「3月危機を乗り切れるかー菅首相が施政方針演説
- 2011年 1月 25日
- 時代をみる
- 3月危機施政方針演説瀬戸栄一
菅直人首相は2011年度予算案本体と関連法案を、年度内に成立させ政権を存続させることができるのだろうか。1月24日の施政方針演説は野党―特に自民、公明両党に対し「社会保障と税の一体改革をめぐる与野党協議」を声を張り上げて呼び掛けた。
この協議に自公両党が乗ってくれれば、当面最大の課題である2011年度予算案は成立への展望が拓ける。しかし、うまくいかなければ、予算案はもちろんのこと、菅政権そのものが暗礁に乗り上げ、下手をすると退陣に追い込まれかねない。
2011年度予算、同関連法案を成立させるために、菅首相は大博打を打った。
自民党から「たちあがれ日本」へと渡り歩き、あれよあれよという間に年初の内閣改造で菅内閣の経済財政相に滑り込んだ与謝野馨氏を軸に、6月ごろまでに、消費税率アップを中軸とする増税路線を軌道に乗せることだ。これを原動力に2012年度からの消費税アップを強引に実行に移し、税収の大幅増を図り、消費税収入を社会保障改革に重点的に充てる。
与謝野氏が財務官僚の全面支援を受けて、菅首相が政権の命運を賭けていることを意気に感じ、民主批判の看板を取っ払って無所属のまま菅政権の架空量入りを引き受けた。まさに大博打である。
▽厚い3分の2の壁
仮に大博打を打たなくても現在の本格ねじれ国会では、衆院可決30日後に自然成立する予算案本体を除けば、予算執行を裏打ちする税制改正をはじめ国債発行のための特例法案など100本近い提出法案は一つも成立させることができない。予算案はその構造上、関連諸法案が成立しなければ絵に描いたモチとなる。
自民、公明両党が与党だった2009年夏までのねじれ国会では、衆院の3分の2を確保していたため、参院で否決された法案を衆院に差し戻せば3分の2以上の賛成多数で可決―成立できた。
ところが現時点での衆院勢力分野は、民主党・無所属クラブ307、国民新党・新党日本4で3分の2(320)に届かない。社民党・市民連合6が連立政権に戻ってくれれば320にまであと3議席で、無所属あたりから数議席引き抜いてくればやっと3分の2(すなわち320議席)にぎりぎりで到達する。
▽公明との連携ベスト
そうした少数グループをかき集めてなくても、公明党(衆院21、参院19)が連立を決断すれば、衆院では3分の2、参院でも過半数122(民主党・新緑風会106プラス公明19の125)で、公明党一党だけでねじれは解消される。4月中に二回にまとめて投開票される統一地方選は公明党が最重要視する大型選挙で、これと近い時期に解散・総選挙をぶつけられると、公明党・創価学会は独自の選挙戦術が困難となり、統一地方選と衆院選の大幅な時期的切り離しを公明党は強く望んでいる。
こうした公明党の「浮気」を妨げるためもあって、自民党は早期の解散・総選挙を至上目標であるかのごとく強調し、公明党がこれまでの「自公」から「民公」に乗り換えるのを事あるごとに牽制している。公明党内は連立与党(今回は民主との連携)を最優先すれば解散回避の方向に靡かざるを得ず、民主政権崩壊近しと判断すれば再び自民と連立し直す道を選ばざるを得ない。政局が揺れるたび毎に公明党も揺れている。
菅首相はじめ民主党幹部がもっとも強く期待するのは、基盤が固い公明党との連立・連携であろう。
▽菅さんは本気だ
これが「3月危機」回避のための菅首相ら民主党幹部の本音である。しかし与謝野馨氏の一本釣りは、当面の2011年度予算成立よりもはるかに先を見越した「長期政権構想」と絡む。
与謝野氏の証言によれば、菅首相は昨年6月に政権の座に就くや否や、当時は自民党所属の与謝野元財務相に何度も極秘の電話をかけ、首相官邸―同公邸その他でマスコミの目を避けながら差しの意見を重ねた。議題は消費税率アップを中心とする税制の一体改革と、それによる財源確保の方策とスケジュールである。
そのうち7月11日に投開票が行なわれた参院選で、菅首相は大胆にもそれまでの民主党選挙公約(マニフェスト)では「次の総選挙後」までには行なわないと封印していた消費税引き上げを一気に前倒しし、2010年度末(ことし3月末)に民主党案をまとめたい、と明言した。消費税引き上げに積極姿勢に転じた。与謝野氏の目には、菅首相が与謝野氏の持論である消費税引き上げに「本気だ」と映った。民主党の参院選大敗でいったん後退した消費税が、財務省側の突き上げもあって復活した。
このため平沼赳夫代表を口説いて民主党と「たちあがれ」の連立を協議、いったん連立の党内合意に漕ぎ着けたところ、平沼氏の後援団体が猛反対し、平沼氏は連立合意発表の二日前に決断を翻し、与謝野氏ひとりが離党するに至ったという。
▽大連立組の圧力
平沼氏と同じ思想的背景を持つ石原慎太郎東京都知事は、与謝野氏の行動を批判し、政治家としての信頼性の欠如をなじった。しかし、2007年に大連立を推進しようとした中曽根康弘元首相や渡辺恒雄読売新聞会長らは与謝野氏を後押しし、菅首相に全面協力して消費税アップを早期に実現(2012年4月実施)するよう発破をかけ続けている。菅首相が「ことし6月ごろの方針決定」を明言した背景がこれである。
だが、自分の72歳という年齢的な限界と、首相が消費税問題に政治生命を賭ける菅直人氏であるというタイミングを逃せば、「消費税で総選挙を戦えば必ず敗北する」という慢性的な危機意識から、またしても今度は民主党が消費税引き上げの好機を逃す―というのが与謝野氏と菅首相との共通の危機感となった。
▽案つくりは与謝野氏
こうして、菅首相は原案つくりのまとめ人を与謝野氏とし、野党など関係各方面との連携つくりを藤井裕久官房副長官ら、総指揮を菅首相が受け持つ消費税シフトを敷いた。
まず、2011年度予算を成立させ、引き続き「6月ごろ」を目標に「消費税の大方針を策定する」考えだ。
だが、解散・総選挙で政権奪還を最優先する自民党がこうした絵に描いたような政治スケジュールにすんなり「乗る」とも思えない。信念とはいえ自民→たちあがれ→無所属入閣と一種の「裏切り」を重ねた与謝野経済財政相が予算委などで集中砲火を浴びないとも限らない。与謝野氏に向けて飛んでくる砲弾は菅首相に命中するかもしれない。
消費税については民主、自民、公明各党にまたがって反対論者が幅広く網を広げており、菅―与謝野―藤井ラインは、揃って政治生命を賭けざるを得ないのである。(了)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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