戦時性犯罪の償いと反省を政治決着で幕引きしようとする野卑で傲慢な企て~「従軍慰安婦」問題をめぐる日韓政治「決着」を考える(1)~
- 2016年 1月 2日
- 時代をみる
- 醍醐聡
2015年12月31日
日韓合意の要点
12月28日、日韓両国外相はソウルで行った会談後に共同記者会見を開き、いわゆる「従軍慰安婦問題」で合意に達したと発表した。
それによると、日本政府は、
①慰安婦問題は、旧日本軍の関与の下で多数の女性の名誉と尊厳を深く
傷つけた問題であり、政府として責任を痛感していると表明。安倍首
相はこの点について心からおわびと反省の気持ちを表明する、
②韓国政府が元慰安婦の支援を目的とした財団を設立した場合、日本政
府の予算で資金を一括で拠出する。規模は概ね10億円程度とする、
とすると表明した。
一方、韓国政府は、
③日本政府の表明と今回の発表に至るまでの取り組みを評価する、
④日本政府が在韓日本大使館前に設置されている少女像について、関連
団体と話し合いを行い適切な形で解決するよう努力する、
と表明した。
その上で日韓両国政府は、
⑤今回表明した措置が着実に実施されるとの前提で今回の発表により、
この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する、
⑥両国政府は今後、国連等国際社会において、本問題について互いに避
難・批判することは控える、
ことで合意したと発表した。
日本国内の反応
今回の合意について、日本国内では与野党を問わず、前向きの評価でそろった。維新の党の今井雅人幹事長は朴政権から、今後、慰安婦問題について「蒸し返さない」との言質を得たことを評価したいというコメントを発表。民主党の長島昭久党ネクスト外務大臣も「このような未来志向の合意ができたことを率直に歓迎したい」と評価した。日本共産党の志位和夫委員長も、日本政府が上記①②の見解を表明したことを挙げて「これらは、問題解決に向けての前進と評価できる」との見解を発表した。社会民主党の又市征治幹事長は、日韓国交正常化50周年の節目の年に合意したのは一歩前進と評価しつつ、問題をこじらせてきたは安倍政権の歴史認識によるところが大きかった、とコメントした。(以上、『財経新聞』12月29日)
しかし、マスコミの間では、日韓両国の国交正常化に向けた前進と評価する点では一致しながらも、両国政府、特に韓国政府が国内の不満を説得して合意を確実に履行できるかどうか、さらには両国国民レベルで和解が円滑に進展するかどうか、なお課題が山積していると指摘している。
また、これまで安倍首相を嫌韓のエースとみなしてきた国内の保守層の間からは、日本政府が「軍の関与」を認め、償い金として10億円を拠出すると表明したことに失望と怨嗟の声が起こっている。
韓国国内の反応
他方、韓国内では政府の思惑に反し、反発が広がっている。最大野党の「共に民主党」の李鍾●院内代表は12月30日、記者会見で、元慰安婦の意見が排除された上、韓国政府が一方的に譲歩し、日本政府に法的責任を認定させるという原則が合意に反映されなかったと批判、合意を白紙に戻して再交渉するよう政府に求めた。
また、韓国で従軍慰安婦問題を中心的に担ってきた「韓国挺身隊問題対策協議会」(以下、「挺対協」と略す)は12月28日に声明を発表。その中で、今回の日韓両国政府の合意は日本政府に対して国家的法的責任を明確に認定するよう求める元慰安婦や韓国国民の願いを徹底的に裏切った外交的談合に他ならない、と厳しく批判した。この「挺対協」の声明には私たち日本人も傾聴すべき内容が含まれていると思えるので、声明の要点を列挙しておく。
①日本政府は「慰安婦」犯罪に旧日本軍が関与した事実を認めたが、軍の「関与のレベル」が問題なのではなく、日本政府が主体となった組織的犯罪であったという事実こそが重要である。しかし、今回の「合意」にはこの点の認識を見出すことができない。
②日本政府は加害者として、「慰安婦」犯罪に対する責任認定と賠償などの後続措置事業を履行しなければならないにもかかわらず、財団を設立するという形で、その義務を被害国政府に放り投げて手を引こうとする意図が見える。
