青山森人の東チモールだより 第307号(2015年7月28日)
- 2015年 7月 28日
- 評論・紹介・意見
- チモール教育青山森人
元教育大臣、7年の禁錮刑と50万ドルの賠償金
合同部隊の捜索は続く
警察と軍で構成される合同部隊によるマウク=モルク氏とその非合法組織「マウベレ革命評議会」幹部らの捜索作戦が展開されるなか、7月3日、一名の民間人が合同部隊によって亡くなりました(前号の「東チモール」を参照)。その後の報道によると、亡くなった民間人は合同部隊に案内役として協力していた地元に住む男性です。7月8日、軍最高地位であるレレ=アナン=チムール陸軍少将はポーランド(ポーランド政府は東チモールへ軍事支援、とくに人材育成分野で支援を表明している。どういう政治的な脈絡からポーランドが東チモールに登場してくるのか、興味深い)から帰国したさい、合同部隊に参加していた軍の将校が捜索活動中、誤って発砲してしまい弾があたってしまった、これは事故だ、その兵士一人の責任ではないと記者会見で述べました。これが事実ならば過失致死ということになりますが、あくまでもこれは軍の発表であり、亡くなった男性の司法解剖をするなどしてこの事故/事件の調査をしている政府機関の正式な発表を待たなくてはなりません。
住民を死なせた将校は武装解除をうけ調査班に身柄を委ねられ、合同部隊によるマウク=モルク捜索作戦は継続されています。7月9日、亡くなった男性の遺族は大統領府を訪れ、タウル=マタン=ルアク大統領と面会しました。国家による遺族への補償について話し合われたとおもわれます。報道に目を通すかぎりでは、「マウク=モルクを逮捕せよ、生死を問わず」と指令した大統領の責任を問う声はとくに出ていないようですが、目的を果たせず民間人を死なせる事態となったことで国家の権威が失われていくと憂慮する声は出ています。
マウク=モルク氏一味を捕まえるという目的を達成するまで合同部隊の作戦は継続されると発表される一方で、マウク=モルク氏の弁護士はタウル大統領から7月16日、話し合いの仲介役としてジョゼ=ラモス=ホルタ元大統領を任命したという手紙を受け取ったと発表したと『ディアリオ』紙は報道しましたが(2015年7月20日、電子版)、内閣府のなかからその事実はないと否定する記事もまた出ました(同、7月21日)。『ディアリオ』紙は情報が交錯していることを認めています。表に出る情報ははたしてどこまで信用してよいのやら。本当のところ何が起こっているのか、よくわかりません。マウク=モルク氏を捕らえられないのは、何らかの政治的な利害が絡んでいるから見た目より単純な話ではなさそうだという下衆の勘繰りをしたくなります。
教育放送計画をめぐる汚職事件
2007年に始まったシャナナ=グズマン前首相が率いてきた連立政権から汚職疑惑がうじうじとわきでて、閣僚や政府高官の起訴が相次いできました。去年、シャナナ連立政権は司法の分権を侵すかのように主としてポルトガル人で構成される外国人司法関係者を国外に追放し、今年、シャナナが自ら首相の座から降りて計画戦略投資相となって一歩身を引いたかたちにしても、汚職疑惑事件の被告の告訴が取り消されるわけではありません。シャナナ前首相の任命したルイ=マリア=デ=アラウジョ新首相の新政権が落ち着いていけば、すでに起訴された大臣または大臣級の政治家の裁判開始の世論は高まっていくことでしょう。
エミリア=ピレス被告(前財務大臣)のなかなか始まらない裁判とビセンテ=グテレス国会議長の滞っている司法手続きとは対照的に、第一次シャナナ連立政権(2007~2012年)で教育大臣になったジョアン=カンシオ=フレタス氏がその大臣時代におこなったとされる“経済活動”をめぐる裁判が(「東チモールだより」第279号参照)、去年からコツコツと進められてきました。そして7月20日、デリ(ディリ、Dili)地方裁判所はジョアン=カンシオ元教育大臣に7年の禁錮刑と50万ドルの賠償金支払いを命じるという重い判決を言い渡しました。また同様に教育省の財政管理責任者であるタルシジオ=ドゥ=カルモ氏には3年半の禁錮刑と20万ドルの賠償金支払いを命じる判決が下されました。なお先に検察側はカンシオ元大臣に12年、カルモ氏に8年の禁錮刑をそれぞれ求刑したのでした。なおカンシオ元大臣は控訴の意志を示していると報道されています。
ジョアン=カンシオ元大臣は、教育省が教育番組を制作し、テレビとラジオで放送する計画を立て準備する過程で、放送機器の購入やオーストラリアの番組制作会社との契約などに直接関与し、その立場を利用し資金の不正な使い方をして国家に141万ドルの損害を与えたというのが新聞に書かれている罪状の概要です。報道では「141万ドルが消えた」という表現がされています。
裁判では、教育放送計画の資金の使い方に当時のカンシオ大臣が主導的に関わっていたという検察側の主張と関わっていなかったという弁護側の主張が真っ向から対立してきましたが、裁判所は関わっていた方を採ったわけです。そうなると被告による偽証罪も問われて然るべきかとおもわれますが、報道だけではその辺のところはわかりません。
