車がみつからない-はみ出し駐在記(83)
- 2016年 3月 5日
- 評論・紹介・意見
- 藤澤豊
客の話では、マシニングセンターの重量にして数トンはあるコラムが考えられない動きをしていた。何があったにしても、そんな障害が起きるとは誰も想像できなかった。どう考えても機械系ではありえない。可能性としては制御系の障害しかない。手に負えるかどうか分からないが、まず、先に行って症状を見て来いということで、一人で出かけた。応援に来ていた電気課の係長と同行した方がいいのだが、係長のスケジュールの調整がつかなかった。
症状を確認しようと動かして、異様な動きに恐怖を感じて腰が引けた。切削送り(遅い)では問題なく移動するのだが、早送り速度にしたとたん、客が言っていた通りのことが起きた。右方向に千ミリの移動指令をだすと、千ミリをはるかに超えたところまで早送りで移動する。停止したかと思ったら、反転して元いた点を大きく越えたところまで移動する。また右方向に、反転して左方向に移動する。移動距離がだんだん短くなっていって最終的は千ミリ辺りで止まる。毎分十メートルの速度で数トンある鋳物のコラムが行ったり来たり。コラムの移動が落ち着くまで恐くて機械に近寄れない。障害追跡をしている最中に、もしコラムが突然動き出したらと思うと怖い。それこそ電車かなにかで跳ねられるようなことになる。
制御系の障害であることは間違いないのだが、いったいどこで何が起きたら、こんなとんでもないことが起きるのか想像もつかない。シンクロスコープを持ってこなかったことを悔やんだが、持ってきたところで機械屋出身のだらしのないサービスマンの手には負えない。あまりの症状に、なんとかしてやろうという、いつもの戦意すら失った。
事務所に電話して、客が言っていたことが起きていることを伝えて、即の応援を依頼した。
日程を調整して係長が駆けつけてくれた。上司から聞いたフライトの到着時間に合わせて、夕方シンシナチ空港に係長を出迎えに行った。空港の駐車場に車を留めて、空港に入ってフライト情報を見てまいった。二時間近く遅れていた。当時のシンシナチ空港はいかにも田舎の空港で、時間を潰せるようなところがない。係長を空港で待たせるわけにもゆかないので、到着予定の一時間近く前に空港に着いていた。三時間ちかく空港内をぶらぶら歩いたり、キャフェテリアでコーヒーをすすって待った。係長と夕食に行かなければならないから、一人で先に済ませてしまうわけにもゆかない。
係長が出張用のバッグにシンクロスコープだけ持ってゲートを出てきた。初めての海外で英語がほとんどできない。ニューヨークからシンシナチまで心細かったろうし、緊張もしていたと思う。迎えに来ているのを見つけて、緊張していた顔がほころんだ。
当時持ち運びの楽な小型のシンクロスコープがなかった。テストベンチで使用するフルサイズのシンクロスコープを持ってきた。精密機器でチェックインできない。どこに行くにも持ち歩かざるを得ない。十キロ以上あって持って歩くには重すぎる。工具箱だけでも重すぎるのに、その上にシンクロスコープ持っての出張には泣かされた。
二人で駐車場に歩いていった。もうすっかり日も暮れて夜間照明を頼りに車を探したが見つからない。小さな空港で、駐車場もまあこんなもんだろうという大きさしかない。シンクロスコープを持っての車探しは大変なので、係長にはちょっとそこで待ってくださいとお願いして、車を探して走りまわったが見つからない。
レンタカーだから新しいが、中型の大衆車が盗まれるようなことは、それも一地方都市でしかないシンシナチの空港で、考えられない。盗難の可能性などありえないはずなのに車が見つからない。
大して広くもない駐車場、探すといっても知れている。まさか自分で留めた車を見つかりませんとは言えない。係長のところに戻っては、探してますんで、ちょっと待ってくださいと言って、走り回って、また係長に言い訳をしに行ってを繰り返した。散々探して、もう見つからないとあきらめて、レンタカー屋に行って事情を説明したら、それはもう一つの駐車場ではないかと言われた。
シンシナチ空港、小さな空港なのに駐車場があっちとこっちの二箇所あった。空港ビルに左右対称の二か所の駐車場、どっちも同じ作りで、二つあることを知らなければ間違える。夕方暗くなって空港に着いて、目の前にあった駐車場に留めたのはいいが、係長と一緒に出てきたのは、もう一つの別の駐車場だった。留めた駐車場ではない駐車場で車を探して走り回っていた。見つかる訳がない。
暗闇のなかで駐車場の隅に、ぽつんと一人待たされていた係長、言葉にはださなかったが、このバカ野郎だったろう。英語もろくに分からない人が、一人で飛行機乗って、やっとシンシナチに着いてみれば、車が見つからない、盗まれたかもしれないといいながら外れた駐在員が一人で走り回っている。
もし係長が上司だったら、これだけで人事考課は最低だったろう。もっとも、すでに最低だったから、もう下げようもない。左遷しようにも、もう二段階の左遷をくらってるから、左遷のしようもない。植木等の歌ではないが「ちょっくらちょっとぱーにはなりゃしねぇって」何があっても簡単に首にできる時代じゃなかった。時代がよかったのだろう。
翌朝、係長が持ってきたシンクロスコープでコラムの制御軸のフィードバック信号をチェックして、障害の原因、と言っても症状までは簡単に掴んだ。そこまではよかったが、その先はちょっとした謎解きになった。フィードバック信号がおかしいのはいいが、その信号を出しているエンコーダには何の問題もない。切削速度では障害が起きずに、早送り速度のときだけ障害が起きる。早送り速度のときだけフィードバック信号がおかしくなって、そのおかしい信号を基に制御装置がモータを駆動している。
二人であれこれ見ていって見つけた。モータの回転をエンコーダに伝えるベローズ状のカップリングの谷の部分が疲労破断を起こしていた。破断部がギザギザで、低速回転時はギザギザのおかけで破断部に滑りが起きない。高速回転になると、ギザギザが滑ってコラムの実移動距離より短い距離しか動いていないというデータが制御装置に送られる。制御装置はもっと先に進めとコラムを移動し続ける。フィードバック信号で千ミリに近くなったときにブレーキがかかる。ブレーキがかかるとギザギザが反対方向に滑る。滑った差し引き分だけ反対方向に移動して、また反対方向に移動してを繰り返していた。
ベローズ状のカップリングを使ってモータとエンコーダの芯ズレを吸収していた。神経質に芯出しをしなくて済む-芯出し作業を軽減する便法だが、いつものことで度が過ぎる。
ベローズの谷の部分で破損していたから一見では気が付かない。弄り回しているうちに、あれ、これなんだという感じで見つけた。症状は驚くものだったが、シンクロスコープの操作と制御システムの基本さえ掴んでいれば、仕事自体はトラブルというトラブルではなかった。夜の駐車場で車がみつからない方が、はみ出し駐在員にとっては、はるかに疲れた大トラブルだった。
Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion5942:160305〕
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