特集:『カタルーニャ独立』を追う カタルーニャ: 「独立」に向かう(?)ぬかるみの道
- 2015年 10月 9日
- 時代をみる
- 童子丸開
新しい記事で、先日(9月27日)行われたカタルーニャ州議会選挙についてのものです。
日本語を含む新聞報道で「独立派が多数」などと書かれていましたが、実態は複雑です。そしてこれはスペインやカタルーニャ単独の問題ではなく、徐々に多極化しつつある世界の現代史の流れに置いてとらえるべき問題であるように思えます。
その流れの中で翻弄され押し流されていく人々の下からの目線を大切にして書いたつもりです。
なお、途中で図表を挿入しているのですが、メール配信では見づらいかもしれません。そのときには冒頭のUrlで私のサイトの方にお入りください。
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http://bcndoujimaru.web.fc2.com/spain-2/Catalunya-on_the-muddy_road_for_independence.html#ichiran
特集:『カタルーニャ独立』を追う
カタルーニャ: 「独立」に向かう(?)ぬかるみの道
2015年9月27日、カタルーニャのスペインからの独立の可否を占うカタルーニャ州議会選挙が行われたが、何とも言いようのない極めて微妙な結果が出てしまった。独立へ向けて一直線!というわけにもいかず、もはや後戻りもできず、かといって動きを止めるわけにもいかない。独立派は、ぬかるみの中で身動きならずそれでも何とか足を動かしていかなければならない状態に陥っている。このまま泥沼の中に沈んでしまうのか、それとも、あがきながらも前進することができるのか…。しかしひょっとすると、今後のカタルーニャ情勢にとって最も重要なファクターはカタルーニャにもスペインの中にも無く、実はブリュッセルにあるのではないだろうか。
まず、選挙結果とその分析から始めよう。次に独立派内部の事情、カタルーニャ問題を取り巻く国内の情勢と12月20日に予定されるスペイン総選挙に関連した動き、そしてEUと世界に与えるカタルーニャ独立運動の影響とその意味についての考察、といった順に話を進めていきたい。
《何とも危うい州議会選挙結果》
まずこのカタルーニャ州議会選挙に候補者を立てた主要な政党・会派をご紹介しよう。以下、独立派を赤で、反独立派だが様々に自治権拡大を主張する所を緑色で、独立阻止派を濃紺 で書く。カタルーニャ州議会の議席総数は135議席で、過半数は68議席である。
(1)ジュンツ・パル・シ(Junts pel Sí:「賛成による合同」の意:以下“JxSI”と略記)
現州政府与党で民族主義右派のCDC(カタルーニャ民主集中:以前はUDCと連合していた)と、民族主義左派のERC(カタルーニャ左翼共和党)による合同会派で、独立推進派。この会派の成立の過程についてはこちらの記事 を参照。
(2)CUP(人民統一候補)
反資本主義を掲げる極左政党で独立推進派。
(3)カタルーニャ・シ・カ・アス・ポッ(Catalunya Si que es Pot:「できるのだ!カタルーニャ」という意味、以下“CSqP”と略記)
ICV・EUiA(環境左翼連合)がポデモスと合同で作った左翼会派。こちらの記事 を参照。独立には反対だが、カタルーニャの自治権拡大と住民投票実施を主張。
(4)カタルーニャ社会労働党(PSC:以下単に「社会労働党」と記する)
前政府与党の社会労働党に属する。独立反対派だが、憲法改正によるカタルーニャの地位向上を主張。
(5)UDC(カタルーニャ民主統一)
民族主義右派で、今年の夏までCDCと合同会派CiU(カタルーニャ集中と統一)を形作っていたが、独立を巡る姿勢の違いなどからCDCと袂を分かつ。独立には反対するが、地元資本家の立場から自治権の拡大を求める。
(6)シウタダンス
今年に入って急成長した新保守主義政党。こちらの記事を参照。独立阻止派。
(7)カタルーニャ国民党(PPC:以下単に「国民党」と記する)
フランコ独裁政権の流れをくむ現スペイン政府与党の国民党に属する。もちろん独立阻止派。
2012年11月の州議会選挙と比較したい。投票率は、2015年が77.40%、2012年は67.76%であり、10%近く上昇。
政党・会派名 | 2015年州議会選挙:[ ]内は得票率 | 2012年州議会選挙:[ ]内は得票率 |
JxSI | 62議席 [39.54%] | 71議席[44.41%] CiU(CDC+UDC)50議席 [30.71%] ERC21議席[13.70%] |