それにしても教育番組をテレビとラジオで放送し、遠隔地の住民や子どもたちにも等しく学習してもらおうというのは東チモールにとってこのうえもなくすばらしい計画です。現在、国営のテレビ放送局は子ども向けの教育番組を少なくとも定期的に一本は流していますが、もっともっとほしいところです。子どもたちをテレビのまえに釘付けにして学習意欲をかきたてる教育番組が東チモールで放映されたら革命的な出来事といえましょう。それはそうとして、教育事業を汚職に利用したとしたら、なんというなさけない教育大臣でしょうか。
汚職の内容が報道では詳しく解説されておらず、禁止されている経済活動に関与したという言い方で片付けられているだけです。行間を読むと、消えた141万ドルまたはそれに近い金額を着服したと理解できます。だからこそ2人の被告には禁錮刑だけでなくそれぞれ50万ドルと20万ドルという高額な賠償金の支払いも命じられたとおもわれます。東チモール人にとってはあまりにも高額な金額です(東チモール人でなくてもそうだが)。したがってこのお金は罰金ではなく、着服した国家の金を返しなさい、あんた持っているでしょうそのお金を、という意味としか考えられません。それにしてもかれらはいかにして教育放送計画という事業から大金をとったのでしょうか(判決文を読んでいないので、50万ドルと20万ドルという賠償金とはそれくらいの公金が着服されたという意味、というのはあくまでもわたしの解釈)。
登場人物
この汚職事件の概要を理解するうえで『テンポ セマナル』紙(2015年5月14日)に載った、教育放送計画にかんする教育省の技術顧問を務めたトーマス=ネーマン氏へのインタビュー記事が参考になります。記事のなかではっきりと記述されていませんが、文脈から推測するに、この人物はオーストラリア人のようです。
この汚職事件のなかでネーマン氏の他にもう2人の教育省の顧問が登場します。調達顧問のトレバー=パリス氏(名前からして外国人か)と、一般にただ顧問と呼ばれるアナ=ノローニャさん(女性、大臣の補佐官のような役職か)です。また、教育放送計画のために教育省が契約を結んだのは、オーストラリアのダーウィンを拠点とする「ララキア社」という放送会社です。そして被告である当時の教育大臣であるカンシオ氏と、もう一人の被告であり同省の財布をにぎる立場にあるタルシジオ=ドゥ=カルモ氏がこの件で重要な役割を果たしました。以上が、主な“登場人物”です。
『テンポセマナル』(2015年5月14日)より。「TV教育の件の裁判、元顧問が元大臣をディリ地方裁判所に嘘をついていると非難」。当時の教育省技術顧問だったトーマス=ネーマン氏へのインタビュー記事を載せている。
契約までの動き
裁判では弁護側は、この教育番組の放送計画にかんして被告は顧問たちとくにトーマス=ネーマン氏とアナ=ノローニャさんに一任していたのでよく知らなかったと責任がないことを主張してきました。これにたいし、ネーマン氏は『テンポ セマナル』によるインタビューで、自分も裁判で証言したい、カンシオ元大臣は裁判で嘘をついている、責任を外国人に押し付けている、恥ずべきことだと強い口調で反発しています。
ネーマン氏は出来事を時系列に並べているので何が起こったのかを知るうえで参考になります。以下、主な出来事を年表風に列記してみます。
2009年5月下旬:オーストラリア北部準州の派遣団が東チモールを訪れたさい、カンシオ大臣がネーマン氏にララキア社との契約の準備として訪問団の一員である「チャールズ ダーウィン大学」のグローバー教授と接触するように指示し、ネーマン氏は教育省で教育省のスタッフとともにグローバー教授と会う。
2009年6月2日:ネーマン氏がグローバー教授にメールを送信したところ、6月26日、「チャールズ ダーウィン大学」の別の人物からララキア社への詳細な連絡先が届く。
2009年7月8日:ネーマン氏、ララキア社と始めて接触する。教育番組の放送にかんして教育省と専門的な関係を結べる可能性を探る。
2009年7月25日:ダーウィンで教育省とララキア社との会合。カンシオ教育大臣、ララキア社に東チモールにきてプレゼンテーションをしてほしいと要請。
2009年9月(?):首都デリのファロル地区にあるカンシオ教育大臣宅にて、カンシオ大臣と教育省のスタッフ、ネーマン氏とトレバー=パリス氏そしてララキア社が集まり、ララキア社はプレゼンテーションをおこなう。この後、カンシオ大臣はララキア社との契約を結ぶように財政管理責任者のタルシジオ=ドゥ=カルモ氏とトレバー=パリス調達顧問に指示する。
トーマス=ネーマン氏は『テンポ セマナル』でのインタビューのなかで、これらの出来事を証明するメールや書類を示しながら語っているようです。なお、カンシオ大臣宅でのララキア社によるプレゼンテーションの写真が同紙に掲載されています。また、「2009年9月(?)」と書いたのは、これに自ら出席したことを記述するトレバー=パリス氏のメールの日付が「2009年9月16日」となっているとネーマン氏が語っているので、わたしが勝手にこのカンシオ大臣宅の会合が開かれたのは「2009年9月かな」と推測したからです(もしかしたら違うかもしれない)。
