ギリシャ危機・EU危機・日本危機
- 2016年 1月 19日
- 時代をみる
- 岡本磐男
1.はじめに
はじめに古典的経済学説の一端に触れておきたいと思うのは、今日の世界的な危機の現象との関連をみたいためである。
経済学の巨匠マルクスが大著『資本論』において、恐慌現象の論理的解明を果たしえていたかについては議論の余地のあるところであるが、少なくとも、商品過剰説(実現恐慌論)と資本過剰説(利潤率低下による恐慌論)とに重大な関心を払っていたことはたしかである。またマルクス経済学の碩学宇野弘蔵は『経済学原理論』において恐慌論は解明しうるとして、労賃上昇による利潤率低下による資本過剰説としての恐慌論を『原理論』で展開したことはよく知られている。二人の碩学が恐慌をきわめて重視していたのは、資本主義社会はこれに特有な恐慌現象によって崩壊する可能性があるとみていたためである。もっともこの二人の碩学は、資本主義社会の崩壊の必然性を論理的に解明したわけではない。さらにいえることは、マルクスは『資本論』においても、また宇野は『経済原論』(岩波書店)においても国家論を(したがって財政論をも)説いていないということである。
しかしながら、マルクス死後133年、および宇野弘蔵死後39年の今日的視点からみれば、世界の危機的状況は二人が考えていた論理の延長とは様相を異にしていると捉えざるをえない。なぜなら今日の世界資本主義の危機は、国家の危機=財政危機として捕捉されるのではないかと考察されるためである。
2.ギリシャ危機
まずギリシャ危機から始めよう。ギリシャが財政危機に陥ってから6~7年の年月がたつ。昨年夏には、この国は債権不履行の懸念によって危機に陥ったが、EUが緊急貸付を決定したことによってひとまず危機は回避された。だが本質的な問題は何ら解決されていないとみてよいであろう。本来ギリシャは観光業以外には特別に発展した産業をもたない国である。他方で公務員が全職業人の4割を占めるほどの役人天国であった。それ故に、財政赤字下において成立したチプラス政権は、EU側の要求に応じてまず公務員のリストラに着手したし、さらに年金のカットや医療サービスの削減につとめてきた。財政赤字削減のために、こうした緊縮財政を断行した結果、財政赤字は09年の危機発生以後3分の1ほど減退したといわれる。だがその結果生じた自体は、若者の失業率が50%以上となったといわれる。こうした失業率の上昇は、失業保険の上昇によって、社会保障費の拡大を通じて財政悪化に圧力をかける重大な要因となるであろう。
3.EU(ヨーロッパ連合)危機
次にEU危機について取り上げたい。私は93年に発足したEUの骨格を定めたマーストリヒト条約と単一通貨(ECUから)ユーロへの生誕を研究するため92年から93年にかけてドイツのマールブルク大学の宿舎に5か月以上滞在していたことがある。その当時からヨーロッパでは統一ドイツのみが唯一の経済収支黒字国で中心国であり、他の国々は経済的には弱小国であり、EC(EUの前身)の機構を通じてドイツのみがこれらの弱小国を財政面で支援せねばならぬ立場にあった。ベルリンの壁の崩壊以後、旧社会主義国から市場経済の国へと転換した東欧諸国、すなわちチェコスロバキア・ポーランド・ハンガリー・ルーマニア・ブルガリア等々の国々がこれである。だが他方では、南欧の諸国としてのイタリア、スペイン、ポルトガルのような国々も、元来インフレが進展していたため貿易支出よりも貿易収入が小さい貿易赤字国であり、強力な産業企業が少ないため税収による財政収入が少なく財政赤字国なのである。それ故、EU成立後ドイツはこれら南欧の国々をも援助しなければならなかったと思う。ヨーロッパの経済統合は、単一通貨ユーロを生み出し、金融通貨面の統合を果たしたのではあるが、国家統合を先送りすることによって、財政面では黒字財政の国と赤字財政の国とに分断させられてきたのである。
EU諸国の政党の多くは社会民主主義的理念を掲げており、社会保障制度の充実を強調している。しかしどこの国でも低成長の下で資本主義国として弱体化している。とりわけ若年層の失業者が多い国では、政府が失業保険を支払わねばならず、社会保障制度にとって打撃が大きいであろう。たとえばスペインでは、20歳代の若者の失業率が40%にも達しており、またベルギーでも同年代の若者の失業率が40%台であると聞かされて驚く。要するに今日のEUは、経常収支黒字国ドイツを除けば、ほとんどの国が国家財政の赤字累積=債務累積に苦悩しているといってよいだろう。
それのみならず、昨年秋から中東シリアおよび北アフリカから欧州に向けて大量の難民が流入するようになったという重大問題の発生が付け加わる。その難民の数は100万人にも及ぶという。そのうちの10万人以上は、将来労働力不足が予測されるドイツが滞在を引き受けたようであるが、残余の人数の難民をEU各国がどの程度滞在させうるかは未だ定まっていないようである。だがいずれにせよ、各国が難民を受け入れるということは、どの国にとってもかなりの財政負担を強いられることであって、この点から見ても将来にわたるEU諸国の財政困難がかなり複雑な要因を抱えるに至ったことが予見されるであろう。
