甘利明の「失意・茫然」
- 2016年 1月 22日
- 時代をみる
- 澤藤統一郎
普段は絶対に読まない「週刊文春」を今日だけは買って読んだ。
もちろん、このタイトルに惹かれてのことだ。「甘利明大臣(事務所)に賄賂1200万円を渡した(実名告発)」「口利きの見返りに大臣室で現金授受。現場写真・音声 公開!」。なるほど、確かに「衝撃告発」であり、「政界激震スクープ」だ。
何より驚いたのは、グラビアの「現金授受現場写真」だ。昨年(2015年)10月19日、大和市内の喫茶店で、「甘利事務所所長が現金に思わずニンマリ」の写真が表情豊かに大きく紙面を飾っている。ニンマリの主は、甘利大臣の清島健一(公設)秘書だという。そして、「私はこのお金を甘利大臣に渡しました」という、「私」と甘利大臣のツーショット写真。その際、大臣に手渡されたという「このお金」50万円の「ピン札」写真が添えられている。後々のためとして、ナンバーが分かるようにコピーされたものだ。文春編集部としては、周到な取材で、満を持して記事にしたことがよく分かる。
役者がすばらしい。被告発者は「経済再生兼TPP担当大臣」である。第一次安倍内閣以来の首相の僚友。閣内でも別格の重みをもつ人物。安倍政権への政治的衝撃は大きい。そのタイミングがすばらしい。TPP大筋合意ができたとされて調印式が目前のこの時期。辞めるに辞められない。さりとて辞めずに居座れば政権を破壊しかねない。さらに、告発者がすばらしい。これだけの用意周到な証拠の集積を以て、肚を決めての「実名告発」。
山東昭子が、この件に関連して「政治家自身も身をたださなければならないが、(週刊文春に)告発した事業者のあり方も『ゲスの極み』。まさに『両成敗』という感じでたださなければならない」と述べた、と報じられている。発言者である山東本人のゲスの本性を露呈しているだけではなく、自民党としての周章狼狽振りをよく表しているものではないか。
この「政界激震スクープ」記事。事実関係の叙述はきわめて詳細で具体的、リアリティに富んでいる。また、裏付けの取材も怠りない。何よりも、甘利自身が否定し切れていない。常識的に、この告発は本物といえよう。
甘利が事実を否定できないのは、告発者が周到に集積し保管してきたという「証拠」の内容をはかりかねているからであろう。軽々に事実を否認した場合に、証拠を突きつけられて、さらに深く傷がつくことを考慮せざるを得ないのだ。
結局、本日の段階でなし得ることとしては時間稼ぎが精一杯。「今後調査をした上で国民の皆さんに疑惑を持たれることないように説明責任を果たしていく」と答えたそうだ。「今後調査」とは、いったい誰について何を調査しようというのだろう。
まずは、甘利大臣自身の疑惑が具体的に問われている。たとえば、2013年11月14日のこと。「うちの社長が、桐の箱に入ったとらやの羊羹と一緒に紙袋の中に、封筒に入れた現金五十万円を添えて、『これはお礼です』と言って甘利大臣に手渡しました。紙袋を受け取ると、清島所長が大臣に何か耳打ちしていました。すると、甘利氏は『あぁ』と言って五十万円の入った封筒を取り出し、スーツの内ポケットにしまったのです。」とされているのだ。自分の調査は簡単だろう。
次は、ふたりの秘書の調査。一晩かかるほどのことはなかろう。「すべては秘書の所為」として逃げ切る算段をどうつけるかの相談とて、さほどの時間を要するはずはない。むしろ、潔く事実を認めたうえで、「自首」をお勧めする。今の段階なら「自首」成立の公算が高い。時を失して、捜査機関が疑惑の心証を固めると自首は成立しなくなる。
犯罪成立の疑惑は、政治資金規正法違反とあっせん利得処罰法違反である。甘利やその秘書の行為は刑法上の収賄行為には当たらないが、政治家と秘書の「口利き行為」は、あっせん利得処罰法上の犯罪となり得る。同法は、第1条で政治家(国会議員)の、第2条で政治家秘書の、あっせん行為に関して財産上の利益を収受することを犯罪としている。
同法第1条(公職者あっせん利得)の構成要件は以下のとおりである。
(犯罪主体) 衆議院議員、参議院議員又は地方公共団体の議会の議員若しくは長(以下「公職にある者」という。)が、
(犯罪行為) 国若しくは地方公共団体が締結する売買、貸借、請負その他の契約又は特定の者に対する行政庁の処分に関し、
請託を受けて、
その権限に基づく影響力を行使して公務員にその職務上の行為をさせるように、又はさせないようにあっせんをすること又はしたことにつき、
その報酬として財産上の利益を収受したときは、
(刑罰)三年以下の懲役に処する。
また、同条2項は、「公職にある者が、国又は地方公共団体が資本金の二分の一以上を出資している法人が締結する売買、貸借、請負その他の契約に関し、請託を受けて、その権限に基づく影響力を行使して当該法人の役員又は職員にその職務上の行為をさせるように、又はさせないようにあっせんをすること又はしたことにつき、その報酬として財産上の利益を収受したときも、前項と同様とする。」と定めている。
要件の該当性は、よく吟味しなければならないが、疑惑としては十分であり、政治的道義にもとる汚い行為であることは争いようもない。もし、口利きの報酬として金を交付させ、実際には何もしていなかったとしたら、場合によっては詐欺の疑惑にまで発展しかねない。
山東昭子のゲスの極み発言に関連して思う。独禁法には、法違反の制裁に関してリニエンシーという制度がある。談合、カルテルなどの不正に関わった企業であっても、公正取引委員会の調査開始前(場合によっては後にでも)に不正を自己申告すれば、課徴金の減免あるいは刑事告発の免除がなされるというもの。もちろん、闇に隠れた談合行為の摘発を直接の目的とし、ひいては談合をしにくくするという目的による。
贈収賄についても、このような制度が考えられないだろうか。贈賄者と収賄者とは対抗犯の関係に立ち、一蓮托生の運命共同体となる。お互いに沈黙しかばい合うことの利益を共通にする。しかし、当事者どちらかの覚悟を決めた事実暴露による立件は、政治の浄化、公務に対する国民の信頼を高めることになる。今回の「告発」も、政界に深く沈殿している澱の浄化に寄与するものとして、告発者側の処罰には慎重でよいのではないか。十分に情状を酌量してしかるべきだと思う。
ところで、週刊文春の記事の中に、甘利が告発者側に送ったという色紙の写真が掲載されている。「『得意淡然 失意泰然』経済再生大臣甘利明」というもの。今回ばかりは、失意にして茫然となってもらわねばならない。でなければ、いつまでも、政治とカネにまつわる不祥事を払拭することはできない。
(2016年1月21日)
初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2016.01.21より許可を得て転載
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