CUP | 10議席[8.20%] | 3議席[3.48%] |
CSqP | 11議席[8.94%] | 13議席(ICV・EUiA)[9.90%] |
社会労働党 | 16議席[12.74%] | 20議席[14.43%] |
UDC | 0議席[2.51%] | ― |
シウタダンス | 25議席[17.93%] | 9議席[7.57%] |
国民党 | 11議席[8.50%] | 19議席[12.98%] |
独立推進派は2党派合計で72議席[47.74%]。議員数では過半数、得票数では半数未満だった。自治権拡大派は27議席[24,19%]、また独立阻止派は36議席[26.43%]だった。この結果は、9月に入ってからカタルーニャ内外の複数の機関が行った世論調査の予想とほぼ一致している。経験上言えることだが、スペインでは世論調査の数字はかなり信用してよい。
独立推進派への支持は、「足踏み」というよりも「後退」していることが明らかになる。詳しく見てみよう。
2012年では独立推進派が合計で74議席[計47.89%] を占めていた(UDCは独立反対だが当時はCDCと歩調を合わせていた)が、今回の選挙では議席数を2つ減らした。JxSIを構成するCDCとERCの得票率を見よう。3年前の得票率との正確な比較はできないが、あくまで参考値として計算する。2012年のCiUの得票率からUDCが今回獲得した2.51%を引き、それにERCの得票率を足すと41.90%となる。JxSIの結成によって議席で9、得票率で2.46%を失ったことになるのだ。それでも独立派が過半数の議席を維持できたのは、大幅に勢力を伸ばしたCUPのおかげに他ならない。ひたすら「独立」を叫び続けるアルトゥール・マス現知事率いるCDCとそれに同調したERCへの支持は確実に失われつつある。
逆に、独立阻止派である国民党とシウタダンスの合計は、2012年が20.56%、今回が26.43%と、大幅に伸びている。今年の選挙の投票率が大きく伸びた主な理由は、危機感を覚える独立反対の州民が大量に参加したことだろう。しかし政府与党の国民党は惨敗を喫した。一方でシウタダンスが一気に2倍半以上の議員を獲得した。独立には反対だが腐れ切った現政府与党(こちらの記事、またこちらの記事を参照)に嫌気がさし、他に入れるところが無いのでこちらに、という有権者が多かったのではないか。
またこんな例もある。筆者の知り合いだが、当初からの熱心な社会労働党支持者だったのに、彼らの無見識・無能力と腐敗ぶり(こちらの記事を参照)に幻滅して支持をやめた。かといって突然現れた「極左」ポデモスを支持する気にもなれない。他地方の出身者でありカタルーニャの独立には反対している。国民党は死んでもいやだ。さて、選択肢がどこにも無い…。それでも民主主義を守るために投票には参加したい…。ということで今回はやむを得ずシウタダンスに投票した…。社会労働党の減り方を見ると、そのようなケースも案外多いかもしれない。
一方で、数か月前までは大勢力として登場しそうな勢いだったポデモスがはっきりと拒絶され、党首のパブロ・イグレシアス自身も敗北と選挙への取り組みの失敗を認めた。ICV・EUiAは前回の選挙で13議席を取ったが、ポデモスと組んでCSqPを結成したばかりに3議席を失ってしまったのだ。これはポデモスの独立問題に対する分かりにくい曖昧な態度が原因だろう。また人気の高かった憲法制定プロセスを代表する異色の尼僧タラザ・フルカダス(こちらの記事を参照)を頭ごなしに切り捨てた影響もある。いずれにせよ大失敗としか言いようがない。
他方、カタルーニャの社会労働党幹部は4議席を失ったというのに大満足のニコニコ顔だった。大惨敗を覚悟をしていたが、何とか最小限の失点に踏みとどまったというところだ。しかし惨敗を免れたのはポデモスの失敗のおかげだろう。独立には賛成できないが右派にだけは投票したくない人の場合、受け皿はここしかないのだ。マドリッドの党中央は複雑な顔で速報を眺めていた。
こんな具合だから、大躍進に浮かれるシウタダンス以外の全党派が、9月27日以来、何とも冴えない苦り切った表情で毎日を過ごしているわけである。
《カタルーニャ独立派の内実》
JxSIが結成された過程についてはこちらの記事に詳しいが、実はその以前にCDCの政治腐敗が暴露され大問題になっていた。1970年代後半のフランコ独裁終了以来CDCの中枢を握ってきたジョルディ・プジョルとその一族は、数年前から脱税・収賄などの容疑で社会的に糾弾され、またCDCとUDCの政治家たちによる数多くの政治腐敗は常にニュースをにぎわせていた(こちらの記事を参照)。最近になって、CDCの政治家たちが大規模土建業者に公共工事を受注する代わりに「手数料」として多額のカネを受け取っていたとされる「3%手数料事件」が発覚し、独立派の中心である民族主義右派を動揺させた。
