青山森人の東チモールだより 第312号(2015年10月22日)
- 2015年 10月 25日
- 評論・紹介・意見
- チモール青山森人
<ようやく始まった前財務大臣と元保健副大臣の裁判>
シャナナに庇護され続けるレミリア=ピレス前財務大臣
エミリア=ピレス前財務大臣が汚職疑惑を『テンポセマナル』紙によって大々的に報道されたのが2012年、彼女が大臣在任中のときでした。検察が当時のエミリア=ピレス財務大臣をこれまた当時のマダレナ=ハンジャン元保健省副大臣とともに汚職容疑で起訴したのが2014年7月、すでに後者は閣僚ではなくなっていたので、現役の財務大臣の免責特権を国会が解いて裁判所が設定した日程である11月の初公判が始められるかどうかに焦点は絞られました。
この間、政権を牽引するシャナナ=グズマン首相(当時)は汚職の容疑をかけられる側である閣僚や政府高官をかばい、容疑をかける側である検察・「反汚職委員会」そしてジャーナリストを激しく非難してきました。
そしてちょうど1年前の10月、当時のシャナナ首相がとった行動は驚くべきものでした。主にポルトガル人そして若干のカボベルデ人である裁判官などの司法関係者の停職処分を国会で決議するという憲法違反の疑いのある行動にうって出て、かれら外国人司法関係者を乱暴にも国外追放したのでした(「東チモールだより 第283号」参照)。これについてシャナナ首相は、かれら外国人司法関係者では東チモール政府が石油会社「コノコフィリプス社」を相手に起こしている訴訟(チモール海の石油開発で使用されているパイプライン関連の税金を東チモールに支払うよう求める裁判)に勝てないからだと理由を述べていますが、シャナナ首相が司法へ動揺を与えようとしたと見るのが自然な流れというものです。実際、司法はいきなり人員を失ったので態勢を整える時間を必要としたことでしょう。それでなくても東チモールの司法部門は(どの部門も同じだが)人材不足に悩まされているのですから。かくして裁判所が去年11月に始めたかった裁判は延び延びとなってしまったのです。
そうこしていると今年の2月、シャナナ首相が辞任し新首相にルイ=マリア=デ=アラウジョ氏を指名、そして内閣改造をおこなったことから政局が慌しくなりました。この新内閣にはエミリア=ピレス被告は入閣せず、したがってもはや免責特権を国会で解く手間が要らなくなり、さあ、裁判がすぐに始まるかと思いきや、首相の座を自ら降りたシャナナ計画戦略投資相はエミリア=ピレス前財務大臣は依然として政府の要人だとしてエミリア=ピレス被告をかばい続けました。
法外な給料と差別的な年金制度
実際、エミリア=ピレス被告はg7+(紛争経験を共有し紛争を回避するための国際組織)特使の任務を担い続け海外に出張し、CPLP(ポルトガル語諸国共同体)の議長国代表としてCPLP会議に出席して“活躍”しています。最近、エミリア=ピレス前財務大臣は政府顧問として3万3000ドルの給料をもらっていると批判され、政府はこの批判を鎮めるために前財務大臣が受け取っている給料は3万ドルではない1万ドルだと釈明しました。3万ドルでなく1万ドルだとしても、その高額な数字たるや貧国・東チモールの経済状態からすれば法外であることは論を待たないでしょう。
政府顧問の高額な給料の問題は、一部のエリートたちに高額な生涯年金が与えられる差別的な年金制度とともに、いま腐敗した政府を特徴付ける問題として話題になっています。
大学生はデモ集会を開き、年金問題の見直しを叫んでいます。タウル=マタン=ルアク大統領も年金制度見直しをするように国会に提言し続けています。年金額を減らされる側である国会議員たちは選挙のときはこの問題の取り組みを約束したにもかかわらず、学生たちのデモ活動は違法だなどといって消極的です。これにたいしタウル=マタン=ルアク大統領は年金制度の見直しを国会で議論しと、次期総選挙(2017年)で各政党は自滅するだろうと述べています。いま政局はシャナナ計画戦略投資相がつくった事実上の大連立政権です。その政権にたいして大統領が次期総選挙のことについてこのようなことを発言するということは、タウル=マタン=ルアク大統領の次期選挙への意欲の香りが漂います。
さて話がややそれましたが、政府顧問への法外な給料と差別的な年金制度は、貧しい一般庶民の暮らしを横目にして政治家や政府高官が私的私欲のために国の財政を貪っているという問題としてかつてないほど強い批判にさらされおり、その矢面にたたされているのがエミリア=ピレス前財務大臣なのです。
女性の大臣と副大臣の儲け話は昼食で
検察側がシャナナ前首相に屈することなくたんたんと裁判手続きを進め、司法の分権を毅然として主張してきました。また、控訴裁判所の所長は国会による裁判官の免職は憲法違反であると当時のシャナナ首相と対峙しました。日本の憲法学者が安保法案は違憲であると明確に発言した爽快さと似たような爽快さをここに感じとることができます。すったもんだはあったものの、10月5日、エミリア=ピレス前財務大臣とマダレナ=ハンジャン元保健副大臣の裁判がついに始まりました。
