強制、外出には男性保護者の同行を強制、学校では科学、文化、歴史、外国語などの近代的教育を禁止、IS流のイスラム教育を押し付け、違反者の公開処罰を多用。その一方で、水道が汚染したまま、停電時間が増え、ガスや石油類の供給が減って物価が高騰し、市民生活は窮乏の一途だ。一般市民の大多数は、ISの支配が一日も早く終わることを望んでいる。
前述のように、イラク政府はマリキ政権から、昨年8月、ISと戦う挙国一致内閣に代わり、国防相にはモスルの有力一族出身のオベイディが就任した。その直後、ISは一族70数人を人質にしたという。イラク政府とスンニ派部族勢力の秘密交渉もありうる。いずれにせよ、モスルはイラク政府とISの、決戦場になるだろう。(終わり)
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