今のところ直接マス個人に及ぶようなものではないが、こういった民族資本家と政治家たちの奢った腐れ切った実態は、警察の捜査の以前から一般の人々の間では知れ渡っており、独立反対派の人々からだけではなく賛成派からも非難を浴びてきた。JxSIが結成された背景には、「独立」を隠れ蓑にしてそんなCDCの姿を隠す意図が見え透いていたのだ。それに利用されたのが、元々CDCの不倶戴天の敵に他ならなかったったERCである。
JxSIの選挙人名簿の筆頭はICVの欧州議会議員を務めた後に独立主義に転向したラウル・ロメバ、第2がANC(カタルーニャ民族会議)の前代表カルマ・フルカデイュ、第3が民族文化団体オムニウム・クルチュラルの前代表ムリエル・カザルス、そして第4にようやくCDC党首のアルトゥール・マス、第5はERC党首のウリオル・リュンケラス、という順になっていた。(なお名簿の最後を締めくくったのは、元FCバルセロナ監督で現バイエルン・ミュンヘン監督のジュゼップ・グアウディオーラ。)本来ならば筆頭候補のロメバが首班として指名されるべきところだが、首班指名の際にロメバがマスに「首班候補の座を譲る」という話になっている。
JxSI結成の前段階として『独立に向けての工程表』が作られ、9月27日の選挙での勝利から18か月以内に独立を成し遂げることや、独立に向けての機構作りと手続き、新憲法の制定などが計画された。これが「独立へのプロセス」なのだが、実はそこですでに、マスに権力を集中することが書かれているのである。それに乗ったERCがどんな党内議論を踏まえたのか明らかではない。
ロメバは論客ではあっても州知事の器ではなく、人望も人脈も金脈も無い。第2、第3候補は元々政治畑の人間ですらない。しかしそれにしても、JxSIが第1党になった場合にマスを首班候補とするというのでは、JxSI自体が独立派の中心であるCDCの腐敗臭を覆い隠す蓋だと批判されても文句は言えまい。しかし、元々CDCとつながりの深い民族主義団体はもとより、左翼政党のERCもまた「はじめに独立ありき」ということで、独立以外のあらゆる問題をうやむやにしてしまった。
CUPは民族主義団体からJxSIへの参加を強く求められたが、かねてからCDCと民族ブルジョアの横暴や腐敗を厳しく批判しておりその誘いに乗ることはなかった。当然だが首班指名ではマスを支持しない方針を明確にしており、JxSIとCUPによる連合政権はもちろん、独立派による首班指名すら危機に追い込まれている。10月に入ってCUPは「複数名が同等の権力を持って州政府運営に当たる、という形でなら、その一人としてマスを推薦してもよい」、あるいは「マスが象徴的な(つまり実質的な権限を持たない)知事になるなら推薦してもよい」といった案を出した。もちろんそんな形態を持つ地方自治体は考えられないし、実際の運営も不可能だろう。要は「お断り」ということだ。
「独立へのプロセス」はCUP抜きで進めることは不可能である。CUPの幹部キム・アルファッは「我々は独立派に常に寄り添っており(独立への)プロセスを脱線させることはない」と言う。しかし彼は、来るべき「カタルーニャ共和国」に、彼らの拒絶するアルトゥール・マスの率いる政府が存在しない、つまりマスが当初の道筋だけ付けてさっさと政界を引退するような可能性を、大いに疑っている。今後JxSIとCUPがどんな妥協案を飲んで首班指名、共闘に向かうのか、先行きは全く不透明である。
さらにマスは9月8日に「もし独立派の得票率が50%に満たないなら独立へのプロセスを見直す」と発言したが、複数の世論調査で得票が過半数に届きそうにないことが明らかになった9月14日に、筆頭候補のロメバが「68議席(議会の過半数)あれば独立宣言に十分」と訂正した。もう彼らにとっては、有権者の半分以上に支持されないことが分かっても、一度振り上げた手を降ろす場所が見つからないのである。支持率半分以下の選挙結果が明らかになった今、どうするつもりなのだろうか。
《困惑と不安が渦巻く中で》
こちらの記事でも書いたように、独立派の人々のやり方と考え方はあまりにも非現実的であり漫画チックですらある。まあ、一般にスペイン人やスペイン語圏の人々は往々にして現実と非現実の境目を見失う傾向があるのだが(「ドン・キホーテ」の他にガルシア・マルケスの小説もご一読を)、その意味ではカタルーニャ人も立派なスペイン人なのだろう。しかし実際には、スペインにしてもカタルーニャにしても、現実の社会の中で現実的に生きる人々によって構成されているのだ。
