「類は友を呼ぶ」の悪習を断ち切るべき~NHK会長選考を振り返って~
- 2011年 1月 20日
- 時代をみる
- 「悪弊」断ち切るべしNHK会長選醍醐 聡
「鉄道の公共性とNHKの公共性は同じ」と公言する新NHK会長の資質は?
1月15日、NHK経営委員会は福地茂雄現会長の後任にJR東海副会長の松本正之氏を選任した。今回のNHK会長人事はこれで決着となったが、選考の過程を振り返って感想を一言でいうと、今回もまた、選ばれる人の資質と選ぶ側の見識が連動していることが浮き彫りになった。
「今回もまた」というのは、前回2007年12月の会長選で財界人・古森経営委員長の主導で選考が進められる様を見て、このブログで、
「選ぶ人の見識が問われるNHK会長人事」(2007年12月15日)
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_0dc2.html
というタイトルの記事を書いたからである。その中で次のように記した。
「・・・・NHK会長の任命権を持つ経営委員会の長を務める古森重隆氏には民間経営と公共放送の経営の質的な違いを理解する能力・見識が欠けているようだ。上記のnikkansports com が伝えた『経済界のトップは業種が違っても経営できる』という古森氏の発言は、古森氏がNHKも民間産業と業種の違いでしかないと捉えていることをはしなくも露呈したものである。」
今回、会長に選ばれた松本正之氏は会長受諾の感想を聞かれて、「鉄道とNHKは公共性の面から基本的な価値観は同じだ。これまでの経験を土台に経営に取り組む」(『毎日新聞』1月16日)と述べている。はたしてそうか?
一口に、大組織を牽引した経験といっても、民間経営者に求められる手腕はつまるところ、企業価値の最大化に貢献する営利の追求という単一の価値であり、他のすべての価値はこの目標達成のための手段的従属的価値にほかならない。そこでは、いかに公益や文化が喧伝されても収益性の向上に寄与しないかぎりは、経営的には評価されない。鉄道も、経済活動と人の移動の大動脈として、安全で確実な輸送を使命とする点では公共性を担っていることは確かだが、そうした公共性は、尼崎での列車転覆事故、その遠因にもなったと指摘されている日勤教育・成果主義賃金体系、の例に見られるように、利益最大化のための効率性追求によって脅威にさらされているのが常である。
他方、NHKは「皆様のNHK」を標榜するまでもなく、視聴者の多様な価値観、嗜好に配慮しながら、なおかつ、視聴者が国政に参加するにあたって必要な知見、また自分の人生を豊かにする糧になるような多様な教養・娯楽を提供することを使命にしている。そこでは、すべての視聴者を束ねるような単一の価値は存在しないし、ある価値を他の価値(たとえば国益や国威発揚)のための手段的要素とみなす発想が介在する余地はない(単一の価値で視聴者・市民を染め上げた例といえば、戦時下の大政翼賛報道である)。むしろ、不特定多数の市民に、「異なる意見との出会いの場」を提供し、市民の間に理知的熟議の機会を設けることによって民主主義の発展に寄与するという言論・報道機関としての重責を担っている。
一口に「公共性」といっても内容が全く異質なことに言及することもなく鉄道とNHKを、古森流にいえば業種の違いかのように、ひとくくりにする人物に、NHK会長としての資質が備わっているのか、出だしから疑問符が付く。松本氏を新しい会長に選んだ経営委員や、新会長を迎えるNHK職員は選任されたばかりのNHK会長が開口一番、上のような発言をしたのをどのような思いで受け止めたのだろうか?
「類は友を呼ぶ」の悪弊を断ち切るべき
とはいうものの、会長選任権を持つ経営委員の中には、小丸委員長をはじめ、大企業の社長、会長らが数名加わっている。もちろん、経済界の人物だから多様な価値観への理解、合議の作法が備わっていないと決めつけるつもりはないが、長く大企業のトップを務めれば、利益最大化の価値観、トップダウンの意思決定の流儀がしみ込んでいるのが自然であろう。そのような体質が否応なしに浸透した財界人にとって、しかも自分自身がNHKの意思決定・監督機関の長に就いた人物にとって、
「松本氏は『鉄道で言えばお客さま。放送で言えば視聴者が相手の仕事』と共通性を論じたが、放送事業は政府などの介入を排し、視聴者に正確な情報を届けねばならない。明らかに異質なものだ。・・・・・ NHKの最高意思決定機関、経営委員会はアサヒビール相談役だった福地茂雄現会長に続き、再び経済人を選んだ。なぜ二代続けて経済人か。なぜジャーナリズムに造詣が深い人材に白羽の矢が立たないのか。 経営委の委員長も小丸成洋・福山通運社長が務め、その小丸氏が新会長選びで頼りにしたのが前委員長の古森重隆・富士フイルムホールディングス社長とされる。経済界という限られた範囲での候補者選びは、いびつにさえ映る。」(『東京新聞』2011年1月18日、社説)
という指摘を受けとめる素地があるのか、心もとない限りである。
さらに今回のNHK会長の選考過程で露見したのは、民間経営者の資質とNHK会長に求められる資質の混同にとどまらず、上の『東京新聞』社説や数紙の記事にも記されたように、具体的な人選まで経済界の人脈を頼って進められたと伝えられている点である。とりわけ、見過ごせないのは、松本正之氏の名前が経営委員会で出たのは1月15日が初めてと言われているにもかかわらず、松本氏はその2日前の1月13日に、JR東海の葛西敬之会長を通じて間接的に会長就任を打診されていたと明かしている点である(『毎日新聞』2011年1月16日)。これが事実とすれば、大多数の経営委員が与り知らないところで、経済界の人脈を通じて松本氏への打診が進行していたことになる。これでは、あからさまな財界主導の会長選びであり、名実ともに「類は友を呼ぶ」である。
経済人が委員長を務める経営委員会が会長選びの過程で見せつけた混迷とNHK会長に求められる資質への無理解が社会の目に露見した今回のNHK会長人事を教訓にして、NHK会長に選ばれる人物に求められる資質と、選ぶ人(経営委員)に求められる見識、選ぶ人を選ぶ方法・基準について、視聴者の間での関心が広まり、かつ深まることが望まれる。
NHK職員も、候補者の名前(特に内部からの)が出るたびに、差出人不明の「怪文書」を流すという醜態を繰り返すのではなく、自分たちの組織の長としてどのような資質・見識の人物を望むのかを堂々と経営委員会ならびに視聴者に向かって表明するべきである。
初出:「醍醐聡のブログ」より許可を得て転載
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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