ブルジョア新聞の論調は極めて健康 ―2011年の元旦各紙を読んだら―
- 2011年 1月 3日
- 時代をみる
- 元旦新聞社説半澤健市東京新聞
2011年元日付の新聞6紙を読んだ。朝日、毎日、読売、日経、産経、東京である。半分は記事と広告の見分けがつかないカラフルな紙面である。スーパーのチラシのようなものだから考察対象から除いた。外交・経済・政治を視点として6紙の現状認識と主張をみた。以下はその結果である。結局は社説の紹介と批判になった。
《外交 「空想的な憲法に基づく悪しき戦後の残滓」》
日本という巨木が空洞化し日米安保体制の危機にあるというのが産経新聞の論説委員長中静敬一郎(論説「年のはじめに」)の見立てである。以下「」内は原文の引用。
普天間問題は「民主党政権の迷走と無策だけでなく自民党政権も問題を解決できず集団的自衛権の容認を先送り」したのだから「(米国は)同盟国への攻撃を座視する相手では信頼は深まらない」のである。「国家の幹は根元から倒壊寸前」だが「その要因は、空想的な憲法に基づく悪しき戦後の残滓」たる「一国平和主義から、いまだに抜け出せないこと」なのである。これは産経だけの言説ではない。
読売社説はニッポン丸は沈没の危険をはらんでいるという。「懸念すべき政治現象の一つが、その日本の存立にかかわる外交力の劣化と安全保障の弱体化である」というわけだ。実例に中国漁船衝突事件と露大統領の北方領土視察に対しての弱腰な対応を挙げ、中露両国の揺さぶりに屈して「それもこれも外交・安全保障の基軸である日米同盟をおろそかにしたからである」という。毎日社説も負けていない。日本を元気にする五つの課題を示す。二つ目に「安全保障と通商の基盤の確立」として「日米同盟を揺るぎなくする一方で日中関係を改善すること」を挙げている。日経と朝日は外交に触れていない。
《経済 「税制と社会保障の一体改革、自由貿易の推進」》
経済を論じたのが朝日と日経である。
朝日は、財政危機と安全保障環境の変化のなかで「政治はこれらの難問に取り組むどころか、党利党略に堕している。そんなやりきれなさが社会を覆っている」といい、危機から脱するのに「あれもこれもは望めない。税制と社会保障の一体改革、それに自由貿易を進める環太平洋パートナーシップ協定(TPP)への参加。この二つを進められるかどうか。日本の命運はその点にかかっている」とする。少子高齢化と財政危機という事態に対処するためには「社会保障の仕組みを根本から立て直」すこと、「財源をつくり、制度を組み替える」ことが必要だといっている。含意が消費税の引き上げであることは明瞭である。TPPへの参加検討を表明した菅首相が「農業をつぶす」と反対されて「フラついている」と批判している。TPP参加は自明な前提とする議論である。
日経は国際競争力の低下に懸念を示しながら技術に強い工業国日本は「各国と競い合いながら腕を磨けば成長の余地はある」とする。「総じていえば経済開国と国内の開国。それはまさに明治期の人が挑み、なし遂げたものだ。国を開き道を拓(ひら)いた明治人の気概に学びたい」、「とりわけ急がれるのは、環太平洋経済連携協定(TPP)への参加を中心とする貿易の自由化である」というのである。
読売もまた「経済連携参加を急げ」、「消費税率引き上げは不可避」というサブタイトルを付けた段落で「コメの(産出額は)1.8兆円で、国内総生産(GDP)の0.4%に過ぎない」としてTPPへの参加を主張し、消費税については「消費税率を引き上げる以外に、もはや財源確保の道がないことは誰の目にも明らかだ」と引き上げを強く主張する。
毎日も「消費税増税を含めた財政再建、社会保障、高齢者介護の立て直し」と述べている。
ここで、各紙が報道した経団連米倉弘昌会長の年末の発言に触れておきたい。米倉は新年の課題は「税財政と社会保障制度の一体改革」と「世界貿易自由化の波に乗り遅れない」ことだと語っている。後者がTPP参加を指していることは明白だ。読者は十数行前に私が引用した朝日新聞の社説を読み返して欲しい。くどいが繰り返す。それは「あれもこれもは望めない。税制と社会保障の一体改革、それに自由貿易を進める環太平洋パートナーシップ協定(TPP)への参加。この二つを進められるかどうか。日本の命運はその点にかかっている」と述べているのである。朝日の文字は財界の代弁以外のことを書いていない。朝日に限らず財界の意見を載せて労働者の意見を載せていない。
《政治 大連立へなだれをうつのか》