事前の各種機関の世論調査によると、独立派の得票率が過半数に届かなくても独立を宣言すべきだと考える人はわずか12%に過ぎない。また「独立へのプロセス」が成功するだろうと考える人は20%ほどしかいないのである。つまり50%弱を占める独立賛成派の人々ですら、その大多数が現状では独立を宣言すべきではないと考え、また本当に「独立できる」と考える割合も少数派に過ぎない。多くの独立賛成派の人にとって、「独立」は夢であり願望ではあっても、自分にとって現実的な感覚でとらえられるものではないのだ。それにしても、なぜ人々の気持ちがそんなふうに夢と現実の間で揺れてしまうのだろうか。
一つには、カタルーニャが「カタルーニャ国(あるいは王国)」として独立していた歴史が存在しない事情があるだろう。この点は勘違いしている人がけっこう多いかもしれない。こちらの記事(当サイト「カタルーニャとバルセロナの歴史概観①」)で述べたように、9世紀後半にバルセロナ伯がフランク王国の影響力から離れて以後、独自にイスラム教徒と戦って領地を広げ権力を固めていった時期があった。これを「独立国」と言えば言えなくもないのだが、それはやはり「カタルーニャの原型」でしかない。独立派の誇る「栄光の歴史」が開始されたのは、12世紀半ばにバルセロナ伯ラモン・バランゲー4世がアラゴン国王を兼任して以後である。バルセロナ家が王家を継承しカタルーニャが地中海帝国の中心になったとはいえ、それはあくまでアラゴンとの連合であった。その後アラゴン王国でバルセロナ家の血統が絶え、15世紀終盤に統一スペインの一部となった。カタルーニャには、実際には単独で国家らしい国家を形成した時代が無かったのだ。歴史が無い以上、現実感覚が伴わないのは当然である。
また、カタルーニャがすでにスペインの各地とあまりにも深く結びつき、切り離すことが実際上不可能に近いことが挙げられよう。筆者の知り合いにも多くいるが、元々からのカタルーニャ人でも親族はアラゴンやガリシアやアンダルシアなどに住んでいる、カタルーニャ在住の人でも他の地方出身の人と結婚している、元々が他地方の出身者かその子孫で親族は他地域に住む、このような例が非常に多い。もしカタルーニャとスペインの他の地域の境界に国境線が作られ、EUに加入できない(シェンゲン条約加盟国になれない)場合は、仕事上の移動や連絡、子供や兄弟や親へを訪問、旅行なども極めて不便になる。
資本のつながりや物資の出入りはもっと深刻な影響を受けるだろう。ユーロ圏からの離脱がたとえ一時的・短期間であっても、それによって起こる混乱と損失は計り知れない。もちろんこれはスペインの他地域にとっての方がもっと重大かもしれない。また一方的に分離独立を強行するカタルーニャに対する他地域の人々の感情的反発は、カタルーニャの産物や工業製品に対する不買運動につながる可能性が高い。あるいは各地に住むカタルーニャ人に対するバッシングすらあり得ない話ではない。生粋のカタルーニャ人にとってさえ、スペインの他地域と切り離された自分たちの生活をイメージすることは非常に困難だろう。
実際にバルセロナやウスピタレッ、タラゴナなどの都市部では、独立に反対する傾向が強い。都市部にはスペインの他地域や外国からの移住者や他地域との職業的・産業的なつながりを持つ人々、独立による負の影響を被る人々の割合が高いからだ。興味深い地図を見せてくれる記事がある。ただし、カタルーニャやバルセロナに土地勘のある人以外には見ても分からないかもしれないが。
http://www.elperiodico.com/es/graficos/especial-elecciones/resultados-elecciones-catalanas-municipios-12130/
http://www.lavanguardia.com/vangdata/20150929/54437748951/partes-barcelona-area-metropolitana-independentistas.html
どちらもGoogleを利用して作られたものだ。最初の記事にある地図はカタルーニャを市町村の行政区単位で分けている。JxSIが単独で過半数を得票した行政区が緑色、JxSIとCUPを合わせると得票が過半数になる所がクリーム色、独立反対派が多数を占める場所がグレーと、それぞれ色分けされている。これを見ると、カタルーニャの面積の大部分を占める農村部では圧倒的に独立熱が高く、人口が多い大都市部や、カタルーニャ外と接している地区で反対が強いことがよく分かる。先祖伝来の土地を守る内陸農村部の人々は比較的他地域との接触が少なく、スペインから分かれたとしても得はあっても損は無いと感じる人が多いのだろう。しかし都市部の者はそうではない。
