チュニジア、エジプトに見るQE2の限界
- 2011年 1月 31日
- 時代をみる
- QE2エジプトチュニジア浅川修史
「世界には多くの破綻国家がある。アフガニスタンやパキスタンがその代表国家だが、エジプトのムバラク長期政権など国内統治に弱点を抱えているアラブ政権も多い。こうした破綻国家を打倒して、マグレブから東南アジアのイスラム圏までカリフ政権(イスラム国家)をつくるのが、アルカイダの戦略である。すでにアルカイダはアフガニスタンからソ連を、サウジアラビアから米国を追放した実績がある」――2010年に米国の安全保障関係者の講演を聞いたことがある。この講演は「財政・金融危機により世界で戦略的後退をせざるをえない米国を、日本が軍事的、経済的に補完しなければならない」という文脈で語られたものだ。
すでに日本がアフガニスタンに50億ドル、パキスタンに10億ドル支援(ODAとして)することで、「米国の軍事力と日本の民政力を合体させて、世界に安全保障などの国際公共財を提供する」という米国の世界戦略が見えつつある。
ところが、ネオコン派とされるチェイニー元米国副大統領が、「アルカイダはインターネット上のチャット(雑談)のようなもの」と語ったように、アルカイダに果たしてそのような実力があるのか不明である。米国の安全保障関係者の多くはアルカイダの脅威を世界戦略の材料として使っている節がある。アルカイダを過大評価することによって、米国の産軍複合体を守ろうとする狙いかもしれない。
筆者にはアルカイダは第4インターナショナルのスンニ派イスラム原理主義版に思える。その理由を筆者なりにいくつか挙げると、①本拠地がない、②組織の実態が見えない、③指導者が知識人か富裕層の子弟が多い、④非常に勢力が分散している、ことだろう。
ところで、先の米国関係者が、エジプトのムバラク政権を政治的リスクの多い「準破綻国家」に挙げたときは、筆者は意外感を感じたが、チュニジアの「ジャスミン革命」がエジプトにも波及して、民衆の反抗により、ムバラク政権が倒れそうな情勢となり、ある意味での「先見の明」を感じる。
エジプトは人口も多く、石油はほとんど出ないが、文明や政治的影響力という点ではアラブ世界の中心である。エジプトは米国とイスラエルと協調しているので、ムバラク政権が本当に倒れると米国やイスラエルにも多大の影響を与える。エジプトはムスリム同胞団が生まれた国である。ムスリム同胞団はアルカイダと異なり、本拠地があり、民衆にも浸透している。たとえば、ガザを実効支配しているハマスもムスリム同胞団の系列である。
エジプトのムバラク政権はナセル主義(アラブ民族主義プラスある種の社会主義=国家統制経済)とサダト元大統領が導入した米国とイスラエルとの共存路線を合体させた政権で、1981年のサダト暗殺後、30年あまりも独裁的な長期政権を続けている。サダトを暗殺したのがムスリム同胞団の影響下にあったエジプト軍将校である。
エジプトの「革命」がどういう顛末になるか予断を許さないが、イスラム世界を理解する上で、重要な補助線がある。それは「富と権力の分配を巡る争い」(中東に詳しい大野元裕参議院議員)である。筆者は「民衆対独裁者」という図式だけでは説明できないと思う。
ムバラク大統領は30年も政権に座っているだけに、国内利権を集中している。こうした利権独占をリセットしたい勢力が存在するはずである。そこには軍幹部、政治家、資本家が含まれるはずだし、ムスリム同胞団も含まれるだろう。
ここからは筆者の憶測だが、米国には自分の利益に奉仕した独裁者を見捨てて、関係をリセットするという傾向が見られる。イラクのサダム・フセイン大統領もその1人だろう。なにしろ、サダムはイラン・イラク戦争によって、イランの「シーア派世界革命」が湾岸諸国に波及することを阻止した米国の恩人なのだ。それを米国はあっさり見捨て、自国の勢力拡大の「敵」として活用した。ムバラク大統領もその運命をたどるかもしれない。
次に筆者が感じたことは米国のFRBのQE2(量的金融緩和第2段階)の副作用が鮮明になったことである。QE2は米国の経済危機を救うための「とことんバブル路線」だろう。それは新興国バブルと資源・商品高騰を引き起こす。石油はドルでしか買えない。多くの資源・商品もドル建てである。その仕組みがドル基軸通貨制度を支える一つの柱だが、ドルの減価が予想されと資源・商品価格の上昇を引き起こす。1973年に起きた第一次石油危機は、今から思えば、第3次中東戦争(1973年10月)が原因ではなく契機にすぎず、1971年のニクソン・ショック(ドルの金為替本位制からの離脱)が主な原因だった。同じことが世界で起きている。経済の回復感は乏しいのにもかかわらず、石油だけではなく、綿花、コーヒー、砂糖、穀物、金現物などが軒並み上昇している。
日本は円高により資源・商品価格高騰が緩和されているが、こうした事情に乏しい非資源国の民衆の生活が生活必需品の高騰により圧迫されている。
日本は「格差社会」とされ、その傾向は一段と強まっているが、それでも年金・医療保険制度、地方交付税・補助金などの所得再配分機能は世界でも有数の水準にあると筆者は考えている。ところが、中国やアラブ世界など多くの国には、日本のような充実したセーフティ・ネットがない。チュニジアやエジプトも同様だろう。そこには、月1万円以下で家族が暮らす民衆(エジプト)と金1・5トンを持って飛行機で亡命したという大統領夫人(チュニジア)がいる。
FRBのバーナンキ議長は金融緩和により米国と世界経済を救えるとするマネタリストなので、「とことんバブルの限界を試す戦略」(ある日本のエコノミスト)だと筆者も考えるが、「ジャスミン革命」やエジプトの民衆抵抗を見ると、その政策の限界も見えてくる。
6月に終わるとされるQE2だが、それでも効果がないとすればバーナンキ議長はQE3も採用するだろう。それによりドルの減価と裏側での資源・商品バブルが進めば、本当に世界各国で貧しい民衆の抵抗が拡大するだろう。意外に「とことんバブル路線」の天井が低かったというのが現在の筆者の感想である。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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