世界記憶遺産登録で広島市が共同申請へ -峠三吉ら3人の原爆文学資料-
- 2015年 6月 11日
- 評論・紹介・意見
- 原爆岩垂 弘広島
今年は「被爆70年」。それを機に、広島市の市民団体「広島文学資料保全の会」(代表、土屋時子さん)は広島で被爆した作家の文学資料を国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「世界記憶遺産」 に登録するための活動をしているが、同会によると、登録の申請に広島市が加わることになった。民間団体と自治体による共同申請となったことで、同会関係者は「登録に向けて大きな第一歩となることは間違いない」と歓迎している。
ユネスコの「世界遺産」は、遺跡、景観、自然など人類が共有すべき普遍的価値をもつ物件で、移動が不可能なものが対象。これに対し、同じユネスコの「世界記憶遺産」は世界的に貴重な直筆文書、書籍、絵画、映画などの記録を保護するためにユネスコが1992年に創設した事業だ。2年ごとに各国政府、自治体、非政府組織(NGO)の推薦を受けて審査、登録する。日本での申請受付の窓口は日本ユネスコ国内委員会(事務局は文部科学省内)である。
世界記憶遺産には、2013年までに109カ国の301件が登録された。これには、『アンネの日記』や『ゲーテの直筆作品』、『アンデルセンの原稿』、『ベートーベンの直筆楽譜』も含まれる。日本からは、藤原道長の「御堂関日記」「慶長遣欧使節関係資料」「炭鉱記録画家・山本作兵衛(1892~1984)の炭鉱記録画」の3件。なかでも山本作兵衛の炭鉱記録画の登録(2011年)は注目を集め、国民の間に世界記憶遺産への関心を呼び起こした。
2013年には、15年の登録を目指して4件が名乗りをあげたが、候補は一カ国2件までという制限があるため、京都・東寺に伝わる国宝「東寺百合文書」と、シベリア抑留者の引き揚げ記録「舞鶴への生還」が国内候補となった。この2件は今年、ユネスコの審査を受け、合格すれば登録される。
次の登録は2017年。日本ユネスコ国内委員会は今月19日に申請を締め切り、今年9月までに2件を選び、ユネスコに申請する。
広島文学資料保全の会が登録を申請するのは、詩人・峠三吉、詩人・栗原貞子、作家・原民喜の作品だ。
峠三吉の作品は『原爆詩集』(1951年発表)の直筆最終草稿。草稿の書き出しは、「ちちをかえせ ははをかえせ としよりをかえせ こどもをかえせ」。彼の詩の中で最もよく知られた詩だ。この草稿は原爆資料館が遺族から寄託を受けて保管している。
栗原貞子の作品は、『うましめんかな』(1946年発表)の直筆ノート。「こはれたビルディングの地下室の夜であつた。/原子爆弾の負傷者達は/くらいローソク一本ない地下室を/うづめていつぱいだつた。/生ぐさい血の臭ひ、死臭、汗くさい人いきれ、うめき声」で始まる詩は、原爆で破壊された広島貯金局の地下室で、8月8日の夜、赤ん坊が生まれたという話を聞いた栗原が新しい生命の誕生をうたった詩で、彼女の代表作である。この詩が収められた直筆ノートは広島女学院大学が所蔵している。
原民喜の作品は『原爆被災時のノート』。彼の代表作『夏の花』(1947年、「三田文学」に発表)の執筆のもとになった被爆時の手帳である。彼はこの作品発表後の1951年、東京の中央線の鉄路で自ら命を絶った。『ノート』は遺族からの寄託を受けて原爆資料館が保管している。
保全の会は、この3作品について「いずれも、被爆作家が命を賭して1945年8月6日の惨状を文学作品として著したもので、人類にとって貴重な財産」「『二度とこのようなことがあってはならぬ』という人類への警鐘の遺産」としている。
保全の会は、昨年6月から、世界記憶遺産への登録に向けた活動を始めた。一般市民には登録申請の賛同人になってほしいと呼びかけているが、賛同呼びかけ人には、ジョン・ダワー(米マサチューセッツ工科大学名誉教授)、クレアモント康子(シドニー大学准教授)、浅井基文(元広島市立大学平和研究所所長)、安蘇龍生(田川市石炭・歴史博物館館長)、金子兜太(俳人)、黒子一夫(文芸評論家・筑波大学名誉教授)、西田勝(文芸評論家・非核ネットワーク)、平岡敬(元広島市長)、水島裕雅(広島大学名誉教授)の各氏らが名を連ねている。
保全の会によると、今年1月に広島市に共同申請を要請していたところ、6月2日、松井一実市長が同会代表との面会に応じ、その席で「被爆体験を世界に伝えてゆく一助になる」と、要請に応じた。中国新聞によれば、松井市長は「広島の平和を思う気持ちと符合し、いろんな意味で協力すべき立場にあると思う」とも述べ、支援を約束したという。
保全の会は、会の活動に理解を深めてもらうため、6月2日~14日、広島市の市民交流プラザ1階ロビーで、 「栗原貞子、原民喜、峠三吉文学展」を開催中で、登録を申請する3人の作品などを展示している。
6月13日(土)午後には、広島市内のYMCA2号館コンベンションホールで「シンポジウム・原爆文学の今を考える」を開く。国内外から4人のパネリストを招き、原爆文学を世界記憶遺産に申請する意義、3人の作品の資料的価値などについて論議する。
今年の世界記憶遺産登録申請では、他には、鹿児島県南九州市が、特攻隊員の手記や遺書(知覧特攻平和会館所蔵)を再申請する方針だ。
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