2番目の記事に載せられた図は、大都市部の代表で有権者が最も集中するバルセロナ都市圏の、各地区ごとの独立・反独立の分布である。赤っぽくなるほど独立派支持が強くなるのだが、これを見ると、比較的裕福で生活に余裕のある人が多く住む地区では独立支持が強く、貧しい労働者の住む地区のほとんどが独立反対であることが分かる。貧しい地区には他地域からの移住者とその子孫が住む割合が高いこともあるが、それ以上に、ちょっとの経済的な変化が生活に直接に大きな影響を与える恐れの高いことが挙げられるだろう。都市の労働者たちの間で独立への不安と独立派への不信が強いのは当然だ。自分たちの実生活に関わるからである。
もし独立国になったとして、カタルーニャ内の政治や経済や社会のシステムがどうなってしまうのか? FCバルセロナがスペインのサッカー協会から出なければならないというようなこともあるが、最重要な問題は自分たち自身の生活に直結する社会の仕組みなのだ。保険や年金はどうなるのか、ユーロが使えない場合に他地域や外国との取引はどうなるのか、店や会社は存続できるのか、雇用はどうなるのか、病院や学校は?等々。いままでスペインの一州として存在していたあり方がどう変わるのか、あるいは変わらないのか…、まるでイメージがわかない。いままで、独立派の誰も説得力のある具体像を掲げることはなかった。
独立主義者たちが「はじめに独立ありき!」ですべてを押し流そうとしている一方で、このような具体的な疑問や不安に対する答は現われない。アルトゥール・マスの「どんと私に任せなさい!悪いようにはしないから!信じなさい!」といった感じの大風呂敷で、都市部で働く人々の疑念と不安を消せるはずもないのだ。この状態なら、仮に中央政府との政治的な交渉によって正式な住民投票が行われたとしても、独立派が過半数を超すとは思えない。
《12月20日の総選挙をにらむ政治の世界》
カタルーニャ選挙で悲惨な敗北を喫した国民党は大混乱に陥った。独立反対の票を引き込むべく、首相のマリアノ・ラホイ自ら何度もカタルーニャに出向き(もちろん街頭で激しい罵声を浴びせられたが)、フランスの元大統領ニコラス・サルコジまで担ぎ出して選挙戦を戦ったのに、どうやらその努力の全てが逆効果となったとみえる。大量の票をシウタダノスに押し流しただけに終わったのだ。おまけに選挙直後にホセ・マリア・アスナール元首相が墓場から這いずり出たゾンビのような姿で立ち現われ、敗北の責任を追及してラホイ執行部を厳しく非難した。ますます逆効果になるばかりだとは思うが、おかげでいま党内は大揺れの状態となっている。
もちろんマドリッドの中央政府がカタルーニャ独立を針の先ほどにも許すわけがない。ラホイは選挙直後に、カタルーニャとの対話はするがあくまでも法の範囲内でのことだ、と釘を刺した。そして州議会選挙後の9月29日に、昨年11月9日に憲法裁判所から違憲判決を受けたにも関わらず強行された「自主的住民投票」(こちらの記事を参照)に関して、マスら当時の州政府幹部3人がカタルーニャ検察庁から正式に告訴された。政府はあくまでカタルーニャ独立運動を違憲・違法として葬り去る姿勢であり、マスが正式に刑事被告人となったことが今後は様々に活用されると思われる。
ラホイは返す刀で翌日の9月30日に、次の総選挙で最大の敵となるはずの社会労働党に対して、「カタルーニャに対して二股をかけている」と非難した。これは社会労働党が地方自治体の自治権を拡大可能なように憲法を改正しようとしていることに対しての攻撃だが、国民党は現在の「78年憲法」が伝統的な権威と自分たちの特権を守っている現状を変えたくないだけだ。また10月2日になって副首相のソラヤ・サエンス・デ・サンタマリアは「カタルーニャの状況はより悪くなろうとしている」と語った。JxSIとCUPが仲たがいを続けているのだから国民党にとっては悪くないはずだが、彼女は独立運動が「過激派」のCUPに引きずられるような事態を警戒しているのかもしれない。
ところで、スペインの政治的な方向を決定する総選挙は当初は11月29日に予定されていた。しかしカタルーニャ州議会選挙の結果が出た直後の10月1日に、首相のマリアノ・ラホイは総選挙を12月20日に行うと発表した。普通ならクリスマス休暇を控えたこんな時期に総選挙を行うなど、おおよそ考えられない。しかし現政権与党国民党にはそうせざるを得ない理由がある。
こちらの記事やこちらの記事でも書いたように、ラホイと国民党は追い詰められている。国と国民生活と人心を破滅に追いやったうえにその責任すら明らかにすることすらできない党に、国民が自分の未来を託すはずもあるまい。単独過半数を大きく下回る得票しかできないことは、党執行部も覚悟を決めているようだ。