また、今回の合意は日本国内でなすべき日本軍「慰安婦」犯罪の真相究明と歴史教育などの再発防止措置について全く言及されていない。
③このようなあまりに不完全な合意を得るために韓国政府が、今回の発表を通じて日本政府とともに、この問題が最終的および不可逆的に解決することを確認したのは、小を得るために大を渡してしまった、あまりに屈辱的外交である。
④韓国政府が、平和の碑(「慰安婦」の少女像)の撤去という日本政府のあきれた条件を受け入れるだけでなく、今後、日本軍「慰安婦」問題を口にしないという条件を受け入れたのは心底から恥ずかしく失望した。
生きた歴史の象徴物であり、公共の財産である平和の碑に対し、韓国政府が撤去および移転を云々したり介入したりすることはありえない。
⑤被害者と市民社会が受け入れることのできない今回の合意で政府が最終解決を確認することは、明らかに越権行為であり、被害者をふたたび大きな苦痛に追いやる所業である。
また、当の元「慰安婦」の女性たちも、合意の説明に訪れた韓国外務省の高官に対し、「あんた誰よ」、「会談より前に被害者に会うべきでしょう。年寄りだからといって無視するの?」「韓国外務省は何てことするんだ!」と激しい口調で政府の対応を非難した(12月29日、TBSニュース)。別の施設で生活する元「慰安婦」の女性も「まだ妥結などしていない」、「安倍首相が『悪かった、許してほしい』と謝罪すべきだ」と主張した(12月29日、共同通信)
さらに、韓国国内の反応として注目されるのは、韓国の世論調査会社リアルメーターが12月30日に発表した少女像の移転に関する世論調査(12月29日に成人535人を対象に実施)の結果である。それによると、回答者の66.3%が「反対」と回答、「賛成」は19.3%にとどまった。しかも、重要と思われるのは、世代別の「反対」の割合である。20代では86.8%に達し、30代では76.8%、以下、40代は68.8%、50代は59.9%、60代は45.1%と、若い世代ほど反対が多くなっている(以上、ソウル聯合ニュース、12月30日、15時53分配信)。
朴槿恵大統領は日韓両国の合意を受けて28日、国民に向けたメッセージを発表した。その中で朴大統領が強調したのは、元慰安婦の高齢化が進む中、一刻も早い被害者の名誉の回復を目指したという事情説明だった。しかし、これに対して、上記の「挺対協」の声明は「被害者が一人でも多く生きているうちに解決すべき優先課題であるが、決して原則と常識を欠いてはならず、時間に追われてかたをつけるような問題ではない」と反論した。
早くも表面化した両国政府の解釈の食い違い
また、今回の合意で「慰安婦」問題の最終決着を確認しあった日韓両国政府間でも、合意の条件、前提をめぐって早くも解釈の食い違いが生じている。交渉にあたった岸田外相は日本政府が同意した10億円の拠出は少女像の移転が前提との認識を示したが(「朝日新聞」12月30日)、韓国政府当局者は同じ日に、こうした日本メディアの報道を「完全なねつ造」と強く批判した(ソウル聯合ニュース。12月30日、12:51、「朝鮮日報」Online掲載)
さらに、今回の合意のキーワードの一つといえる「不可逆的」という文言の解釈についても、日韓双方の報道には食い違いが見られる。日本の報道では、「不可逆的」とは、安倍首相の強い指示で挿入されたもので、今回合意した措置が履行されることを条件にして今後は「慰安婦問題」を蒸し返さないこと、と説明している。
しかし、12月30日10時04分の韓国「中央日報」のニュース記事によると、韓国政府当局者はこうした報道に直ちに反論、「不可逆的」とう表現を入れるよう提起したのは韓国が先で、その意味するところは、過去に日本の政治家が河野談話などを否定する発言を繰り返したことを念頭に置き、「もうこれ以上、言葉を変えるな」という趣旨であると強調したと伝えている。
