立小便とお廻り―はみ出し駐在記(43)
- 2015年 8月 29日
- 評論・紹介・意見
- 藤澤豊
応援者と一緒にペンシルベニア州の州都ハリスバーグの近くに出張した。修理部品を持ってゆく必要もあってニューヨークから車を走らせた。会社が用意したアパートで応援者(一年先輩)を拾って、スピード違反で捕まらない速度でさっさと走っても、客先までは四五時間かかる。
ハリスバーグで高速を降りて地道を走ってちょっと経ったとき、先輩がトレイにつかえた。ガススタンドでもあればと思いながら走っていったが、いつまで経ってもトイレを借りられそうなところが見つからない。口ぶりからは、そう長く我慢できるような感じではない。切迫するのも時間の問題だったが、周りには雑草の茂った空き地しかない。
限界を感じたのだろう。「小便だから、そこらに止めてもらって、車の陰に隠れて用を済ませちゃうから。。。」周りはどこも雑草の空き地で、どこがいいというのがない。止め易いところで止めた。先輩が車から降りて、背中を向けて立ったとたん、パトカーが後ろからパトライトをつけてかなりの速度でよってきた。トイレのことばかり気にしていてバックミラーを見るのが疎かになっていた。やばいと思ったときは遅かった。お巡り(さん)が降りてくるなり、そこで小便するなと大きな声で叫んだ。言葉は聞き取れなくても、何を言われているかぐらいの想像はつく。幸い、まだ用を済ませる準備をしているところだった。
お巡りに叱られて、すごすご車に戻ってきたはいいが、どこか用を足せるところを探さなければと焦る。まさか間に合わなくてなんてこともないだろうが、このまま走っている訳にもゆかない。身振りから切羽詰ってきているのが分かる。
ちょっと走って、お巡りが見えなくなったので、また止めて用を足しちゃおうと車を降りた。降りた途端、後ろにお廻りが見えた。尾行に長けたお廻りなのか、付いてきているのに気がつかなかった。また、叱られた。今度はちょっと長かった。お巡り、先に行ってしまったら、東洋人のことだから必ず立小便をしようとするだろうと考えて、先に行けといわんばかりに待っていた。止まっている訳にもゆかないから車を出したが、立派なお巡りで後ろに付いてくる。車を出しても、のそのそ走っているうちは信用しない。
やっかいなのに見つかってしまった。早々に用を足してもらわなければならない。ちょっと走ったが、お巡りが付いてくる。ガススタンドが見つかる保証もなく、このまま走っていったらやばい。どうしたものかと思いながら、そうだこの手があったと車を止めた。お巡り、また立小便をしようと思っているだろうと、パトカーを止めて、しかめ面しながらヤクザのように身を振りながら歩いてきた。怒った顔のお巡りに、できるだけ涼しい顔して聞いた。「近くにトイレを借りられるガススタンドか何かないか?」
ダメというのは簡単だが、それで問題が解決する訳じゃない。問題の原因を解消しなければ問題は問題として残ったままになる。当たり前の話だ。公衆道徳に欠けると言われても、純粋な生理現象で悪気がある訳じゃない。ダメと言うなら、小便をするところを教えなきゃ用をなさないことくらい分かんないのか、このボケお巡りがと腹が立ってきた。
お巡りが、自信たっぷりの口調で、一番近くのガススタンドへの行き方を教えてくれた。こっちの分かったような分からないような顔を見て、行き方を教える人の決まり文句”You can’t miss it.”と言った。You can’t miss it.、意訳すれば、間違えっこないか見落としっこないあたりになる。
道を聞いたとき、説明の最後によくその決まり文句がついていた。間違えっこないと言われて、十中八九道に迷った。普段走っている道は、周りの風景からぼんやりと記憶している。信号の数や交差点の数など、誰も勘定しながらは走らない。ところが人に道を教えるとなると、ぼんやりとした景色では説明できない。信号や交差点の数で定量的に説明しなければならない。You can’t miss it.と言われて、必ずと言っていいほど道に迷った経験から、軽い冗談のような言い方で、I bet I will miss it.と言い返すことが多かった。
自信満々の田舎のお巡りにも冗談半分に言ってやろうかと思ったが、要らぬトラブルを招きたくないし、かかわっている時間がもったいない。今は何を差し置いても先輩に用を足してもらわなければならない。お巡りに慇懃にお礼を言って、言われた方向に走り始めた。それでもまだ疑っていた。しつこいお巡りが付いてくる。うっとうしい。言われた方向に速度を上げて走ってゆくのを見て、安心したのか、お巡りが途中で曲がっていなくなった。
言われたように走って行ったが、ガススタンドなんかどこにもない。景色でしか記憶のない、それもお巡りの話し、どうころがったところで定量的になどなりっこない。失敗した、お巡りにガススタンドへの行き方を聞くのではなく、ガススタンドまで先導してくれと言えばよかったと悔やんだ。
立小便ごときに時間をかけているお廻り、どうせ暇なのだろうし、もしかしたらも先導してくれたかしれない。ただそこまで親切なお廻りには見えなかったし、決まり文句”You can’t miss it.”を繰り返して終わりだったろう。悔やんでいてもしょうがない。何時までも見つからないかもしれないガススタンドを探して走っている余裕がない。適当なところに止めて、草むらで用を足してもらった。
日本に比べてアメリカの公衆道徳がどうのとは思わないのだが、アメリカで立小便をしているのを見たことがない。
アメリカの「スリーストライクアウト法」では軽犯罪でも三回捕まったら終身刑と聞いている。まさか立小便三回で終身刑?流石にそりゃないだろうと思うのだが、へんなところで人間我慢強くなるのかもしれない。公衆道徳をわきまえない(?)日本人、立小便一回で、国外退去なんてのはあるかもしれない。
Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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