ともかくネーマン氏の説明によればカンシオ大臣は当時、ララキア社との契約を結ぶ前からララキア社との契約を目指して計画の初めから指示を出していたことになります。ところがカンシオ被告は裁判で、放送計画について顧問に一任していた、契約を結ぶ前の段階でララキア社のことは知らなかったと証言しているのです。
契約後の不可解な動き
ここまではララキア社との契約にかんする一連の出来事ですが、ここからが不可解です。カンシオ大臣は契約違反の行動にでるのです。
2010年1月5日:カンシオ大臣がアナ=ノローニャ顧問に、ネーマン技術顧問にたいしララキア社から供給される放送機器75台をキャンセルするように助言するよう指示をする。
2010年1月15日:カンシオ大臣、ネーマン技術顧問にララキア社との事業の進展を祝福するメールを送る。このなかでカンシオ大臣は、ララキア社を通じて教育省が購入した放送機器と、ララキア社が東チモール人を訓練するために教育省に寄付した機材があるが、寄付された機材が中古であることについてトレバー=パリス調達顧問とネーマン氏の報告がほしいと言及。
2010年1月21日、パリス調達顧問からネーマン氏へ、調達部からカンシオ大臣の要請のもとに作成された報告書がメールで送られる。その内容とは、教育放送計画の何人かの職員から聴き取りをした結果、ララキア社からの供給されたすべての機器は中古であるというもの。
2010年2~3月、カンシオ大臣がインドネシアと教育放送計画について交渉する。
2010年4月、カンシオ大臣、パリス調達顧問にインドネシアの放送会社から60機の機器を購入するように指示する。
2010年4月15日、ララキア社の最高経営者がパリス調達顧問へメールを送り、計画の路線変更と新機器の購入について問題視する。カンシオ大臣もこのメールを受信する。
2010年10月18日、カンシオ大臣がララキア社最高経営者へ署名入りの手紙を送り、そのなかでララキア社は設備供給と信号の送信に失敗したと契約が不履行であると苦情を伝える。
この一連の出来事で不可解なのは、なぜ当時のカンシオ大臣はララキア社からの75台の機器をキャンセルして新たに60台の機器をインドネシアから購入するよう路線変更したのか。しかもネーマン氏によれば、教育省内のスタジオにすでに備え付けられた機器とインドネシアから購入する衛星放送装置とは互換性がないというのです。ララキア社から訓練のために寄付された機材が中古であることをカンシオ大臣が認識していたのちにララキア社から供給された機材すべてが中古であるという報告がなぜできたのか。カンシオ大臣はララキア社から供給される放送機材75台をキャンセルするよう2010年1月5日に指示しておきながら、10月になってララキア社にたいして契約がまもられていないと苦情を出すとはどういうことか。そしてこんな理不尽な金の無駄遣いがどうやって教育省内でまかり通ったかなどなど、さまざまな不可解な点・疑問点が湧き出てきます。要するに、大臣と省内の財布を管理する責任者が組めば、無駄で不可解な金を引き出すことが可能となり、いつの間にか141万ドルが消えたというわけでしょうか。
日本は嗤えない
今年の6月8日、アナ=ノローニャ顧問とトーマス=ネーマン技術顧問は裁判で、カンシオ教育大臣はこの件にかんしてすべて主導的に関わっていたことを証言したという記事が『チモールポスト』(2015年6月10日)に載りました。この記事ではネーマン氏のことは「トマス」という名前でほんの僅かに記述されているだけですが、ネーマン氏はおそらく『テンポ セマナル』に示した証拠を提示したことでしょう。かくして7月20日、重い禁錮刑と高額な国家への賠償金支払いが2人の被告に言い渡されたのです。もちろん、カンシオ元大臣や被告たちが控訴して今後どのような展開を迎えるかわからないことは付け加えておきます。
不可解な金の無駄遣い、お役所仕事のなかでよくあることかもしれませんが、お役所仕事をうまいこと隠れ蓑にして間抜けなふりをした賢い人たちは公費をちゃっかり私費にする……ここでわたしたちは日本の新国立競技場の不可解な建設計画を想起しなければなりません。東チモールを嗤えません。損失が141万ドルなんてものでない新国立競技場の桁違いの巨額の資金を考えるとき、もし日本の新国立競技場の件で東チモール当局が権限をもったとして、もし東チモールの「反汚職委員会」が調査したら、大臣であろうが国会議長であろうが容赦なく起訴をする東チモール検察庁がもし起訴するとしたら、はたして東チモールの裁判所は証拠に基づき被告に何年の禁錮刑と賠償金を命じるであろうか……と想像すると(想像というより妄想か)、日本の庶民としては東チモールがうらやましくおもえてきます。
~次号へ続く~
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion5530:150728〕
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