戦争賠償と平時債務返済の関係―ギリシャとドイツ
- 2011年 1月 26日
- 時代をみる
- 岩田昌征経済危機と戦争賠償
第二次世界大戦の戦争責任問題に関して、ドイツは誠実に問題解決に努力したのに対し、日本はドイツほどに誠実に問題を直視していなかったという声が我が国の市民社会で聞かれる。たしかに、ナチス党が反ユダヤ主義イデオロギーを国家権力を用いて実践した大量異常犯罪の反省・自省・三省に関してはそういえるであろう。しかしながら、ドイツ第三帝国によって戦争に巻き込まれた他の諸国民・諸民族に関してもそういえるであろうか。ここに参考になるケースがある。ベオグラードの日刊紙ポリティカ(2011年1月18日)に「戦争賠償によって責務軽減へ」なるヤスミナ・パヴロヴィチ‐スタメニチ記者のアテネ発記事が載っていた。要約紹介しよう。
ギリシャ政府は、イタリア裁判所が第二次大戦中の損害補償を求めてハーグ国際司法裁判所に提訴していた法廷闘争に一味同心して参加する決定を下した。イタリアの裁判所は、ドイツがイタリア人犠牲者の相続人に2500万ユーロと1997年以来の利子を支払うべきであると判決を出していた。中部ギリシャのディストモ住民は、2000年にギリシャの裁判所で同じ趣旨の勝訴をしていた。そして、ギリシャのディストモ住民は、イタリアの諸裁判所において同じ要求をするイタリア人たちに一味同心することで、ドイツから補償を獲得する権利を承認された。ハーグ国際司法裁判所は、ギリシャが訴訟当事者として登場するか否かを2011年1月14日までに決定するように要請していた。ハーグ裁判所にとって、相続人たちの要求だけでは不十分で、国家の要求が必要であったからである。ギリシャの首相は、閣議決定直後に「国のために犠牲となった人々を尊敬するがゆえに、イタリアを支持してドイツから賠償を求める」と声明を発した。ギリシャ政府の決定より以前、ドイツはイタリア裁判所の決定に反論して、戦争賠償問題すべては、戦後の諸協定によって解決済みだとハーグ裁判所に提訴していた。
ドイツは、1960年に1億1500万マルク(5700万ユーロ)の賠償支払いをし、それでギリシャへの義務を完了したと主張する。ギリシャのディストモ住民の言い分によれば、1944年6月10日、ギリシャ・パルチザンとの衝突でドイツ軍人3人が殺害され、ドイツ軍はディストモの家から家へ走り回り、出会った人々を即座に射殺し、妊婦を銃剣で突き刺し、赤子を殺し、村の司祭の首を切り落とした。犠牲者は218人だ。ギリシャとイタリアの犠牲者の子孫たちは、罪を洗い流すべく支払ったささやかな金額をはるかに超える債務がドイツにあると語る。ギリシャの戦争被害総額は、元利合計すれば1620億ユーロに達するという説もある。
ヤスミナ・パブロヴィチ‐スタメニチ記者の解説によれば、この問題は現在のギリシャ経済の苦境と深い関係がある。ドイツの諸銀行はギリシャ国債の相当部分の保有者であり、IMFとEUが条件付きでギリシャに供与する「ギリシャ支援欧州信用」への資金提供者である。その際にベルリンがアテネに投げつけた返済能力なし、没良心、浪費気質などの非難、それに同調してドイツのマスコミが「アクロポリスやエーゲ海の島々をドイツに売って、金を返したらどうか」といった文句がギリシャ人の心を傷つけたであろう。
私、岩田が見ても、ドイツによる戦争責任問題解決は、社会心理的・民族心理的にアウシュヴィツに収斂しすぎているようだ。「さあ、我々はアウシュヴィツ責任を十二分に果たした」。「他の誰かが新しいアウシュヴィツをやっている、あるいは、やろうとしている。アウシュヴィツの責任を果たして生まれ変わった我々は、それを黙視しているわけにゆかない。今はノーモア・ウォーではない。ノーモア・アウシュヴィツだ」。こうして1999年3月から6月までの78日間、ドイツ空軍は対セルビア大空爆に積極的に参戦する。宣伝担当者はその目的で、新しいアウシュヴィツをでっち上げる。ギリシャも旧ユーゴスラヴィアのセルビアも、ナチス・ドイツ軍の犠牲者だ。―序に言えば、1990年代、旧ユーゴスラヴィア多民族戦争でドイツの支援を受けたクロアチア人、BiHのムスリム、コソヴォ・アルバニア人は、ナチス・ドイツ軍の同盟軍であった。―ノーモア・アウシュヴィツで対セルビア空爆に踏み切った人たちだから、「アクロポリスを売って、債務を返済しろ」くらいの軽口はたたけるであろう。
どんな犯罪でも、加害者の遺族は忘れたがり、被害者の遺族は忘れられることを恐れる。イタリアの立場は複雑だ。イタリア人被害者の遺族は、忘れていなかった。しかし、エチオピア侵略のイタリア人加害者の遺族は、忘れているだろう。ヨーロッパの外のエチオピア人被害者の遺族のことは、世界のだれもが語らない。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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