双方あるいは一方の政府の国内向け解釈といえばそれまでだが、戦時性犯罪という歴史上の深刻かつ残虐な問題を、アメリカの強い「和解」要請を背に短期間で、政治的思惑がらみで、当事者である被害者の意向抜きに「最終決着」を図ろうとした無理が早くも露呈したものといえる。
不可解な日本共産党の見解
ここで、話題を日本国内の反応に戻したい。今回の日韓両国政府の合意に関して、韓国国内で反発や異論が広がっているのと対照的に日本では、合意の先行きを危惧する論調はあるものの、合意そのものに対する根本的な異論や批判は見られない。私が問題にしたいのはこの点である。
さきほど紹介した民主党の長島昭久党ネクスト外務大臣は自身のツイッター(@nagashima21・12月28日)に次のような書き込みをしている。
「今回の合意に一番苛立っているのは彼の国でしょうね。それが伝わってくるコメントです。そういう意味でもこの合意には戦略的な意義があると思います。国際社会は日本の姿勢を賞賛するでしょう。」
ここには、韓国国内での反発を対岸の火事のごとく様子見し、今回の合意を政治的思惑絡みで評価する底意が見え隠れしている。
もっとも、安倍首相の熱烈な支持者である金美齢氏の事務所に招かれ、下村博文・元文科大臣や百田尚樹氏らと親しく会食する長島氏であってみれば、こうした書き込みをするのも驚くに足らないかもしれない。
私が奇異に思うのは日本共産党の反応である。同党の志位和夫委員長は合意が発表された翌12月29日の「しんぶん赤旗」紙面に談話を掲載した。その末尾で、今回の合意を「問題解決に向けての前進」と評価し、「今回の日韓両国政府の合意とそれにもとづく措置が、元『慰安婦』の方々の人間としての名誉と尊厳を回復し、問題の全面的解決につながることを願う」と記している。
今回の合意が問題の全面的解決につながることを願うと記されていることから、同党が今回の合意を以て「慰安婦」問題の最終解決とはみなしていないことは窺い知れる。しかし、それにしても、今回の合意が「問題解決に向けての前進」となぜ評価できるのか?
なによりも、ここで指摘しなければならないのは、志位氏によって、今回、合意された措置が、人間としての名誉と尊厳の回復につながることを期待された当の元「慰安婦」女性、ならびに韓国で彼女らの名誉と尊厳の回復を目指す運動を長きにわたって続けてきた「挺対協」が、前記のとおり、今回の日韓両政府合意に激しく反発し、被害者と韓国国民の願いを徹底的に裏切った外交的談合と断罪した事実を志位氏はどう受け止めるのか?
また、それ以前に、「願い」や「期待」を表明する前に、今回の合意とそこで示された措置が、元「慰安婦」の人間としての名誉と尊厳を回復し、問題の全面的解決につながるものかどうかを、どこまで主体的に吟味したのか? こうした点について同党の見解を知りたいと思う。
私のそもそも論
続きは次の記事に回すが、私が考える論点を前触れすると次のとおりである。
・わが国では与野党、マスコミを問わず、日本政府が示した「元日本軍の関与」、「責任の表明」、安倍首相の「おわびと反省の気持ち」を大きく報道し、それが合意を導く要因の一つになったと論評している。しかし、これらの文言は目新しいものなのか? 日本の歴代首相や政府関係者は、この種の表現を一切しなかったのか?
言及したにもかかわらず、日韓関係がこじれたままになった原因はどこにあったのか?
・歴史上の問題、特に人間の尊厳の根幹にかかわる戦時性犯罪に関する反省は、個々の言葉で済む問題ではなく、歴史認識の共有、長きにわたって反省を妨げてきた要因の解明とそれを克服するための行動(関係資料の公開と討論、歴史教育の改革など)が欠かせない。今回の「合意」に至る過程でそうした努力が十分になされたのか?
・「不可逆的」というが、歴史上の犯罪行為に関する認識と教訓の継承に「不可逆性」とか「決着」とか「終止符」とかいったことが、そもそもありうるのか?
初出:醍醐聡のブログから許可を得て転載
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye3200:160102〕
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