青山森人の東チモールだより 第318号(2016年2月17日)
- 2016年 2月 17日
- 評論・紹介・意見
- チモール青山森人
歴代の首脳が裁判で証言
ジョゼ=ラモス=オルタの証言
第一期シャナナ=グズマン連立政権下(2007~2012年)で当時のエミリア=ピレス財務大臣とマダレナ=ハンジャン保健副大臣が2011年~2012年にかけて国立病院へ医療用ベッドなどの機器や機材を購入する事業においてエミリア=ピレス財務大臣の夫が経営するオーストラリアの会社に医療機器を発注し禁じられている経済活動をおこなったなどとして検察に告訴されている裁判で、今年に入り1月と2月、歴代の首脳が被告側弁護人の求めに応じて証人となりました。東チモール人指導者たちがこの汚職疑惑裁判で何を語ったのか、報道からまとめてみます。
1月8日、まずジョゼ=ラモス=オルタ前大統領が証言しました。『東チモールの声』紙のこの記事のタイトルは「エミリアの裁判でオルタ氏、事実を述べず」(2016年1月8日、電子版)です。この記事によれば、例えばエミリア=ピレス被告にかんしては、ラモス=オルタ前大統領はポルトガル植民地時代からピレス家を知っていて、インドネシア軍事占領時代はエミリア=ピレスはオーストラリアに滞在し、東チモールの抵抗運動のために外交活動を自分と一緒にし、彼女が東チモールに戻るまえは世界銀行で働いていたので財務について知識も能力もあると述べ、マダレナ=ハンジャン被告については町の清掃活動で保健副大臣として率先力を発揮したと述べたとのことです。
このような証言にどれだけの意味があるのかはなはだ疑問です。2人の被告が不正を働いたとされるときにたまたま大統領だった人物はこの件とはいかなる意味でも関係があるとは思えません。何故、ラモス=オルタ前大統領が呼ばれたのだろうかと思ってしまいます。ただ被告弁護側としては「ノーベル平和賞」受賞者から悪くいわれないことで被告の印象を良くしようとする意図があったのかもしれません。
マリ=アルカテリの証言
次に2月2日午前、フレテリン(東チモール独立革命戦線)書記長でオイクシ経済特区開発事業の責任者であるマリ=アルカテリ元首相が証言しました。2012年に国立病院を訪れたとき、多くの患者が床に寝ているのを見て、野党として病院のこの状況について政府を批判し早急に改善を求め、はやっているデング熱の大流行をくいとめるように対策を講じることを求めた、しかしベッド購入の手続きについては承知していない、というのが証言の内容です。野党として行政の舞台裏について知らないのは当然でこの証言もまた被告の経済活動をめぐる事実を提供するものではありませんが、ベッド購入が緊急事項であったという印象を与えることができ、不正規な手続きでベッドを購入したとしてもそれはやむを得なかったという口実になるかもしれません、デング熱の大流行を防ごうとして急いで事業を進めたかったのだから仕方なかったではないか……と。
シャナナ=グズマンの証言
同じ2日の午後、ついに当時の首相だったシャナナ=グズマン計画戦略投資相が証言しました。両被告の“上司”であり、ベッド購入の出費を認めた人物です。失礼ながらラモス=オルタ氏とマリ=アルカテリ氏の証言と比べ重みがまるっきり違います。ポルトガル通信社「ルザ」の記事(2016年2月2日)によればシャナナ前首相が証言する法廷には多くの記者や閣僚たちも押し寄せ傍聴席は満員になったとこことです。東チモール法廷にとって特別な日を迎えたといえましょう。
シャナナ前首相は保健機関の必要性に対応するために、またデング熱対策のため、医療用ベッド100台以上と他の医療機器の購入とキューバ人医師のための出費の緊急性を認めて臨時予算の導入を承認したと証言しました(検察側によればシャナナ首相がこの臨時費用130万ドルを承認したのは2011年3月29日)。シャナナ前首相は、当時の病院には病気の流行に対応するためベッドなどの機器・機材・物資をそろえるという行動をする条件がなかったといい、医薬だけが保健ではないとしてベッド購入を認めた自分の判断を擁護したのです。
購入した医療用ベッドは(電動式であるからであろう)、「洗練されすぎてはいないか」という検察側の批判にたいしてシャナナ計画戦略投資相は「洗練だって?最新機種の電話はもつことができて、ベッドは洗練だと?貧乏人は洗練されたベッドをもってはいけないというのか」と反論しました(同記事より)。あくまでも記事を読んだだけですが、この議論はちょっと脱線しているように思えます。緊急事態に対応するために不正規な手続きでベッドを購入したことが罪に問われるか否かを争点にしてほしいものです。また、マダレナ=ハンジャン被告の行為になにか不正なことが見てとれなかったかという弁護士からの質問に答えているシャナナ前首相は裁判官に制止され、シャナナ前首相は短く「いいや」と応える場面があったと同記事が報じています。おそらく裁判官はシャナナ節の大演説が法廷で展開されたらたまったものじゃないと思ったのでしょう。