それにしても、なぜ「年末選挙」なのか? スペインでは毎年12月になるとクリスマス・正月商戦に向けて雇用率が上がる。もちろん短期雇用に過ぎないのだが、これが国民党政権への反感を少しでもなだめてくれるかもしれない。また、クリスマス休暇が近づくと遠距離の旅行に向かう人が増え始め、浮動票が減って新興勢力のシウタダノス(カタルーニャでのシウタダンスのスペイン語名)やポデモスにとって不利になり、組織票を持つ国民党にとっては多少のプラス材料になるのかもしれない。
何ともみみっちい話だが、そうでもしないと致命的な大敗北を喫する可能性すらあるだろう。せめてシウタダノスとの保守派連立政権を可能にするためには、国民党にとって、クリスマス直前に総選挙を行って「サンタクロースのプレゼント」に期待する以外に方法が無いのだ。
国民党の「対抗馬」となるだろう社会労働党はどうか? こちらもまた、亡霊のように迷い出たフェリペ・ゴンサレス元首相が8月末に、カタルーニャの現状をナチス・ドイツに比喩する頓珍漢ぶりを発揮した。と思ったら、多方面からの厳しい批判に曝されて今度は、カタルーニャを一つの「国(nation)」として認める憲法改正を希望すると、今までの同党の方針を180度ひっくりかえす発言をして頓珍漢を2乗させた。社会労働党の幹部たちは大慌てで彼の発言を批判し、てんやわんやの大騒ぎになったのだ。カタルーニャでは国民党並みの大敗北は何とか防げたが、いずれにしても全国でその信用は回復不能である。この国の不動産バブルと経済崩壊に対する無方針・無能ぶりへの幻滅は、もはや国民の間から消えることは無い。ポデモスが勢いを失っているので何とか第2党以上確保するかもしれないが、国民党に代わって政権党になれるかどうか微妙なところである。
カタルーニャ問題に関して言えば、社会労働党は、「連邦制」を念頭に置いてスペインの各州がより大きな自治権を手にすることが可能なように憲法を改正し、不満の高い地域をスペイン内に引きとめようと提案する。一方、ライバルであるポデモスはもう一歩進んで独立の可否を党住民投票を合法化するように求める。同時に国内の法的・制度的な改革によってカタルーニャが独立しなくても満足できればそれでよい、ということだ。しかしポデモスと旧来の左翼政党である統一左翼党との連帯の可能性は完全に閉ざされ、得票率を分け合うことによって相当の議員数を失うことが確実になっている。今後2ヵ月間に事態がどう動くのか予想は難しいが、5月の統一地方選挙でのように「アンチ国民党勢力」が政権を握るような事態(こちらの記事およびこちらの記事を参照)になるのはかなり難しい気がする。
同じ新興勢力でもシウタダノスはカタルーニャについては国民党と同じ歩調を取っているため、もし12月の総選挙で「保守連立政権」が生まれれば、法を振りかざしてカタルーニャ独立運動潰しを進めると思われる。しかしもし社会労働党が主体でポデモスや統一左翼などが政策協力をするような形になっても、事態の面倒さはさして変わらないだろう。カタルーニャ内で独立反対の声が多数派になる可能性が高いのだから、いっそ独立可否の住民投票を合法化した方がすっきりと治まるのではないかと思うのだが、昨年の「自主的住民投票」ですら、一切の審議を経ず即断即決で「憲法違反」とした憲法裁判所が意地にかけてもそうはさせないだろう。 いずれにしても独立への道は険しい。
《スペイン外相の爆弾提案》
法律論で言うなら一つの国家を分裂させる行為は間違いなく違法であり違憲だろう。一地方の「分離独立」を前提にして作られた憲法などあるはずもないのだ。かつてのチェコスロバキアのように「円満離婚」する場合には、分離を可能にするための法的手続きを取ったうえで住民投票にかけ、双方の納得ずくで、ということになる。しかし、法律論で言っても住民の意識でも(こちらの記事を参照)政治勢力の主張でも、そんな「円満解決」の可能性は無い。一方的に「私、出ていきます!」にならざるを得ない以上、マスの進める「平和的で民主的な手段で成し遂げる独立」など最初から絵に描いた餅でしかあるまい。
「特集:『カタルーニャ独立』を追う」の中でしばしば触れてきたことだが、スペインの経済破たんが明らかになった2011年以来、唐突に、あまりにも不自然に盛り上がっていく独立運動に、私は当初から首をかしげていた。また意図的になのか単に愚鈍なだけか知らないが、カタルーニャ内の動きに歩調を合わせるように、国民党政府が、カタルーニャ人にとって到底受け入れられない政策を打ち出したり神経を逆なでする言動を繰り返して挑発してきたことにも、何とも言えない不自然さを感じてきた。スペイン全体が経済的な崩壊にあえぎ、まず何をさておいても国民の生活を成り立たせることが第一義の時期にである。まあ、どうせすでに内実が崩壊している国民国家なのだから、経済が不調になればこんふうになるのかもしれないが、それにしてもコンテキストから離れ過ぎている。