いまは大統領恩赦によって自由の身になりましたが、ルシア=ロバト元法務大臣は夫の会社に便宜を図り5年の刑をうけました。はたしてエミリア=ピレス元財務大臣もまた夫の経営する会社に便宜を図った罪で実刑をうけるのでしょうか……。
10月5日の裁判で検察側が読み上げた主張を、報道をもとにまとめると以下のとおりになります。まずマダレナ=ハンジャン副大臣(肩書きは当時、以下同様)が2011年2月9日にシャナナ=グズマン首相に2011~2012年の追加資金をキューバ人医師増員や医療機器購入などのために要求する。そしてハンジャン副大臣はエミリア=ピレス財務大臣に、そして次にピレス財務大臣の夫に、自宅で昼食をとりながら、儲け話をもちかけた。それは東チモールの国立病院(グイド=バラダレス国立病院、グイド=バラダレスとは1970年代のフレテリン政府で労働福祉省の副大臣となった人物の名前)に設備を供給することで利益が得られるという案であった。それからピレス財務大臣とハンジャン保健副大臣はレストランで昼食をとりながら(この人たちは昼食時間に儲け話をするのが好きらしい)ベッド200台とキューバ人医師の医療機器数台をピレス財務大臣の夫が経営する会社を通して購入する計画を立て、ハンジャン保健副大臣は保健省で、ピレス財務大臣は財務省でそれぞれ影響力を行使していく。こうして購入されたベッドと医療機器は不良品で使用できる状態になく、国に81万1040ドルの損害をあたえた。
検察側の主張によれば、話を持ちかけたのはハンジャン保健副大臣の方でピレス財務大臣は話しをもちかけられた側ということになります。
国家機関の杜撰すぎる業務
10月5日から数日間おこなわれた公判で複数の証人が証言しました。その内容を東チモールの報道からちょっと読むだけでも汚職を誘発する行政機関の営みのお粗末さが浮き彫りになります。
例えば、当時の国立病院の物資調達部門の責任者は、問題になっている事業はマダレナ=ハンジャン保健副大臣主導のもとで進行された不明確な事業であったといい、病院への物資供給は必ず保健省の物資調達委員会に諮られなければならないのに、そうならなかった、それが許されるのは緊急事態の場合のみであるが、マダレナ=ハンジャン副大臣からのポルトガル語で書かれた通達文書を受け取ったが意味がわからなかった、とのことです。また、保健省の物資調達委員会の他の職員は、たとえ一個の物資でも緊急事態であっても物資調達のさい必ず当委員会に諮られなければならないと証言しています。またこの人物は、この事業はさらに悪いことに受注した会社への支払いがまず先で契約は後だったと証言しています。別の証言によると、支払いがされたのは2011年4月23日で、契約の署名がされたのは2011年5月5日だといいます。
当時の国立病院のオデテ=ビエガス院長は、2011年にベッド2台と血液洗浄機1台を購入する要求を保健省に提出したが、「マクス・メタル・クラフト社」(エミリア=ピレスの夫の経営する会社)から200台のベッドと洗浄機3台が提供されたときには驚き、誰がこれらを購入するように求めたのか人にきいたと証言しています。
当時のネルソン=マルチンス保健相の証言にもあきれます。マルチン保健省は会社と病院との契約が結ばれるまでベッド購入の計画は知らなかった、マダレナ=ハンジャン副大臣に一任していたからというのです。また、ネルソン=マルチンス保健大臣の証言について、検察側にした話と一部違うと検察側から文句が出ているようです。興味深いのは2011年、ネルソン=マルチンス保健大臣がオーストラリアに他の閣僚と出張したさい、自由時間を利用して電話でエミリア=ピレス財務大臣の夫と連絡をとりながら「マクス・メタル・クラフト社」を訪れベッドを見ていることです。エミリア=ピレス財務大臣がネルソン=マルチンス保健大臣を夫の会社からベッドを購入するように誘導したのかと憶測したくなります。
以上の証言をみるだけでも、政府職員や現場責任者が事業が正規の手順を踏んでいないことを認識しつつも、疑問を持っても、不明確であっても、大臣や副大臣の権限のもとでは事業は通ってしまうことがうかがわれます。権限が邪悪な意図にもとづいたものであったときに備える仕組みが必要です。
シャナナ=グズマン自身が状況に応じてルール無用の手段をとるタイプのカリスマ指導者です。侵略軍と闘う抵抗運動の指導者ならばその性格は有利に作用したでしょうが、規則に沿って不正を防ぎながら事業を進める指導者としてはその体質は不利に作用するのかもしれません。10月13日、デリ地方裁判所はシャナナ計画戦略投資相が証言に応じることを承諾したと発表しました。シャナナ前首相がかばい続けてきた閣僚の汚職疑惑について裁判で何を語るのか大いに注目されます。
~次号へ続く~
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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