検察側は今後、エミリア=ピレス被告の夫の会社にベッドの代金が振り込まれるさいに、エミリア=ピレス夫婦の個人口座を経由した疑惑があるとして、金の流れを追及するかまえです。
まだまだ活躍するシャナナ
シャナナ=グズマン自身が汚職に手を染めないとしても、周囲の者達の汚職に寛大であるとしたら政治指導者としては困った存在です。しかし活躍の場はまだまだあります。2月9日、シャナナ計画戦略投資相は、インドネシアとオーストラリアを相手に未画定の海域の境界を決める交渉団長となりました。
インドネシアは東チモールと話し合って領海を画定することに前向きなのでよいとして、問題は頑として交渉を拒否するオーストラリアです。まずは交渉の円卓にオーストラリアに座ってもらうためオーストラリアを動かさなければならず、この分野ならばシャナナの言動とその個性は他のどの東チモール人よりも物をいうことでしょう。祖国の陸はすでに解放した、いま海を解放しようとしているとシャナナにおおいに活躍してもらい、法にのっとった国家運営は次世代の若い指導者に委ねるがよろしいかと思われます。
国防軍の新司令官
2月9日、タウル=マタン=ルアク大統領は、フィロメノ=ダ=パイシャン=デ=ジュスス陸軍准将を陸軍少将に昇進させ、現在のレレ=アナン=チムール陸軍少将には名誉としての陸軍中将の地位を授けると発表しました。東チモール防衛軍(以下、国防軍)の新司令官にフィロメノ=パイシャンが就任することになりました。レレ=アナン=チムール司令官は現場から退くことになったのです。
独立前まずシャナナ=グズマン最高司令官が東チモール民族解放軍から去り、次にタウル=マタン=ルアク司令官が大統領選挙に出馬するため2011年に国防軍を退官し、そして今、国民の信望があついかつてのゲリラ司令官がまた一人、軍の現場から退くとなります。東チモール民族解放軍の伝説的な英雄たちが順々と軍から離れ、だんだんと東チモール・ゲリラ闘争のイメージが過去のものとなっていくさびしさがありますが、これも世代交代の一環、時代の流れに沿った変化です。
国連暫定統治時代、国連軍によって解放軍がアイナロに閉じ込められて行動の自由が奪われていたときのこと、わたしはそのアイナロに滞在し、ゲリラ兵士たちと親交を深めていたときにフィロメノ=パイシャン氏と知り合いました。山や森で実践的に知恵を身につけていった他のゲリラ幹部とはちょっと違い、フロメノ=パイシャン氏は教育機関で教養を身につけたという印象を与える人物でした。
パイシャン氏は、2000年代前半までは、軍内部そしてゲリラ支援をしていた住民から絶対的な信頼を勝ち得ている人物とは必ずしもいえず、敵のある人物といわれていました。しかし、2008年2月11日ラモス=オルタ大統領とシャナナ=グズマン首相を襲撃したアルフレド少佐率いる反乱軍を投降させるために結成された軍と警察の合同部隊でパイシャン氏は活躍しました。反乱兵士らが投降したあとも、武器を隠し持っている住民たちを説き伏せ平和裏に大量の武器を押収したことはかれの手柄とえます。この活躍以降、パイシャン氏にたいする不安説がきこえなくなりました。
わたしがかれとバリ島の空港で偶然会ったとき、わたしは「すみませんね、今のあなたの地位を知らないのでミスターと呼んで、元気ですか」「なぁ~に、かまいませんよ、久しぶり~、最近なにしているの」と、このときはすでに准将の地位になっていたのですが、世間話に花が咲きました。わたしにとってフィロメノ=パイシャン准将は気さくな人物です。
信望のあつさではタウル司令官とレレ司令官と比べると見劣りしますが、それは仕方ないこと、解放軍の生き残った伝説と比べるのは酷というものです。ともかく軍組織の調和を保ち新しい時代に備えてくれることを新司令官に期待したいと思います。
なお、「ルザ」の記事(2016年2月9日)によれば、2015年10月12日の閣議で政府はタウル=マタン=ルアク大統領にレレ=アナン=チムール司令官の続投を求めましたが、大統領は、軍司令部の世代交代の準備のため司令官の交代が当然なされるべきだとして、政府の申し入れを受け入れなかったといいます。
司令官交代についてルイ=マリア=デ=アラウジョ首相は記者にたいし、政府がレレ司令官を免職したのではない、これは大統領の判断だと発言し、一方レレ司令官本人は自分はまだ正式な文書をもらっていない、防衛大臣にきいてくれと答えるなど、大統領府と政府の連携の悪さが現れているのがちょっと気になります。大統領府と政府の間に来年の選挙を見据えた不協和音が鳴っていなければよいのですが……。
~次号へ続く~
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〔opinion5910:160217〕
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