アベノミクスというペテンの破綻―マイナス金利のお粗末
- 2016年 1月 31日
- 時代をみる
- アベノミクス田畑光永
暴論珍説メモ(143)
日銀は1月29日の政策決定会合で、さらなる金融緩和策としてマイナス金利を導入することを決めた。私はエコノミストではないし、いわんや金融政策に明るいものでもないが、一般人の常識から見てこの決定には驚いた。驚いたといってもエコノミストたちがなかば肯定的な意味をこめて使うところのいわゆる「サプライズ」効果があったということではない。「なにを今さら馬鹿なことを」と呆れたうえでの正真正銘の驚きである。
日銀総裁の黒田東彦という人は、消費者物価上昇率を2%まで引き上げるという自らが定めた目標が実現しそうにないことによほど自尊心が傷つけられているか、あるいは安倍首相に首を切られたくない一心からか、その内心は推し量りようがないが、とにかくムキになっているとしか見えない。そんな時の決定は往々にして愚かなものとなる。
29日の政策決定会合では総裁を含めた9人の審議委員の評決は賛成5対反対4であったという。賛成5のうち総裁と副総裁2人の3人は提案者側だから、判断を求められた残り6人のうち4人は反対票を投じたわけである。普通の人なら考え直すはずである。
ここで今さら「アベノミクス」なる愚策を論ずるのは時間のむだであるが、話の順序としてそれを取り上げざるを得ない。そもそもこの「政策」はお金を巷にあふれさせ、同時に利息を安くするのがキモである。つまり自国の通貨の価値を下落させればモノの値段は上がるはずだ。そうなれば人は値段が安いうちにモノを買おうとするはずだから、消費が増え、経済活動は活発になる。その際、利息が安ければ企業は積極的に資金を借り入れて工場を拡張したり、機械を買ったりするだろう。こうして循環的に景気はよくなる(はずだ)というのである。
風が吹けば桶屋が儲かる、みたいな話だが、トリックは「物価が上がれば、人は安いうちにモノを買おうとする」という点にある。しかし、人間の行動はそんなに一色ではない。モノを買う人もいるだろうが、将来の不安に駆られてより節約する人もいる。今のうちに買っておこうと思われる商品もあるだろうが、高くなったからもう買わないでおこうと思われる商品もある。つまり「インフレ期待」=「消費増」という根本の公式が成立しないのだ、すくなくとも日本では。
なんでこんなばかばかしい議論がもてはやされたのか、私には今もって理解できないのだが、2012年末の総選挙で政権を握った安倍内閣は爾来これを表看板にして担ぎまわっている。もっとも「アベノミクス」にはこの金融政策のほかに「財政政策」と「成長戦略」という張りぼての看板もついているのだが、現下の財政状況では予算の大盤振る舞いで景気を上向かせることは出来ないし、すぐに効く成長戦略などというものもないから、結局、金融に頼らざるをえないという事情は理解できる。
しかし、インチキ理論は所詮インチキにすぎない。結果は明らかである。2013年春、黒田総裁誕生以来、日銀は毎年80兆円もの国債を市場から買い上げることで巷に資金を流し続けている。これまでに日銀が買い入れた国債の総額は発行残高の3割を越えて330兆円にも上り、その結果、市中を流れる通貨総量(M2)は安倍政権発足当時の約100兆円から350兆円に迫ろうとしている。金利の大元である市中の金融機関が日銀の当座預金口座に預ける預金金利は0.1%という下限にはりついている。その結果、円の国際的通貨価値は1ドル80円前後から120円前後へと大きく下落した。
それで物価は上がり、景気はよくなったか。金がだぶついているから、株はこの3年でそれなりに上がった。輸出産業は円が下落した分だけ、外国での儲けの円価は上がるから表向きの業績は上がった。
しかし、肝心の「モノが高くなるから、今のうちに買おう」という動きは起きなかった。消費者が買うよりなにより、物価があがらなかった。公約では昨2015年春には2%の物価上昇率が実現するはずだったのに、1月29日に日銀が発表した「展望リポート」では15年度(今年3月まで)の物価上昇率見通しは0.1%、16年度も0.8%と2%には遠く及ばない。2%の達成時期の目標も「2016年度後半ごろ」から「2017年度前半ごろ」に先送りされた。勿論、肝心のGDPのこの間の動きはご存じの通りちょっと良ければすぐ下るの繰り返し。直近の15年10~12月期の成長率は民間の予測では4~6月期に続いて2期ぶりのマイナス転落となりそうである。
そこで日銀が打ったのがマイナス金利という初体験の冒険である。これから市中の金融機関が日銀の当座預金に預ける預金にはマイナス0.1%の金利をかけるというのだ。日銀に1億円を1年預けると9990万円に目減りする。こうすれば市中の金融機関はすわ大変とこれまで以上に一生懸命融資先を探すだろう。それで企業の投資が増え、景気が上向けば物価が上がるという筋道を日銀は描いている。
しかし、どう考えてもおかしい話だ。先に挙げた「風が吹けば・・・」は「埃が飛んで目の見えない人間が増え・・」と続き、最後は「猫が減って、ネズミが増え、桶がかじられ」と行って「桶屋が儲かる」となる。奇想天外な論理の可笑しさがこの話のミソだが、何がなんでも物価を上げたいと日銀のやっていること、やろうとしていることは、「桶屋を儲けさせれば・・・、風が吹く」と言っているようなものだ。
景気がよくなれば物価は上がる。しかし無理に物価を上げようとしても景気がよくなるとはかぎらないし、日本ではそうならないことがすでに明らかだ。いくら日銀がお金をじゃぶじゃぶ流したところで、需要のないところでは意味がない。せいぜいが投機資金に流れて株価に多少の変動を与えるくらいのものだ。
今、日銀そして政府がするべきは「アベノミクスはダメでした」と手を上げて降参することだ。そして日本経済に活気がもどらない真の原因にきちんと向かい合うことだ。どういうことか。小手先で日銀が通貨供給を増やしても、資金が動かないのは需要が足りないからだ。
なぜそういう時代が長く続いているのか。政治家も日銀も分かっているはずなのだが、その最大の原因は、今の若い人たちが貧乏すぎるからだ。人間が一番お金を必要とするのは、世の中に出て働き始め、伴侶を求め、家庭を作り、子供を育て、家を持とうとするその時期だ。少子化で日本では若い人が減っているのに加えて、若い世代にきちんとした職場を用意する努力を政治家も経済界もほとんどしない。今、非正規労働者の割合は4割に達しているが、そのほとんどは一番お金が必要な世代だ。
彼らを不安定、低賃金のままに放置していて、金融のやれ異次元緩和だとか、やれマイナス金利だとか騒ぎまわるのは、桶屋を儲けさせれば風が吹くと触れて回るペテン師の所業である。(150130)
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