然らば政治はどう対処すればよいのか。大連立なのである。
ダメな菅政権は衆院解散をしそうもないとして読売の社説はこう書いている。「だとすれば次善の策として、懸案処理のための政治休戦と、暫定的な連立政権の構築を模索すべきではないか。昨年末に浮上した、たちあがれ日本との連立構想は頓挫したが、従来の枠組みを超えた良識ある勢力結集の試みなら歓迎できる。連立は理念・政策優先で、しかも「衆参ねじれ現象」を解消できる規模が望ましい。1年、ないし2年の期限を切った、非常時の「救国連立政権」とし、懸案処理後に、衆院解散・総選挙で国民の審判を問えばいいのだ」。
大連立的思考は読売だけではない。
朝日社説のタイトルは「今年こそ改革を 与野党の妥協しかない」であるが本文中にこういう表現がある。「菅首相は野党との協議を求めるならば、たとえば公約を白紙に戻し、予算案も大幅に組み替える。そうした大胆な妥協へ踏み出すことが、与野党ともに必要だ。覚悟が問われる」。読売の「救国連立政権」と方向は同じである。
毎日にも同じ思考モードが感じられる。五つの課題については「本シリーズの次回以降で詳述」するといいつつこう書いている。「菅政権はこれらの難題の扉を開けて本気で取り組む必要がある。できないのであれば違う政権に期待するしかない」というのである。
東京新聞を除く全国紙5紙の論調は濃淡、強弱の差はあれ次のように要約できると思う。
・集団的自衛権の行使を含む日米同盟の堅持・深化と対中・対朝への強硬姿勢明確化
・消費税引き上げを含む税財政改革と社会保障制度の一体的見直し
・「ねじれ国会」を打開するための与野党の妥協または「救国連立 政権」の樹立
ここにある思想はリーマン・ショックに象徴される市場原理主義破綻への反省を欠いた〈新たな「対米従属」と「新自由的主義的改革」の勧め〉である。これは日本の大企業の世界戦略の「政治的表現」である。社会保障の負担から解放された企業が自由に動き回れる国境なき世界市場の実現。これが日本で資本主義を奉ずるものたちの理想像である。
《東京新聞が孤軍奮闘している》
東京新聞だけが5紙と異なる主張を展開している。
「年のはじめに考える 歴史の知恵平和の糧に」と題する社説は歴史学者朝河貫一(1873~1948)の日露戦争前後の論調を示しながら平和国家の理念をうたう。当時、米国に学んでいた若き朝河は米国人に対して日本への支持を訴えていた。日露の戦いにおける日本の正当性を信じていたからである。しかし戦後の「日比谷焼き討ち事件」に押されて母国は韓国併合や二十一カ条要求の強引な政策に進んだ。朝河はこれを見て『日本の禍機(かき)』を書いた。日本の強硬策が世界の平和を乱すことを批判したのである。日本が不幸にして「清国と(再び)」、「米国と」戦うときは「文明の敵」として戦うことになると予言した。32年後にそれは現実となる。
東京社説は、中国がとる周辺国と摩擦を強める政策を批判して「中国が世界が共有する人権や自由などの価値を受け入れず、自らも、その被害者だった力による外交を強めるなら、世界の反発を招くことになりかねません」と書いている。だが同時に「しかし、中国に懸念を表すだけで対話や協力を求めるのを怠れば、中国は軍拡で対抗するでしょう。ましてや、中国に対するナショナリズムをあおるなど感情的な対応は百害あって一利なしです。むしろ、世界の潮流に背き国の破滅を招いた痛苦な体験を持つ「先輩」の日本が中国に助言できることも少なくない筈です」と冷静である。
《「戦争放棄」・「非核三原則」・「武器輸出三原則」》
さらに、日本が敗戦で学び採用した「戦争放棄」、「非核三原則」、「武器輸出三原則」は、外交上の「足かせではなく、平和を目指す外交の貴重な遺産です」として次のように結ぶ。
「脅威や懸念には米国など同盟国、周辺国とも現実的に対応しながらも、平和国家の理想を高く掲げ決しておろそかにしない。そうした国の在り方こそ、世界第二位の座を中国に譲っても、日本が世界から尊重される道ではないでしょうか」。5紙の大政翼賛論の中で頑張っていると思う。
東京はほかに哲学者山折哲雄と作家宮内勝典の見開き2頁の対談を載せている。文明の対立を超えようとする充実した対話であり元旦6紙中、最高の内容だと私は感じた。高峰秀子の訃報などほかにも書きたいことが多いが長くなり過ぎた。
ブルジョア新聞の論調は極めて健康。これが私の結論である。
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