4.日本危機
日本が世界最大の財政面での債務累積国であり、国と地方の財政赤字の累積額が1050兆を超えるほどの規模に達していることは、今日誰もが知っている周知の事実である。3年前に成立した安倍政権は、経済成長と財政再建を両立させるといっていたが、その戦略として打ち出したアベノミクスは、今日では完全に破綻してしまったとみてさしつかえないであろう。それは、3年前から政府が大規模な財政支出を断行したにもかかわらず、昨年後半の経済成長率はマイナスにしかならなかったという点からも明らかなのではあるまいか。大体、政府の経済政策は、ある時点で実行したとしたなら、その効果は半年か一年で顕在化するはずのものである。だが安倍政権下では、アベノミクスが断行されてから3年もたつのに、その効果がほとんど感じられないというのは、政権側がいかに強弁するにしても、やはり現状認識が誤っていたとしか言いようがないのであるまいか。デフレ脱却、デフレ脱却と叫びながら2%のインフレ目標を掲げたにもかかわらず――この目標を筆者は肯定しているわけではないが――少しもインフレの気配は見られていないことは、黒田日銀総裁でも認めざるを得ないのが今日の状況である。さらに付け加えたいことは、今年度会計において、日本財政の借金体質は相変わらず変化せず、財政支出の3分の1の支出は国債発行に依存せざるをえなかったということである。
今後の日本の国家財政において、赤字拡大を推し進める重要な要因としては、第一には、少子高齢化社会を迎えて老人が増加するため、年金、医療、介護等の社会保障支出が毎年1兆円ずつ増加するという試算があることである。第二には、高度成長時代に建造された公共施設等が老朽化し、更新せざるをえなくなっているため、公共投資等も増加せざるをえなくなっているとみられていることである。これ以外にも赤字促進要因はあるであろうが、詳細な問題となるため省略に留め、次の核心的な重要問題のみに注目しておきたい。それは日本の円の信用が失われ、日本国債が国債市場で売却されるようになった場合、国際価格の下落に国債金利の上昇が発生するだろうが、こうなれば日本の財政は真の危機に見舞われ、火の車になるだろうということである。もっともこれがいつ発生するかはわからないが、発生する可能性は常時あるということである。
5.結びにかえて
さて以上においては、ギリシャ、EU、日本等の国家あるいは国家連合の財政危機の観点から資本主義国の真の危機について観察してきた。これらの国家群のうち一国でも財政破たんから国家破綻へと進展する国があるとすれば、世界資本主義はその一角から崩れていく可能性があると私は見ているのである。もっともそれがいつ、どのような形で生ずるのかはここでは論及しえない。ただその可能性があるというにすぎない。またこのことを本格的に推論するためには、以上の考察では不十分である。世界経済を構成する主要国について全般的に考察する必要があるが、現在の私にはそれまでの能力はない。ただ上記の国家群の破綻は、決してその国の中央銀行が銀行券を増発したり、あるいはIMFや世界銀行のような国際金融機関から救済融資を受けることによって救済されうるものでないことだけは指摘しておきたい。
資本主義国家という場合、一応国家は唯物史観にいうところの上部構造であり、資本主義は下部構造ではあるが、両者は密接に結びついているのである。国家の財政破綻が生ずれば、国家に依存して暮らしている人々は、生活費を得ることができず生活が困窮するし、資本主義(企業)に依存して暮らしている人は、企業活動が破綻してリストラされれば生活の困窮に陥る。今日の国家の財政危機は、実は資本主義経済が円滑に機能しないことによるところが大である。資本主義が円滑に機能しないということは、成熟した資本主義国では、国民が商品を購入する意欲が少なくなるから、商品が売れなくなる(内需拡大不可能)し、他方で企業の利益率は別の理由(資本の有機的構成の高度化等――ただし本稿ではこうしたことに詳細には論じえない)からも低下しているからである。資本(または企業)の利益率が低下していけば、政府の税収も減るから政府の財政も困難に陥る。これは当然のことである。
国家財政が破綻し、最終的には生活困難者が多数発生するなら、政府はこれらの人々を救済しなければならない。そのためには旧来の生産関係(資本と労働の関係)にメスを入れ、経済システムを徐々に変革していかねばならないのである。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye3235:160119〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。