そこに欧州の的統一を目指す勢力からの何らかの働きかけがあるのかどうか、明確な根拠はない。しかしこちらの記事に書いたように、スペイン外務省内では既に欧州の政治的・経済的統合を視野に入れての研究が始まっている。その動きには現外務大臣のホセ・マニュエル・ガルシア‐マルガジョ自身も加わっている。そしてこの外相マルガジョは、9月10日に、カタルーニャ人に独立を思いとどまらせるために憲法を改正して所得税収入を事実上全額カタルーニャに譲るようにシステムを改めるすべきだという提案をして、国民党と政府の幹部を大慌てさせた。彼は、税収入を地方自治体と国で半分ずつに分けあう現行の財政システムを「不当である」とすら断じ、「9月27日(州議会選挙)後に言うべきことを言わねばなるまい」と語ったのである。
ラホイ政権と国民党の対カタルーニャ政策は「違法行為を取り締まる」という以外に何一つ具体的な方針を持たない。このマルガジョの発言は副首相のソラヤ・サエンス・デ・サンタマリアを激怒させ、国民党はマルガジョの発言を党とは無関係の「単に個人的なもの」として片付けようとした。国民党と政府内ではマルガジョの発言に対する怒りと当惑が広がったが、彼は選挙直前の9月23日にも、カタルーニャ独立派の急先鋒であるERCのウリオル・リュンケラスと直接に論戦を挑んだ。
そのリュンケラスとの論争では、マルガジョはカタルーニャが一方的に独立宣言をしてもEUや国連の外に出るだけだろうという筋論を語り、一方のリュンケラスは「独立の権利」についての理想論をまくしたてるだけで、話はすれ違いに終わった。しかし、彼を除くラホイ政権の閣僚や国民党幹部は全て、知事のアルトゥール・マスやERCのリュンケラスなど独立派の代表と面と向かっての論争をひたすら避け続けてきたのだ。彼らはひたすら独立派の顔が見えない場所で、「独立運動の違法性」と「国とカタルーニャを分裂に追いやる不道徳」を叫んだだけである。彼らの言葉には具体性が何もない。カタルーニャ州民に対して「独立によって、どんな点がどのように不都合になるのか」といった、具体的な「目に見える」形で反対論の説得に努めたことがほとんど無いのだ。
カタルーニャ独立の問題は、最も責任ある賛成と反対の当事者がともに、法を振りかざすか権利を盾に取るかという、抽象論と感情論のぶつけ合いの中で事態が進んでいる。あるいはカタルーニャ人を激怒させる露骨な挑発(こちらの記事を参照)が繰り返される。一度たりとも、スペインとカタルーニャに住む人々にとって身近で具体的で分かりやすいテーマを取り上げての議論が起こっていない。マスコミも、カタルーニャ人と非カタルーニャ人の具体的な生活実感をぶつけ合わせての「独立問題」に関する掘り下げを行ってこなかった。これは本当に不思議な話である。私には、個々の独立派支持の人々が持つ民族の誇りと情熱が分かるだけに、この運動が何か全く別のものに操られて盲目的に進まされているのではないか、と案じられてならない。
《統一に向かう(?)欧州の中で》
では、EUや欧米の大国はこの問題に対してどんな態度なのか。米国大統領オバマは訪米した国王フェリーペ6世に「強固でまとまりのあるスペイン」を擁護するとだけ語り、カタルーニャ「独立」に対する直接的な言及を避けた。もちろんスペイン政府は、オバマがスペイン政府の側に立って独立に反対していると国民に対して説明しているが、これは恣意的解釈のやり過ぎだろう。ドイツ首相のメルケルは欧州の保守主義者らしく「EUの条約は国家の主権を擁護している」、「カタルーニャは法を尊重すべきだ」と述べ、また英国首相のキャメロンは「カタルーニャが独立したらEUを出ることになるだろう」という一般的な予測だけを語った。
一方でEU委員会のジャン・クロード・ユンケルは「当委員会は、個別の構成メンバーの憲法的な裁量に関する国内問題に対しての見解を示すことに関わるものではない」、つまり、カタルーニャ独立の問題は内政の問題であってEU委員会は判断を下さない、という公式の態度をEU議会に対して表明した。EU委員会はもう10年以上も全く同じ態度を取り続けている。これは、独立派にとっても反対派にとっても、非常に歯がゆい態度と言えるだろう。
