変貌するキューバ(上) -対米交渉は国交回復を優先-
- 2015年 5月 20日
- 評論・紹介・意見
- キューバ岩垂 弘
「山雨来たらんと欲して風楼に満つ」。1年ぶりにキューバを訪れたが、8日間の滞在を終えて首都ハバナから帰途についた私の脳裏に浮かんできたのは、そんな唐詩であった。日本の本州の約半分の島に1100万人が住むキューバは、今、大きく変わりつつある、というのが私が滞在中に得た実感だが、それをもたらしたのは、昨年暮れから始まった米国との国交正常化交渉と、キューバ政府が2011年から本格的に取り組み始めた「経済改革」ではないか、というのが私の印象である。
今回のキューバ訪問は私にとっては3回目。最初の訪問は1998年で、生協関係者を中心とする「日本生協・協同組合交流団」に加わっての渡航だった。二回目は昨年(2014年)3月6日から13日までで、キューバとの友好促進を目指す市民団体「キューバ友好円卓会議」が企画した第2回キューバ・ツアーに加わっての訪問。今回は4月23日から30日までで、同円卓会議主催による第3回キューバ・ツアーであった。
今回のツアーが計画されたのは昨年の秋。第2回ツアー直後のことだったので、私は気乗りしなかった。が、昨年12月17日、外交関係断交中のキューバと米国とが国交正常化交渉開始で合意したとの衝撃的なニュースが世界を駈け巡り、それを機に、私は米国との交渉に臨んでいるキューバの表情をこの目で見てみたいという気持ちに駆られ、第3回ツアーに参加を申し込んだという次第だ。
1961年以来、54年間にわたって国交断絶状態にあった、米国とキューバが、国交正常化に向けて初の交渉をハバナで行なったのは今年の1月21日~22日のことだ。2月27日には、2回目の交渉がワシントンで行われた。これを受けて、オバマ米大統領とキューバのラウル・カストロ国家評議会議長が4月11日、中米パナマの首都パナマ市で会談、大使館を早期に再開することなどで合意した。同14日には、オバマ米大統領がキューバに対するテロ支援国家指定を解除することを承認し、議会に通告した。45日の間に議会は解除の是非について審議し、議会が解除に同意すれば、45日後以降に正式に解除される。
私たちの第3回キューバ・ツアーは、こうした一連の出来事の直後の旅行だった。米国とキューバの国交正常化交渉に関心をもつ者にとっては極めてタイムリーな時期で、私としても気分が高揚するのを抑えることができなかった。
「米国との交渉は動いている」
私たち一行は、出発に先立ち、ツアーの受け入れ先であるICAP(キューバ諸国民友好協会)に、進行中の国交正常化交渉の現況等についてレクチャーを受けたいとの要望を提出しておいた。このため、私たちがハバナに着いた日の翌日の4月24日、ICAPのアリシア・コレデラ副総裁がハバナ市内のICAP本部で私たちとの会談に応じた。
副総裁は1時間半にわたってキューバの現状、ICAPの活動方針などについて語ったが、その最後に米国との交渉に言及した。その要旨は次の通りだった。
「私たちとの会談に応じたアリシア・コレデラICAP副総裁(右端)」
「昨年12月17日に我が国と米国が国交正常化交渉を開始するというニュースが流れた時は、キューバ人の誰もが、えーと驚いた。確かに歴史的な出来事ではあったと思う。なにしろ、何年も何年も多くの人たちがキューバと米国の関係正常化を願い、そのために努力してきたのですから」
「しかし、多くの報道は間違っています。キューバと米国が関係の正常化を決めたという報道がありましたが、本当は国交回復のプロセスの第一歩が始まったということなんです。国交回復と関係正常化を分けて考えなくてはなりません。1月にハバナで、2月にワシントンで両国代表による交渉があったが、これは国交回復のためのプロセスでした。これらの交渉を通じて、両国は互いに国交回復について理解を深めました」
「この席で、キューバ側は、米国がキューバと国交を回復するためには、キューバをテロ支援国家のリストから外さなければならないと主張しました。だって、キューバはテロ支援国家ではないし、テロに反対している国家ですから。オバマ大統領はラウル議長との会談後、キューバをテロ支援国家リストから外すよう議会に指示しました。我が国としては、その結果を待っているところです。私たちは、米国議会が大統領の指示を受け入れるよう望んでいます」
「国交回復にあたって我が国が米国に要求していることが、まだあります。一つは、米国にいる我が国の外交団が米国の銀行を通じたオペレーションを行えるようにせよ、ということです。さらに、米国は、内政干渉の禁止や外交特権の順守を定めたウィーン条約を守れ、という要求です」
私は質問した。「キューバ側の態度は、まず、両国間の国交回復を、ということのようだが、それは具体的にはどういうことなのか。大使館の相互設置ということか」。副総裁は答えた。「そうです」
