TPPの大筋合意によって日本のデフレ脱却は困難となるだろう
- 2015年 11月 16日
- 時代をみる
- TPPアベノミクス岡本磐男
3年前に成立した安倍政権がアベノミクスを経済戦略としたのは、デフレ脱却のためとされていた。デフレ下においては労働者の賃金が上がらず、消費需要も増えないため経済が活性化せず経済成長が鈍化するためというのである。それ故アベノミクスでは、第1の矢において金融緩和を実施し2%のインフレを目標としたし、また第3の矢においては成長戦略を展開し成長率を引き上げようとしたのである。だが3年弱をへた今日の時点では物価はそれほど上昇しているとはいえず(例外的に野菜等の種類によっては価格が上昇したものはあるが、ここでは工業製品等を含めた平均値でみる)それ故デフレ脱却が可能となったとはいえず、また成長率もここ数ヶ月はマイナスとなっているのである。いいかえれば、アベノミクスは完全に失敗に帰したといってもおかしくないのである。
にも拘わらず、安倍政権はこの度アジア・太平洋地域の関税撤廃に向かうTPPに大筋合意した。これは何を意味するかといえば10ヶ国以上の国々との間での貿易自由化を推進しようとするものである。日本においても、米、麦、牛肉、豚肉等々の重要農産物5項目を筆頭とするさまざまな外国の生産物の関税が撤廃されて輸入自由化の方向に進むのであるから、これはデフレ要因となるものである。安倍政権の政治家達は、選挙前においてはTPPには参加しないといっていたにも拘わらず、選挙後においてはこれに参加することにしたとして米国を中心とする諸外国と交渉してきたのである。明らかに参加反対の農民に対しては不誠実な態度がとられたといえるであろう。このように安倍政権の態度が変わったのは、明らかに日本の財界の圧力に屈したといえるであろう。
日本の財界人や企業家が農産物や畜産物のような食料の輸入自由化に賛同し、影響力を与えているのは、食料が安価になった方が労働者の賃金を引き下げうると考えるためである。これを通じて自らえる利潤を拡大しうるとみるためであろう。それ故彼らは1970年代から農産物・畜産物の自由化を強力に推進するようになった。その結果は最近の日本の食料自給率が39%になってしまったということである。
もとより食料の輸入自由化によって食料価格が下がることは、消費者にとっては好ましいことであろうが、生産者にとってはそうではない。農業・畜産業における競争が激しくなり、価格を下げて生産量を増やしていくしかない。それ故過剰生産の傾向が生ずるであろう。例えば米農家について言えば、現在でも米は過剰生産で価格が安くなっているがその傾向に拍車がかかるであろう。米農家はいっそう米価を引き下げなければ海外の農業者との競争に勝てなくなるだろう。勝てないということは、農家が倒産し廃業に追い込まれるということである。農村は自由化によってかなりの困難に直面するだろう。
ここで自由化とか、輸入自由化という場合経済は自由の方が望ましいから一種の進歩ではないかという見方を持つ人に一言いっておきたい。それはまったくの誤解であってここでいう自由とは、資本の自由であって人間の自由を意味するわけではないことである。この点はまた、資本主義の歴史を考察すれば明らかとなろう。例えば、19世紀中葉のイギリス資本主義は、自由貿易制度を基礎にして綿工業(軽工業)中心の発展をとげたのであるが、これに対して19世紀60年代以降から発展する後進国たるドイツの資本主義は、国内産業を保護するために関税をかける保護貿易制度を設定して鉄鋼業(重工業)を中心としてイギリスを超える絶大な生産力の発展を達成したのである。この点からいえば、自由貿易制度と保護貿易制度とを比較して自由貿易制度の方が優っているなどとはとてもいえないであろう。
今後の日本においては、海外の安価な農・畜産物が輸入されるようになるから、デフレが進展するだろうという私見について、つけ加えらるべき問題点があることを以下に指摘したい。それは円の為替相場が安定しているとの条件下のみでいえることである。円の相場は現在は1ドル=120円前後で推移しているが円の相場が現在よりさらに安くなっていけば輸入商品価格が上昇していくことも考えられるかもしれない。最近円が最も高かったのは3〜4年前の1ドル=80円程度のケースであったが、その後円安の傾向が続き、今年夏には1ドル=120円台半ばに至った。すなわち、ここ3〜4年の間に円は3割以上安くなったのである。だがこれに比較して国内物価は殆ど上昇していない。これは何故であろうか。昨年から今年にかけて石油価格が下落してきたのでその影響があるかもしれない。だがそれ許りではないだろう。それは端的にいって、輸入商品価格が若干上昇したとしても、国内経済の不況によって国内商品が過剰に生産されているためではなかろうか。それ故、国内的には商品価格の低下圧力が働くのである。
ここ3年間程のあいだに円安ドル高が進んできたのは、巷間しばしば説かれるようにアベノミクスによるのではないと私は考えている。それは、日本の貿易収支の赤字化が進展したためである。これによって為替市場におけるドルの供給が減退したためである。それでは今後日本の円相場が安くなっていく要因はあるのか、といえば私は大いにあると考えている。それはいうまでもなく政府の財政赤字の累積額が1000兆円を超えており、さらに安倍政権下ではかなりの放漫財政の政策を行っていると目されるからである。同政権ではTPPの実施の結果、農業者の生活が困難に陥れば、これを保護する等といっているが、これも財政支出を増やす一要因となるだろう。財政赤字の累積額がこれ以上増大していけば、国債市場で国債価格の下落(国債金利の上昇)を通して為替市場において円売り圧力が働き円安がいつ生じてもおかしくないのである。それ故円安によって折角関税が引下げられたため安価となった輸入生産物の価格が高くなってしまうことがまったくないわけではない。
だがその点は輸入商品の関税引下げの時期や期間や割合などの複雑な条件および円安の程度に関わることであって、ここでは立入った言及はさし控えざるをえない。ただここでは、これまでの3年間余りの経験からいうと、円安が進行しても輸入商品の価格がそれほど上昇傾向を示さなかったこと、その理由は輸入商品と国内商品とを合算すれば、つねに商品は過剰に生産、供給されており、国内需要が増えなかったことによるのではないか、という点を指摘したいのである。それ故、デフレ現象は今後も続くであろう。そもそも経済政策や金融政策によって人為的にデフレから脱却させようとかインフレを惹き起こそうという発想自体がおかしいのである。
安倍総理は、「デフレ脱却」「デフレ脱却」「デフレ脱却」とつねに念佛を唱えるが如く主張してきたが、これに全く矛盾してデフレを招来させると思われるTPPの合意を決断せざるをえなくなった。全く資本主義という経済のメカニズムが判っていない証左である。
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