エジプトにも革命が起こるかもしれない -戦車兵にキスをするおばさん、赤ちゃんも-
- 2011年 1月 31日
- 時代をみる
- エジプト坂井定雄革命
エジプトの巨大な反政府デモの報道の中で、最も感動的な、そしておそらく大きな意味を持つ光景を、今日(30日)朝、アルジャジーラとBBCの映像で見た。カイロ中心のタハリール広場かその近く。ぎっしり埋めた民衆の中に出動し、停まっている数台の戦車。その上に、黒いガラベーヤで身を隠したおばさんが次々と登って、砲塔から首を出す戦車兵にキスをしているのだ。赤ちゃんを抱いた女性が、赤ちゃんを差し出すと、戦車兵が抱き上げる。軍は敵ではない、軍を敵にしない、と民衆が動き出した。
大統領の命令で出動した軍(おそらく中央治安軍)はいまのところ中立を守り、民衆に対して発砲していないようだ。治安警察の発砲、暴行で既に民衆の死者は100人を越えたが、デモはさらに拡大しているようだ。一部地域では、治安警察部隊が姿を消したという。
ムバラク独裁政権の30年間に、大小の食料暴動、反政府デモ、ストライキが何回も起こった。そのたびに結局鎮圧され、民衆が何十人も死に、何百人、何千人も逮捕されて、拷問され、暴行され、何人かは治安警察の中で死んだ。そのつど、軍の中央治安軍の戦車が出動し、民衆を威圧し、治安警察を支援した。3年前のパンの値上げと極度の不足で起こった食料暴動のとき、私はカイロに住んでいたが、戦車におばさんが登って、兵士にキスをする光景など、あるはずがなかった。治安警察はしばしば凶暴だが、戦車はもっと不気味だった。
もちろん、エジプトでのこれまでの反政府デモや暴動の歴史から、楽観は許されないし、もっと大規模な流血の事態になる可能性もある。だが、いまは、その瀬戸際。その鍵となるのは、軍の動向。軍が流血の鎮圧行動を始めれば、もっともっと多数の民衆の血が流れ、反政府デモは大規模な暴動に転化するだろう。もし軍が民衆の反政府行動に対して中立姿勢を続ければ、民衆の行動がそうさせれば、エジプトでも、チュニジアに続いて民主的変革、すくなくとも民衆の意識では、民主革命が起こるかもしれない。
エジプトの反政府決起は、ムバラク政権30年の中で、かってなかった大規模な拡がりと深さになった。ムバラク政権は、治安警察を総出動させて苛酷な鎮圧に全力を挙げ、夜間外出禁止令まで出したが、民衆の行動を制止できない。中央治安軍の戦車も出動した。内閣を総辞職させ、独裁政治の30年の間いなかった副大統領を、初めて、しかも治安対策の右腕の情報機関の長を任命したが、民衆は逆に、怒りを高めただけだ。ムバラクが辞任に追い込まれたら、代役を務めるのは副大統領になる。秋の大統領選挙へと、権力を握り続けられる。そんな見え見えのことしかできないまで、ムバラクは追い込まれている。
私はカイロに2005年から08年まで、2年7カ月住んでいた。親しくなり、仕事でも日常生活でも頼りになってくれ、エジプトのことすべてを教えてもらった友達が数人いた。その一人がマハムード(仮名)。50歳前後の逞しい男性。20年以上前の、おんぼろプジョーで一家8人を支えてきた個人タクシーの運転手。
エジプト人のイスラム信仰は、イスラム世界の中で最も深いのではないかと思う。彼も、毎日、必ず夜明け前に起き、夜、5回目の祈りを終えた後、就眠する。金曜日には、昼か夕方、モスクに必ず行って、イマム(導師)の説話を聞き、一緒に祈って、また仕事に戻る生活を絶対に変えない。しかし彼は、エジプトで大きな影響力を持っている保守的なイスラム主義組織、ムスリム同胞団(MB)は好きではない。彼が好きなのは、故ナセル大統領だ。
「ナセルのときはみんな貧しかった。でも、公平だったし、腐敗もなかった」という。現大統領のムバラクの悪口をいつもいっていた。ホテルのそばのタクシーのたまり場に立ち寄ると、待っている他の運転手たちが寄ってきておしゃべり。ときには喧々諤々。「何を話していたんだ」と訊くと、「ムバラクがまた悪いことをしている」だった。あんな大声で大統領の悪口をいって大丈夫かと思ったが、民衆が街で悪口をいうのまで、治安警察は手が回らない。30年間続く非常事態で、大統領はやり放題。町中に黒服の治安警察の警官と中央治安軍の兵士が、うろうろしているのだが、「あの連中もサラリーが安くて食うや食わずなんだ。平気でムバラクの悪口をいっているよ」とマハムードはいう。しかし、一家を支えるマハムードが、反政府デモや集会に参加したことはなかった。今回、彼の住まいの近くの道路にも、「ムバラク打倒」の叫びがひびきわたっていることが、カイロからの報道で分かる。マハムードはいま、どうしているのだろうか。彼が反政府デモに参加するとき、民主革命は、実現する。
中東アラブ諸国は、長期独裁政権が多い。親から息子への世襲政権も少なくない。湾岸諸国の王国・首長国は王族の独裁政権だ。そのなかでも、ムバラクほど国民の評判が悪い大統領や国王はいないと断言できる。その理由は(1)多数の国民の貧困が一向に改善されない(2)新自由主義経済の導入で、ごく少数の富裕層が生まれたが、格差が拡大、道路や生活インフラがかえって悪化(3)非常事態の解除を拒否し続け、治安警察を使った苛酷な強権政治(4)わいろがますます横行、官僚と警察の腐敗が拡大・深化(5)家族と教育の崩壊(6)大学卒はじめ若者の就職難・・・並べればきりがない。
当然、大多数の国民の不満、怒りは強く、深い。反政府暴動、デモ、ストライキが首都はじめ全国各地でしばしば発生した。
にもかかわらず、ムバラクが長期政権を維持できたのは、大統領が治安権限を握る非常事態令のもとで、次のようなことをやってきたからだ。
(1)30万人を超える治安警察と中央治安軍を動員して、小さな反政府行動まで、先手先手と鎮圧する。
(2)暴力と条例などあらゆる手段使って国会(人民議会)と地方議会から野党勢力を排除し、与党で圧倒的に支配する。
(3)正規軍47万人、内務省所属中央治安軍33万人の軍部には、強い指導力を持つ将軍がいない。早めに有力将軍の“芽を摘み取る”ムバラクの巧妙な軍対策。
(4)イスラム教徒が9割を占める国民に大きな影響力を持つ、イスラム法学府アズハルの最高指導者を大統領が任命し、政権維持に全面協力させてきた。
―だが、今回の事態は、これまでとは違う。人口8千万。パレスチナと国境を接し、イスラエルと4回の戦争を戦いアラブ連盟の本部があり、イスラム法学の“総本山”があるエジプト。アメリカが世界最大といわれる5千人のスタッフを置き、中東政策・工作の最重要拠点とするエジプト。チュニジアに続いて、この地域大国で民主革命が起これば、その影響はチュニジアとは比較にならないほど大きい。(1月30日記)
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