Nobody is perfect-はみ出し駐在記(57)
- 2015年 10月 19日
- 評論・紹介・意見
- 藤澤豊
もう直ぐクリスマス、今年もあと一週間もすれば終わりだと思っていたら、ヒューストンへの出張が入った。テキサス州はロスアンジェルス(LA)支店のテリトリーで、余程のことでもない限りニューヨーク(NY)支社から出かけることはない。社内の政治がからんだイヤな出張だったが、それ以上にとんでもない大失態をおかした。大失態のおかげでとうのも変なのだが、客に救われて、また勉強させて頂いた。
LA支店の営業がニッチな市場の需要を主張して、大きな倣い旋盤を開発させた。CNC(コンピュータ)による制御が当たり前になっているところに、一時代前の倣い旋盤。常識では考えられないが、何時の時代にも勝手知ったる昔ながらのやり方の方がいいと思っている人たちがいる。年代モノの機械を新しい機械に置きかえようとしても、市場にはコンピュータ制御の機械しかない。中古の機械を買ってきたらメンテナンスも大変だし、同じような倣い旋盤を作ってくれるところ探していたら日本のメーカがでてきた。
NY支社に言っても話を聞いてはもらえない。直接日本の本社に掛け合った。LA支社はカルフォルニアとテキサスという二大石油産出市場をもっている。そこにはコンピュータの面倒なプログラムなど必要としない昔ながらの倣い旋盤の市場がある。NY支社にはそんな市場はないから、かくれた需要に気がつかない。。。
押しの一手のLA支店の営業に根負けして時代遅れの機械を開発した。専用機でもあるまいし、一台二台は作れない。最少ロットとして五台作ってLA支店に出荷した。なんとか作ってもらおうということから、膨らませて五台と言ってはみたものの、販売見込みが立つのは精々二台か三台。営業展開などしようのないニッチな、それも時間の経過とともに消えてゆく市場しかない。販売在庫として二年近く保税倉庫で寝ていたところに、ヒューストンの会社から引き合いがきた。これ幸いと在庫処分で叩き売った。本来であれば、LA支店から据付に行くべきところを、忙しいを理由にNY支社に応援出張を依頼した。
据え付け作業を始める前に機械の状態をざっとチェックして驚いた。摺動面が予想以上に油焼けしていた。海に近い保税倉庫で潮風にさらされていたのだろう、防錆処理された部品までが錆びていた。最低限の錆び取りに時間がかかったが据付作業は簡単に終わった。
問題は、機種名も知らなかった初めて見る機械でどのように操作するのか見当がつかない。旋盤そのものには慣れているが、倣い装置の動作が分からない。機械に同梱されていた「取扱説明書」を読んだが、機械を操作したことのない設計者が書いたもので、機械の構造や機構は十分過ぎるほど書かれているが、肝心の倣い装置の具体的な使用方法は、使えば分かるというおざなりな説明までしかなかった。
該当ページを何度も読んだが、どう使ったものなのかはっきりしない。よく分からないから、マニュアルを何度も読み返して、こうこうこうでこう動くはずと確認しながら動かし始めた。知らない機能は使うのが怖い。
まず手動操作で機械がきちんと動くことを確認した。機械はちゃんと動く。半自動に運転モードを切り替えて運転した。問題ない。いよいよ自動モードに切り替えて、スタートボタンを押したら、ガン、バキっと大きな音がした。わーっと思ったが、もう遅い。立っているのがやっと、頭の中が真っ白になった。
家庭用エアコンの室外機ほどもある大きさのギアボックスが機械の右側の床に転がっていた。ギアボックスを機械本体に取り付けていた16mmのボルトが切断されていた。そのギアボックスと倣い装置をつないでいる直径五十ミリ、長さ五メートルほどのシャフトが真っ二つに破断されていた。
床に転がったギアボックスのカバーを開けてギアとクラッチを見たら、使えそうだった。ギアボックスはいいとして、五十ミリピッチでスロットを切って、それぞれのスロットを高周波焼き入れしてあるシャフトをどうするか。日本に交換部品を発注しても最短で三四週間はかかる。日本はもう直ぐ年末年始の休みに入るから、正月あけにいくら急いで作っても一月末には届かない。早くて二月中旬だろう。
客は税金対策もあって機械を買っていた。今年中には切粉を出して(加工して)、製造に使用したという実績を残さなければ、税金控除を受けられない。クリスマス休みに入ってしまえば、今年は終わる。なんとしてもクリスマス前に機械を稼動しなければならない。日本からの交換部品を待っていられない。
クリスマス(十二月二十四日)まであと二日しかない。事故を起こした新米サービスマン以上に客が焦った。保全部隊が全力をあげて動いてくれた。即、ギアボックスを機械本体に取り付ける作業にかかった。翌日には焼きは入っていないものの本物と見間違えかねないシャフトが出来上がってきた。
客に頼んで倣い旋盤を使っている作業者の助けを得ることにした。機械を使ったこともない新米サービスマンのより機械の操作にはよっぽど長けている。自動運転の確認は後回しにして、サンプルワークを持ってきてマニュアル運転で切粉をだした。これで税金控除の条件はクリアした。初めての機械でも、倣い旋盤ということで今使っている機械と似たり寄ったりなのだろう、マニュアルをさっとみて、半自動、自動運転と手際よく機能確認してくれた。
不良在庫だったとはいえ、新品の機械を据付にいって機械を壊して大騒ぎ。客には平謝りに謝って、助けてくれたお礼を何度も繰り返した。その度に、「Nobody is perfect.」と言われた。起きてしまったことを、なぜ、なんでこんなことをという類の非難を聞くことはなかった。言葉が不自由で聞こえてこなかっただけとは思えない。
完璧な人は誰もいない。いくら一所懸命やったところで、誰でも必ずミスもするし、失敗もする。ミスや失敗を非難しても何の解決にもならない。済んでしまったことをとやかく言ってもしょうがない。ミスが起きたら、失敗したら、やりなおせばいい。そこで、この「Nobody is perfect.」という言葉がさらっとでてくる。アメリカの際立ったいいところの一つで、どういう訳か日本人には難しい。
「Nobody is perfect.」聞かないで済めばもっといいのだが、その言葉で何度も救われた。それは苦しい状況下にある人と人を結ぶ。
Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion5731:151019〕
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