世界を歪める米国の情報帝国主義 電脳戦争が描く世界地図
- 2015年 7月 22日
- 評論・紹介・意見
- アメリカ中田 協
論理的帰結としての『戦争』 オバマを急迫する内憂外患
3年前、欧州を騒がせた米国諜報部による独首相の携帯電話盗聴事件は店ざらしの中で“風化”し、いつの間にかアンタッチャブルな必要悪として国際政治の片隅に棚上げされてしまった。“欧州の女王”、アンゲラ・メルケル独首相は、ロシアのプーチン大統領のドイツへの微笑外交に便乗し、得意のロシア語で会話し、米国が、対露政策として欧州正面へ「巡航ミサイル」を配備する脅しをかける機会をとらえて、“独露蜜月を”演出してオバマを牽制する。巡航ミサイルはジェットエンジンで推進され、低高度で飛び、命中度が非常に高い殺人兵器。これまで使わたれることはないが、冷戦時代の東西対立が米ソ間での対立だったのに対し、電子情報が電脳空間でせめぎ合う今の新型東西対立は、米国、ロシア、欧州の面妖な三つ巴戦。電脳戦争の帰趨いかんでは、いつ本物の熱い戦争に転化するか、分からない。『戦争』はすっかり時代のキーワードになった。国会中継を観ても日本もご多聞に洩れない。
▽ 欧州で史上最大の反戦集会
この現在の大状況は、戦争に敏感なヨーロッパの民意にストレートに響いた。反映した。50万人の市民が『兵器なしで、平和をつくろう!』をスローガンにドイツ連邦共和国始まって以来最大の反戦集会に参加した。伝えられるヨーロッパの軍拡計画に反応したもので、政治的テーマがこれほど強く市民の心情に訴えたことはかつてなかった。市民の中に冷戦期の悪夢が蘇ったからにほかならない。まさに、『兵器によらず』に平和を達成するという点に民意があった。ベルリンの市民は自分たちの街が再び戦争のショーウインドウとなることを怖れている。
ドイツ国防省内部でも“戦争遂行のための材料が山と積まれることになるとの見通しを口にするのを躊躇しない。ワシントンは5000人の兵力とともに、戦車、兵器、重火器を、ドイツと、NATO(北大西洋条約機構)の東部諸国に駐留させる計画である。シュピーゲル誌によると、オバマ大統領の頭を離れないのがウクライナ危機で、ロシアの侵略の再発を怖れるEU内のバルト半島諸国および東欧地域諸国の住民を慰撫する考えであり、それによって米下院の「反対派」(共和党)の動きを封じる方針だという。
▽沖縄と同質のベルリンの苦悩
沖縄の元知事、大田昌秀氏は7月6日、テレビで『普天間米軍基地を辺野古に移すことは敵の標的を辺野古に集めることにほかならない』と厳しい表情で語っていたが、現地の意向を眼中に置かない米国の強引なやり方は「対ベルリン」にも通じるところがある。米国の対露戦略は、ドイツ、特にベルリンに集中して犠牲を強いることで成り立っている。諜報機関NSA(米国家米安全保障局)のスパイ活動の拠点はベルリンである。最大の同盟国の首相の電話を盗聴してまで戦略を遂行した舞台はまさにベルリンであった。米国の対中国戦略が沖縄を拠点にしているのと相関関係にある。沖縄の怒りはまさにベルリンの怒りである。
メルケル首相にとって、米政府の軍拡路線は実は迷惑至極だ。たしかに、同盟国アメリカに対するあからさまな批判こそ避けているが、メルケルのホンネはロシアとの関係を危うくすることは絶対に避けたいという一点にある。新たな軍拡論議は国内政策の上からも何ら得るところがない。
それどころか、EU(欧州連合)を事実上束ねる立場にあるメルケルが怖れるのは、アメリカの意向に従ったばかりに、その傀儡に成り下がり、諜報機関による盗聴を黙認するのを強いられる事態だ。その上、ドイツが苦労して築いてきた対露安保の防壁が米国によって損傷し、突き崩されてしまっては元も子もなくなる。米国の欧州軍拡路線にメルケルがどう対応するかを見守るプーチンの視線は厳しい。モスクワとの関係を損なえば「中欧国家」ドイツの安保に重大な支障を来たす。メルケルのジレンマは深刻である。
▽ 当たったゴルバチョフの“遺言”
安全保障をめぐる現在の米露間の基本的な対立は、1997年のNATO(北大西洋条約機構)とロシア間の協約に関する立場の食い違いにある。『米国は欧州における軍事的影響力を拡大しようとしている』とロシアのラブロフ外相は述べ、1997年協約の最終的破綻を狙っているとしてワシントンを弾劾している。ドイツは米露間にあって、NATO兵力の旧東欧圏拡大には無条件に反対する立場であり、この点ではベルリンとモスクワの独露協調が成り立っている。米国は“形勢不利”と踏んでか、新たな軍拡計画(巡航ミサイル配備など)でも、ロシアとの関係断絶を避けようとして、NATOの対東側・前線地域には若干の歩兵中隊を駐留させるに留める方針ではある。これは、6月の米独国防相会談(ベルリン)で米側が表明した。しかし、西側にちょっとだけ入った「後方地域」(グラーフェンベアー)には戦車100台をはじめとした軍事的重装備の配備が確定しており、米国の軍拡路線に基本的に変わりはない。
当然のことながら、西欧のNATO同盟国はこの米国の軍拡案に猛反対だが、97年の軍縮協約違反では、実のところ、米露とも”同罪“で、双方ともなし崩しに違反を積み重ね、協約を反古同然にしてしまっている。
