漂流する世界の中で、漂流する日本の、リアルな国民生活とは?
- 2016年 2月 2日
- 時代をみる
- 加藤哲郎安倍
2016.2.1 安倍内閣の経済政策の中枢、甘利明・経済再生担当大臣が辞任しました。大臣室で特定業者から「口利き」の見返りに、羊羹の箱に入れた現金を受け取り、内ポケットに入れたという、古典的・典型的政治汚職です。政治資金規正法、あっせん利得処罰法違反の容疑は、まだ事実関係が解明されていません。国会で証人喚問すべき問題です。それなのに、大臣辞任で「潔い」とか「武士」とかと言われ、一部では「はめられた」と、あたかも甘利大臣が被害者であるかのような言説まで出ています。「口利き」によるものかどうか、独立行政法人・都市再生機構(UR)が業者に支払った2億2千万円の補償金の問題は、手つかずです。検察・特捜部は動くでしょうか。この辞任劇までが、どうも効果的に練られた、首相官邸の情報戦のようです。収賄側をすべて秘書の責任にし、贈賄側のあくどさ・うさんくささの情報を流して、問題を政治化した週刊誌ジャーナリズムの責任さえ問いかねない情報操作です。週末の世論調査は、それを裏付けています。甘利辞任は当然だとしつつ、首相の任命責任までは深追いしません。毎日新聞調査にいたっては、内閣支持率が8ポイントも上昇し51%です。昨夏戦争法案をめぐる2015安保闘争の前の段階まで、回復しています。大阪市長・知事選、沖縄宜野湾市長選などでも「アベ政治を許さない」勢力の勢いが失速し、今夏参院選 での野党共闘が危うい状況。野党分断のために、消費税10%繰り延べを口実にした、衆参ダブル選挙の可能性もありえます。安倍首相の公言する改憲に必要な3分の2の議席を、許さない体制づくりが急務です。日本の政治は、漂流したまま、戦争と暴力と利権の渦巻く世界の中に、投げ出されようとしています。
日本銀行が、マイナス金利導入を決定しました。さしあたりは、私たちの預貯金のことではなく、中央銀行と銀行間の当座預金の一部についてですが、「アベノミクス」の破綻きわまれりでしょう。昔アメリカで生活していたとき、今のようにクレジットカードは普及しておらず、日常生活での支払いには個人小切手(check)が不可欠でした。そのchecking account の維持に月々かなりの手数料が引かれていて、なるほど使わないと貯金が目減りする銀行口座もあるんだと、妙に感心したことを想い出しました。でもこれが、企業の投資意欲、庶民の消費意欲を刺激するというのはホントかな、というのが実感。日本経済のバブル時代のアメリカでの話とはいえ、低金利・マイナス金利で、生産が回復したとは思えません。IT産業創出による産業構造の転換こそ、冷戦崩壊のもとでのアメリカ経済再興をもたらしたと思いました。こんな政治学者の直感を、経済学的に説明してくれるのが、金子勝・児玉龍彦さんの新著『日本病ーー長期衰退のダイナミクス』(岩波新書)。新自由主義登場の背景となった「イギリス病」「スウェーデン病」にならって、今日の日本経済が「長期停滞から長期衰退へ」の「日本病」にかかっているとし、その要因を、「構造改革」や「アベノミクス」の政策立案の基礎となった「予測の科学」のデータの取り方のレベルにまで遡って、「カンフル剤」としての日銀介入、「異次元の金融緩和」の「麻薬化」を分析しています。生命科学の児玉さんの抗生物質・ワクチンの大量投与がある時点で免疫性を弱め効かなくなるという、耐性の科学に学んだ方法論が、わかりやすく説かれています。無論、「失われた20年」のもたらした現実、もはや「外資系」とよぶべき一部大企業の内部留保と配当依存、貿易赤字の恒常化、「トリクルダウン」どころか実質賃金の低下と非正規労働の40%化、医療や福祉へのしわ寄せ・切り捨ての現況も、リアルに描かれています。
金子・児玉氏が、国会審議もないまま安倍内閣がGRIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の国内株式運用比率を高めて、年金積立金を株価の値上がり・維持・操作に使っている危険性を説いているのを読んで、冷戦崩壊後の、ある国際会議での議論を想い出しました。イギリスNew Left Reviewの著名な理論家が展開した「グレー資本主義」論です。彼は、イギリスやアメリカでの労働者の膨大な年金積立金が、ロンドン・シティやニューヨーク・ウォールストリートの金融市場に投入されることによって、実質的に労働者階級が巨大株主になり、政府と財政金融政策の運用次第では、その利得の再配分で、より平等な社会、福祉国家を作りうる、と説きました。日本ではまだ年金積立金の市場運用が話題にものぼっていなかった頃なので、そんな考え方もありうるかと聞き流したのですが、アメリカでハイリターンを狙った企業の年金資金が、ハイリスクを背負い込み、倒産・失業・無年金を招いた事例を知って、資本主義と社会主義の間の「グレー」ではなく、限りなくブラックに近い「灰色」だと了解したことがありました。もっとも、左派のジェレミー・コーエンが党首に選ばれたイギリス労働党、今日から始まるアメリカ大統領予備選で、自ら「民主的社会主義者」と自称するバーニー・サンダース上院議員が、若者の支持を集めて本命ヒラリー・クリントンと接戦しているアメリカ民主党ならば、政権につけば「灰色資本主義」の議論もありうるでしょう。しかし日本では、あまりにリスクが大きく、危険な政策です。すでに、この間のギャンブルで8兆円の損失が出たという試算もあります。日本経済も、世界資本主義の荒波の中で、漂流しています。アジア市場で中国に主導権を奪われたのはだいぶ前ですが、2014年の一人あたり国民所得国別ランキングで、いまや日本は34位という現実には、驚きました。円安は、ドル換算統計でどんどん順位を落としますから、ある意味では当然ですが、先日見てきたオーストラリア(世界11位)の一人あたり所得の半分という数字に、この国の深刻な未来を思わずにはいられません。「アベ政治を許さない」を、これ以上「アベノミクスの嘘を許さない」と読み替えて、私たちは、ノスタルジーではなく、リアルな現実に、真正面から向き合う必要がありそうです。
国書刊行会から、『近代日本博覧会資料集成《紀元二千六百年日本万国博覧会》」全4巻が刊行されました。私が監修し、別冊「解説」を書いています。高価な本ですので、昨年現代史料出版から刊行した加藤哲郎編集・解説『CIA日本人ファイル』全12巻と共に、近く「解説」のみ本サイトにアップします。昨年12月オーストラリアでの第9回ゾルゲ事件国際シンポジウムの参加記が、日露歴史研究センター『ゾルゲ事件関係外国語文献翻訳集』第45号に掲載され、ウェブ上では「ちきゅう座」サイトに転載されて、すでに公開されています。ブランコ・ヴケリッチというゾルゲ事件被告と、その妻エディット、長男ポールの流浪の物語ですが、同じく「ちきゅう座」に発表された渡部富哉さんの「ゾルゲ事件とヴケリッチの真実」上下とあわせて、ご笑覧ください。。
初出:加藤哲郎の「ネチズン・カレッジ』より許可を得て転載 http://members.jcom.home.ne.jp/tekato/home.html
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye3264:160202〕
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