話を聴いていて、私は気づいた。キューバ側が国交回復のための条件として、同国がこれまで米国に要求し続けてきた「対キューバ全面経済封鎖の解除」と「グアンタナモ米軍基地の撤去」を持ち出していないことである。「どうして要求しないのか」との私の問いに副総裁は「これらの案件は、国交回復後の関係正常化のための交渉の中で話し合われるでしょう」と言った。
最後に、私は質問した。「現段階では、米国との交渉をどうみたらいいのか。順調に進んでいるのか、それとも停滞しているのか、あるいは難航していると見るべきか」と。なぜなら、3月には、日本のメデイアがこぞって「4月にも双方の大使館が再開か」と報道していたが、それが実現していないからだった。
これに対し、副総裁は答えた。「勢いがついていないが動いています。とどまってはいません。長い間、両国関係が良好でなかった以上、急に焦ってみても物事は進まない。時間をかけ、焦らずやってゆく以外にありません」「お互いに違いを認め合って両国関係の正常化を図ることが大事、つまり、違いを認めて共存することが大事、とラウル議長も言っています」
上院議員やニューヨーク市長の来訪も
「勢いがついていないが動いている」とは、どういう状態なのか? その具体的な内容について説明を求めると、アリシア副総裁はこう述べた。「オバマ大統領とラウル議長のパナマ会談の後、米国の政治家のキューバ訪問が増えました。その中には、上院議員やニューヨーク市長も含まれます。ビジネス界の人も来ます。とくにビジネス界の主要な人々の来訪が目立ちます。これらの米国人は口々にこう言います。『米国がこれまで続けてきた、対キューバ孤立化政策は間違っていた』と」
ハバナ滞在中、知り合いのキューバ外交官に会う機会があった。彼には昨年3月にも会った。「この1年間で特に変わったことがありましたか」と尋ねると、彼は言った。「米国人が我が国に殺到するようになったことだよ。その人たちは、政界、ビジネス界など多岐にわたるね。ビジネスマンは投資先に関心があるようだ」。まさに、アリシア副総裁のレクチャーを裏付ける証言だった。
「ハバナの新市街の一角に立つ米国利益代表部のビル(左上端。その前方に林立するポールはキューバ側が造ったもので、米国がブッシュ政権中は、キューバ側がこのポールに無数の国旗を掲揚して、代表部ビルが見えないようにしていた。米国側がビルに反キューバのスローガンを掲げていたので、キューバ側としては、それが見えないように、いわば目隠しを施していたのだという。オバマ政権になってからは旗の掲揚はなくなったという)」
ともあれ、キューバと米国による交渉が始まって以来、両国間の人事交流が活発化しつつあるようだが、米国人観光客の受け入れはまだオープンになっていない。が、サンタ・クララでは米国人グループを見かけた。「メーデーに参加するために来た」とのことだった。どうやら、学術交流、宗教者間の交流、友好団体間の交流とかを名目にした米国人のキューバ訪問が増えつつあるようだ。
大変化への予兆か
アリシア副総裁は、両国による交渉の現況を「勢いがついていないが動いている」と表現した。しかし、交渉開始以来、多くの分野の、かなりの数の米国人がキューバを訪れているという新しい事実は、キューバにとっては「大きな変化」と言えるのではないか、と私には思えた。少なくともそれは、これから先、とりわけ経済の面に劇的な変化をもたらすであろう予兆とみていいのではないか。キューバの底深いところで、「変化」という大きな伏流水が生じつつあるという印象である。
日本を発つ前、私には「ハバナは、米国との交渉開始のニュースに沸き立っているのでは」との思いがあった。しかし、こうした推測は外れた。私たちが訪れたハバナ、サンタ・クララ、サンクティ・スピリトゥス、トリニダーの街々の街頭では、「交渉開始」を歓迎したり祝ったりするスローガンや看板は見かけなかった。
「ハバナの新市街の中心に革命広場があり、広場に面する内務省ビルの壁にはチェ・ゲバラの肖像が施されている。手前はメーデー用の観客席」
要するに、キューバとしては、当面は、米国との交渉の行く末を冷静かつ慎重に見守るということなのだろう。表面的には前年と何ら変わらない街々の光景を見やりながら、私はアリシア副総裁がレクチャーの中で述べた一言を思い出していた。それは「私たちはいつも米国の出方に注目して警戒しています。私たちは、米国のパナマ侵攻に反対したし、対ベネズエラ政策にも反対してきました。こういう私たちの態度はこれからも変わりません」というものだった。
初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion5361:150520〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。