最後のソ連共産党書記長、ミハイル・ゴルバチョフは今年1月、『薪をたきつけるような空気の中で人々が神経をすり減らすような状態が続けば、近い将来人類は生きながらえることが出来なくなろう』と警告した(シュピーゲル誌3月号)が、決して荒唐無稽な予言ではない。発言の趣旨は、通常兵器の軍拡はやがては核兵器の軍拡に繋がることをプーチン(当時ロシアの秘密警察長官)の元上司として確固としたデータの裏づけの下で予測したものである。現にモスクワが精力を注いでいるのが核兵器の近代化で、あるロシア国防省の幹部は、『クリミヤ半島への核兵器配備が「論理的帰結」になろう』と公言している。対するアメリカ側の反応が巡航ミサイルだった。米国務省の軍拡管理担当の高官が『われわれの忍耐には限度がある』と凄んだのはつい数週間前のことである。
▽ “情報帝国”に埋没したホワイトハウス
2001年9月11日の同時多発テロで受けた衝撃を払拭するため、国家的運命を賭けて巨額のカネと電脳技術を投入して築いた情報独占のリバイアサン(旧約聖書に出てくる怪物)がかえって自縄自縛となり、モノが見えなくなり傲慢の化身となったのが今のアメリカである。情報帝国主義とでも言うべき権力がホワイトハウスを尻に敷き、主の大統領はなにも決定できない傀儡となった。米国務省の高官の啖呵は虚勢であり、そのカリカチュアである。
ロシア、EU(欧州連合)を相手にする新しい東西関係のなかの綱引きが正念場に差し掛かかりつつあるこの段階で、アメリカの国と社会の不安定が露出してきたのは皮肉である。なかでも人種問題の吹き上がりは深刻だ。白人対黒人・ヒスパニックの人種紛争の頻発がなにやら不吉な色彩を強めだした。米南西部、サウスカロライナ州チャールストンの教会で最近、黒人9人が白人の男に射殺された事件がその一つ。「反黒人」の過激主義を「単純なテロ」(ヘイトクライム=憎悪犯罪)と区別する新しい潮流の表われだ。この潮流は黒人・ヒスパニック差別にある種の優遇を付与する思想で、オバマに対する嫌がらせでもある。6月22日付けの南ドイツ新聞はこれを『自家製のテロリズム』と呼んだ。人種問題は米国社会の宿命の病根であり、「揺れ」はそのままアメリカという国の根太緩みを示す。葬儀でオバマは一人、賛美歌を伴奏なしで歌ったという。
こうした折も折、2016年の米大統領選を控えた今、オバマの民主党にとって芳しくない状況が生まれた。野党共和党の大統領候補として輿望を担う清新なイメージの対抗馬が舞台正面に飛び出す可能性が強まったのだ。メキシコの農村の貧しい女性と結婚し、自らもスペイン語を話し、少数民族に愛され、柔軟な中道の改革派、ジェブ・ブッシュ(62)その人である。二代にわたり大統領(父がアメリカ元大統領のジョージH・Wブッシュ、兄が前大統領のジョージW・ブッシュ)を輩出した名門家庭出身というサラブレッドだ。移民出身者など少数民族は増大の一途だが、ジェブの強みは全米で5300万人にのぼるラテン系住民、ヒスパニックを味方に出来ることだ。1999年、フロリダ州知事就任を皮切りに政界入り。旧弊だった7つ年上の兄ジョージ・ブッシュ前大統領と比べ、若々しい好奇心旺盛で、少数民族の窮状に心底からの理解がある。
“大統領世襲”呼ばわりされることに当初、二の足を踏んでいた母親のバーバラさんも、“あのポストに打ってつけよ”と今では太鼓判を押す。海外の戦争にどっぷり漬かり、アーリントン墓地を米兵の十字架で埋め、巨額の戦費で、経済を疲弊させた兄ブッシュの悪いイメージが米穀世論に浸透しているが、これを重荷として引き受ける覚悟であるという(南ドイツ新聞のプロフィール欄)。民主党の大統領候補と想定されるヒラリー・クリントンにとって強力なライバルになりそうだ。
▽ 日本にも求められる指導者像
以上、情報独占と、これを軸とした覇権主義に狂奔するアメリカの「専横」が、どのような世界地図を作りつつあるかを俯瞰してみた。電脳空間の陣地争いの「論理的帰結」が何かは自明である。『戦争』がすっかり時代のキーワードになった。安倍晋三さんもある意味、“世襲指導者”だが、政治手法を見ていると、世界のプレーヤーに伍してやって行けるのか。本物の政治的リアリティをお持ちなのかどうか、はなはだ心もとない。集団的自衛権の正当性を自らが選んだ諮問委員に否定されても笑って済ますパフォーマンスは、あれは余裕なのか? 報道の自由の意味を本当にお分かりなのか? “一部マスコミ人”とだけの食事を慣例とするのは「報道の自由」の信念からなのか? 間違ったと気づいたら「詫びる」ことこそ国民の負託にこたえる道ではないのか? 絶対多数に胡坐をかいているうちに、いざとなれば、“忍耐にも限度がある”と恫喝して済ますワシントンの傲慢が乗り移ってしまった。
秘密警察の権力に振り回される米国大統領、オバマには正義と自由の戦士としてのかつての面影はない。テロにあった黒人犠牲者の墓前にひざまづくオバマの胸の内を、安倍さんにも覗いて欲しい。 (了)
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