このユンケルの声明は英語で書かれた。しかし国民党の欧州議員がスペイン国内向けに意気揚々と発表した「スペイン語訳」は、次のような全く異なる文章だった。「当委員会は、マーストリヒト条約第4条2項で述べられる合意の内容に基づき、欧州連合が(構成メンバーの)国家的な固有性、それらの政治的なそして憲法に基づく基本的な構成についての固有性を尊重しなければならないという趣旨、および地方や地域の自治体に関する内容を想起するものである。(委員会は)国家の基本的な機能、特にその領土的な統合を保証するための機能を尊重するであろう。…。云々…」。開いた口がふさがらないほどのとんでもない捏造であり、EUもこれが英語の原文とは全然違う文章であることを認め調査を約束したが、結局「翻訳担当者による誤訳」であるとしてことを収めてしまった。
「誤訳」と言われても、どうすればここまでの「誤り」が可能なのか…? おそらく、ほぼ間違いなく、スペイン政府か国民党の関係者が捏造してスペイン語訳をすり替えたものと思われるが、こんなすぐにばれてしまうようなお粗末なことを? まあ、スペイン人ならやりかねないのだが、スペイン政府と国民党がEUの煮え切らない態度に業を煮やしていることだけは間違いあるまい。
もちろん、EU構成国で一地方の分離独立があって新しい国家が生まれるような場合には、その国家が即座にEU構成員と見なされることはありえない。EUとその構成国による承認が必要なのである。ユーロ圏にしても同様で、仮にユーロ圏離脱が短期間であったとしてもその間はユーロを使う取引が認められることはあるまい。そんなことは誰にでもわかる筋道であり、それによる社会的・政治的・経済的な影響を一つ一つ具体的にとらえていくなら、「独立」など初めから問題にすらならないことである。
もしその筋道を外して、カタルーニャが独立を宣言して間髪置かずにEUとユーロ圏に組み込まれるというのなら、それは「超法規的」でしかない。スペインの憲法を含む国内法はおろか、EUの条約・規定すら手が届かない範疇の「例外的なもの」が関与しない限り、そんなことは起こり得ない。果たしてアルトゥール・マスと独立派の人々はその「例外的なもの」とでもつながってるのだろうか。マスのやけに自信たっぷりの態度は、理想に燃える情熱の分を差し引いてさえ、あまりにも非現実的に映る。(こちらの記事を参照)
それにしても、あのマルガジョ外相の発言が気にかかる。企業や個人の所得税のほぼ全額を自治州のものにするという憲法改正は、国民党幹部を激怒させただけでなく、シウタダノスや社会労働党もこぞって反発しているのだ。この税制がフランコ独裁終了後の「78年体制」(こちらの記事を参照)を支えてきた柱の主要な一つだからである。もはや「国民国家」としての内実を失っているスペインが、その形骸から重要な柱を失うなら「国民国家」は最終的な解体へと向かわざるを得ないだろう。現実の国民生活から遊離した抽象論と理想論と感情論のぶつけ合いで泥沼にはまったようなカタルーニャ独立問題の「落とし所」がここなのだろうか。
ここから先は単に筆者の山勘レベルの推測でしかないのだが、欧州の政治的・経済的統合の推進者であるマルガジョは、スペインの政治改革を欧州統合のきっかけにしたいのかもしれない。「欧州連邦」あるいは「ヨーロッパ合衆国」の発想は100年ほど前から欧州の支配的な勢力の間で常に存在し続ける。いま、世界に対する米国の一極的支配の野望が大きく崩れようとしており、欧州が米国の属領的地位から離れて世界の多極構造の強力な一角を形作るためには、現在のEUとユーロ圏のあり方を根底から変えてしまう必要があるだろう。現在の構成国の国家主権を可能な限り弱め主要な権限をブリュッセルに集めるのである。
マルガジョらスペイン外務省によって作成された「外交計画書」(こちらの記事を参照)には、スペインがその欧州統合の急先鋒になることが明記されている。そこにはカタルーニャのことは書かれていない。しかし、EUやユーロ圏を形作る諸条約が廃止されて欧州が「一国」となり、現在の国境線が単なる地方自治体(あるいは連邦内の自治国)の境界線となるような場合には、カタルーニャはマドリッドの支配から遠ざかって、相対的に独立性を強めることになる。たとえスペインの他の地域から分離独立したとしても、連邦内の自治国が一つ増えただけであって、現在のEUとユーロ圏内で起こると想定されるような不都合は無くなるだろう。
仮にそうなったとして、カタルーニャ人は幸福になれるだろうか。私には何とも言えない。
2015年10月9日 バルセロナにて 童子丸開
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〔eye3103:151009〕
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